芒種|種をまくころ、急いで実らせようとしない
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。
暦は、小満から芒種へ。
小満は、
草木が育ち、
いのちが少しずつ満ちていくころ。
でも、全部を満たそうとしなくていい。
少し元気が戻ってきたからといって、
すぐに全部を動かさなくていい。
少し芽が出てきたからといって、
すぐに収穫しようとしなくていい。
そんな話を書きました。
昨日は、
小満芒種、すーまんぼーすー
という沖縄の季節の言葉についても書きました。
沖縄の湿った空気。
梅雨の重さ。
台風のあとに残る湿り。
体にまとわりつくような空気。
心と体を急がせすぎないこと。
そして、芒種。
芒種は、
稲や麦など、芒のある穀物の種をまくころ。
種をまく季節です。
けれど、種をまいても、
すぐに実るというわけではありません。
土に触れ、
水を含み、
根を伸ばし、
芽を出し、
少しずつ育っていく。
そこには、
見えない時間があります。
小満で少し満ちてきたものを、
芒種では、静かに土へ下ろしていく。
すぐに形にするのではなく、
暮らしの中に根づかせていく。
今日は、
種をまくころ、急いで実らせようとしない。
そんな話を書いてみようと思います。
小満で満ちてきたものを、すぐ使い切らない
小満では、
少し満ちてきたものに気づくことが大切でした。
前より少し、休めるようになった。
前より少し、疲れに気づけるようになった。
前より少し、自分を責めずにいられた。
前より少し、呼吸が戻ってきた。
前より少し、自然の空気を感じられた。
前より少し、無理をしている自分に気づけた。
そういう小さな変化が、
日々の中にあるかもしれません。
でも、その小さな変化を、
すぐに結果にしようとしなくていい。
少し満ちてきたものを、
すぐに使い切らなくていい。
少し、元気が出てきたからといって、
すぐに予定を詰めなくていい。
少し、気づけたからといって、
すぐに自分を変えようとしなくていい。
少し、整ってきたからといって、
すぐに全部を立て直そうとしなくていい。
満ちてきたものには、
満ちてきたものの扱い方があります。
そのまま少し置いておく。
急いで使わず、
暮らしの中にゆっくりなじませる。
芒種は、そんな季節です。
芒種は、種をまくころ
芒種は、
種をまくころ。
そう聞くと、
どこか新しい始まりのような感じがします。
何かを始める。
これから育てる。
未来に向けて動き出す。
そんな前向きな響きがあります。
でも、種をまいても、
すぐに結果が出るわけではありません。
むしろ、
ここから始まるのは、
見えない時間です。
種を土に置く。
土になじむ。
水を含む。
根が動き出す。
まだ表には出てこないところで、
静かに変化が始まっている。
でも、地上から見れば、
何も起きていないように見える。
そこに、私たちは少し不安になります。
ちゃんと育っているのか。
まき方は合っていたのか。
水は足りているのか。
このままでいいのか。
何か間違えたのではないか。
そうやって、
まだ芽が出ていない時間を、
「何も起きていない時間」だと思ってしまう。
でも、
見えていないだけで、
中では動き始めています。
変化には、土の中の時間がある
何かを変えたいと思った時、
私たちはすぐに結果を求めます。
習慣を変えたい。
体を変えたい。
暮らしを整えたい。
考え方を変えたい。
人との関わり方を変えたい。
食べ方を変えたい。
発信を続けたい。
自分を変えたい。
そう思って、
何かを始める。
でも、
始めたからといって、
すぐに変化が見えるとは限りません。
本を読み始めても、
すぐに考え方が変わるわけではない。
運動を始めても、
すぐに体が変わるわけではない。
休むことを意識しても、
すぐに休めるようになるわけではない。
食べ方を見直しても、
すぐに暮らし全体が変わるわけではない。
自分の感情に気づいても、
すぐに扱えるようになるわけではない。
ととのえようとしても、
すぐにととのうわけではない。
そこには、
土の中の時間があります。
わかっているけれど、まだできない時間。
気づいたけれど、まだ変われない時間。
始めたけれど、まだ続いている実感がない時間。
種をまいたけれど、
まだ芽が出ていない時間。
でも、その時間は、
無駄ではありません。
変化の前には、
見えない時間があります。
根が伸びる時間があります。
暮らしの中に、
少しずつなじんでいく時間があります。
急いで実らせようとすると、根が育たない
種をまいたあと、
早く芽が出てほしくなる。
早く育ってほしくなる。
