【魔族な俺ですが、人間達と仲良く暮らしても良いですか?#13】
誰がために
【あらすじ】
かつて魔王ザナグルを打倒した魔族の剣士レオルは、人間の魔女ミレニムに誘われ、陽気な格闘家ジュラ、獣人斥候ハクロ、元エルフ族の少女エルフィらと共に、“冒険者”として活動を始める。人間の都市に暮らしながら、魔族である正体を隠しつつ、穏やかな日々を送るレオル。
だが、世界は静かに崩壊への兆しを見せ始めていた。
ソール森林王国では、かつての魔導文明の遺産が目覚め、氷の魔獣が襲来。使命に縛られたホムンクルスの少女・グレイシャを救い、家族として迎え入れる。
次に彼らを襲ったのは倉庫街の異変だった。海魔"深淵の姫"シンエンの出現、暗殺者カリナとノワールの襲撃、そして神の造った対魔族兵器・天使人形ルミエルの介入。レオルは敵すらも救おうとする信念のもと、半魔族エレクチュアやルミエルの心をも救う。
だがその優しさが、新たな災厄を呼び込む。異界から現れた魔族ザインが、エレクチュアを従えて世界の侵略を開始したのだ。レオルたちは王国からも追われる身となり、信頼できる仲間と共に逃亡と潜伏を開始する。
そして――レオルに恩のある少女リンが現れ、仲間たちを匿う異界の村へ導く。しかし、リンには“勇者”としてのスキルが眠っていた。ミレニムの鑑定によりその事実が明らかになり、リンは自身の過去と向き合うこととなる。
【登場人物紹介】
【ミレニムのパーティーメンバー】
レオル(Leol) 魔族の剣士。かつてザナグルという魔王を倒した。誰も見捨てない優しさと覚悟を持つ。魔剣とスキル奪取の力を持つ。
ミレニム(Millenim) 人間の魔女。真面目なリーダーでレオルに想いを寄せる。分析力に優れる。
ジュラ(Jura) 陽気で豪快な格闘家の少女。仲間への情は深く、時に感情的になりながらも的確な判断を下す。
ハクロ(Hakuro) 獣人の斥候。冷静で理知的。斥候・偵察・家事全般を担う万能タイプ。
エルフィ(Elfi) 元エルフ族の少女。魔力は失っているが支援と癒しに尽力。レオルに淡い恋心を抱く。
グレイシャ(Gresia) ホムンクルスの少女。使命から解放され、レオルを「パパ」と慕う養子。
【協力者・関係者】
カリウス(Carius) Aランク冒険者「赤き砂」のリーダー。戦略家で礼節ある人物。
ミィナ(Miina) 情報通で「赤き砂」の一員。ミレニムの旧友。
エイラン(Eiran) 「赤き砂」の武闘派。最初はレオルを警戒するが、後に信頼。
カレン(Karen) ギルド事務員。密かにレオルたちを支援。
リゼル(Lizel) 謎の多い少女。高い直感と非凡な力を持つ。
リン(Lin) 孤児の少女。次元収納により村を保持する能力を持つが、実は"勇者"のスキルを持ち、世界に選ばれし存在。
ホロ(Horo) リンの弟分的存在。体が弱く、療養中。
【敵・対立勢力】
カリナ(Karina) 電撃魔法を使う暗殺者。レオルに敗れる。
ノワール(Noir) 冷酷な暗殺者。ジュラとの激闘を経て退却。
オルト商会 裏で魔族や妖魔の売買を行う組織。
ヴァルトラム伯爵 貴族。レオルたちに濡れ衣を着せようと暗躍。
【異種族・その他】
シンエン(Shinen) 海魔「深淵の姫」。妹を救うためにレオル達と共闘。
シロガネ(Shirogane) シンエンの妹。純粋な海竜族の少女。
エレクチュア(Erekutua) ザインに従っていた半魔族の少女。心を開き始める。
ルミエル(Lumiel) 神の作った天使人形。使命と感情の狭間で揺れる。
ザイン(Zain) 異界より来た魔族。圧倒的な力を持ち世界を侵食しようとする。
ゾラ(Zora) レオルの影に潜む魔族。レオル達を裏から助ける。
?(懐中時計の少女) レオルを時を止めて救った謎の存在。彼を「応援している」と語る。
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誰がために
「ルルリエ様、お待ちしておりました」
エレクチュアが、ネズミのような耳を持つ魔族に、頭を下げる。彼女は、晴れているのにもかかわらず傘をさしている。

「エレクチュア様、出迎えありがとうございます……ザインはいらっしゃいますか?」
森の奥の闇が集まり、黒い影と翼を持った魔族となる。
