小満芒種(すーまんぼーすー)|沖縄の湿った季節に、心と体を急がせない
ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣です。
このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。
6月に入り、台風も来て、
沖縄の空気は、いよいよ湿り気を帯びてきました。
久々の、台風直撃。
久々に、自然の力を体で感じる時間でした。
強い風が過ぎたあと。
雨が弱まったあと。
外の音が少し静かになったあと。
それでも、空気の中にはまだ湿り気が残り、
体の中にも、少しだけ揺れや重さが残っている。
窓を開けた瞬間に、
モワッとした空気が入ってくる。
外に出ると、
空気が体にまとわりつく。
気温だけで見れば、
そこまで高くない日でも、
体には、ずっしりとした重さが残る。
洗濯物は乾きにくく、
床はどこか湿っていて、
空は低く、
風も少し水分を含んでいるように感じます。
沖縄には、
小満芒種と書いて、
すーまんぼーすーと読む季節の言葉があります。
小満から芒種にかけてのころ。ちょうど今ごろ。
沖縄では、梅雨の湿り気が濃くなる時期です。
台風のあとに残る湿りも、
雨を含んだ風も、
体が少し内側にこもる感じも、
この季節の中にあります。
今日は、二十四節気としての芒種そのものではなく、
沖縄の季節の言葉としての、
小満芒種、すーまんぼーすーについて書いてみようと思います。
湿った季節に、
心と体を急がせない。
そんな話です。
沖縄の梅雨は、空気が体に触れてくる
沖縄の梅雨は、
ただ雨が降るだけではありません。
空気そのものが、湿っている。
その湿度を濃く感じる。
雨が降っていなくても、
空気の中に水分がある。
晴れ間が出ても、
すっきり乾くわけではなく、
どこか湿り気が残っている。
外に出ると、
体の表面に空気が乗るような感じがします。
呼吸が少し重くなる。
肌が少しベタつく。
体の中の熱が抜けにくい。
動いていないのに、どこか消耗している。
頭がぼんやりする。
気持ちも、少し内側にこもる。
これは、気温だけでは測れない疲れです。
天気予報の数字だけを見れば、
沖縄は30度くらいまでしてあがらないので
「そんなに暑くない」と思ったりします。
でも、体は知っています。
今日は、空気が重い。
今日は、湿度が体にまとわりついている。
今日は、いつもと同じようには動けない。
体は、数字よりも先に、
空気を感じています。
以前、
「気温より、湿度に疲れる日」という記事を書きました。
私たちの体は、
温度だけではなく、
湿度や風、空気の重さ、光の強さ、音の響きまで受け取っています。
沖縄のすーまんぼーすーの季節は、
その感覚が、とてもわかりやすくなる時期だと感じています。
湿った季節は、体の速度がゆっくりになる
湿度が高い日には、
体の速度が少しゆっくりになります。
いつもなら軽く動けることが、
少し億劫になる。
いつもならすぐできることに、
少し時間がかかる。
朝起きても、
体がすぐに立ち上がらない。
頭では予定がわかっているのに、
体がついてこない。
でも、それは、
やる気がないからではありません。
怠けているからでもありません。
体が、季節に反応しているのです。
空気が湿っている。
熱が抜けにくい。
眠りが浅くなりやすい。
呼吸が浅くなりやすい。
体の中に、重さが残りやすい。
そういう条件の中で、
体はいつもより慎重に動こうとしているのかもしれません。
それなのに、
思考だけがいつも通りに進もうとして、
ズレが生まれます。
体はゆっくりになっているのに、
頭は急いでいる。
心は少し休みたいのに、
思考が予定を詰めようとする。
本当は余白が必要なのに、
「ちゃんとしなきゃ」と自分を急かす。
このズレが重なると、
ただ湿度で重いだけだった体に、
さらに心の重さが乗っていきます。
すーまんぼーすーのころは、急がない感覚を思い出す
小満芒種、すーまんぼーすー。
この言葉には、
どこか急いでいない響きがあります。
雨が降る。
空気が湿る。
草木が水を含む。
土が潤う。
空は低く、
体も少し重くなる。
でも、その重さは、
すべて悪いものではありません。
湿った季節には、
湿った季節の意味があります。
乾いていたものが潤う。
土が水を含む。
植物が育つ準備をする。
空気の中に、水の気配が満ちる。
人の体も、
その季節の中にあります。
だから、
この時期に必要なのは、
いつも以上に頑張ることではなく、
季節に合う速度を思い出すことです。
早く進む。
早く整える。
早く戻す。
早く結果を出す。
早く元気になる。
そういう思考は、
湿った季節には、少し強すぎることがあります。
すーまんぼーすーのころは、
もっとゆっくりでいい。
すぐに乾かなくていい。
すぐに軽くならなくていい。
すぐに前向きにならなくていい。
雨上がりの地面が、
少しずつ乾いていくように。
湿った空気に、
少しずつ風が通るように。
心と体も、
少しずつ戻ればいい。
沖縄で暮らしていると、空気に教えられる
沖縄に暮らしていると、
空気に教えられることがあります。
今日は、無理に詰め込まない方がいい。
今日は、少し早めに休んだ方がいい。
今日は、外に出るなら、時間を選んだ方がいい。
今日は、体が湿度を受けている。
今日は、思考を深掘りしすぎない方がいい。
そんなことを、
頭で考える前に、
体が教えてくれている。
那覇空港に降りた瞬間の、
モワッとした空気。
雨上がりのアスファルトの匂い。
海の近くを歩いた時の、
湿り気を含んだ風。
雲が厚く、
日差しが隠れているのに、
体の奥がじんわり重い感じ。
それらは、
ただの天気ではなく、
体に触れてくる環境です。
そして、その環境に触れることで、
自分の状態にも気づきやすくなります。
