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もう1人の大人のギフテッド

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恩師との出会いと今

もう1人のギフテッドである、私の恩師🧑‍🏫。
恩師と出会ったのは、私が夫🐻と出会うより6年以上も前のこと。

そのセミナーで初めて恩師の話を聞いたとき、
私は「この人は何かが違う」と直感した。

話すテンポ、言葉の選び方、
そして講師という立場なのに「それっぽくない」
自分らしさを貫いたスタイルで場を盛り上げる姿。
柔軟性にとても長けていた。

まさに、“自分らしさ”を活かした営業スタイルを確立したかった私にとっては、理想の師匠だった。

その後、個人レッスンをお願いするようになり、今では私の職場でもコミュニケーション講師として定期的にグループ研修を行ってもらっている。


驚異的なセッション能力

職場で初めて導入した恩師によるコミュニケーション講習。

“カタブツ頑固部長”と社内で名を馳せていたセミナー嫌いのあの部長ですら恩師🧑‍🏫に心を奪われ、

「次はいつ来てくれるんですか?僕のことも分析してください!!」

と懇願して、社内がざわつくほどだった。

毎回5〜10名のグループセッション形式で行われるのだが、
たった2時間で各人の心理的な思考特性や行動特性を的確に見抜き、会社としての今後の課題や個人への関わり方まで提案してくれる。

その分析は、まるで1年間一緒に仕事をしてきたかのような精度だった。
講習も独自のスタイルで進められ、社員たちからは毎回大好評。
いつも笑いの絶えない時間になっていた。


恩師という存在

それ以来、私は職場の人間関係に悩むと恩師にアドバイスを求めるようになった。

場合によっては、会社に交渉し、部下のための個人レッスンを特別に組んでもらったこともある。
私のキャリアは、恩師の存在なしには語れない。

そんな恩師が“ギフテッド”であることを、7年という歳月を経て打ち明けてくれたとき、私は嬉しさと同時に、彼🧑‍🏫がどんな環境で育ち、どのように今の人格を築いてきたのか、強い興味を抱いた。


大人ギフテッドの子ども時代

恩師は当然、私の性格をよく理解している。
だから、興味津々な眼差しで見つめる私が絶対に引かないと悟ったのだろう。

2日間かけて、幼少期からの数々のエピソードを語ってくれた。

彼が“ギフテッド”であると初めて知ったのは幼稚園の頃。
両親は英才教育に熱心で、俗にいうエリート家系の出身だったという。

知能テストの結果を知った某大学からは、幼稚園から大学までの学費を免除する代わりに、ギフテッド研究に協力してほしいというオファーがあったほどの知能レベルだったらしい。

結局、両親の意見は分かれ、予定していた一般の幼稚園に進学。
しかし、その頃から、彼の中に暴力的な傾向が現れ始めた。


強すぎる刺激と孤立

小学生になると、毎朝アラームが鳴るたびに怒りが爆発した。
アラーム音を止めるだけではおさまらず、そのアラーム時計を素手で破壊し、自らの手が血まみれになるまで感情が抑えられなかったという。

さらに、学校には、ほとんど通わなかった。
彼にとって、行く意味がなかったのだ。

テストは毎回満点。
テキストを読めばスキャンデータのように脳にインプットできる。
授業内容も、脳内で“動画再生”すれば十分だった。
ノートに書き写す📝行為など不要だった。

それが彼だけの「特別な能力」だという意識すらなかった。
周囲の子たちのように勉強するために、「努力する」ということが、彼には理解できなかった。


中学生からの、そして現在の恩師

中学生になると、完全な不登校に。
両親はそんな彼を「問題児」として扱った。

当時の日本では、「ギフテッド=誤解されやすい存在」と捉えられることも多く、周囲の理解は乏しかったと思われる。
教育制度もまだ追いついておらず、両親にとっては「知能の高さ」と「問題行動」とのギャップをうまく理解できなかったのだろう。

たまに登校すればテストは常に高得点。
しかし、その突出した成績と振る舞いが周囲の反感を買い、先輩や他校の生徒に目をつけられ、殴られ、殴り返す。
そんな学生時代を送っていた。

現在、恩師は教育業界で人とのコミュニケーションを教える立場にある。
その前には、ホスト、バーテンダー、飲食店、芸能活動などを経験し、現在は大学院に通いながら福祉分野の教育に関する研究を続けている。


夫と恩師の共通点

不思議なことに、夫と恩師はまったく異なる人生を歩んできたのに、どこか共通する“ギフテッドらしさ”を感じる瞬間がある。
そこで、私なりに2人を比較してみた。

🚩潔癖性
🐻
外出先では常にマスク着用/帰宅後すぐシャワー

恩師🧑‍🏫
マスク着用/帰宅後は玄関ドアから最短かつ最速ルートでバスルームへ
直行しているらしい

ーーーー

🚩記憶力
🐻
脳内は「ドラえもん」のび太くんの部屋のようなイメージ:
勉強机の上や、引き出し、本棚にメモリーが詰まった本が整理されており、必要時にその本を取り出してページを開く

恩師🧑‍🏫
脳内はYouTubeチャンネル:タイトル検索して動画再生

ーーーー

🚩食べもの
🐻
好き嫌い若干多め/子ども向けの味が好み

恩師🧑‍🏫
外食時以外は塩とウイスキーのみ
※自身のSNSではグルメを装い、演じていることはそっとしておきます🤫

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🚩生活習慣
🐻
疲れたらすぐ寝る/朝はベッドから出ない

恩師🧑‍🏫
夜型/ショートスリーパー
↑メールの返信時間がいつも夜明けの時間帯

ーーーー

🚩女性関係
🐻
一夜限りの相手/長期パートナー不在

恩師🧑‍🏫
割り切った関係を前提とする

ーーーー

🚩"凡人"という仮面を外すとき
🐻
心を許すと毒舌が出る

恩師🧑‍🏫
表面はビジネススマイル、裏は強烈な毒舌

ーーーー

どちらも、普段は理性で“凡人”を装っているが、
なにかの拍子でスイッチが入ると、毒舌キャラが顔を出す。


素の私でいられる理由

私は、どちらのギフテッドにも、相手のために“良い人”を演じることなく、素の自分で接している。

それは、相手がギフテッドだからではない。

なぜか、「そのままでいていい」と思わせてくれる安心感がある。
惹きつけられる『何か』を、彼らは確かに持っている。


ギフテッドと共に生きるということ

大人のギフテッドたちは、“凡人”を装いながら、時に常識の外側にいるように見える。
でもその内側には、努力では辿り着けない『何か』が、確かに存在している。
そしてどこか哀しみも感じさせる。

それを受け止められるかどうかは、私たちサイドの「柔軟さ」次第なのかもしれない。

“常識”や“一般的”とは何なのか。
日本は特に、「定義しきれない枠」に縛られすぎているように感じる。

🙅誰かが決めたものでもない。
📚ルールブックがあるわけでもない。
⚖️法律で定められたわけでもない。

そんな「曖昧な枠」にとらわれず、
お互いの“らしさ”を認め、理解し、尊重し合える社会になったら・・・
きっと、彼らのような”大人のギフテッド”にとって、もっと優しく、もっと生きやすい世界🌍になるんじゃないかと思う。


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今日も夫は「クロワッサンの匂いがいちばんの癒し」と言っています。
執筆をそっと応援してくださる方からのチップ💚で、今日も夫に一つ、おいしいご褒美🥐を届けられたらうれしいです。


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