中3次女、1年9ヶ月ぶりに登校の朝
中1の1学期末試験のときから、身体がこわばって学校に行けなくなった中3次女の話はnoteにも何回か書いてきた。
ざっと書くと次女の不登校の歩みはこんな感じ。
1.小学3年から行きしぶりが増え、途中から完全不登校 同年、精神科を受診して発達の凸凹を指摘される(ASD〈自閉症スペクトラム〉だろうとの診断)
2.小学5年の1学期と小学6年の1学期だけそれぞれ登校したものの疲弊して不登校に
3.卒業式のみ出席
4.私立中学を受けて入学
5.1学期だけ登校したものの疲弊して不登校に
その後、1年9ヶ月という長い時を使って、次女は少しずつ自分のことを分析し、自分のペースを知り、向き合い、エネルギーを溜めてきた。
上の最後の記事に書いたように、先月はついに学校の入り口に足を踏み入れることができた。
この日の出来事は「学校に行けるかもしれない、思ったより足が軽かった」という自信につながったようだった。
それからも逡巡しながら、でも「できたらまた学校に行きたい」と願いを持ちながら過ごし、この春休み中は、夜型遅起きの生活習慣を計画を立てて徐々に早寝早起きにずらしながら、次女は今日の新年度始業式に向けて準備してきた。
計画が達成できないとがっかりしてしまう、きっちりASDの特性のために時々危うかったけれど、「こんなこともあろうかと」と、若干ゆるめに計画を立てることも覚え、宿題もすべて終えて万全に整えられた今朝。
朝7時、家を出る。
2年前の次女なら、1分遅れるとパニックを起こし、怒り、場合によっては「もう行かない」となっていただろうけれど、5分は猶予のうちにあったらしい。
こんなずぼら母さんのもとできちんときちんとな次女が、よく14年も生きてこられたと思う。
申し訳ない。
母さんはもうずぼらを直せないけど、次女は自分で「母さんはそうはいってもだめな時がある」と別のプランも考えるようになっていた。
つまり7時5分に、家を出る。
スクールバスを出してくれる学校なので、バスを申し込めば私が学校に送る必要はないのだけど、しばらく慣れるまでは送ろうと思っている。
小学校に行く三女も一昨年よりかなりしっかりしていて、自分で支度して出られるようになったのもよかった。
今日は夫と三女、三男とで時間通りに出発したらしい。
次女と学校までの道すがら、世間話をしたり、槇原敬之を流し聴きしたり。
今日も次女には「どんなときも。」が応援歌。
大きな声で一緒に歌いながら、この曲だけ何回かリピートした。ありがとう、マッキー。
学校がある街が見えてきたら何度もため息をついて明らかに緊張の増す次女。
住んでいる町ではまだつぼみの桜が、この街では満開で、あちこちに薄桃色の桜が咲いている。
次女は「きれいだねぇ」と、いっときでも桜に癒やされる。
学校が見えてきた。
ため息は倍増。
「こんなときには」と、持参の無印良品のノートと鉛筆を取り出し、絵を描く。
絵は次女の精神安定剤のようだ。
門を入る。
この門まできて、そのまま車から降りずに家に引き返すことの多かった約2年前の日々が頭に浮かぶ。
最後に大きなため息をついてから、意を決して次女は車を降りた。
満開の桜の中を歩く次女の背中に声をかける。
「行ってらっしゃい!」
この言葉も久しぶり。
「がんばれ」と心のなかでつぶやき、淡々と送り出す。
迎えに行くときは、どんな顔をしているだろう。
今日は始業式で、11時半には完全下校とのこと。
私は9時から10時50分まで仕事をして、直接中学に向かった。
11時20分、中学に到着。
朝取り決めていた待ち合わせの校門の中には、既に次女が出ていてノートに何か書き込んでいた。
「次女、きたよ」
と窓から声をかける。
そのまま次女が車に乗り込み、出発。
表情は、柔らかい。
「どうだった?」と聞けば「楽しかった」と。
1年生のときに仲の良かった子と今日は一緒に過ごしたこと
3月に担任の先生から聞いた図書館登校の子から熱烈な歓迎を受けたこと
ほかにも小学校で不登校気味だった子が、次女のことをとても心配してくれていたこと
友達が、次女を忘れるどころかみんな再登校をとても喜んでくれたとのことで私も何度も「よかったねぇ」と次女に顔を向ける。
来週には修学旅行がある。
半年前には修学旅行のしゅの字も出したら悲しい顔になりかねなかった次女が、来週の旅行を楽しみにしている雰囲気が伝わってきた。
明日は生徒手帳のための写真を撮るのだという。
「明日」という言葉も、次女からはずいぶん前から聞いていなかった気がする。
帰りはまた満開の桜を眺めながら道をゆく。
うちの庭の桜、だいぶつぼみの色が濃くなってきたね。来週には咲くかな?咲くといいね、などと話しながら。
明日から。
次女は学校に時々休みながらでも、行くようになるだろう。
この1年9ヶ月の次女の成長と、自分と向き合う時間があったから、それを見てきたから、もう大丈夫だろうと私は漠然と思う。
次女にとっての中学最後の1年間。
楽しく過ごせますようにと願って止まない。