「……よお、頼んでたモノは用意できたのか?」
ルルリエが、くるりと傘を回す。
森から次々と、巨大な狼が姿を現す。

「ダイアウルフ100匹、それに、フライング・フューリー1体をリーダーとする、フライング・クレージィを50匹、きっちりと揃えました」
「ああ、フューリーとクレージィは、この中に……彼等は夜しか動きませんので……」
傘がもう一度、くるりと回る。
「なんだ?……珍しくお前が、現地まで届けてくれるのか?気前がいいな?」
「まあ、この星最初の『星落とし』ですから、興味はありますね……届け物ついでに見学させてもらってよろしいですか?」
独特の発音で喋り、傘を雨もないのにくるくる回す。
「まあ、いいぜ……ただ、つまみ食いは、ほどほどにしてくれよ。まだ、誰も手をつけてない獲物を狩るのが、楽しいんだからよ」
ザインが口の端を上げる。
ルルリエが、口に手をやり淑やかに笑う。
「で、いつから始めるのですか?」
「日が沈む、その時からだ……何一つ、逃さねえよ。蹂躙し尽くしてやる」
「エレクチュア、広域結界、万全にしとけよ!」
エレクチュアが深々と頭を下げることで、それに応える。
……あの方にお教えした時よりも、随分と予定が早まってしまった……
……レオル様達は、無事逃げられただろうか?……

エレクチュアはこの数時間、そのようなことばかり頭の中で反芻していた。
ザインに言いつけられたことを、機械的にこなすだけ……頭の中はレオルのことを考えるだけになっていた。
エレクチュアにとって、レオルは初めての理解者、自分の昏き復讐心の理解者、依存に近い心を持つのは無理からぬこと……
ザインは、理解者にはなり得ない。
ただ、彼女の心を利用しているだけだ。
だが、レオルは違う。
復讐心を持つことを頭から否定せず、しかしエレクチュアが復讐に身を任せることを心の底から悲しんでくれた。
ひび割れた心が潤うのを感じた……
この身体になってから、喜びというものを初めて彼に覚えたのだ……
彼を失いたくない……
最大の理解者たる彼を失いたくない……
また、この浅ましき想いを聞いて欲しい……
また、彼と言葉を交わしたい……
エレクチュアは、それだけを願う……
そのために、今夜はあの王国へ向かう……
レオルに万が一にでも、出会うことを願いながら……
例えそれが、どんなに歪んでいようとも……
エレクチュアの孤独な復讐心は、理解者を求めずにはいられないのだ……
「……やっちゃったぁ。なんで、あそこで、カミングアウトしちゃうかなぁ、私……」
「戻りにくい、ったら……ああ、もう!」
レオル達のいる家から少し離れた階段で、悶え苦しむリンの姿があった。
時刻は夕方から夜になる時……この空間は、いつも外の世界と同じ空模様を映し出す。
リンは、それが自分のスキルとは思ってはいない。無意識下で、彼女の望みをスキルが汲み取って、空中のストラス・システムに命じてやらせているのだ。

リンにしてみれば、今日レオルやそのパーティーの仲間が来るのをとても楽しみにしていたのだ。
テンションが上がって、容量が満杯になっていたとも言える。
この王国で知り合いといえば、レオルのほかは、あのダスクという情報屋しかいない。
だから、自分の秘密基地に友達を呼ぶ感覚で、初めてと言っていいほど嬉しかったのだ。
そこへ、ホロの病状や医者に診せた方が良いということをミレニムに聞かされ、さらには、国のため、世のために戦う勇者という単語が不意を突いてきた。
つまりは、許容量を越えたのだ。
それで自分の奥底にしまっていた、黒い不満の風船が破れかけて、机をレオル達の前で真っ二つにする醜態を晒してしまった。
レオル達が悪いわけではないのに……でも、あの瞬間、自分が止められなくなってしまった。
おそらく、甘えてしまったのだろう……たがが外れやすくなってしまっていたのだ。
レオルには、少しだけ心を許して、信頼していたから……あるいは、その仲間たちに、嫉妬があったのかもしれない……
「……せっかく、準備したのになぁ……水浴びもしたのに……」
カツン、と街路の石が鳴る。
「……あ、あの……とにかく、ごめん……取り乱しちゃった」
「雰囲気、悪くしてごめんね、レオル?」
振り向くと、レオルではなく、ゾラが立っていた。しかも、機嫌が悪いのか据えた目つきでリンを見ている。
