ふと、「最新テクノロジー」から虚しさを感じる時がある。
※本記事はワタシが執筆および検証を行い、最終的な誤字脱字の確認・校正にのみAIを活用しています。
どうも、はむおっちです。
ワタシはガジェットが大好きだ。
最新テクノロジーも好きだ。
新しいスマートフォンが発表されればスペックを眺め、AIの新モデルが登場すれば触ってみたくなる。
ハードウェアでもソフトウェアでも、何度も興奮させられている。
ここ数年は、特に楽しい。
折りたたみスマホ、生成AI、空間コンピューティング、ウェアラブルデバイス。
少し目を離しているだけで、新しい製品やサービスが次々と現れる。
ワタシのような人間にとっては、まさに祭りである。
だが、最近その祭りの背後に、少しだけ虚しさを感じる時がある。
あれほど注目された最新テクノロジーが、次の発表によってあっさり過去のものになる。
その速度が、あまりにも速い。
きっかけは折りたたみスマホ
先日、新型Galaxyの発表があった。
折りたたみスマホを中心とした内容で、折り目を目立たなくするディスプレイ技術や、薄型化、軽量化など、見どころは多い。
ワタシも素直に興奮した。
折りたたみスマホは、まだ完成形ではない。
その未完成さがあるからこそ、世代が変わるたびに進化がわかりやすい。
薄くなった。
軽くなった。
折り目が消えた。
バッテリーが増えた。
こういう変化は、ガジェット好きの物欲を容赦なく刺激してくる。
だが、その発表を見ながら、ふと思い出した。
OPPO Find N6である。
少し前に発表されたばかりの、新しい折りたたみスマホだ。
折り目の目立ちにくいディスプレイ、大容量バッテリー、高性能チップ。
発表されたときには、間違いなく最新テクノロジーの塊だった。
ワタシも調べながら、これはすごいと思った。
ところが今、注目の中心にはGalaxyがいる。
そして、おそらく次は折りたたみiPhoneだ。
その瞬間、Galaxyさえも比較対象の一つに変わるのだろう。
別にOPPO Find N6の価値が失われたわけではない。
性能が突然落ちたわけでも、できていたことができなくなったわけでもない。
ただ、話題の中心から外れた。
それだけで、不思議なほど遠い存在に感じてしまうのである。
「最新」という価値は、驚くほど短い
最新テクノロジーの価値には、二つあるのだと思う。
一つは、実際にできること。
処理が速い、画面がきれい、電池が持つ、新しい使い方ができる。
これは製品や技術そのものが持つ価値であり、次の新製品が出ても簡単には消えない。
もう一つは、「今、最も新しい」という価値だ。
こちらは恐ろしく短い。
新製品の発表直後には、多くの人が動画を作り、記事を書き、SNSで感想を語る。
ところが数週間、数カ月が経ち、次の製品が発表されると、視線はそちらへ移っていく。
昨日まで未来だったものが、今日は現行製品になり、やがて旧世代になる。
その移り変わりは、あまりにも機械的だ。
とはいえ、ワタシ自身もその流れに乗っている。
新しいものが登場すると気になり、少し前まで夢中だった製品への関心が薄くなる。
別に嫌いになったわけではない。
ただ、もっと新しいものが現れたから、そちらに注目してしまう。
ワタシの興味が古くしているだけなのだ。
だが、そう考えると、少し寂しい。
AIはさらに忘れられていく
この感覚は、AIの世界ではもっと強い。
ChatGPT、Gemini、Claude。
巨大テック企業が競うように新しいモデルを発表し、そのたびに性能比較が行われる。
どのモデルが賢いのか。
推論性能はどうか。
画像や動画をどこまで扱えるのか。
発表直後には、「これまでとは次元が違う」「仕事のやり方が変わる」と大きな注目を集める。
だが、しばらくすると次のモデルが出る。
昨日まで高性能だったAIは、急に一世代前になる。
今も十分に使えるはずなのに、比較表の中では過去の存在として扱われる。
何なら名前すら忘れられる。
最新モデルへ統合され、裏側で静かに役目を終えることもある。
ハードウェアなら、古くなっても手元に残る。
傷や使用感も含めて、その製品を使った記憶が物として残る。
しかし、AIモデルはそうではない。
更新されれば、昨日まで使っていたものが存在しなくなることさえある。
触れることも、机に飾ることもできない。
だからこそ、技術の入れ替わりがより冷徹に感じるのかもしれない。
追い続けるほど、自分も消耗する
最新テクノロジーを追うことは楽しい。
だが、追い続ければ終わりがない。
新しいスマートフォンを買っても、数カ月後には次の噂が出る。
最新のAIを使い始めても、すぐに新モデルが発表される。
比較し、調べ、試し、驚き、また次へ進む。
この繰り返しは、刺激的である一方、少しずつ自分を摩耗させる。
買ったばかりの製品に満足するより、次に出る製品を気にしている。
今使っている技術の便利さを味わうより、さらに高性能なものを探している。
それでは、いつまで経っても満たされない。
最新テクノロジーを楽しんでいるつもりが、「最新でなければならない」という焦りに追い立てられてしまうこともある。
ワタシが感じている虚しさは、技術が古くなることだけが原因ではないのだろう。
自分の興味が、次々と使い捨てられていく感覚。
こちらのほうが大きいのかもしれない。
古くなった技術にも役目は残っている
とはいえ、技術の進化を否定したいわけではない。
新しい製品は、過去の製品を踏み台にして生まれる。
折り目の目立たないディスプレイも、大容量バッテリーも、今まで積み重ねてきた試行錯誤があったから実現した。
AIも同じだ。
少し前のモデルがあったからこそ、今の高性能モデルがある。
注目されなくなった技術は、消えたのではない。
次の世代の中へ溶け込んでいるのだ。
頭では理解している。
それでも、一時代を作った製品や技術が忘れ去られていく姿を見ると、何となく感傷的になる。
あれほど未来を感じさせてくれたものが、いつの間にか当たり前になり、名前すら語られなくなる。
進化とは、少し残酷である。
たまに最新ではないものを手に取る
ワタシは、これからも最新テクノロジーを追うと思う。
新製品が出れば気になるし、面白そうなAIが登場すれば試してみたい。
これは止められない。
無理に距離を置いたところで、発表会を見れば結局ワクワクするのだ。
ただ、ときどき疲れたら、最新ではないものを手に取りたい。
通知も来ない腕時計。
紙のノート。
何年も使っているキーボード。
少し前のスマートフォン。
それらは新しくない。
だが、次の発表によって価値が消えるわけでもない。
むしろ、長く使った時間のぶんだけ、自分にとっての意味は増えていく。
最新テクノロジーは、未来を見せてくれる。
古い道具は、自分がどこから来たのかを思い出させてくれる。
どちらも必要なのだと思う。
ワタシはこれからも、新しい技術に興奮する。
その一方で、忘れ去られた技術にも、少しだけ目を向けていたい。
次の主役へ場所を譲ったあとも、それらが確かに未来だった時代がある。
その事実だけは、忘れたくないのである。
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