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【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#14】

黒き勇者


あらすじ

 かつて魔王ザナグルを討った魔族の剣士・レオルは、人間の魔女ミレニムに誘われ、“冒険者”として活動を開始する。
仲間は陽気な格闘家ジュラ、冷静な獣人斥候ハクロ、健気な元エルフの少女エルフィ――彼らは任務の中で、使命に縛られたホムンクルス少女グレイシャを救い、彼女を家族として迎え入れる。

 しかし、世界の闇は静かに動いていた。
 倉庫街を襲う海魔シンエン、暗殺者カリナとノワール、さらには神造兵器・天使人形ルミエルとの遭遇。
 レオルの「誰も見捨てない」という信念は、敵すらも変えていくが――それはさらなる災厄の前兆に過ぎなかった。

 異界から現れた魔族ザイン。半魔族のエレクチュアを従え、王国を覆う“星落とし”の侵攻が始まる。
 王国から追われる立場となったレオル達は、かつて助けた少女リンの次元村に逃れ、潜伏生活を始める。

 だがそのリンは“勇者”としてのスキルを宿していた。
 過去の痛みと葛藤を抱えた彼女は、自らの中に眠る力と向き合うことを決意し、レオルや魔族ゾラの支えを受けて力を覚醒させる――。

 一方、ザインは王国への侵攻準備を進めていた。
魔族、天使、勇者――異なる存在が交錯する運命の刻が、迫りつつある。


登場人物紹介(第13話時点)

【冒険者パーティー】

  • レオル(Leol):魔族の剣士。「誰も見捨てない」信念を持ち、仲間と敵すら救おうとする。

  • ミレニム(Millenim):人間の魔女。真面目で冷静、レオルを想い支える。

  • ジュラ(Jura):陽気な格闘家の少女。仲間思いで情に厚い。

  • ハクロ(Hakuro):獣人斥候。偵察・料理など多才な万能型。

  • エルフィ(Elfi):エルフ族。支援役として健気に尽くし、レオルに淡い恋心を抱く。

  • グレイシャ(Gresia):ホムンクルス少女。使命から解放され、レオルを「パパ」と慕う。

【支援者・関係者】

  • カリウス(Carius):「赤き砂」の指揮官。戦術と礼節に優れる。

  • ミィナ(Miina):「赤き砂」の情報担当でミレニムの旧友。

  • エイラン(Eiran):「赤き砂」の戦士でレオルと信頼を築く。

  • カレン(Karen):ギルド事務員。裏でレオル達を支援。

  • リゼル(Lizel):謎めいた少女。直感に優れ、底知れぬ力を持つ。

  • リン(Lin):勇者スキルを持つ少女。次元収納の使い手。過去のトラウマを抱える。

  • ホロ(Horo):リンの弟分的存在。病弱な少年。

【敵対勢力】

  • ザイン(Zain):異界からの魔族。世界を蹂躙する「星落とし」を実行しようとする。

  • エレクチュア(Erekutua):ザインに従っていたが、レオルに揺れる半魔族。

  • カリナ(Karina):雷の暗殺者。レオルに敗れる。

  • ノワール(Noir):冷酷な暗殺者。ジュラと因縁を持つ。

  • オルト商会:魔族や妖魔の売買を行う組織。

  • ヴァルトラム伯爵:王国内の腐敗した貴族。

【その他の存在】

  • ルミエル(Lumiel):神造天使人形。使命と感情の狭間で揺れながら、レオル達に情を見せ始める。

  • シンエン(Shinen):海魔「深淵の姫」。妹を救うため人類に立ち向かった。

  • シロガネ(Shirogane):シンエンの妹。純粋な海竜族の少女。

  • ゾラ(Zora):レオルの影に宿る魔族。古の知識と力で仲間を支える。

  • ?(懐中時計の少女):レオルを時を止めて救った謎の存在。彼を「応援している」と語る。

………………………………………………………………


黒き勇者 

 「……レオル、魔族が街の門まで来てるよ。正門に大きなルザロ・ワーズ反応、それに魔物が100体」
「通用門に魔族としては弱い反応。でも、大きな別のストラス・エネルギーも同じ位置に反応があるよ」