……こ、怖い……
まず、思ったことはそれだった。
妙な迫力がある。

「悪かったな、レオルでなくて……奴は、後から来るだろうよ」
「……ゾラさん、どうして?」
一番、来ると思っていなかった人物の来訪で、リンもさすがに二の句が出てこない。
「……一番期待されてないことぐらい、分かっておるわ。その点は、先に謝っておこう」
「吾が、ミレニムをお盆でぶっ叩いたじゃろ。それで、あとで大きなコブができて、あ奴が怒りおったのよ……で、貧乏クジというわけじゃ」
それで、本当なら行きたくもない、勇者の前に出て行くことになったことからの、苦虫を噛み潰した顔という訳か……リンは、少しだけ理解した。
「ああ……それで、その顔ですか……なんか、お疲れさまです?」
「応よ、貴様が勇者になりたくないのは、よく分かった」
「だがな、吾の勇者に対する嫌悪感は、それとは別のことよ……何せ、魔族なのでな。一度は勇者に殺されて、肉体は無くなったのでな」
何か、暗い呟きになってきては、さすがにリンも引き始める。
「えっと、これって明らかに人選ミスですよね?……ほんと、何しに来たんですか?」
「……まあ、いらんお節介というヤツよ……お主が、どっちかといえば、吾側の心の人間だからな」
「ずっと冷たい処にいた奴に、いきなり温かい話をしても氷が溶けるか、という話よ……
今までのやりきれない憎悪とかを無視されて、いきなりこれからの話をされても、何も響かないどころか、余計にきつくなるだけじゃろ?」
その時のリンは、自分がどんな顔をしていたのか。
きっと心の中と同じで、ドロドロの怒りか、それともクシャクシャの悲しみの顔をしていたに違いない。
「……ゾラさん、どうして…………やめて、よ」
「押さえておけなくなるから、やめて」
リンが、苦しげに身体を縮こまらせる。自分の中ら出てくるものを押し込めようとするように……
「……吐き出せば、よかろうよ……でなければ、いつかその獣はお主の腹を、食い破るぞ」
「食い破って、まず憎んだ相手ではなく、身近なものを食い殺す……お前を気遣い心配する者の温かさが苦しくて苦しくて、大切なものを狂い殺すのよ」
静かにリンの中を見るように、ゾラは言葉を綴る。リンではなく、別の誰かのことを語るように。
「何故、わかるの……あなた、魔族なのに」
「長生きばかりしてきた古い魔族だからさ……特に吾は、人や同族の心をよく覗いておったよ」
「吾自身は身体も名前も失い、暗い中にずっと閉じ込められたおった……考える時間だけは余りあるほどあった」
「吾も、使命を果たすと同時に死ぬ仕掛けを組み込まれて閉じ込められておった……お前の冷たく黒い闇のような気持ちも少しは分かる」
「もっとも、こっちは恨む相手がとうに死んでおる……どうじゃ、やるせないことこの上ないじゃろ?」
リンは、ゾラに対する見方が変わりつつあった。
魔族の方が、人間の心を理解している。そんなことがあるのか……
「……別に不幸合戦をする気は無い。吾より、レオルや他のヤツの方が酷いかもしれぬし、な」
「……ただ、ミレニムらは、レオルに似てお人好しだからな。貴様をただ心配して困り果てておった」
「まあ、そういうことよ……後は、ヤツとでも話して、少しでも気を紛らわせれば、よかろうよ」
ゾラの姿が影に沈んでいった。もう用事はすんだといわんばかりに……
彼が、いつの間にか立っていた。
「……レオル、あの……」

「隣、いいか?」
リンが頷くと、レオルは静かに彼女の傍に腰を下ろす。
「……ミレニムが謝っていた。リンの気持ちも考えずに、酷いことを言ってしまったと」
「傷つけて、すまなかったと……許して貰えないだろうか?」
レオルが頭を下げてくる。
「頭上げてよ、君は下げすぎでしょ!」
「悪いのは私!それで、終わり!それで、いいでしょ?」
………君は、パーティーのお父さんですか……
心でそっと溜息をつく。
レオルの視線が、リンの視線と繋がる。
言葉でない何かが伝わった、とリンは感じた。
「……そうだな。ありがとう、リン」
レオルを見て、リンの中の何かが繋がった。それが、腑に落ちて言葉になる。
「……レオル、君も魔族なんだね?」
「ああ……黙っていて、すまなかった」
レオルが、小さな声で謝ってくる。
