毎日更新500日 「疲れた、寝る」つぶやきでも1を残す
noteの毎日更新が今日で500日目を迎えました。
500日続けた感想を書きたいんですけど、そのまま書き始めるとダレそうです。
そこで、
1.どうやって続けたか
2.500日続けて、何が変わったか
3.一番大変だったことは何か
という、3つの軸からふりかえってみます。
1.どうやって続けたか
クオリティを捨てて、毎日更新に全振りしました。
疲れて書くのがしんどい日は「疲れた」と書いて公開しちゃいます。
2000文字くらい書く日もあれば、140文字の日もあります。
にんげんだもの、ムラがあるのは当たり前だ〜。
書く時間は特に決めまていません。
更新は17:00〜21:00の間が中心です。
手帳の端っこに投稿日数を小さく書いていて、更新が終わったら赤線で消しています(このときの達成感がごほうび)。
2.500日続けて、何が変わったか
なに書いてもいいや、と自分に許可を出せることが増えました。
書く内容に制約を設けなったおかげで、AIで無理に膨らませることもなくなりました。
頭の中にあることを、割とそのまま外に出しちゃっています。
ゆるくなったもんだ(良くも悪くも)。
もっと適切な言葉で、もっとわかりやすく伝えられるんでしょうけど。
今の自分が発するこの文章から真意を読み取ってくれる人に伝われば、それで十分かなあ、と。
書く時間とは、自分自身と向き合う時間でもありますよね。
たとえ1日5分であっても、500日間続けていれば2500分。
日数にすれば1日と17時間。
あなどれない。
3.一番大変だったことは何か
一番大変だったことは、サボりたい心をなだめることです。
これは500日前から今日までずっと変わりません。
体や心が疲れていると、サボりたい心が起きやすいと分かってきました。
そんなときは寝るに限ります。
たとえ「疲れた」「寝る」だけになっても更新したあとにね。
こんな投稿をして、何の意味があるのか?って疑うときもあります。
だけど、ある程度時間が経ってからじゃないと、真の意味は測れないんじゃないかなあ。
「いい人」を装わない
意味のある投稿とちょっとズレるかもしれませんが、「読者目線に立ちましょう」とよく聞くじゃないですか。
自分の場合、読者=他者の目線に立とうとすると、「いい人」を装ってしまうんですよね。
ここでは「いい人」とは、ためになることを発信する人、深い気付きを与える人、言葉で人を元気づけられる人と想定しているんですけども……。
そんな人になりたいとは、これっぽっちも思っていないことが分かりました。
逆に、読者を自分と想定した場合、日常の投稿に「疲れたつぶやき」も紛れている人がいたら、その人間臭さこそが面白い。
だから、「疲れた、寝る」でもいっかーって思っています。
0と1の違いに価値を認めた
この流れで、もう一歩考えたのが以下のことです。
更新を1日休んだところで、誰も気にしないし、損失も被りません。
でも、自分が気持ち悪いんです。
たとえ、「疲れた」とか「めんどくさい」などの取るに足らないつぶやきでも、1つ残せばデータは残る。
0だとデータが無いことになってしまう。
この違いに価値を認めているのでしょうね。
いつか、noteの継続についての悩みを相談されたとき「わたしはこんなしょーもない記録でも更新しちゃってましたテヘペロ」と物的証拠を示すためでもあります(ものは言いよう)。
やめる理由がない間は、続ける
今朝も、布団を片付けながら、いつまで毎日更新を続けるんだろう?って、頭の中から声が聞こえてきました。
いつまででしょうねえ?
わたしも知りたいです。
毎日更新っていう決まりを設定しないと、全く更新しなくなっちゃうかもしれません。
そうすると、目の前の雑事に追われて、自分と向き合う時間も取らなくなるだろうなあ。
あくまで想像だから、実際のところはわかりませんが。
今後については、目標があるといろいろ不都合が起こるので、目標は立てません。
ですが、やめる理由がない間は続けてみようと思いますよ(消極的ィ!)。
引き続き、明日からもよろしくお願いいたします!
↓節目が増えて地味に嬉しい。
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