リン

 リンが、レオル達に外界の情報を伝えてくる。

 彼女の勇者スキルが、空間に散らばるストラス・システムからの情報を受け取り、自動的に解析している。
 そして同時に彼女が今まで知らなかったことも、スキルが知識を与え、理解を可能にしている。

 それは勇者として即戦力として魔族と戦うことを可能にするための機能に他ならない。

 「ルミエルより探知の精度が非常に高いな……正門がザインか?正面からわざわざ来る必要があるのか分からないが……」
 「通用門は、おそらくエレクチュアだな」

 リンが視線を空に遣る。
 「レオル、ザインの特徴を教えて」

 「黒い影のような身体と翼を持った魔族だ。輪郭が靄のような……」
 リンが視線をレオルに戻す。

 「正門は、傘をもった女の魔族、通用門は、左右の瞳が違う銀髪の女の半魔族、どちらもザインの特徴と一致しないよ」

 「そこまで分かるものなの?じゃあ、ザインは今どこにもいないの?」

 ミレニムの問いかけに、リンは人さし指をこめかみにやって、目を閉じる。

 「索敵範囲を王国全体に拡大……地上に、他にルザロ反応、なし……空にも反応がない」
 「ザインと思われる反応がどこにもない」 

 「なんか、ルミエルどころじゃないよね」
 「いきなり、ここまで能力を使いこなせるものなのかい?」
 ジュラまでもが驚きっぱなしだ。

 引き合いに出されているルミエルがこれを聞いたら、相当機嫌が悪くなること請け合いのワードが連発される。

 「勇者としての適性がそれだけ高いのだろう」
 「リン……最初から飛ばしすぎじゃ、疲れて使い物にならなくなるぞ」

 ゾラが寝室から顔を出し、壁に寄りかかる。 

ゾラ

 「ゾラ。まだ寝ててよ……」
 リンが、彼女の元に慌てて駆け寄る。

 ゾラの右腕は元通りになっているが、全体の力が戻っていない。だが、リンが張り切りすぎているのを見ておれなかったのだろう。

 「……力は効率良く、最小にじゃ」 
 「知恵も、使え……魔族は、よく空間の歪みに潜む……システムに空間の揺れを探らせてみよ」

 「わかった。空間の微細なズレの探知に限定……魔力やルザロの漏出も含める……範囲を今一度、王国全体に特定、探査実行せよ」

 リンがゾラから言われたことを元に、さらに応用を利かせてシステムに命じる。

 「……それでいい。スキルも、システムも使うのは、自分だと心得よ。使われるな」

 「ゾラさん、先生みたい……どこか、楽しそう」

エルフィ


 エルフィが自分のことの様に、嬉しそうにしている。

 「……20メートル上空、中央広場の真上……空間の歪み、波型の揺れあり……僅かに、ルザロの反応あり」
 ゾラがそっと息をつく。
 「恐らくそれじゃ……他の魔族が潜んでいる可能性は限りなく低いはずだからな」

 「ありがとう、リン……助かった」
 レオルが軽く頭を撫でて、リンを労う。
 リンが、僅かに息をついて身体を弛緩させる。

 

 「行くの、レオル?今だから分かるけど、君、スキルをあまり使いこなしていないよね」
 「……君、弱いよ」

 レオルの中を見通さんと、リンの赤き紋様の瞳が向けられる。

 レオルを知る者が決して言わない言葉を、リンは口にした。その場の空気が、僅かに乱れる。

 「それは聞き捨てなりませんぜ、リンの姐さん……兄さんが弱いなんて、まずあり得ない」

 「君達はレオルのことが好きだから、見方が甘くなっている。言い方を変えれば、彼に甘えているんだ」
 「これまでに、最悪の事態にならなかったのは、ただ運が良かったにすぎない……心当たりがあるはずだよ」  