「……君とゾラさん、同じ匂いがしてた……それに、君は最初に私の次元収納を見ても、全然驚かなかった」
「今から思えば、それはおかしかった。君は、人間の枠からはみ出たものをみてきたから、あれしきのことでは、驚かなかったんだ……
だから、廃村をこの中に入れるなんてこと、普通に思いついたんだね」
「そうだな……これほどの規模ではないが、亜空間を操る同族を知っている。そいつは、そこで屋敷を建てて暮らしていたよ」
リンが、膝に顎を乗せて、さらに自分を抱え込むように腕に力を入れる。
「……そっか、私、人間に捨てられて、魔族に助けられたんだね……こんな勇者、いるわけがないよ」
乾いた笑いが漏れる。笑うしかないと言った風だ。
「リン……君が勇者になりたくないなら、それで良いと俺は思う」
「これまで頑張ってきたんだから、後は自分の好きにしたらいい」
「ありがと……でも、それが一番難しいんだけどね、いろいろ未練が多くってさ……」
ホロ達のことを言っているのだろう。今、廃村を次元収納に取り込んだ村に、ホロを含めて5人ほど子どもがいる。
彼等も、働ける者は、たまに日雇いの働き口を見つけて僅かばかりの収入をここに入れている。
だが、これからのことを考えると、厳しい現状には変わりない。
「……よりにも寄って、勇者スキルかぁ……自分だけを救わない、一番いらないものだよね……」
「リン、スキルは、所詮スキルだ……それで、君が変わるわけでもない」
「そう割り切ってみてはどうだ?」
「……それは……そうだけど……」
まだ、とてもそこまでの考えに至れそうにない。
それに、スキルが活性化していないものを、どうしたらいいのか……
「ミレニムが言っていたが、勇者のスキルを立ち上げれば、剛腕や神速、剣王、魔導王のスキルも立ち上がるとのことだ」
「王国のためとかではなく、君のために使ってやればいい。所詮、スキルは道具だ……こっそりと生活費を稼ぐのに利用してやればいい」
レオルが、わざとらしく口の端を上げる。
「スキルが活性化させることは、まあ、多分やれるヤツに、心当たりがある……俺から頼んでおくよ」
「それって……もしかしなくても、ゾラさんのことでしょ」
「もの凄く嫌がるんじゃない?……私、そんなにしてもらっても、返せないよ?」
リンは、少しだけゾラの不満気に怒るところを想像して笑う。
彼女はいつの間にか、あの魔族のことが好きになってしまったらしい。あとで、色々と話しかけてみたいと思うほどには、あの持って回った物言いが気に入ってしまったのだ。
「いつか、言っただろ……俺を利用しろ、と。こっちもお前利用するから、と……これは、信用関係だろ、リン」
レオルの言葉は、力をくれる。
私のことを本当に考えて、欲しい言葉をくれる。
利用する、されるの関係が、今は心地がいい。
私の嫌なところを知りもしないのに信頼といわれても、気分が悪くなるだけだ。
魔族に利用してもらえるほどの価値があるなら、 今はそれでいいと思う。
それこそレオルやゾラ達に、アテにもしてもらえなくなったら、今の自分は立ち直れなくなってしまうだろう。
「なんか秘密の関係だね、それ」
……楽しい、なぜかそう思う。嬉しいとさえ思う。
自分は、何処かおかしいのではないか、とも思う。
「もし勇者になっても、君やゾラさんには、絶対に剣は向けない……だから安心して」
リンもレオルに笑いかける。
いつの間にか、ほんの少し気が晴れていることに気づく。
既に、勇者という言葉に抵抗が少なくなっていた。自分のためのスキル……ちょっと便利な何か、そう思えばいい。
「……あと、なんか綺麗な人ばかりだったけど、君、全員に粉かけてるの?」
「私みたいに、たぶらかしてない?」
リンが、レオルにくっつかんばかりに顔を近づけてくる。対等の信用関係となって、遠慮がなくなっているようだ。
「……ひどい言いようだな、リン」
「彼女達の好意には、誠実であるつもりだ。ミレニム、ジュラ、エルフィには、もう好意を示してもらっているからな」
「……君、将来、三人とも奥さんに欲しいってこと?」
「ごめん、聞いといてあれだけど、女の子的には、ちょっと斜め上というか、意味わかんない……ミレニム達に纏めてそっぽむかれないといいねー……」
明らかに温度の下がった声が出た。
彼の倫理感は、一体どうなっているのか?