「今日は、思っているより疲れているな」
「今日は、体が重いな」
「今日は、少し呼吸が浅いな」
「今日は、がんばり方を変えた方がよさそうだな」
自然を感じることは、
ただ自然を眺めることではありません。
自然を通して、
自分を感じることでもあります。
湿った空気の日は、がんばり方を変える
湿った空気の日には、
がんばらない方がいい、
ということではありません。
がんばり方を、
少し変えればいいのです。
いつも十やるところを、今日は六にする。
いつも全部終わらせるところを、今日はひとつ残す。
いつもすぐ返す連絡を、少し落ち着いてから返す。
いつも詰め込む予定に、少し余白をつくる。
いつも深く考えることを、今日は軽く眺めるだけにする。
これは、手を抜くことではありません。
季節に合わせて、
力加減を調えることです。
ととのえるとは、
いつも同じ状態でいることではありません。
晴れた日も、雨の日も、
乾いた日も、湿った日も、
同じように動き続けることではありません。
今の自分に合う力加減へ戻っていくこと。
空気が重い日は、
空気が重い日の動き方をする。
体が重い日は、
体が重い日の進み方をする。
心が内側に向く日は、
内側に向いている自分を否定しない。
思考が急ぎすぎる日は、
少し呼吸を戻す。
そうやって、
心と体と思考の速度を合わせ直していく。
それが、
湿った季節のととのえ方です。
ちゃんとしようとして、余計に疲れる時
湿った季節に気をつけたいのは、
体の重さそのものよりも、
その重さに対して自分を責めることです。
「なんでこんなに動けないんだろう」
「もっとちゃんとしないと」
「6月に入ったのに、まだ整っていない」
「やる気が足りないのかな」
「また怠けているのかな」
こういう言葉が頭の中に増えてくると、
体の重さに、思考の重さが乗っていきます。
体はただ、
湿った空気に反応していただけかもしれません。
少し休みたかっただけかもしれません。
少しペースを落としたかっただけかもしれません。
それなのに、
思考が「ちゃんとしなきゃ」と急かすことで、
心と体がさらに疲れていく。
こういうことは、
日常の中でよく起きます。
だから、
すーまんぼーすーのころは、
自分に向ける言葉も、
少し湿った季節に合わせてやわらかくしたい。
今日は重くてもいい。
今日は少しゆっくりでいい。
今日は全部できなくてもいい。
今日は呼吸が戻ればいい。
今日は、湿った空気の中で、
自分を責めずに過ごせたらそれでいい。
そのくらいの言葉が、
この季節には合っている気がします。
余白は、湿った季節の呼吸になる
6月のはじまりに、
「少し呼吸を戻す」という記事を書きました。
満たそうとする前に、余白をつくる。
その話は、
小満芒種の季節にもつながっています。
湿った空気の日に、
予定を詰め込みすぎると、
呼吸が浅くなります。
体が重い日に、
さらに考えごとを深掘りしすぎると、
頭がぼんやりしてきます。
心が内側に向いている日に、
無理に外へ広げようとすると、
どこかで疲れが出ます。
だから、
この季節には余白が必要です。
何もしない時間。
すぐに返事をしない時間。
外の空気を感じる時間。
雨の音を聞く時間。
ぼんやりする時間。
早めに休む時間。
少しだけ予定を空ける時間。
余白は、
ただ空いている時間ではありません。
湿った季節の中で、
呼吸を戻すための場所です。
そこに余白があるから、
体の重さに気づける。
呼吸の浅さに気づける。
思考が急いでいることに気づける。
自分を責めていることに気づける。
余白があるから、
自分に戻れるのです。
すーまんぼーすーの暮らし方
すーまんぼーすーだからといって、
特別なことをしようとしなくていい。
大きく生活を変えなくていい。
立派な習慣を始めなくていい。
完璧に整えようとしなくていい。
ただ、
少しだけ季節に合わせる。
朝、空気を感じる。
湿度が高い日は、
いつもより少しゆっくり動く。
体が重い日は、
深く考える作業を後回しにする。
外に出る時は、
無理に急がない。
水分をとる。
冷たいものをとりすぎていないか見る。
体を冷やしすぎていないか見る。
夜は、少し早めに休む。
雨が降っているなら、
雨の音を聞いてみる。
晴れ間が出たら、
少し外に出てみる。
それくらいのことでいい。
ととのえることは、
大げさなことではありません。
季節の中で、
自分に合う小さな調整をすること。
その小さな調整が、
心と体と思考のズレを、
少しずつやわらげてくれます。
湿った季節に、心と体を急がせない
小満芒種、すーまんぼーすー。
湿った季節には、
湿った季節の体があります。
湿った季節の呼吸があります。
湿った季節の心の動きがあります。
だから、
いつも通りに進めない日があってもいい。
いつもより体が重い日があってもいい。
思ったより眠い日があってもいい。
外に向かう力が少し弱くなる日があってもいい。
それは、
止まっているのではなく、
季節に反応しているだけだから。
自然は、急いでいません。
雨は、こちらの予定に合わせて降るわけではありません。
空気は、こちらの都合で乾くわけではありません。
土も、草木も、体も、
それぞれの速度で変化しています。
人も同じです。
急いで元気にならなくていい。
急いで整わなくていい。
急いで前に進まなくていい。
湿った季節には、
湿った季節の戻り方があります。
すーまんぼーすーの空気の中で、
心と体を急がせすぎない。
少しゆっくり動く。
少し余白をつくる。
少し呼吸を戻す。
少し自然に合わせる。
それだけでも、
ととのえることは、
静かに始まっています。
また次の記事でお会いしましょう。
ととのえ職人
五木田穣
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