 リンの言葉が、ハクロの反論を重く封じ込める。

 「レオルが弱い?」
 ジュラが、驚きと少しの怒りを含めてリンを睨む。
 「本気で言ってるの?」

 「何度だって言うけど、弱い……スキルのレベルをほとんどいじっていない」
 「多分、少し前に一時的に上げた跡があるみたいだけど……今のままじゃ、ザインには勝てないよ」
 「ザインのルザロの残存係数から推測は出来る」
 「このままだと、レオルは、ザインに負ける」

 「リン、その言い方はやめて……レオルに謝って」 
 ミレニムも、彼女を見る瞳に力がこもっている。
 
 リンとの間に、見えない火花が散る。
 「……謝らない。そんなことしてなんになるの」
 「レオル、君には責任があるはずだよね……ミレニム達を守る責任、そして彼女達のもとに無事に帰ってくる責任が」
 「今の弱い君で、それが果たせるの?」
 リンが真っ直ぐにレオルを見つめる。
 彼女の瞳に、彼を蔑ろにする色は伺えない。

 「俺の中にある存在エネルギーを、全て転用しきっていない……そういうことか」
 「まだ残っていたんだな……アイツらの欠片が」

 ゾラが、リンの方に手を向けてその先を遮る。
 「リン、吾に代われ」
 「レオルよ、お前の中にいたから分かるぞ」
 「それは未練だ。魂の残滓とも呼べないものが、まだ相当数お前の中にある」
 「お前は心の何処かで抑えているのじゃ……アナスタシア達の残滓を全て無くしてしまうことを」

 レオルは、自分の胸に手を当てて、暫し瞑目する。
 リンやゾラにあれだけのことをさせて、自分だけが未練の海に沈むことが許される訳がない。

 アナスタシアも言っていたはずだ……彼女らは、既に輪廻の光流に還ったのだ
 ……情けないことを言っているようでは、また彼女に喝を入れられるだろう。

 彼女は、生きている者を大切にしろと言っていた
 ……ならば、そうすべきだろう……
 ……大切なものを守るために……
 ……ミレニムやジュラ、ハクロ、エルフィやリン、グレイシャにゾラと、かけがえのない家族が、今ここにいるのだから……

 「ゾラ、悪いが手を貸してくれ」
 レオルは、過去の思いを断ち切ることを決意する。

レオル

 先程のことをゾラに処置してもらえれば、スキルレベルを上げることはできるはずだ。

 エルフィが、傍に寄り添う。
 彼の袖の端を摑んで、自分が痛みを堪えるような顔をしていた。
 彼女は、優しさゆえにいつも相手の痛みを感じすぎる。

 「……レオルさん、それでよいのですか?……私達のためなら……やめても……」

エルフィ

 「エルフィ、ありがとう。だが、今は君たちの方が大切なんだ」
 「だから、いいんだよ」
 頬に手を添える。

 「……レオルさん……」
 エルフィが顔を赤くして、ふぇぇ、と自分の頬を挟んで座り込む。

 レオルの視線は、エルフィからミレニム、ジュラと移っていく。
 それは、己の決意を彼女らに示すため、自分の今の覚悟の在り処を、今一度確認するためだろうか。

 ミレニムは、少しだけ心配そうに哀しげに頷く。 

 ジュラは、いつものように力強く彼の視線に応えてくる。

 「ゾラ……彼をお願いします」
 ミレニムが、深々と頭を下げた。

 「ゾラ、私も手伝うよ……今なら、レベル操作のやり方は分かるよ」
 「私だって、レオルに死んで欲しくない」

 「なら……一緒にやるか」

ゾラ&リン

 レオルは2人に近付くと、目を閉じて顎を引く。 
 「頼む」

 ゾラが右手の前に光の玉を作り出し、リンがそれに合わせるように光の玉に手をかざす。

 「……同調できたよ、ゾラ」

 「吾が魂との繋ぎを維持しよう……スキルの操作はリンに任せる。今の吾は、両方ができぬでな」   

 リンが頷くと、ゾラの腕がレオルの中に入ってゆく。
 その一方で光の玉をリンの方へ差し出して、操作を促してくる。

 リンの紋様の瞳が、操作の術式をゾラの差し出した光玉に連動させ、スキルへのエネルギーの流れを作り出す。

 ……魔剣 Lv.2からLv.10まで上昇

 ……ソウルイーター Lv.2からLv.10まで上昇

 ……ソウルトランス Lv.3からLv.10まで上昇

 ……スキルイーター Lv.3からLv.10まで上昇

 まだ、エネルギーの余裕がある……

 ……別のスキルが、ソウルイーターとスキルイーターのカンストで立ち上がってくる?……何これ?

