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【スマホ】なぜモトローラ(motorola)は2度売られても消えなかったか——Lenovoの“看板”戦略

7月中旬の火曜日の夜。夕食を終えたダイニングテーブルで、僕はPixel 10aを片手にニュースフィードを眺めていました。指が止まったのは、こんな見出しです。

「motorola razr fold、8月4日発売」※1

モトローラ。僕の中でこの名前は、ガラケーよりさらに前の時代で止まっていました。ところが現実のモトローラは、2026年の夏に、横開きの折りたたみスマホを日本の売り場に並べようとしています。

世界で初めて携帯電話を作ったこの名門は、Googleに買われ、わずか2年足らずでLenovoに売られました。ふつうなら、そこで名前ごと消えていてもおかしくありません。なぜモトローラは、2度売られても消えないのでしょうか。

この記事では、名門モトローラの転落と再生を、「買収する側」Lenovoの一貫した戦略とセットで解剖します。読み終わる頃には、スマホ売り場の「motorola」のロゴが、少し違って見えるはずです。

「買収された会社の名前は消える」という常識

買収された会社が、そのあとどうなるか想像がつきますか。

多くの場合、答えは「名前が消える」です。吸収合併されれば社名は親会社に揃えられ、ブランドは整理され、数年後には「あの会社、そういえばなくなったね」と言われる。携帯電話の世界は、まさにその繰り返しでした。NokiaはMicrosoftに買収されてスマホの世界から一度姿を消し、BlackBerryは端末事業そのものを畳みました。日本でも、三洋電機のケータイ事業は京セラに引き取られて、名前が消えています。

だから僕も、ニュースで「モトローラの新型」を見た瞬間に浮かんだのは、「まだあったのか」ではなく「なぜ、まだあるのか」という疑問でした。買収を2回も経験した会社の名前が、2026年の新製品に堂々と刻まれている。これは、よく考えるとかなり異常な光景です。

モトローラは死んでいなかった——世界8位・米国3位グループ

世界8位、シェア5%、四半期1,520万台。

これが2025年7〜9月期における、モトローラのスマホ出荷の現在地です※2。しかも直近まで8四半期連続で成長を続けていました(この四半期にいったん一服しています)※2。米国ではAppleとSamsungに次ぐ3番手グループの常連。そして日本でも、2024年には出荷台数を前年度比およそ2.3倍に伸ばしています※3。

つまりモトローラは、名門の余生を細々と生きているのではありません。スマホ市場の「勝ち残り組」の一角に、現役で座っています。

ここで、この記事の結論を先に言ってしまいます。

モトローラは「買収されたのに生き残った」のではありません。「買収されたから生き残れた」のです。

そしてその買い手が、世界でいちばん「買収した会社の看板を消さない」メーカー、Lenovoでした。順番に見ていきます。

世界初の携帯電話を作った名門が、バラバラに売られるまで

1973年4月3日、ニューヨークのマンハッタン。モトローラの技術者マーティン・クーパーが、重さ1キロを超える試作機「DynaTAC」を耳に当て、世界初の携帯電話の通話をやってのけました※4。

モトローラの名門ぶりは、これだけでは終わりません。1928年にシカゴで創業し、カーラジオのブランド名「Motorola」がそのまま社名になった会社です。1969年、アポロ11号が月面から地球へ送った「人類にとって偉大な一歩」の声を中継したのは、モトローラの無線機器でした※4。世界中の工場に広がった品質管理手法「シックスシグマ」を1980年代に生んだのも、この会社です。そして1996年の「StarTAC」、2004年の「RAZR」——あの薄さで世界を熱狂させた折りたたみケータイは、累計およそ1億3,000万台を売っています※4。

僕が中高生の頃に夢中で押していた日本のガラケーのボタンの向こう側にも、遡ればいつも、この会社の発明がありました。

転落は2007年、iPhoneの登場からです。スマホへの転換に乗り遅れたモトローラは赤字に沈み、2011年、ついに会社そのものが2つに割れます。業務用無線などを手元に残した「Motorola Solutions」と、携帯電話の「Motorola Mobility」への分社です※5。

そして2012年、Motorola MobilityをGoogleが約125億ドル(当時のレートで約1兆円)で買収します※5。ところがGoogleの本当の狙いは端末事業ではなく、Androidを特許訴訟から守るための「特許の束」のほうでした。2014年1月、Googleは買収完了からわずか2年足らずで、端末事業をLenovoへ約29億ドル(約3,000億円)——買値の4分の1以下で売却すると発表します。しかも特許の大半は、Googleの手元に残したままで※5。

総務の仕事をしていると、会社の資産台帳を眺める機会があります。台帳の上では、建物と土地、設備と権利が、それぞれ別々の行で管理されています。Googleがやったのは、まさにこの「行の分解」でした。モトローラという会社を「特許」と「工場・人・ブランド」に分け、欲しい行だけを手元に残して、残りを売る。創業86年の名門は、台帳の上でバラバラに解体されたわけです。

普通の物語なら、ここで終わりです。でもモトローラの場合、この「残りもの」を買った相手が普通ではありませんでした。

Lenovoは「看板コレクター」である——ThinkPad・NEC・富士通、そしてうちのリビング

実は、うちのリビングにはLenovoの買収の歴史が2つ転がっています。

1つは、週末にカフェへ持ち出してこの記事を書いている、富士通のノートPC「Lifebook U939」。もう1つは——正確には「ありました」ですが——去年の夏に手放すまで使っていた、NECブランドのAndroidタブレットです。

富士通のパソコン事業(富士通クライアントコンピューティング)は、2018年からLenovoが株式の51%を握っています※6。NECのパソコン事業も、2011年からLenovoとの合弁会社です※6。さらに遡れば2005年、LenovoはIBMのPC事業ごと「ThinkPad」を手に入れています※6。

