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動けない日は、戻る日

ハイサイ。
ととのえ職人、五木田穣ごきたゆたかです。

このnoteでは、心と体と思考のズレをやさしくととのえる話を、日々書いています。

動けない日があります。

やらなければいけないことはある。
やった方がいいこともわかっている。
予定も、用事も、連絡も、片づけたいこともある。

でも、体が重い。
気持ちが前に出ない。
頭では動こうとしているのに、体がついてこない。

そんな日があります。

そういう時、私たちは自分を責めてしまいがちです。

怠けているのではないか。
気合いが足りないのではないか。
もっと頑張れるはずではないか。
昨日ちゃんと休まなかったからではないか。
自分は弱いのではないか。

でも、動けない日は別に悪い日ではない。

動けない日は、止まっている日ではなく、戻る日
と考えてみたらどうでしょうか。

今日は、動けない日をどう受け取るかについて書いてみたいと思います。



動けないのは、何も起きていないからではない

動けない時、外から見ると何もしていないように見えます。

横になっている。
ぼんやりしている。
予定を進めていない。
連絡を返せていない。
家事ができていない。
動き出せていない。

だから、自分でも「何もしていない」と思ってしまいます。

でも、体の内側では、何も起きていないわけではありません。

暑さに対応している。
湿度に耐えている。
冷房の冷えに適応している。
胃腸を働かせている。

眠りの浅さを補おうとしている。
気を張っていた反動を受け取っている。
考えすぎた頭を休ませようとしている。
緊張していた神経をゆるめようとしている。

動けない日というのは、外へ向かう力が落ちている日です。

でもそれは、体の内側が働いていないという意味ではありません。

むしろ、外に出していた力を内側へ戻して、
回復や調整に使っている日なのかもしれません。

動けないからといって、
何も起きていないわけではありません。

体が、内側で自分を戻そうとしている。
内側では、確かに動いている。

そう考えてみると、少し見え方が変わってきます。


夏は、動いていなくても疲れている

夏は、何か特別なことをしていなくても疲れます。

外に出るだけで体力を使う。

冷房の効いた場所と、
暑い外を行き来するだけでも、体は調整を続けています。

汗をかく。
水分をとる。
冷たいものを欲しがる。
胃腸が疲れる。
寝苦しくなる。
朝から体が重くなる。

活動量だけで見ると、そんなに動いていないかもしれません。

でも、体の中では、ずっと季節に合わせようとしています。

この時期の疲れは、運動量や仕事量だけでは測れません。

「何もしていないのに疲れている」のではなく、
「何もしていないように見えて、体はずっと調整していた」かもしれません。

だから、
動けない日をすぐに気持ちの問題にしなくていい。
やる気の問題にしなくていい。
怠けているからだと決めつけなくていい。

体は、体なりに夏を生きています。


胃腸が疲れると、動き出す力も落ちる

ここ最近、胃腸の話を続けて書いてきました。

夏は、胃腸が疲れやすい時期です。

冷たいものが増える。
食欲が落ちる。
食べる時間がずれる。
お腹が冷える。
食べたあとに重くなる。
朝から胃がすっきりしない。

胃腸が疲れると、体の中心に力が入りにくくなります。
姿勢も崩れやすくなります。
呼吸も浅くなります。
頭もぼんやりしやすくなります。
そして、動き出す力も落ちていきます。

動けない時、私たちは「気持ちが弱い」と考えがちですが、
実際には、胃腸や呼吸や睡眠の状態が関係していることがあります。

お腹が重い。
みぞおちが硬い。
呼吸が浅い。
肩に力が入っている。
眠りが浅い。
体の中心がぼんやりしている。

そういう時に、無理やり動こうとしても、なかなか動けません。

動けないのは、意志が足りないからではなく、
体の中心がまだ戻っていないからかもしれません。


動けない日は、止まる日ではなく戻る日

動けない日を、ただ「何もできない日」と見ると、苦しくなります。

今日も進まなかった。
何もできなかった。
また遅れてしまった。
自分はだめだ。

そうやって、できなかったことばかりを数えてしまう。

でも、動けない日を「戻る日」と見てみると、少し違います。

体に戻る日。
呼吸に戻る日。
胃腸の声に戻る日。
眠気に戻る日。
だるさに戻る日。
本音に戻る日。
自分の速度に戻る日。

いつも外へ向かっていた意識を、少し内側へ戻す。
誰かに合わせていたペースを、自分の体のペースへ戻す。
先のことばかり考えていた頭を、今の体へ戻す。

動けない日は、止まっているようで、
本当は、自分に戻っている途中なのです。


戻ることは、小さくていい

戻るといっても、
何か大きなことをしようとしなくていいです。
何か特別なことをしようとしなくていい。

ちゃんと休まなくてもいい。
完璧に回復しなくてもいい。

まずは、小さく戻る。

温かいものを少し飲む。
お腹を冷やさない。
少し横になる。
深呼吸をしようと頑張るのではなく、息を少し吐く。

スマホを置く時間をつくる。
予定をひとつ減らす。
食べすぎない。
無理に元気なふりをしない。今日は動けない日なんだなと認める。

それくらいでいい。

戻ることは、
今の自分の状態に気づいて、少しだけ負荷を減らしてあげること。

体が戻ってこられる余白をつくること。

その小さな戻りを、ちゃんと見てあげることです。


動けない自分を、責めない

動けない日に一番疲れるのは、
動けないことそのものより、
動けない自分を責め続けることかもしれません。

動けない。

その上で、自分を責める。
責めるから、さらに力が入る。
力が入るから、さらに動けなくなる。
動けないから、また責める。

この循環に入ると、体はなかなか安心できません。

だから、まずは責める手を少しゆるめる。

今日の自分は、まだ戻っている途中なのかもしれない。
体が、外へ出す力を内側へ戻しているのかもしれない。
胃腸や呼吸や神経が、静かに調整しているのかもしれない。

そう受け取ってみる。

動けない日を責める日ではなく、戻る日にする。

それだけで、体は少し安心します。


今日の小さな問い

最後に、今日の小さな問いを置いておきます。

今日、動けない自分を責めていないでしょうか。

その重さは、体の疲れでしょうか。

胃腸の疲れでしょうか。

呼吸の浅さでしょうか。

睡眠の浅さでしょうか。

考えすぎの疲れでしょうか。

人に合わせ続けた疲れでしょうか。

今日、ひとつだけ減らせる予定はあるでしょうか。

今日、少しだけ戻れる場所はどこでしょうか。

全部に答えなくていいです。

ひとつだけでもいい。

動けない日を、失敗の日にしないための問いです。


動けない日は、戻る日

動けない日は、何もできない日ではありません。

体が、内側へ戻ろうとしている日。
呼吸が、浅くなっていたことに気づく日。
胃腸が、疲れていたことを知らせてくれる日。
頭が、考えすぎていたことを教えてくれる日。
心が、少し休みたいと言っている日。

動けない自分を、責めなくていい。
やる気がないと決めつけなくていい。
弱いからだと判断しなくていい。

動けない日は、戻る日。

外へ向かう力を少しゆるめて、
体に、呼吸に、胃腸に、今の自分の速度に戻る日。

大きく進めなくてもいい。
今日は、戻れたらそれでいい。

ととのえることは、戻ること。
動けない日は、戻る日。

動けない日は、内側が戻っている日。
動けない日は、ととのえている日。

安心してください。ととのってますよ😁

ととのえ職人
五木田穣


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