早く実ってほしくなる。
その気持ちは、わかります。
でも、
急いで実らせようとすると、
根が育つ前に、上だけを見てしまいます。
見た目の変化。
数字の変化。
結果。
成果。
評価。
できたかどうか。
続いているかどうか。
人から見える変化ばかりを追いかける。
すると、
本当は土の中で育つはずだった根が、
置き去りになることがあります。
人の変化も、
根が大切です。
なぜ変わりたいのか。
どんな暮らしに戻りたいのか。
何を無理していたのか。
何を満たそうとしていたのか。
どこで自分を急がせていたのか。
本当は、何を大切にしたいのか。
どんな自分でありたいのか。
こういう根の部分が育たないまま、
表面的な変化だけを急ぐと、
少しのことで崩れやすくなります。
一時的に変わったように見えても、
暮らしが元に戻れば、
また同じところへ戻っていく。
だから、
急いで実らせようとしなくていい。
まずは、
根が育つ時間を待つ。
その時間を大切にする。
芒種は、
そんなことを教えてくれる季節です。
気づきも、すぐには形にならない
最近の記事で、
感じること、気づくこと、戻ることなどについて書いてきました。
湿度に疲れる日。
台風のあとに残る揺れ。
沖縄と関東で感じる空気の違い。
自然に触れると、自分の感覚が戻ってくること。
6月のはじまりに、少し呼吸を戻すこと。
雨上がりのように、少しずつ戻ること。
今日ここで改めて書いておきたいのは、
気づいたからといって、
すぐに変われるわけではないということです。
「あ、無理していたんだな」と気づく。
「あ、体が重いんだな」と気づく。
「あ、急いでいたんだな」と気づく。
「あ、満たそうとして疲れていたんだな」と気づく。
でも、
気づいた瞬間に、
すべてが変わるわけではありません。
それでいいのです。
気づきは、種のようなものです。
気づいたから、
すぐに花が咲くわけではない。
気づいたから、
すぐに暮らしが変わるわけではない。
気づいたから、
すぐに心と体と思考のズレがなくなるわけではない。
でも、
気づきという種がまかれたことで、
少しずつ何かが変わり始める。
次に同じことが起きた時、
少し早く気づけるかもしれない。
少しだけ休めるかもしれない。
少しだけ自分を責めずにいられるかもしれない。
少しだけ余白をつくれるかもしれない。
それは、
大きな変化ではありません。
でも、
根が育っている変化です。
始めたばかりの自分を、すぐに評価しない
新しい習慣を始めた時。
本を読み始めた時。
体を動かし始めた時。
食べ方を見直し始めた時。
発信を始めた時。
休むことを意識し始めた時。
自分の状態に気づこうとし始めた時。
私たちは、
すぐに評価したくなります。
続いているか。
効果が出ているか。
変われているか。
成長しているか。
意味があるのか。
ちゃんとできているのか。
でも、始めたばかりのものは、
まだ種です。
種をまいたばかりのものを、
すぐに掘り返して、
「育っているかな」と確認する。
そんなことをしていたら、
かえって育ちません。
人も同じです。
始めたばかりの自分を、
すぐに評価しない。
まだ続いている実感がなくてもいい。
まだ変われている感じがしなくてもいい。
まだうまくできなくてもいい。
まずは、
種をまいた自だけを見る。
始めたことだけを見る。
少しだけ向きを変えたことだけを見る。
それだけでいいのです。
湿った季節は、根づくための時間でもある
小満芒種、すーまんぼーすーのころ。
沖縄の空気は湿っています。
そして、全国的にも梅雨入りし始めています。
湿度が高く、
体が重くなりやすく、
気持ちも少し内側に向きやすい。
台風のあとには、
空気の中にも、体の中にも、
湿りや揺れが少し残る。
湿度があるこの季節を、
ただ不快な季節として見ることもできます。
でも、別の見方をすれば、
湿りは育つために必要なものでもあります。
土が潤う。
種が水を含む。
草木が育つ準備をする。
乾いていたものに、
水が行き渡る。
人の心と体も、
この湿った季節の中で、
種をまいた何かが、中で育っているのかもしれません。
外へ向かって大きく進むより、
内側で根を伸ばす時期。
すぐに結果を出すより、
今の自分に必要なものを静かに受け取る時期。
少し満ちてきたものを、
暮らしの中に根づかせていく時期。
そう考えれば、
体が少し重いことも、
気持ちが内側に向くことも、
ただ悪いことではないと受け取れるはずです。
湿った季節には、
湿った季節の育ち方があります。
芒種のころ、暮らしに小さな種をまく
芒種のころに、
大きな決意をしなくてもいい。
今月から人生を変える!