ThinkPad(IBM)、NEC、富士通、そしてモトローラ。Lenovoは20年かけて、各国の「名門の看板」を集め続けてきた会社です。僕はこれを勝手に「看板コレクター」戦略と呼んでいます。

ポイントは、集めた看板を絶対に消さないことです。ThinkPadは今もThinkPadのまま、NECのLAVIEはLAVIEのまま、富士通のFMVはFMVのまま。裏側では部品の調達や生産をLenovoの規模にまとめてコストを下げつつ、表側の名前と、その名前を信じてきた顧客との関係には手を付けません※6。

これ、総務職として見ると、ものすごく合理的なんです。会社の名前が変わると何が起きるかを、総務は身をもって知っています。契約書の巻き直し、銀行口座の名義変更、請求書・封筒・社印・看板の作り直し。そして何より、取引先の頭の中にある「この会社なら大丈夫」という信頼の登記簿を、ゼロから書き直す作業。ブランドを消すというのは、この途方もないコストを自分から支払いにいく行為です。

Lenovoはその逆を行きました。目に見えない「信頼」はそのまま引き継ぎ、顧客から見えない「調達と物流」だけを差し替える。買収の実だけを取って、痛みは取らない。僕が世界一(?)過小評価されてるノートPC、富士通Lifebook Uシリーズの魅力についてめちゃくちゃ熱く語るほど惚れ込んだ1台が、Lenovo傘下になってもあの軽さと堅実さのままでいてくれる理由の一端も、たぶんここにあります。

「名門の看板」×「調達力」——モトローラが定着するまでの10年

とはいえ、29億ドルの買い物は、すぐには黒字になりませんでした。

PCの買収と違って、スマホは変化が速く、競争相手はAppleとSamsungです。買収後のモトローラは数年にわたって苦戦し、人員削減も経験しています。それでも Lenovoは看板を下ろさず、代わりに戦い方を3つに絞りました。

1つ目は、戦う場所を選ぶこと。 世界中でAppleとぶつかるのではなく、モトローラの看板がまだ強く生きている場所——中南米と北米のキャリア市場に力を集中しました。米国では2021年にLGがスマホから撤退し、空いた「3番手」の椅子にモトローラがすっと座ります。1世紀近く積み上げた「Motorola」への信頼は、新興ブランドがお金では買えない資産でした。

2つ目は、名門の記憶を新製品に変えること。 2019年、モトローラはあの「RAZR」を縦折りの折りたたみスマホとして復活させました。2004年の薄型ケータイを知る世代には懐かしく、知らない世代には新しい。今年8月に日本へ来る「razr fold」も、この延長線上にあります※1。看板を消さなかったからこそ、過去の栄光を「レトロ」ではなく「現役の武器」として使えるわけです。

3つ目は、Lenovoの調達力で「ちょうどいい価格」を実現すること。 日本で売れているmoto gシリーズは2万円台からです※3。この価格で成立するのは、PCで世界首位を争うLenovoの部品調達と生産の規模があってこそ。さらに日本市場では、FeliCa(おサイフケータイ)対応という「日本仕様」に本気で投資し、ソフトバンクやIIJと組んで販路を広げた結果が、出荷2.3倍という数字です※3。

名門の看板が信頼を、Lenovoの規模が価格を、それぞれ担当する。モトローラがLenovo傘下の一ブランドとして「定着」できた化学反応の中身は、この分業だと僕は見ています。

ブランドの国籍は、もう溶けている

ところで、僕のLifebookは「日本のパソコン」でしょうか。

株式の過半を握るのは中国のLenovoです。でも開発と生産の現場は今も日本国内にあり、品質へのこだわりは買収前のままだと言われます※6。では、モトローラのスマホは「アメリカのスマホ」でしょうか、それとも「中国のスマホ」でしょうか。設計の原点はシカゴ、資本は北京、生産はアジアの各地。もう、どちらでもあり、どちらでもありません。

僕が働く生命保険業界も、実は「名前を消せない」業界です。合併のたびに、社名は消えるのではなく連結されてきました。名前には、契約者が何十年も保険料を払い続けてきた信頼が宿っているからです。だから僕には、Lenovoが看板を残す理由が、理屈ではなく肌感覚で分かります。ブランドとは、ロゴではなく「積み上がった信頼の残高」です。残高のある口座を、わざわざ解約する経営者はいません。

そう考えると、スマホ選びの風景も少し変わります。僕は今Pixelを使っていて、AppleとGoogleという2つの「箱庭」を渡り歩いてきました(この話はスマホに自由を求めてAppleからGoogleに引っ越したけど、結局おなじ「箱庭」だった話に書いています)。その隣で、モトローラは箱庭を作らず、「名門の看板×手頃な価格」という別の戦い方で棚に並んでいます。2万円台のmoto gの裏側に、53年前のDynaTACから続く発明の系譜と、看板を消さない北京の計算の両方が詰まっている——そう思って売り場を眺めると、ちょっと面白くありませんか。

おわりに

ダイニングテーブルの上のPixel 10aには、まだrazr foldの記事が開いたままです。8月4日、家電量販店の棚に横開きのモトローラが並んだら、僕はたぶん少しだけ立ち止まって、触ってみると思います。

世界で初めて携帯電話を発明した会社の最新作を、中国の会社が支え、日本の売り場に並べる。持ち主が2回変わっても、名前だけはずっと変わらずにそこにある。会社は解体されても、看板は死なない——創業98年のモトローラは、ブランドというものの正体を静かに教えてくれます。

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出典(数値は2026年7月中旬時点)


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