見出し画像

「リバー、流れないでよ」あらすじ解説【タイムループ研究】

タイムループとタイムリープは似ているけど違います。ぐるぐる廻るのがループです。飛び移るのがリープです。

あらすじ

京都の北、鞍馬山の近くにある貴船(きぶね)の旅館。

突然タイムループが始まります。

2分間隔という短いループです。

全員がループを認識して、憶えています。これってかなり変わったループです。普通は認識しているのは主人公のみか、その周りの数人だけです。
しかし対処方法がわかりません。みな段々気持ちがささくれ立ってきます。

やがて、主人公は「自分が水神様に祈ったせいだ」と思い出します。時間を止めてしまったと。

しかし再度祈って時間を動かそうとしても、ループは依然止まりません。
すると今度は周りの人達が「ひょっとすると自分のせいではないか」と反省しだします。

ところが、原因は別のところにありました。
未来から来たタイムパトロールの、

タイムマシンが故障。

安全装置が働いて、2分ごとにループしていたようです。だからタイムマシンを(2分以内に)修理すると、ループは終ります。
関係者全員で大急ぎで修理、

最後に猟師さんの銃撃で振動を与えて、

めでたくタイムマシンは再起動。

時間は元通りに流れるようになります。

(あらすじ・終)

リアルタイム映画

2分ごとにループします。36回繰り返します。

実は厳密に2分ではなく、数秒前後したりしますが、まあだいたい2分です。ループが始まってから終わるまでは、この映画はリアルタイム映画です。映画の中で流れる時間の長さと、鑑賞者の時間の長さが一致する。編集無しのドキュメントとか、ネット上のライブ放送と同じです。もちろん映画ですから編集していますが。
だから物語というより、音楽に近い内容になっています。演奏者と観客が時間を共有する。製作したのは「フランス企画」という京都の劇団でして、劇場での演劇を観るような感触になります。面白いですね。
もちろんループのたびにカットして、

開始位置に戻って撮影スタートですから、

俳優たちはそんなに連続感ないはずですが、視る方は音楽的に楽しめる。
音楽に「変奏曲」というジャンルがありまして、簡略化して説明すると同じメロディーを少しづつ変化を加えて何度もくり返すのですが、本作はそれに近いです。サンプルとして

お聴きください。低音のメロディーが何度もひたすら反復します。壮大にして偏執狂的です。7:58以降はフーガという別の形式の曲ですので聴く必要ありません。
ひたすら反復路線ですと、言い換えればワンパターンですので、普通にやれば飽きがきます。そういう作品は全体構成というか、構築力が命になります。サンプルのパッサカリアも構築力高いですが、本作も高いです。

主役

主演は女優ですが、

主役は動きです。「階段を上る」ことです。

川に面した旅館の地下一階の川のほとりで「2分間」がはじまると、主演女優は基本的に階段を登ります。

途中彼女が「時間がループしているのは私のせいかも」と思い出してからは、川のほとりに留まったり、

川沿いに移動したりしますので、

階段上りの頻度は大幅に下がります。しかし原因が神社の石段を登った先のタイムマシンだとわかってからは、再び階段上りが復活します。

階段上りとはすなわち、未来に向かう気持ちの言い換えです。
「私はなぜ未来に向かえないのか」と自分なりに反省した人々は、

クラマックスで未来に向かって駆け出します。

石段はきつく、長いですが、それでも希望と意志を持って登り切ります。

この最後の石段シーンは素晴らしいです。

きつくても、前を向いてやりきろうとする気持ち、坂の上の雲を見ながらの全力ダッシュです。

私も若いころはこんな気持ちがありました。失っていました。いけませんね。体は動かなくても生きてる限り、行けるところまでは行かなくちゃ。息せき切って登る俳優たちを見ながら反省しました。少し青春時代に戻れた気がします。

作品の中盤で階段を登らない内省シーンがあったからこそ、最後の石段登りにここまで感情移入できるのだと思います。本作は構築力高いです。

季節

主役が階段上りなら、サポート役は季節です。
ループが始まったときは普通の景色ですが、

なぜか途中から雪が見え始めます。

内省時間になると大雪になります。

やがて雪は消えて、最後の神社では雪はありません。

この景色の移り変わりが、非常に楽しい。やっぱり日本人は季節ですね。

「2分間をループしている」のに季節が変わる、理屈に全く合っていません。作中では「世界線が」とか言ってごまかしていますが、ようはロケの都合です。1月に撮影し切るつもりが大雪でスケジュールこなせなくなって、3月にも撮影した、それだけです。ただの偶然の産物らしいのですが、見ていて非常に楽しい。
思えば「ビューティフル・ドリーマー」も

ループしているのに季節が変わっていました。本作も同じです。
つまりこの2作では、季節の変化と人間社会のループの間に関係がない。タイムループという現象は発生していますが、季節はタイムループ現象と無関係に進行、遷移してゆきます。奇抜な設定ですが、少なくとも私にとっては自然で楽しめるものになっています。
このようなループを仮に(偉大な先駆作品に敬意を表して)「友引ループ」と呼ぶことにします。