 ……アヴソーヴ ?

 ……アルター  ? 

 ……ストラス・システムのデータバンクにない、これはスキル?

 「……ゾラ、『アヴソーヴ』と『アルター』というスキルだけど、何か知ってる?」

 リンの問いかけに、ゾラの顔色が変わる。
 「『アルター』は分からぬが、『アヴソーヴ』は触るな」
 「恐らくは魔王クラスのスキルだ。制御できぬと厄災になるスキルだ」

 リンが少し目を離した隙に、エネルギーの流れが、2つのスキルに動き始める。 
 「わ、分かった……あ、あれ?!勝手に……!」

 アヴソーヴ Lv.1、2、……

 アルター  Lv1、2、……

 「ゾラ、勝手にエネルギーをレベルに変換していってる……なに、これ……止まらない!」

 慌てて術で、干渉をかけるがその一切を無視してエネルギーを吸い込み続ける。  
 まるで、スキル自体に意思があるかのように独自にエネルギーを吸い上げ続けている。

 「リン、コントロールを、こっちに戻せ」
 「これは、エクストラスキルの類か。闇帝の戯れと呼ばれるもの、スキルに仮の意思のようなものがあるな……ならば、目眩ましを……」

 ゾラの赤眼が、明滅する。

 「止まった?Lv.7で、両方とも止まった……ごめん、ゾラ、レオル」

 「リンのせいではない」
 「術糸で、残存エネルギーを覆って無いように見せかけておいた。だが、そこそこ持ってかれたな……すまない、レオル。吾の責任ぞ」 

 レオルも息を吐き出すと同時に緊張感が解けたのか、足元がふらつく。
 リンが、その肩を素早く支えた。

 「結構キツイな、これは……」
 「ゾラ、責任とかいうのは、俺達の間では無しだ……俺が、スキルの扱いを怠っていたことにも、原因はある」

 リンの髪を軽く撫でる。
 「いつまでも、子ども扱いしないで……よ」

 リンが頬を少し膨らませたものの、されるがままになっている。
 「こうしていると、俺が落ち着くんだ……ミレニム、少し休んだら、出るとしよう」

 「わかった……エルフィとグレイシャ、ゾラは、ここで待機。ホロ君たちについててあげて」
 「……ジュラ、ハクロ、リン、行けるよね?」
 ミレニムが、全員を見回す。

 「いつでも」とジュラ。

 「こっちも、です」
 と、ナイフを確認するハクロ。

 「任せて」とリン。

 誰からともなく頷き、用意に取り掛かった。


 城下の正門には、堀を渡る大きな橋がある。

 幅は10人が並んで歩けるほど。
 それが、大狼達に埋め尽くされていた。

ダイアウルフ

 「ごきげんよう、騎士の皆様……良い夜です」
 「まさに最後の夜に相応しい……」

 傘をさしたネズミの魔族が、くるりと傘を回す。

 「剣、構えぃ!……盾、突き立てい!」
 騎士団が、盾の壁を作る。彼等の後ろには固く閉ざされた鉄門がある。

 王国騎士隊隊長の一人、ククロアが騎士団の指揮を執っていた。

ククロア

 ここは、堀の橋が終わる処で見えない壁ができている。誰も出れない結界の外からルルリエ達はやって来た。

 ダイアウルフ達を率いたルルリエが、ゆっくりと狼達の前に出る。 

 「虚実反転」
 傘がくるりと、逆に回る。

 盾と剣、そして鉄門が、突如始めから無かったが如く消え去る。

 「不可解な術、魔族特有の能力か……各自、隊列は崩すな」
 「ゆっくりと、下がれ」
 ククロアが、一歩後退する。

 「撤退ならご自由にどうぞ……5分ぐらいなら待ちますよ?」

 傘が、また回る。
 傘の内側から、蝙蝠に似た魔物が飛び出してくる。

 ……奇怪な爪を備えた魔物が次々と、街の中に入っていく。