そもそも魔族の倫理感とは、何なのか?
複数の奥さんを持つことは、王国内でも禁止されているわけではないが……ちょっと、見境がなさすぎでは……と思う。
リンが少しだけ、レオルから距離を離して座り直す。
「そう、あからさまなのは勘弁してくれ、リン」
「自覚はしている……いつか、その時が来たら、ミレニム達に愛想尽かされるかもと怖くなる時があるんだ」
「ここまで一緒にやってきて、今さら愛想尽かされるわけないと思うけど、ね」
「ごめん、ちょっとからかいたくなっただけ……やっぱり、聞きたいじゃない。あれだけ、親しげだとさ……」
「……あれが、君の大切な家族なんだ」
リンが立ち上がり、付いた砂を払う。
いつの間にか、日は暮れてすっかり夜になっていた。夕飯の準備を急いでしないといけない。
「……ほんと、羨ましいなぁ」
偽りの星空を見上げて、リンは誰に聞かせるでもなく呟く。
それは、冷たく澄んだ空に溶けて消えていった……
「旦那……悪い知らせと良い知らせがあります」

ダスクは、どこか楽しげにレオルを見ている。
リンと一緒に家に戻ったレオルを、彼は入口のところで待ち構えていた。
会うなり、開口一番にそう聞いてきた。
「……その言い方は、手引でもあるのか?」
「まあ、良い方を先に聞こうか」
レオルはどこか呆れたように催促する。
このダスクは、レオルにリン達の救出を依頼した情報屋だ。
レオルが、その類の依頼を断らないことをどこからか聞きつけてきたらしく、少し前に接触して来た。
その一方で、レオルはその依頼を果たした後に、報酬を金品で受け取らなかった。
その代わりにダスクには、レオルに有利な情報を集めてくれることを頼んだのである。
期限は、ダスクがこれまでと思った時、としてある。
「カリウスと第一王女が、ヴァルトラム伯爵を処罰するように動いています」
「それで……アサシンギルドが、俺につなぎを頼んで来ました。旦那に手打ちにしてもらえないか、と……場合によっては、そっちの魔女さんに手出しをしたノワールの首を、差し出しても良いとのことです」
「……天使ルミエルが、王女にヴァルトラム伯爵の厳罰を望んだことから、完全に逃げ場がなくなったらしいです」
まあ、あのルミエルの勢いを向けられた貴族はたまったものではないだろう。
レオルは少しだけ、その場面を想像して笑みを浮かべる。
おそらくはルミエルは、レオル達を動きやすくすることで、ザインの「星落とし」に対抗する戦力にしたいのだろう。
「ミレニム……どうする?」
彼女は少しだけ笑う。
「もう答えは、決まってるでしょう?……私のことは考えなくていいよ」
レオルは、軽く頷く。
「……大きな貸し、一つと伝えてくれ。ノワールはそちらにとっても優秀な人材のはずだ、と。生きて借りを返してくれればいい……そう、伝えてくれ」
「……旦那、アサシンにまで、気遣いしなくてもよいと思いますがね」
ダスクが、呆れたように軽く息をつく。
「ですが、確かに伝えましょう。で、悪いほうですが、ロロス王国から誰も出られなくなっています」
その場の空気が重さを増す。
予定より、早い……ザイン達が、もう動き出しているということになる。
「王国やギルドは、どうしている?」
カリウス達が、どれだけのことをこの短時間でやれたのだろうか……?
