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〈自律分散する国〉第4回|「必要な政策」を全部やる国―未来を前借りしていないか

前回まで、「決める力」がどこに集まり、その力がどう使われてきたかを見てきました。閣議決定という道具によって、決める力が特定の場所に集まりやすいこと。そして、その力が、議論を続けるという選択肢よりも先に、結論を確定し、異論を「もう決まったこと」の側へ押しやる方向にも使われうること。

では、その力が、「あれもこれも、全部必要だから全部やる」という配分を決めるとき、そのツケはどこへ向かうのでしょうか。今回は、財政と、まだ生まれていない世代の話へ進みます。先に、この回で私がいちばん気になっていることを言ってしまえば―私たちは、未来を前借りしてはいないか、ということです。「必要な政策」を全部することは、必ずしも最善ではないと言うことを考えてみたいのです。

「全部やる」も、どこかで決まっている

副首都も、防衛力の強化も、少子化対策も、GX(グリーントランスフォーメーション)も、社会保障の充実も、国土強靱化も、それぞれの理由を挙げれば、どれも「必要」かもしれません。けれど、これらを「全部必要だ」と並べ、実際に「全部やる」という形にまとめているのは、毎年の予算編成という、内閣・財務省を中心としたごく限られた場所での意思決定です。

つまり、これは財政という別のテーマではありません。「何を、どれだけやるか」という配分の決め方が、これまで見てきた「決める力の集中」と同じ構造の上に乗っている。何をやめるか、何を後回しにするかという判断が、熟議にも多層のフィードバックにもさらされにくい場所で、ひっそりと決められている。第1〜3回で見た「熟議とフィードバックの不足」の、いわば裏面が、ここにあります。

「Aが必要」+「Bが必要」は「A+Bを全部やるべき」ではない

個々の政策について「これは必要だ」という主張は、たいてい筋が通っています。ですが、「Aが必要」という主張と、「Bが必要」という主張を足しても、「AとBを両方、全部やるべきだ」という結論には、自動的にはなりません。資源には限りがあるからです。

家計や企業なら、当たり前の発想です。やりたいことが十個あっても、優先順位をつけ、どれかを諦め、どれかを後回しにする。アロケーション、あるいはポートフォリオと呼んでもいい。何を持つかだけでなく、何を手放すかまでセットで考える発想です。ところが国家の政策論議では、「なぜ必要か」の説明は手厚いのに、「これをやる代わりに何をやめるのか」は、ほとんど語られません。必要性の主張が積み重なった結果、「全部やる」が、誰も明確に選んでいないのに、いつのまにか既定路線になっていきます。

世代会計―「今年の赤字」だけでは見えないもの

そのツケは、いつ、誰に向かうのでしょうか。手がかりになるのが、世代会計(generational accounting)という考え方です。単年度の赤字という指標だけでは見えてこない、いまの政策が将来世代に課す、生涯を通じた純負担を捉えようとするものです。いま決めている社会保障の設計や、これから返していく借金は、今日を生きる世代だけでなく、まだ生まれていない世代の負担にも関わってきます。日本については、IMFや日本銀行の研究などで、現行の制度が将来世代に相対的に重い負担を課す構造だと、繰り返し指摘されてきました。具体的な数字はあえて挙げませんが、政府債務がGDPの2倍を超え、国際的にもかなり高い水準にあることは、広く知られています。この借金を、誰が、どう返していくのか。決して抽象的な問いではありません。

借金は悪ではない。問うべきは「未来の選択肢」だ

ここで、いつものように、生態系のレンズを当ててみます。証明のためではなく、一つの見方を借りるためです。

生態系は、無限の資源を外から調達できません。まして、まだ生まれていない未来の一次生産―これから光合成を通じて生み出されるはずの富―を、いまの時点で前借りすることはできません。ある年に、森が育てられる以上の木を伐れば、翌年からの生産力そのものが削られていきます

人間の社会だけが、信用という仕組みを発明し、未来の所得をいまに移せるようになりました。生態系にはない、人間ならではの道具です。そのおかげで、私たちは急速に発展もしてきた。だから、借金そのものが悪いわけではありません。財政学にも「黄金律」という原則があります。日々の消費のための借金は戒めるけれど、将来に便益を生む投資―インフラや教育のための借金―は正当化できる、という考え方です。要は、未来の生産能力を高めるために使うのなら、借金は未来の選択肢を「広げる」