なぜ日本では「友引ループ」が成立するのか。それは日本が天皇の国だからです。

日読み月読み

支配者、最高権威者の仕事は
・暦の制定
・貨幣発行
・法整備
・宗教的テキストの管理
・音律制定

などがあります。
詳しくは、

どうぞ。今ここでは
・暦の制定
・宗教的テキストの管理

のみ見てみます。

まずは暦の制定ですが、今は太陽暦ですが、明治以前は太陰太陽暦、つまり太陽運行と月齢を組み合わせた暦を使っていました。
春夏秋冬の季節は太陽で(時間はかかりますが)簡単に観測できます。
地面に一本の棒を立てて、影を観測します。影が一日で一番短くなる時が正午です。
正午の影が一番短くなる日が夏至、一番長くなる日が冬至、それらの中間の日が春分、秋分です。

一方で月日は月齢で観測します。
新月がその月のついたち。
満月が15日(十五夜)、一か月は29日か30日になります。月だけ計測すると一年が354日になって太陽運行とズレますので、太陰太陽暦ではうるう月を入れて調整してゆきます。

ということを認識した上で、日本神話を見てみます。
イザナギ、イザナミは三兄弟を生みました。
姉は天照大神(アマテラスオオミカミ)
弟は月読尊(ツクヨミノミコト)
さらに下の弟は素戔嗚尊(スサノオノミコト)
です。

暦=コヨミ=日(こ)読み
です。アマテラスは太陽神ですから、太陰太陽暦ではアマテラスが季節に該当します。
月読=月読みですから、太陰太陽暦では月日の計算は弟の月読尊の領域です。
月読尊は保食神を斬り殺したしたことを咎められて姉から絶交されます。よって夜の世界に生きることになります。
力関係は天照>月読ですから、
日本においては季節>月日となるはずです。

テキスト管理

話変わって、宗教的テキストの管理ですが、天皇に似たような存在にローマ教皇があります。
ローマ教皇は「バイブル」の管理者です。天皇は「和歌集」の管理者です。このような宗教的権威あるテキスト管理者は他にチベットのダライ・ラマくらいしか居ないのですが現在亡命中でして、教皇・天皇のような存在は希少品種となっています。
ローマ教皇の管理するキリスト教世界では、時間は既に神が製造してフィックスされています。バイブルに神が世界を作ったと書いてあるからです。バイブル管理者である教皇の仕事は、時間がフィックスしているという「真理」を下々に納得させることです。

では天皇はどうでしょう。勅撰和歌集の章立てを見てみましょう。
例えば古今和歌集ならば、
巻一〜二 春歌(上・下)
巻三 夏歌
巻四〜五 秋歌(上・下)
巻六 冬歌
と春夏秋冬の歌が冒頭に来ます。これは全ての勅撰和歌集に共通する特徴です。つまり勅撰和歌集編纂という天皇の仕事の目的は、春夏秋冬という季節のめぐりをフィックスすることです。天皇は太陽神アマテラスの子孫ですから当然といえば当然です。
その古今和歌集の冒頭歌を見てみましょう。

年のうちに 春は来にけり
ひととせを
去年とやいはむ
今年とやいはむ

という歌です。Chat GPT翻訳ですと。
「まだ年が改まらないうちに、もう春がやって来てしまった。一年を(つまり今年を)去年と呼ぶべきか、今年と呼ぶべきか、さてどう言ったらよいのだろうか。」

昔は季節の替わりと暦の年替わりがズレることがあったのですね。暦が動いていないのに、季節が動く。
例えば12月の27日くらいに「春」が来たとする。残り数日のこの年は、去年なのか今年なのか。
歌を詠んだのが延喜2年12月27日として、延喜2年は去年なのか、今年なのか。

暦上ではまだ延喜3年になっていないので、延喜2年は今年のはずですが、
天照>月読、すなわち
季節>月日となりますので、
季節に引っ張られて半分以上延喜3年の気分なのです。よって延喜2年12月の27日の時に居ながら、なんだか延喜2年が「去年」だという気分になっています。季節のほうが強いのです。

「友引ループ」は日時は一か所にループしているのに季節はめぐります。月読の領域では変異が発生しても、天照の領域にはその変異は影響しません。アマテラスとツクヨミの力関係のせいです。良くも悪くも天皇の国のループ形態なのです。

無限ループ列島

古今和歌集は平安時代ですから、当然平安京で編纂されました。今の京都です。そして令和になって京都の劇団がループものの映画を作りました。

本作ではループは解消されますが、京都人がループ物を作るという事自体、古今集のころからのループなのです。2分間ループからは抜けられましたが、ループそのものからは抜けられないようです。どうりで私も青春時代にループしたがる。青春が好きなのかループが好きなのか、もうわからなくなってきました。国ごとまるごとループなのです。徹底しています。なぜ自分がループ物を調べているのか、少し納得できてきました。


いいなと思ったら応援しよう!