 「一時、撤退せよ!……拠点まで撤退、急げよ!」

 ルルリエが、鈴を転がすように笑う。
 「そうそう……その調子ですよ」

 橋の欄干に腰を掛けると、星空を眺めながら楽しげに鼻歌を歌い出した。


 城の通用門。

 普段は、兵士か王国の御用商人しか使わない門。

ヴァルター

 「こんばんわ……美しいお嬢さん。そこで止まってもらえるかな?」

 王国騎士隊隊長ヴァルターは、エレクチュアに対して騎士団を後ろに控えさせたまま一歩前に出る。

 

 一方、エレクチュアは後ろに、巨大な騎神を控えさせている。

雷王

 「マスターから使命を授かっています……どいていただければ、何もいたしません、騎士様」 

 突如、光がヴァルターから、エレクチュアに向けて奔り、エレクチュアを覆う透明な結界の姿を露わにした。

 ヴァルターの神速の剣技が、彼女の結界に阻まれたのだ。

 「無駄ですよ……ただの剣では、斬れはしません。急ぎ確かめたい事があるのです」
 「どいて頂けませんか?」

 「いきなり失礼をした」
 ヴァルターが、頭を下げる。

 「そこの武神で我等を一掃しない訳を伺っても?」
 雷王の方を親指で指し示す。

 「ある方に会うまで、人間は誰も殺さないと決めているからです」
 エレクチュアは静かに澄んだ声で、それに応える。

 「それは、また……その方が羨ましい」
 「貴方のような美しい方に、そんなに想ってもらえるとは……何と言う方なのですか?」

 エレクチュアは、僅かに迷ったあと、レオルの名を口にする。

 「隊長、その名は確か天使誘拐の疑いで捕縛命令のあった者では?」
 後ろに控えていた騎士の一人が、ヴァルターの方ヘ足を踏み出す。

 「レオル様が、そんなことに?」

 「いや、先程その疑いは、誤りとの連絡があった。その命令は解除されている……お嬢さん、君の想い人は、大丈夫だ」

 「想い人などと、恐れ多いことを……」 
 エレクチュアが、ホッと息をつく。

 面倒事になっていないのなら、この「星落とし」の終わりまでに出会える可能性はある。

 あの方がまだ逃げていないのなら、安全を確保する手伝いをさせていただかなければ……

 そこで、はたと気づく。

 むしろ、レオルなら、この騒動を捨て置かないだろう……と。

 「あれ?私、間違えましたか?……逃げて頂きたかったのに……これでは……」
 「星落とし」のことを知って、レオルがここを逃げ出すわけがない。

 あのルミエルさえ助けた優しいお方が、情を交わした相手が多いであろうこの王国を、この街を見捨てようはずがない。

 「星落とし」のことを、お教えしたことが、かえって足枷になってしまった……

 私はまさか無意識にもう一度お会いすることを望んでこの国に、あの方を留め置くことを願って、そのようなことを……

 「なんと、私は恥知らずな……私は、なんて浅ましいのでしょう」
 エレクチュアにしては、珍しく動揺を顔に出していた。

 「お嬢さん、大丈夫か?」
 ヴァルターが、その顔を覗き込む。

 「失礼しました、騎士様。少し、その……自分のあまりの愚かさに気づきまして」  
 「ですが、大丈夫です」

 ヴァルターは、少し息をつくと部下の方になにかを指示する。門の詰め所に駆けていく姿が、エレクチュアの目に入った。

 「これは提案なのだが……一息ついて、落ち着かれてはどうだろうか?」
 「その、我等の面子のためにも、10分ほど時間稼ぎに付き合っていただけると助かる」
 先程の騎士が、トレイにカップを2つ運んでくる。
 良い香りが、エレクチュアの鼻をくすぐってくる。