問うべきは、その一点です。森林をどれだけ伐り出すか。地下水をどれだけ汲み上げるか。化石燃料をどれだけ燃やすか。そして、財政赤字をどれだけ積むか。性質のまったく違うこれらは、実は「いまの選択が、未来にどれだけの選択肢を残すか」という、たった一つの同じ問いなのです。財政赤字は、森の伐りすぎや地下水の汲みすぎと、同じ地平にある。 私たちが「必要な政策を全部やる」と決めるたび、その選択は、いまの世代の便益と、まだ声を持たない将来世代の選択肢の、どちらへ重心を置いているのでしょうか。

ただし、正直に付け加えます。「未来を広げる投資」と「いまの浪費」の線引きは、実務ではとても難しい。教育費は投資か消費か。ある政策の便益がいつ現れるかを、前もって測ることも難しい。だからこそ、この判定を少数の中枢だけで完結させてはいけない。熟議と、複数の階層からのフィードバックで支えるべきだと思います。そしてそれは、いまの日本の政治に、いちばん欠けているものでもあります。

決めるのは、リーダーの仕事だ―ただし、説明する義務がある

ここまで「配分が一箇所で決まっている」ことを問題のように書いてきましたが、私の考えを、はっきりさせておきます。何を優先し、何を諦めるかという配分は、むしろリーダーが担うべき仕事だと思っています。企業なら経営者、行政なら閣僚が、限られた資源の向け先を決める。全員の合議で足し算すれば、かえって「全部やる」に流れてしまう。痛みを伴う優先順位づけは、責任ある立場の人が引き受けるべき役割です。

ですから、問題は「集中して決めること」そのものではありません。欠けているのは、二つのものです。一つは、トレードオフの明示。「これを選び、これを諦めた」という中身が開かれず、必要性の説明ばかりが並ぶ。もう一つは、説明し、納得を得る責任です。なぜその配分にしたのかを、影響を受ける人々―サステナビリティの世界でよく使う「ステークホルダー」、つまりは私たち一人ひとりに、リーダーは説明する義務を負っているはずです。経営者が、株主や従業員、顧客や地域にそうするように。

では、その責任を最終的に負うのは、誰なのでしょうか。予算の細部は、たしかに財務省をはじめとする官僚機構のなかでかたちづくられます。けれど、最終的に決め、私たちに責任を負うのは、選挙で選ばれた政治家の側です。実務を官僚が担うことを理由に、その責任を曖昧にしてはなりません。

むしろ気がかりなのは、その決定が、しばしば「決断」になっていないことです。みんなが望むものをただ足し合わせるのは、決断ではありません。何かを選び、何かを諦める痛みを引き受けて、はじめて決めたことになる。ところが、選挙を意識する政治ほど、「あれもやる、これもやる」とは言いやすく、「これはやめる」とは言いにくい。支出を抑えたいはずの財政当局よりも、選ばれる立場の政治家のほうが、赤字国債を積み増す方向へ働くことすらあります。これは誰かの資質の問題というより、選挙という仕組みそのものが生みやすい傾向なのかもしれません。

だとすれば、答えは「民意を聞くのをやめる」ことではありません。望みをそのまま足し算する政治と、望みの奥にあるトレードオフまで一緒に考える政治とは別ものです。

それでも、まだ問いの途中です

一つ一つの政策の必要性を否定したいのではありません。私が確かめたかったのは、その必要性を積み上げた先で、「全部やる」がいつのまにか既定路線になり、そのツケが、まだ声を持たない未来から前借りされていないか、ということでした。

森を伐りすぎれば、来年の森が痩せる。同じことを、私たちは予算でもしているのかもしれません。だとすれば、その選択を、誰が引き受け、どう説明し、どんな検証にさらすのか。これもまた、これまで見てきた「決める力の集中」と、地続きの問題です。

次回予告
第5回「民主主義は、なぜこんなに『遠く』なったのか」
私たちは、一票を投じたあと、次の選挙まで、多くの判断を政府に委ねる仕組みの中で生きています。それは政治家が権力を欲しがったから、というだけの話ではありません。そこには、代表制民主主義が今の形になった「解像度」という問題があります。私たちの意思を、どうすればもっと解像度高く政治へ反映できるのか。次回は、そこから考えていきます。

初出:2026年8月10日
公益的な目的であれば、引用・転載・活用は歓迎します。
その際は、出典として「最初のひとしずく」をご記載いただけますと幸いです。

〈自律分散する国〉目次
プロローグ|副首都は必要だ。だからこそ、この決め方でよいのか
第1回|法律は、本当に国会で決まっているのか

第2回|閣議決定―「決める力」はどこまで集中してよいのか
第3回|閣議決定は、いつ「議論を終わらせる道具」になったのか
第4回|「必要な政策」を全部やる国―未来を前借りしていないか ← 今回

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