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6.デザイン論 インタラクティブミュージックは気づかれないから意味がない、という神話

この記事は「インタラクティブミュージックについての12の神話」連載の、6つ目になります。インタラクティブミュージックを略して「IM」とすることがあります。


IMに対して最もよく突っ込まれるのがこちら。

「出来るだけシームレスに気づかれないようにしてるけど、気づかれないって事はやる意味がないんじゃないか?」

ユーザーさんからも、クリエイターさんからもよく言われる。

はい。

絶ッッッッッッ対そんなわけない

これは私がインタラクティブミュージックを志すきっかけにも関わる部分なので、断言しておく(もちろん、人間皆が私と同じ感覚を持っているわけではないので、本当に意味がないという人もいる、かもしれないが、どんなに少なくとも私には、絶対に意味がある)。

まずは簡単な例から。

あなたは映画を見ています。主人公の行く末が気になって仕方がありません。迫りくる緊張感。何か嫌な予感がしてきます。

そこで隣に座っている私から一言。

「今、BGMが開始したのに気づきましたか?」

教皇選挙 良かったよね

……は?うっさいわボケこっちは映画に集中してるんだよ。いや、言われてみたらBGMが鳴り始めたのはわかるよ。でもそれも含めて「どうなっちゃうんだろう」って思ってるんだよ。っていうか邪魔しないでくれる?

はい、その通り。

本当かどうか確かめたいなら、何でも良いから映画を見ながら「BGMがどこで再生開始したか」を細かく意識してみてください。最初の数分はそれに気づいて「こんな風にかかってるんだ」と思うかもしれません。しかし次第に、映画が面白いほどに、それどころではなく、気づけば「あれ、今のBGM始まったのってどのタイミングだっけ」となります。私は毎回なってます。


このように、少し考えてみれば分かることだが、我々は作品を楽しんでいる時に、その作品の魅力を構成する要素すべてに「気づいている」事などありえない。

気づいているのはごく一部

もちろん、魅力を阻害する要素にも気づいていない事が多いので、「気づいてない=良いこと」というわけではないけれど。

例えば「主人公が危ない」という気づきがあったとして、スクリーン中央にある役者の表情は最も大事だけど、それは氷山の一角で、その下にはそれを支える巨大な氷の固まりがある。すなわち、それが背景や照明やカラーグレーディングやサウンドデザインや、そして当然、音楽だったりする。見てる人は「あの時の役者さんの演技すごかった」という印象だけが残る。それで何の問題もない。そこでいちいち(あの環境とあの音楽がなくて役者の表情だけだと別にそこまで感動しないな)なんて現実に気が付かないし、それは野暮でしかない。

だが、その野暮な下支えをコツコツ作るのがクリエイターなんだ。

クリエイターになるって事は、そうした「隠れていた下支え」に気づく範囲を広げていく、という事と同じだ。

誰もその全部に気付けるようになるわけではない。少なくとも1回の体験では。しかし、繰り返し見てプレイして研究したり、さまざまな人の視点から語られる批評などを通して、そんな工夫があったのか、だから楽しめたのか、全然気づいてなかった、という経験を重ねていくんだ。

最近だと、ファイアーエムブレム風花雪月を300時間で3周してから、なんとなく楽しんでいたシナリオの構造がここまでの膨大な文化や知識に下支えされていたのか、と気付かされて愕然とした話、とかもあった。
ファイアーエムブレム風花雪月を300時間で3周してからが本番だった話|じーくどらむす

なので、まずは
・気づくことが全てではない
・全てに気づけるなら、あなたは万能のディレクターになれる
という事が大前提になる。


なぜインタラクティブミュージックは槍玉に上がりやすいのか?

しかしなぜ、音楽の話になると「違和感を消す」という話に疑問が湧き出てくるのだろうか。「変に違和感が出ないようにする」っていう工夫はどんなセクションでもやってるはずだ。

例えば、背景に対して「ここから先を崖にして、行けなくしてほしい」と言われたら、崖のアセットをドンと置くだけじゃなく、当然その境目が自然な地形として違和感がなくなるように丁寧にいろんな小さいアセットを配置していくと思う。それに対して、「気づかれないから意味あるの?」という質問が飛んでくることはありえない。だって、あからさまな「壁でーす」っていう崖があったら誰だって手抜きだと思うだろう。違和感しかない。でも崖は必要なんだ。ゲームプレイの空間を作るために。

FF16より。ただの崖に、こういう細かい草をよ……誰かが置いてるんだよ……
(自動化も頑張ってるだろうけど)

IMも同じだ。「ここから先は雰囲気の違う曲にしてほしい」というオーダーがあって、IMが使えなければ「ドン」と違う曲に切り替えるしかなかった。画面全体が切り替わるとかなら別にそれでも違和感はないけど、画面がシームレスなのに境目があからさまに見えるのは「違和感」が残る。だから、音楽もシームレスになるように境目を自然に繋いでいく。

問題はここで「シームレスにする」ことに注意が向いて、それがIMの真骨頂みたいな、そのためにやってるみたいな認識を持たれる事だろうか。いや、そもそも「雰囲気が違う曲にする(アレンジ違いにするとか)」事が目的であって、シームレスはそこから違和感を排除するための、いわば後片付けでしかない。すると、BGM=崖を設置することが目的で、IM=それを馴染ませる作業と、と考えられないだろうか。


そこまでやらんでもユーザーは気づかないのでは?