 「……どうぞ」

ラルフ


 騎士が、エレクチュアの方にトレイを差し出す。
 
 「このような扱いは、初めてです。恐れ入ります」

エレクチュア

 「いえ……冷めないうちにどうぞ」
 騎士がエレクチュアの美貌に見とれつつも、ヴァルターの後方に控える。

 「……お聞きになりたいことがあるのでしょう、騎士様?……10分だけお付き合い致します」
 カップに口をつけるエレクチュア。

 彼女自身は自覚はないことだが、一枚の絵になる姿ではある。
 「礼を言う……名前を伺っても?儂はヴァルター、先程の者はラルフという」

 「エレクチュアです。なかなか策士ですね……名前を教えたのは、情に訴えるためでしょうか?」
 深く微笑む、エレクチュア。

 このような表情を、レオル達は知らないだろう。

 「やはり分かってしまうか。なかなかに聡い方だ」 
 「君の目的を伺いたい。ルミエル様によると、我等を鏖殺すると聞いていたが、どうにも、そうは見えなくてね……そもそも、本当に魔族なのか?」

 頭を掻きつつ、油断なく彼女を見遣る。

 やはり、彼女は優しげな見た目通りではない。

 「はい、あなた達人間や天使人形に、家族を皆殺しにされたことのある半魔族ですよ」
 「その復讐に、滅ぼした人間の街は十を越え、破壊した天使人形は両手の指に余ります」

 「答えとして、これで充分ですか?」

 「……それは、それは……恐れ入る」
 「儂などとても足元に及びそうにないな……それで?」 
 ヴァルターの目に力が籠もる。

 「……?」

 「この国を滅ぼせば、君の復讐は終わるのか?」 
 「ここで復讐を終わらせて、新しい生き方を見つけることはできそうかね?」

 笑い。
 乾いた虚ろな、燻った炎のような笑い。

 「……それは、ありえません……もう、お分かりでしょうに……」
 「既に、その炎は私に燃え移っています。私が燃え尽きるまで、終わらないのです」
 「私の家族を殺した天使人形は、その武神を使って引き千切ってやりましたよ……ええ、ですが、それで終われない、この苦しみが消えるまでどこまでも突き進むしかない」
 「貴方に、それがお分かりになりますか?」

 静かな独白……
 だが、血を吐くような恐ろしい叫び……そう、ヴァルターには聞こえた。

 彼女は、ずっと叫び続けているのだ……全て、全て復讐の炎に焚べよと、炎を消すために、あるいは炎をより大きなものにするために……

 「救いがない話だ……それを、哀れという資格は、儂にはなさそうだ」
 重い重い、息を吐き出す。

 「ええ……そうでしょうとも……これは、同じ復讐に身を焦がした者しか、分かり合えないのです」
 「あの方以外に、分かって頂くつもりはありません」
 残りを飲み干すと、そっとカップを受け皿に戻す。

