【自己紹介】私について...異端児と呼ばれ続けた私が、いま“大人ギフテッド”と暮らしている理由
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はじめに:なぜ、自分のことを書くのか
こんにちは。こんばんは。giftedbearです。
このnoteでは、ギフテッドな特性を持つパートナーとの暮らしや、日々感じる心のホンネを言葉にしています。
でも今回は、その前提となる「わたし自身」について、少しだけお話しさせてください。
なぜ彼と出会い、共に生きると決めたのか。
それは、私がこれまで歩んできた、
「ちょっと人と違う生き方」
と深くつながっているからです。
私は「生きづらい」とは感じなかった。でも、人と同じにはなれなかった
私はこれまで、自分のことを「生きづらい」と思ったことは、一度もありませんでした。
たしかに、人の目を気にしすぎたり、その場の空気を読みすぎたりするところはあったけれど、
それによって自分を否定された感覚や孤独感は、あまりなかったのです。
むしろ私は、「人と違うこと」をあえて選んで表現してきました。
アメリカ、フランス、カナダでの海外生活を通して、いろんな価値観にふれてきました。
自分の感覚を信じて動く、そしてそれを貫いて生きていくことを自然と学んでいたんだと思います。
周囲に合わせようとするより、自分のテンポで生きる方が、ずっとラクだった。
それが、私にとっての“サバイバル術”でした。
「変わってるね」と言われることが、私にとっては誉め言葉だった
これまで何度も「ちょっと変わってるね」と言われてきました。
でも私は、それを悪いことや嫌味だと受け取ったことはありません。
自分の感覚・スタイルを大切にしようとした結果、周囲にそう見えていたのなら、それは最高の褒め言葉だと思っていました。
どこかにうまく収まるより、
周囲に馴染むより、
たとえ少し浮いていようが、
自分の"らしさ”を守りたかった。
これは、これから社会に出ていくギフテッドのお子さん、いわゆる"ギフテッドチルドレン”の皆さんにも、ぜひ伝えたいことです。
“ふつう”のフリをして"自分らしさ"を消す必要はありません。
まわりにいるお友だちや、あなたに期待するおとな達に合わせる必要もありません。
“変わっている”ということは、決してダメなことではないのです。
あなたしか持っていないその感覚を、自分なりのスタイルで活かしていく道もあるのです。
ギフテッドな彼と出会って、思い出した私の「人生サバイバル術」
今、私が共に暮らしているのは、ギフテッドな特性を持つパートナーです。
彼は一見、おだやかで静かな人に見えます。
でも、その内側には、信じられないほどのスピードで動く思考と、鋭く、深く、そしてどこまでも繊細な感性を持っています。
彼は、小さな違和感にもすぐに気づいてしまうほど繊細で、世界や周囲の環境のいびつさや理不尽さに、何度も心を削られてきました。
そしてある時、本当に大きな挫折を経験し、
大切にしていたものすべてを失い、
静かに心を閉ざしたのです。
誰の言葉も届かない、
孤独のどん底にいたあのとき。
彼はもう、誰にも期待せず、
目立たないように、隠れるように生活していたように見えました。
それでも、今、彼は少しずつ、
"自分らしさ"を
取り戻そうとしています。
誰かと生きることに、もう一度、
そっと手を伸ばしてみようとしているのです。
そんな彼の姿を見ていると、
かつて、私自身が「異端児の人生サバイバル術」という独自の方法で自分を守りながら生きてきたことに気づきました。
一緒に生きるって、「わかり合う」ことじゃなくて、「安心できる場をつくる」こと
私たちの関係は、どちらか一方が我慢したり、妥協して成り立っているものではありません。
彼のペースに私が合わせる日もあるし、
私の気持ちを彼が大切にしてくれる日もあります。
完璧にわかり合うことを目指すのではなく、
お互いの”ちがい”を前提にして、
心地いい距離感をつくっていく。
そんな毎日です。
私はこのnoteで、「大人のギフテッドと共に暮らすこと」を、“支援”とか“配慮”という言葉ではなく、
もっと自然に“らしさ”を表現しながら
”私たち夫婦のちょっと変わった人生サバイバル術“
として伝えていきたいと思っています。
このnoteを読んでくれている皆さんへ
あなたのお子さんが”ギフテッドチルドレン”かもしれないと感じていたり、
これからご自身のお子さんが歩んでいく人生に不安を抱えている親御さんもいるかもしれません。
あるいは、
「自分ってちょっと変かも」
「周りに合わせるって生きづらい」
と感じ始めた中高生や大学生の方が、
この文章を読んでくれているかもしれません。
そんなあなたに、私はこう伝えたいです。
「ちょっと変わってること」は、困りごとでもあるけれど、それ以上に大切な“魅力”でもあるんです。
自分の感覚や気持ちを、ちゃんと信じてあげること。
それを受け止めてくれる人や居場所を、自分で見つけていくこと。
必ずしもその人が親であったり、学校の先生、近所の友だちとは限りません。
日本だけとは限りません。世界中のどこかにはいるはず。
そこにたどり着けさえすれば、すべて理解されるわけではないけれど、
「たとえ理解されなくても、自分でいられる」という強さが、きっと感じれるはずです。
このnoteが、あなたや、あなたの大切な人にとって、
ちょっとでも明日へのヒントや安心につながればうれしいです🫶💚
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