ここであえて、クリティカルな反論を自分に浴びせる。

先ほどの崖の下の草もそうだが、たしかに丁寧で意味がある。

しかし……その、そこまで細かくやらなくても、もっと適当に置いてても、どうせ通り過ぎるの一瞬だし気づかれないんじゃない??

音楽で言い換えると、なんかハーモニーとかリズムとか違和感ないように計算してるんだろうけど……普通のユーザーはリズム数えてないしハーモニーのぶつかりなんて気にしないよ??

うん……

それは……多分そう。

じゃあ何でそこまでやるのか?マジな結論を言うと、

「厳しい目で見る一部のユーザーや、同業種のクリエイターに、適当やってんな、舐めてんな、と思われないため」

これをさらにぶっちゃけると、

「作曲者が、自分の楽曲が変に聴こえて恥ずかしい、という思いをしないようにするため」

になる。

もちろん、一部にちゃんと見抜くユーザーさんもいるし、何よりプロに認められる仕事をしないと、こういう場所でボロクソに言われちゃうし、それよりは「プロも絶賛」という状態にしておいた方がトータルでユーザーさんにも良いよね、という考え方はある。

自分では内心ずっと前からそんな事を思っていた。でも、大っぴらに言うと角が立つのでずっと秘めていた。

……が、ついに!「FINAL FANTASY XIV」「FINAL FANTASY XVI」でコンポーザーを務める祖堅さんから、私(と一緒にされるのは本意ではないだろうけど)が共感できる意見が出てきたので紹介したい。

[CEDEC+KYUSHU]「FINAL FANTASY XIV」「FINAL FANTASY XVI」のサウンド担当が語る,2タイトルの並行開発で得られた知見と使用されたサウンド技術 というセッションにおいて、次のように語っている。

この仕組みによってインタラクティブ度が上がると,ゲーム体験へのマッチング度は上がり,ゲームプレイが楽しくなるというメリットが生ずる。またインタラクティブ度が上がると,サウンドデザイナーの自己満足度も上がるので,祖堅氏は「結構大事なモチベーション」と話していた。

https://www.4gamer.net/games/529/G052958/20231204038/
「2つの地獄は手をつないでやってきた! ~ファイナルファンタジーXIV / ファイナルファンタジーXVI サウンド開発日誌~」のスライドより

スライドの一番上が「めんどくさい」なので誤解がないように補足すると、祖堅さんもIMの価値は大いに認めているしFF16でもめちゃくちゃやってる。ただ、以下の部分が重要なのだ。

祖堅氏は,インタラクティブ度を増すことによって得られることと失われることが明確に出てくるとし,「インタラクティブサウンドやインタラクティブミュージックを導入すればいい結果が出ると思われがちだが,やりすぎには注意」との見解を示した。

https://www.4gamer.net/games/529/G052958/20231204038/

やりすぎというのは色んな面があるけど、「シームレスにこだわりすぎる」のもその一つだろう。やろうと思えば、遷移ポイントごとに別々のブリッジを作るとか、無限にこだわれてしまうのがIMだ。自己満足「だけ」でそれに挑戦するのは危険になってくる。もちろん、それが必要な場面や曲も存在する。祖堅さんも言ってるけど結局「楽曲に依存する」だけだ。

もし、そんな手間をかけずに、むしろ単純に曲を切り替えていきなり最高潮のBGMを流したほうがその場面に合うのであれば、IMでシームレスを狙うのは完全に無駄な作業になってしまう。私の記事だと「ファイアーエムブレム覚醒」 プレイヤーの感情とリンクする音楽で例に出した「Bayonetta2」でのクライマックスアクショントリガーなどがまさにそうした切り替えが生きている場面だろう。


「気づかれたら負け」なのか?

「気づかないことにも意味はある」
「気づかせないようにする仕事も(やりすぎなければ)大事」
ときて、最後に
「どんな形で気づいてもらうのが良いか」
という話をする。

えっ、気づかれて良いの?