今日から完璧に整える!
もう二度と崩れないようにする!
そんなふうに、
大きく構えなくてもいい。
むしろ、
小さな種をまくくらいでいい。
朝、少しだけ呼吸を感じる
本を数ページだけ読む。
体が重い日は、予定を少し減らす。
食べすぎた自分を責める前に、何を満たしたかったのかを見る。
雨の日は、無理に前へ進もうとしない。
自然に触れる時間を少しつくる。
疲れている日は、深く考えすぎない。
人に合わせすぎた日は、自分の呼吸を戻す。
それくらいの小さな種でいい。
小さな種ほど、
暮らしの中にまきやすい。
そして、
暮らしの中にまかれた種は、
少しずつ根づいていきます。
急がないことは、前に進まないことではない
急がないというと、
前に進まないことのように感じるかもしれません。
でも、
急がないことと、前に進まないことは違います。
急がないとは、
今の速度を感じることです。
体の速度。
心の速度。
暮らしの速度。
季節の速度。
育っているものの速度。
それらを無視して、
思考だけで前へ進もうとしないこと。
早く変わらなきゃ。
早く結果を出さなきゃ。
早く整えなきゃ。
早く元気にならなきゃ。
そういう思考が出てきた時、
少しだけ、立ち止まってみる。
今、何を育てようとしているのか。
それは、
本当に急ぐ必要があるのか。
まだ土の中で根を伸ばしている途中ではないのか。
そう問い直してみる。
急がないことは、
育つ力を信じることです。
種をまくころ、急いで実らせようとしない
芒種は、
種をまくころ。
でも、
種をまくころは、
実りを急ぐころではありません。
まいた種が、
土の中でどう育っていくのか。
どんな根を伸ばすのか。
どんな芽を出すのか。
どんな時間が必要なのか。
それを、
少し待つころです。
今、自分の中にも、
何かの種がまかれているかもしれません。
休み方を見直す種。
食べ方を見直す種。
本を読む種。
体を感じる種。
発信を続ける種。
自分を責めない種。
人に合わせすぎない種。
暮らしを整え直す種。
その種は、
まだ見えていないかもしれません。
まだ芽を出していないかもしれません。
まだ何も変わっていないように見えるかもしれません。
でも、
見えないところで、
静かに動き始めているものがある。
そう信じてもいいと思います。
小満で少し満ちてきたものを、
芒種で急いで実らせようとしない。
その小さな変化を、
暮らしの中に根づかせていく。
まずは、まいた種を信じる。
土の中の時間を信じる。
今はまだ見えない変化を、
静かに待つ。
それもまた、
ととのえるということです。
芒種のころ。
湿った空気の中で、
自分の中にまいた小さな種を、
急がせすぎず、
少しずつ育てていきましょう。
ととのえ職人
五木田穣

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私の二十四節気シリーズの記事では、食については取り扱っていませんが、季節に合わせた食があります。ぜひ、ご参考にされてください。より、ととのうでしょう😊
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