「軍は、街の門と城の守りを固めています……
ギルドは、『赤き砂』のパーティーが、警戒に当たっていますが、その他のパーティーはまだ情報を信じていないことから、動きが鈍い、といったところですか……」
ザインがどう攻めてくるか……今のところ、それは読めない。
エレクチュアが奪った雷王もいる……最終的に城を襲撃するのだろうが、支配したいのか殺戮をかけてくるのか……それで大きく結果は違ってくるのだろう。
「レオル、アイツは単騎だ……絶対に根絶やしにしてくるよ。支配するのに一人では無理だよ」
ジュラが、レオルの思考を読んだように自分の考えを話す。
「でも、ジュラさん、王家の人だけ押さえれば、この国を何とかできませんか?……その魔族、知恵は回りそうなんですよね?」
エルフィが、聞いたザインの情報から推測する。
「エルフィの姐さん、ずっと王族を見張るというのは、やはり現実的ではありません」
「そのザインというのは、殺すことによって何かを得るのではないですかい?」
ハクロがゾラの方に視線をやる。それにつられてレオル達も、彼女の方に視線を集める。
そのゾラといえば、リンが何かと話しかけてくるので、邪険にしきれずにその相手をしている。
その傍では、グレイシャが不思議そうにその様子を見ていた。
グレイシャも、ゾラと直接顔を合わせるは初めてであり、彼女に関する以前の記憶は既にないはずである。
だが、何か感じるところがあるかもしれない。
戻ってからのリンは、ミレニム達にひと通り謝り、ホロ達のところへ夕飯の手伝いのために顔を出していた。
そしてその後は、ゾラにずっと纏わりついて今に至る。
意外な組み合わせと、レオル達の目には映っている。
「……なんじゃ、吾に聞いても何も出んぞ……
そんなもの、存在エネルギーでも、アテにしてのことに決まっておろう」
「魔族の常識じゃろ?」
ゾラの口調が、最後の方で弱くなる。
そのゾラのいう常識は、このエルサークでは既に失われた知識であり、他の世界での魔族がそれを当たり前にしているかは、まだまだ不明である。
「ゾラさん、多分みんなの顔を見るにですね……貴方が時代に合っていない、と私は思うのですよ」
「ほほお、吾が遺物と抜かすか、リンよ……よくも、そんな口……」
「どちらかというと、おばあちゃんの知恵袋的なポジションだよね、ゾラさん」
ゾラが何かを言う前に、リンがにっこりと遮ってきた。
ゾラが、何かに頭をはたかれたような顔をする。
「お、おばあちゃん、だと?!……」
「で、存在エネルギーって何のこと?」
あくまで自分のぺースで話し続けるリン。
「……それって……前にギルマスが言ってた、存在確率エネルギーと同じものなの?」
ミレニムも質問を重ねてくる。
「……まあ、そんな呼び方を魔道師どもはしておったな……」
「人間には魂がある。魂から今、ここにありたい、という意志が引き金になって、存在エネルギーが放出、それが身体を形作り、存在を固定し、初めて現界し続けることができる」
「それを、昔は魔族が自分を強化するために人間から奪っておったことがある……そのことから、魔族は人間の魂を食らうだの、負の感情を好むだの言っておった訳よ」
ゾラの話を皆が静かに聞いていた。
いつぞやギルドマスターステラが言っていた答えが、こんなところから出てくるとは予想の外であった。
「レオル、あまり気持ちの良い話ではないだろうが、ザナグルとやらがやっていたのが、まさにそれよ……」
「……魂を、そのエネルギーをあらゆるものから奪い、己の強化に使う。昔の魔族は次の段階に進むため、或いは天使や神を討つため、手段を選ばなかった……」
「お前のその並外れた力も、アナスタシア達が残してくれた存在エネルギーがなせる技よ……」
レオルは、己が手に視線を落とす。
アナスタシア達は、どれほど多くのものを彼に託したのか。
それは、皮肉にも、どれだけ絆が強く、彼が愛されていたかの証だった。
「……ザインの目的が、そうだとすればここは、狩場ということか……外から輪を縮めるように来るか……」
「だとしたら、伏兵がいると考えるべきです、旦那。単騎で包囲網は張れはしません」
ダスクが、レオル達の話から推論する。
「ダスク、先ほどの件と合わせて、アサシンギルドに情報を流してやれ。商売する場所がなくなると、な……何らかの働きはしてくれるだろう」
「情報料も、ぶん取ってやりますよ……では」
ダスクは、夜の闇に走り去る。
彼は、リンの村を自由にできる。