いやいや、もちろん気づかれなくても良い。じゃあ「気づかれたら負けなの?」というと、「そんなことはない」と思っている。どのように気づかれるのが悪くて、どのように気づかれるのが良いか、というのを、以下3つの条件に分けて考えてみる。


1,音楽的な気持ち悪さで気づかれる事は避ける

単純な例として、インタラクティブな楽曲遷移をやったものの、ある場所から遷移すると致命的なハーモニーの衝突、あるいは顕著なリズム的な不和が起こり、音楽に詳しくない人でも「今の何?」「バグった?」と思われるような状況。

これは端的に、余計なノイズを与えてしまっているだけなので、当然ながら避けるべき。その意味で最低限のシームレスさは必須と言える。


2,気づいた時に「何これ?」となる演出は避ける

もう一つ失敗例を挙げる。

敵が近づいたら、戦闘BGMが鳴る。しかし、プレイヤーからは見えない。それが上手く「通知」として機能するなら良いが、もし、見えない所を敵が横切っただけで戦闘の開始と終了が頻繁に起こり、結局敵が見えない場合。

「何これ?今なんか敵いたの?」

こうした気付きは、プレイヤーにとってストレスとなり、デメリットが大きい。そのため、例えば戦闘曲とフィールド曲をアレンジ違いにしてシームレスに繋ぐことで違和感を軽減したり、という「気づかれなくする工夫」が生きる事になる。

また、例えば次のような場合も。

敵がこうだったら、音楽のこのパートが増えて、味方がこうだったら、このパートがこっちに差し替わって、それで主人公がこの能力を使うとこのメロディになって、さらにどっちが優勢かによってバランスが変化して……

ちょっと待って。

(私のゲームもこういう細かいことやりがちなので、人の事は言えない側面もあるが)これは果たして、プレイヤーに伝わるだろうか。いや、気づかれないのは良いとしても、説明したうえで、「どこが?」となってしまったり、最終的に「体感」が全くできないものになりはしないか?

音楽というのはカメラのようなもので、あるシーンに一つの視点を与えることは出来るのだが、複数の視点を同時に提示することは案外と難しい(時間的に並べることは可能だが、それはそれで、ゲームの時間的構造と対応させる必要があってさらに難しい)。


以上2つの事例で何が起こっているのかというと、音楽が変化したという「結果」に対して、その「原因」「理由」が伝わっていない、という事が問題なのだ。ならば、気づかれない方が圧倒的にマシだ。


3,気づいた時に「ほんとだ!」と嬉しくなる演出を目指す

以上の注意点をちゃんと回避していれば、「気づかれても良いことしか無い」というIM演出が可能だ。というか、大抵はそうなっている(なっていてほしい)。

まず、音楽的な気持ち悪さが無く、没入していたら音楽が変化したという事に気が付かない。

そして何度かプレイしたりするうちに「ここで音楽が変化している?」ということに自分で気がつく。あるいは、私のnoteなり誰かの解説から「ここで音楽が変化していました」と聞いて知る。そして、「あぁ、●●の変化を音楽で表現したのか!」という理由に納得感がある

ボスを倒したタイミングで音楽が終わるのは、誰の目から見ても理由が明白だ。

「気づかれないようにするのがプロ」みたいな価値観もなくはないが、それはあくまで1,2,のような下手な気づかれ方を無くす、という観点であるはずだ。

私のようにそれを公に発表する事がカッコいいかどうかという価値観もあるが、私個人としては、そのように知ってもらうことでプレイヤーが「こんな事を表現してくれていたんだ!」と納得感とともに受け止めてくれるならメリットしかないと考えている。

間違ってはいけないのは、公にしてもなお「全然わからない」とプレイヤーが感じてしまうような内容は、時に有害ですらある(プレイヤーが魅力に気づいてないだけの可能性もあるので、一概には言えないが)。「こんな技術を使ったんだ」とアピールしたいためにIMを利用するのは完全に本末転倒なので、注意しよう。


インタラクティブミュージックの金字塔
「ゼルダの伝説 風のタクト」

もう必要なことは全部書いたからあとは私が風タクの素晴らしさを語りたいだけなんだけど、聞いて欲しい。

私が「インタラクティブミュージックは気づかれなくても絶対に意味がある」という確信を持っているのは、風タクがそう気づかせてくれたからなんだ。このゲームは私にとって全ての始まりであり、未だ並び立つもののないインタラクティブミュージックの金字塔である。

「たいせつなもの」入れにずっと入れてある

私が風タクをやったのは、おそらく高校生くらい。当時まだゲーム制作のゲの字も知らない、ただ普通に皆が話題にしているゲームをやっているだけの時代。

なぜかわからないが私はこのゲームに夢中になっていて、とくに最終マップにいるファントムガノン戦が楽しすぎてずっとあそこをウロウロして光弾を打ち返すだけでカッコよくて気持ちいい、というのを延々とやっていた。