 「お茶、ありがとう御座いました……私の役目は、掃き集めることです……それだけ、申し上げておきます」

 ……この国の住人を、落ちた葉か何かのように掃き集めて、一気にということか……

 ヴァルターは、握り込んだ掌に冷たい汗をかいていた。  
 この半魔族は鏖殺することに、慣れすぎている。

 そんな恐ろしいことをまるで作業のように行える者がいることに、彼は畏れを抱いたのだ。

 「……君が、そのレオルという者に出会えることを願っているよ……」
 エレクチュアは、騎士団に深々と頭を下げる。

 「皆様も、残りの時を穏やかにお過ごしできるよう願っております……それでは、失礼致します」

 エレクチュアが、街の中に雷王を引き連れて進んでゆく……


 「バリスタ、1番から3番、てぇ!」

バリスタ


 城壁に備え付けられた巨大弩弓が、立て続けに放たれる。うなりを上げ、雷王を直撃する。

 「4、5番、武神の足元!てぇ!」

 さらにエレクチュアに向けて、削り出した大木の如き巨大な矢が、放たれた。

 本来、この弩弓は城壁の外の敵に対して備え付けられている。

 それを短時間で、土台を十数人がかりで移動させ、狙いを付けるまでにこぎつけた騎士団は、優秀と言わざるを得まい。

 土煙の中に、雷王の姿が徐々に顕になる。
 「……目標、健在。効果なし!」

ロイ

 部下の報告に舌打ちする。

 「……分かってたけどよ、ヴァルターのおっさんに申し訳が立たねえ……次弾、装填急げよ!」
 王国騎士団長ロイが、エレクチュアと雷王の方を見遣る。
 「ここには、俺の女房も娘もいるんだぞ……」

 

 雷王が唸る。

 あの弩弓を、そのままにしておくのか、と……

雷王

 「おやめなさい。あのようなモノ効きはしませんよ……それより、手に載せてください」
 雷王の巨大な手に、エレクチュアが腰掛ける。

 街のどの建物よりも高く持ち上げられる。
 
「雷王、『拡声』をお願いします

 王国に生きる者よ、聞きなさい……今からこの辺り一帯を、徐々に焼き払います」
 「少しだけ待ちます。避難したければしなさい。追撃はしません」

 稲妻が、城壁と住宅地の狭間の街路上を走り抜けてゆく……

 悲鳴が聞こえる。怒号が聞こえる……

 人影が幾つも王城の方へ、街の中央へ走ってゆく……

 何度、この風景をみたことか……
 終わりの始まり……それが、また始まったのだ。

 「行きましょう、雷王。あの方が待っています」

 

 「……やってくれるですね」
 ルミエルが王城から、正門に向かって飛ぶ。

 ……これ以上何かあったら、分かるよね?ルミエル……

リゼル王女

 「……あんな顔した、リゼルは初めてなのです」
 ルミエルは、リゼル王女の直轄となっている。

 今回、雷王を奪われた件をルミエルは彼女に報告した。

 また、結果的に雷王を失う一因となったレオル達に、ザイン撃退のための助力を得るという矛盾を解決するため、王女に彼等の行為を不問にすることを願い出た。
 さらにはヴァルトラム伯爵の罪を断罪することで、レオル達の冤罪を晴らすという超法規的な処置までお願いするにいたっては、普段から口数の少ないリゼル王女が三十分も黙ったままになってしまった。

 そして……その後に呪文のように、こんなことを繰り返していた。

 「証拠がなさすぎる……あり得ない、あり得ない……こんな命令、あり得ない……理屈が通らない」
 「こんな段階を幾つもすっ飛ばした無茶苦茶な命令あり得ない……他の貴族が納得しない」
 「賛成を数えるより、反対の首を飛ばしたほうが早い……でも、できない……考えないと……名目と建前も考えないと……そんな簡単に貴族は潰せない……」

 地を這いずるような低い声でぶつぶつ言うリゼル王女の声が、ルミエルの耳に残っていた……

 あの時の表情筋の死んだような顔を思い出すだけで、ルミエルは身震いする。
 ……あの場から全力で飛んで逃げたくなったのです……

 ……すごく、怖かったのです。本当に、国から出ていけと言われるかと思ったのです……

 「なんとしても挽回しないと、今度こそいる場所がなくなってしまうのです」
 「一年間オヤツ抜きの罰でお腹一杯なのです」

 ルミエルから雷球が飛ぶ。奇怪な蝙蝠の魔物が灼かれて落ちてゆく。

フライング・クレージィ

 「このエルサークにいない魔物を解き放って……本当に手が足らないのです!」

 さらに、錫杖で二匹ほど叩き落とした後、周囲を一望する。
 やはり、ザインは探知にかからない。

 門のところに反応がある場所以外は、ルザロの反応はない。
 後は、魔物の反応があちこち散らばって、探知が撹乱されている状況に陥っている。

 「……ストラス・システムが、どこかへ持ってかれているのです。私の指示をきいてくれないものが、何割か……」 
 「こっち、ですか?」

 ルミエルが高度を落とす。

 ストラス・システムに干渉してくる存在は、本来いるはずがない。
 人間の術に、システムの処理容量から割かれる量は本来は微々たるものだ。

 「……あれは……ようやく見つけたですよ」
 レオル達の前に、ルミエルが降り立つ。

 「ルミエル、半日ぶりだ……調子は戻ったようだな」
 彼に動じた様子がない。
 ルミエルは、何か違和感を感じる。

 ……何か、変ですよ?来るのが、分かっていたような……コイツ、そんなに探知が鋭かったですか?