リンが彼のことを味方と認識しているため、次元収納スキルが自動的に出入りさせているのだ。
「ゾラさん、ここでスキルを立ち上げてもらっていいかな……」
リンが、いきなり真剣な表情でゾラに向き合う。
「いきなり、じゃな……ザインのことなら、王国や天使に任せておけばよかろうよ。お前の嫌いな連中にやらせておけば良い……レオル達も行くだろう、大丈夫じゃ」
リンが静かに首を振る。
「……嘘だよ……いくら何でもわかるよ。
王族を含めて根絶やしとか言ってたよね……この王国の全てが逃げられずにその魔族に狩られるって規模の襲撃に、絶対大丈夫って保証はない……」
「……さすがに、ここにずっと隠れるわけには行かないよ……食べものが作れないんだから」
「良い、のか?……貴様が戦えたとて、状況はあまり変わらぬと思うが……」
ゾラにしては、珍しく人間に気を使った言い方をしている。
「レオルが言ってた、スキルは所詮スキル、私は変わらないって」
「ホロ達は、私が守るって決めてるんだ……この王国が滅んだら、どのみち私達もおしまいなんだよ。それに、レオルを少しでも手伝いたい……お願い、ゾラさん」
ゾラが、レオルの方へ視線をやる。彼に頷かれると、彼女はさらに困った顔をする。
「……仕方があるまい」
「だがな、責任はとらぬぞ。勇者なぞ、吾は……好かぬ」
「ゾラさん……私はリンだよ。そう呼んでよ」
「あと、一つお願いがあるの……」
ゾラの手をとる。今のゾラは、現界の精度を上げることで触れられようになっている。
「……リン、お前、震えておるのか?」
「……友達になってよ、ゾラさん」
「私の初めての友達に……友達がスキルを立ち上げてくれるなら、大丈夫な気がするんだ」
リンの瞳が潤んでいる。助けを求めるように、すがるように……
……このようなこと、吾の柄ではないわ……
「……ゾラだ。友というならば、そう呼べ……目を閉じよ。力を抜け。吾に委ねよ、リン」

ゾラの顔が緊張に染まる。
右手に青白い光を掴んで、リンの胸の前に持ってゆく。
「うん……うん、ゾラ。ありがと」
胸の中にゾラの腕が一気に沈みこむ。
リンの顔が僅かに歪む。
「……辛ければ、吾の腕に掴まれ……出来るだけ、手早く済ませる」
「……わかった」
ゾラの左腕を、リンの両手が握りしめる。
……勇者スキルに、魂魄のラインがない……
……ソウルスパイダーの術糸でバイパスを……これで、よい……繋がったぞ……
立ち上げて、活性化を……
ゾラの目が赤い光を灯し、見開かれる。
……スキルが……何だ……神性システムと……人格抑制システム……
……システムだと……スキルではなく、何だ、これは……
リンの顔が歪む。
中からの変化に、身体が熱を持ち、神経を通して痛みが走り抜けてゆく。
……これは、前に吾がグレイシャにやっていたことと同じぞ……気に食わぬ……
……縛り付けて、停止にさせてくれる……
「魔族、何をしておる……それしきのことで、止まるシステムではないぞ……」
リンではないものが、リンの声で語りかけてくる。瞳が赤く染まり、紋様が浮かび上がる。

「やはり、そう上手くはいかぬか……だがな、友は返してもらうぞ!」
「ゾラ……俺から力を持っていけ!」
レオルとのエネルギーラインから、力を吸い寄せる。こういう時、レオルの察しの良さは助かる。
直接、右手でリンの魂に刻まれたシステムを握り締める。
システムが内部からその腕を灼き尽くさんと、魂魄の光を熱に変えて奔らせる。
ゾラの唇から、苦痛が漏れ出す。
「この……リンを返せ……吾の友の人格に手を出すな!」
術糸で腕ごとシステムを縛り付けて、機能を抑え込んでいく。
指の何本かが、既に感覚が失われている。
術糸でシステムを握り締めた己の右手を、切り離す。
切り離された右手は、それだけが意思を持つようにシステムを締めあげ続ける。レオルの分割思考を真似て、仮の意思をその右手に宿らせたのだ。
「そこまでの覚悟か……仕方がない、今回は、手を引くとしよう」
「この娘、そちらに預ける……魔族を滅ぼせるなら、この『私』でなくても構わない」
ゾラを握り締めるリンの手の力が、緩まる。
彼女の目が光が穏やかなものになってゆく……
「……ゾラ?終わったの?」
「ああ……終わった……少し疲れた。休ませてくれ」
喪失した右手を素早く袖の中に隠すと、ゾラは奥の部屋に向かって歩き出す。
「ありがとう、ゾラ」
ゾラを左手を上げて、それに応えた。
それはどこか、晴れやかな微笑みを湛えていた……

