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知られざる転職のダークサイド! 続・マジで転職のことは失敗した人に聞きなさい(仕事のエッセイ)

「わたしの人生は……一度終わった」



前回は衝撃の言葉で幕を閉じた。

数社を経て、わたしは牢獄でしかあり得ない職場に閉じ込められた。

【転職の流れ(第一期)】
牢獄に見えた大手メーカー ⇒ 中堅システムインテグレーター ⇒ 本物の牢獄だったメーカーの派遣会社

早く次の話に行きたいところなのだが、牢獄編はまだ終わっていない。

人生が終わったと書くのには、それなりの理由がある。闇がいくつもの層になっている。

今日は初めてこのエピソードを公にする。
切り捨てるには惜しい、あまりに大事な話だから。

その前にある兄弟の話を聞いてほしい。


わたしの親族、高齢の兄弟だ。仲が悪い。

わたしは「兄」のほうのグループに属していて、その人に会うとずっと弟の悪口を聞かされた。わたしは「弟」のことを知らないので、その時間が苦痛すぎた。

ある人に聞くと昔は仲が良かったのに、おたがい公務員で(※ 兄は途中から公務員に転職した)、弟のほうが出世をしてしまったがために、どんどん溝が広がっていったそうだ。

兄は、弟の悪口を言い続けた末に突然の脳出血で亡くなった。

公正を期するために追記すると、兄弟の母が「弟の出世」をよく自慢していたのだそうです(介護をしたのは兄の側)

お母さんに悪気はないんだと思うが…

馬鹿だなあ……。

ふたりしかいない兄弟なんだから、立場なんて気にせず仲良くすればよかったのに。

わたしは、これからするエピソードのことを忘れて、そんなことを思ってしまった。

単純に見える話は単純ではない。

……………………

わたしには年の近い弟と、年の近いいとこがいる。
昔は仲がよかった。この感動エッセイを読んでほしい。

(今は疎遠だけど、死ぬ間際には、昔の身体に戻って旅に出ようね)

就職が、転職が、それぞれの立場が、その後消えない傷跡を残した。

わたしの牢獄エピソードの背後には、別の物語が走っていた。

牢獄に「見えた」大手メーカー

誰もが知る巨大メーカー。わたしはそこの正社員だった。

どういうめぐり合わせなのか、年の近いいとこも同じ事業所に通っていた。
関連会社の社員として。

内心、きついものがあるのではないかと思っていた。
扱いに差がある。わたしは近くの社員寮が使えたが、いとこは学生時代のアパートから通っていた。

世間からの評判だって違う。他にも、こちらからは見えないさまざまな壁があったのではないかと思う。

敷地は広大。建屋が違うので、事業所で会うことは一度もなかったが、心に引っかかっていた。

今度はわたしがその立場(※ 強化版)になるとも知らずに……。

いとこはこんな人(世界で一番やさしい人だと思う)

「本物の」牢獄だったメーカーの派遣会社

わたしは地獄のような環境で、世界最大の自動車メーカーT社向けの仕事をしていた。

T社の部品をつくるメーカーの、子会社の派遣会社の、仕事のできない最底辺の人間。

これまた、いったい何の因果なのか、弟は、T社の正社員だった。

雲の上の存在。雲の上の待遇。

現代の日本にも奴隷制度は存在する。

わたしは最低限の人間らしい生活がしたかった。尊厳がほしかった。人間らしく扱われたかった。毎日22時に帰宅できればどんなに幸せかと思った。

一度この立場に落ちると這い上がることは不可能。

それでもときどき空を見上げた。

高望みをしたわけではない。

自分よりも少しだけ上の暮らしを夢見た。

ふと天上に思いを馳せたときには弟の影が見えた。

いったい両親はどう思っているだろうか……。

こんなに馬鹿で最低でどん底の自分のことをどう思っているだろうか。

たまらなく情けなかった。あまりにもみじめだった。

わたしは、脳出血で亡くなったあの人のことを笑うことはできない。

仕事は、立場は、境遇は、人にあまりにも深い傷を負わせる。

転職は、「失敗しました、間違えました」では済まされないものだった。


繰り返そう。

工場の屋上から何度か、遥か下の冷たいコンクリートを眺めた。

わたしの人生は……一度終わった。

読んでくれてありがとう!
楽しい記事もたくさん書いてるからね

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最近はマメにFIRE日誌を書いています。

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壮絶ミュージシャン化プロジェクト。計画は失敗でも人生の再起には成功した!(ありがとう音楽)

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焔ふぁい|FIREの精霊 クリエイターであり続けたいー! が、整体に行かないと死ぬ。ポンコツゆえ、ポンコツゆえ、300円よろしくお願いしまーーす!