 「お前、何か変わったですか?……それに、そっちの知らない女は、何です?ストラス・システムを、使っていますね」

 ……神眼を阻害しますか……ですが、それが逆に正体を物語っているのですよ……

 「勇者、ですね。ここで、出てきますか」
 「王国の防衛に協力をしてもらうですよ。それが、勇者の役割です」

 リンが、ルミエルを見据える。

 「嫌。私は自分の為にこの能力を使う」
 「貴方やこの国の為じゃない」

 「お前、神性システムが働いてないのですか?」
 「まさか、お前達、白き皇の力に何かしたですか?」
 ルミエルの視線が、レオルとミレニム、ジュラ、ハクロと流れていく。

 「ルミエル、神様と言えど、人の魂を弄ぶことは認めないから」
 「特にウチのパーティーではね、そういうことになってるのよ」
 ミレニムが、リンの前に立つ。

 「どこまで恐れ知らずですか……勇者のスキルは白皇様が、魔族達の黒き力に対抗するために与えた、いわば、白き神聖な力」
 「それに手をかけることは、誰であれ許されることではないのです」

 「ルミエル、ザイン撃退には俺達も協力する」      
 「その為に色々と手を回してくれたことは、感謝している」  
 「だが、リンにはリンの意志がある……それには、口を出さないでくれ」
 レオルが、ルミエルを真っ直ぐに見据える。

 こうなると、彼女は色々と弱い。

 レオルには、元々負い目がある。  
 負けたこととか、助けてもらったこと、彼女なりに気にはしているのである。

 それに、ルミエルは一人、レオル達は五人、言葉の量でまず勝てる訳が無い。
 おまけに天使だからと、畏れ敬う風が全くない者たちなのだから、遠慮とかしてくれないのである。

 「うう……こっちは、雷王がいないんですよ。むしろ、雷王がこっちを攻撃してくるんですから、代わりをアテにもしたくなるんですよ」
 「リゼルに、無言で責められるのは、もう無理なんです。あんな死んだ魚のような目で見られるのは、もう耐えられないんですよ」
 「もう少し、優しさとかオヤツとか、私にくれたっていいと思うんですよ」

 酷く落ち込んだ声でそんなことを言ってくる。 
 「このポンコツさには、ホッとするよ」

 「ルミエルさん、ですからね」

 ジュラとハクロが、そんなことを口にしながらも、空に対して構える。
 フライング・クレージィの群れが、円を描いて旋回している。

 「……ルミエルさん」
 リンが、何もない空間から光の剣を生み出す。

 上空から魔物が三匹、こちらを目指して降下を開始する。

 「……貴方が、レオル達魔族を黒き力と言うなら、私はその力から生まれた勇者なんです」
 「白皇なんて、私を助けてくれなかった神様は知らない!知りたくもない!」

黒の勇者

 赤い光の軌跡が、夜空に奔り抜けた。
 魔物が、避ける間もなく瞬く間に葬りさられてゆく。
 ……彼女は、今や勇者のスキルを使いこなしつつあった。 

 リンは、剣を一振りして、魔物の血を払う。

 「私は、黒の勇者!」

黒の勇者 リン

 「黒の勇者の力は、魔族レオルやゾラのために使うことを、リンがここに告げる!」

 リンは、暗き夜空に誓う。
 夜の冷たい空気を、二つに切り裂いて声高く宣言する。

 「彼らのためなら、神様だろうが斬ってみせる!」

 ここに、黒の勇者が誕生した。



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【2025年創作大賞ファンタジー小説部門:冒険者】
 第7話から第18話が一つのまとまりの応募となります。

続編 


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