ファントムガノンと無限に戦える

それだけなんだ。別に音楽がどうとか何も思ってなかった。ただリンクを動かすことが気持ちよくて自分がカッコよくなれた気がした。

大学生になってゲームを作り始めた時に「せっかくだから、ずっとやっていた音楽もゲーム制作に活かしたい」と思って、そこから「インタラクティブミュージック」という当時まだ珍しかった概念にたどり着く。そこでようやく、風のタクトが先進的なインタラクティブミュージックをやっていたという情報を手にする。

するとどうだろう。私が愛してやまなかったファントムガノン戦が……こんなに音楽的だったなんて。しかも見た瞬間に、その音楽的な意図は明白だった。自分がずっと集中して見つめていたファントムガノンの光弾。あれがそのままメロディを奏でるかのように、光弾を跳ね返すたびにフレーズを奏で、速度が上がるのと合わせて音階上昇していき、最後にトドメのトゥッティが鳴り響く。

わからない人は、これを見て欲しい。

「ほんとだ!」って思った。なんてわかりやすいんだ。そして同時に、こんなにわかりやすい音楽に気づかなかったのか俺は?という衝撃を受けた。気づかなくても、それが自分をこれほどまでに夢中にさせていたというのか?

これが天啓だった。
ここには2つの重要な意味がある。

1:音楽を動的に変化させることは、気づかれてなくても絶大な効果がある
2:気づかれにくいという事は、まだクリエイターでもこんなに強力な武器があることを知らない人が多いはずだ

まぁ、2は半分勘違いで、作ってる人は普通に気づいている人が多かったけど、前の記事と、その前の記事で解説したようなハードルが超えられなかったというだけで。

そんなわけで風タクは今や私のDNAに刻まれていると言っても過言ではない。恐ろしいのが、2002年のゲームなのに未だにここまで現代音楽ばりに突き抜けた実験的な演出をやって、しかも音楽的な魅力を保っている、という例を他に知らないという事だ。異論は認める、というかあるなら知りたい。


ゼルダの伝説 風のタクト ファントムガノン 解説

そんなわけで、お仕事で文化庁が推進するオンラインのゲーム音楽展示会(そんなものがあったなんて!ご存知でしたか?)Ludo-Musica(2021年)への作品推薦を依頼された際に、真っ先にファントムガノン戦を挙げた。

『ゼルダの伝説 風のタクト』より「ファントムガノン」 | Ludo-Musica Ⅲ

ただこれ、もう展示期間が終了しており、形式上は閉会となっている(が、サムネイルや音源が除去されただけで、解説文書は残されている)。ので、是非リンク先から読んでみてほしい。

……いや、もう我慢ならん。ここに全文のスクショを貼るのでそのまま読んでくれ。文化庁がなんと言おうとこれは私が書いた文書なんだから全文引用したところで私以外から文句を言われる筋合いはない。むしろ万が一何かの煽りでリンク先からも消えてしまったら私はそれに耐えられない。それくらいの思いを込めて書いている。


ゼルダの伝説 風のタクト 通常戦闘曲 解説

そして翌年度(2022年)Ludo-Musica IIのStage 2「ゲームならでは」の音楽体験のキュレーターを拝命した際に、たくさんの方のご協力を得て10個くらいの様々なゲームを取り上げたのだが、その中で私はなんともう1回風のタクトを選んで別の曲を解説するという暴挙を行った。どう考えたってバランスを欠く行為だ。しかし、それだけの意義がある作品だとディレクターにもご理解いただいて、それを通してもらった。

以下がキュレーションしたゲームのリスト。リンク先から解説が読める。私以外にもゲームサウンドの専門家の方々に協力いただいて執筆にあたった。

  1. 『ディグダグ』(1982)

  2. 『NiGHTS into dreams...』(1996)

  3. 『ギタルマン』(2001)

  4. 『ゼルダの伝説 風のタクト』(2002)

  5. 『東方妖々夢 ~ Perfect Cherry Blossom.』(2003)

  6. 『NieR Replicant』(2010)

  7. 『Tetris Effect』(2018)

  8. 『DEATH STRANDING』(2019)

そして、風のタクトの「通常戦闘曲」がこれだ。
この戦闘曲が「プレイヤーが奏でるメロディ」になっていたことに、プレイヤーは皆気づいていただろうか?こんな派手なことをやっているのに?

そして、こんなに複雑なことをやっているのにも関わらず、言われてみたら「本当だ!」と、その理由が誰でも理解できることが素晴らしい。決して「複雑なことをやって自慢しよう」という目的でやっているのではなく、「プレイヤーのこの動きを音楽で表現しよう」という芯が通っている。

解説文が以下。

『ゼルダの伝説 風のタクト』より「戦闘」 | Ludo-Musica Ⅲ


これによって、私のインタラクティブミュージック演出に対する「信念」が生み出された。


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