中2次女が1年半ぶりに教室に足を踏み入れた日〜「こういう人がいるってわかったら、それだけで世界はあったかいなぁって思う」
中1の夏前から、中2の次女は学校を休み始めた。
次女は何ごとも0か100で自分に妥協がなく、そのせいで、がんじがらめになってしまったように見えた。
そのころの次女に表情はなく、身体はガチガチにこわばって、いつもため息をついては「元気が出ないよ」とつぶやいていた。
1年くらいたった去年の夏前に次女の表情は少しずつ柔らかく明るくなり「元気が出ない」とあまり言わなくなった。
妥協することを覚え、徐々に柔軟に物事を考えられるようになっていった。
そのころから、それまでの1年間を取り戻すように次女は勉強を始めた。
1年生の夏までの復習や夏休みの課題に取り組み、間違えたものはきちんと見直してテストも行う。
勉強が進むと少しだけ自信が出てきて、秋に近づいたころ、初めて2年の担任の先生に会う気持ちになった。
隣の市の中学まで出向く力はなく、先生に近くのファミレスまで来てもらい、そこで話した。
そのとき次女は消え入るような声で先生の質問に答えていたのだけど、先生に「絵を描いているの?どんな絵?」と聞かれたとき、サラサラとスマホの白い画面を使って描いて見せた。
少し驚いた。
初めて会う先生に絵を見せるのは嫌がると思ったのだ。
それが、以前記事のサムネに使ったこの落書き。

「あんぱんの袋を2つ重ねてぎゅっとして袋を開けている少年」
説明がないとわからないので、私と先生で大笑いした。
先生と別れたあと、「3年までには行きたいと思っているんだ」と初めて私に言ってきた。
それからも次女は家で絵を描き、漫画を描き、勉強を続けた。
2年の夏休みの課題まで追いついたら、学校に行きたいとの目標のもと。
勉強などしなくても、学校はいつでも次女を温かく迎えてくれるよ、と言ったけれど、次女にとって「けじめ」や「きっかけ」が必要だったのだ。
2学期終業式には学校に行きたいと言っていたけれど、学校の事を考えると身体はこわばり、数日前から私を睨みつけるようなことが重なったので、「行かなくても大丈夫」と伝えた。
そのころだったか、次女と夜中まで話していたのは。
年が明け、2月の終わりのある日のこと。
「学校ってさ」と次女がおもむろに言う。
「学校って、私服とかパジャマでも、車から降りなければ、駐車場までなら行っていいかな」
その前の週に学校からの配布物を受け取りにでかけるとき、次女も一緒に行こうかと話していたのだけど、制服を着ようとしたらとても嫌な気持ちになって着れなかったのだと泣いていたのだ。
この日は、ついにすべての勉強が追いついて、さらに数学の「箱ひげ図」が理解できて気分がよいから気が大きくなっていると、次女は言った。
パジャマに上着を羽織り、車に乗り、緊張と不安でほとんどおしゃべりもせずに学校に向かった。
実に1年半ぶりの学校。
学校が近づくと、次女は大きなため息を何度も何度もして、気持ちを整えようとしていた。
1年半前の1学期末の試験の日も、こんな感じの次女を車に乗せて行った。
試験のその日は車から降りられず、そのまま家に帰り、翌日から学校に行けなくなったのだった。
学校の駐車場に車を滑らせる。
夕方の部活終わりの喧騒が少し残る放課後の学校。見上げると教室にはまだ何人かの姿が見えた。
次女は、その影を追い、それから、きょろきょろと学校を見まわした。
スクールバスを見、1年生の時の教室を見、校舎の全体を見た。
私たちは20分くらい、ただそこにいた。車の中からずっと何も言わずに校舎を見上げていた。
「帰る?」と聞くと、「んー、」と未練が残る顔をしているので、もう少しいた。
さらに10分くらいしてから、うんと頷いた次女が「帰ろうか」と言って、私たちは家路に就いた。
そして昨日。
いよいよ来週が年度末の終業式で、その前に配布物や返金を取りに来てほしいと担任から言われたので、数日前から次女に一緒に行くかどうか尋ねていたのだ。
「どうする?」と職場から電話した。
しばらくの沈黙の後、「行く」と答えがあった。
実は日曜夜の情熱大陸(TBS系)で、俳優の伊藤英明が出ていて、小学生時代は病気がちで学校にあまり行けなかった、時々行ってもお客さんみたいだった、習字道具が自分だけ新しかったのが嫌だった、などと言うのを見て「こんなすごい俳優さんも、私と同じような気持ちだったんだ」と少し嬉しかったらしく、背中を押されたようだった。
伊藤英明にそのような過去があったのを私も知らなかった。
昨日次女は、1年半ぶりに制服に袖を通した。
「意外とすんなり着れたんだ」
仕事から帰宅すると、次女は私にそう言って車に乗り込んだ。
昨日は、学校が近づくとため息をいくつかはしたけれど、前回ほどの緊張はあまりなく、次女はずっと普段通りに話していた。
車から降り、一緒に校舎に向かう。
玄関で担任を待つ間、何人かの生徒が行き交った。
1年生はとても幼く見えた。
次女はすっかり3年生を間近に控えた顔になっているのに気づいた。
「車から降りれたね。玄関も入れたね」と私が言うと、次女は少しはにかんで、涙ぐんだ。
入れたのだ、車から降りるのをあんなにおびえていた次女が。学校を思うだけで身体がガチガチに固まっていた次女が。
担任が来て、2年生の教室に通された。
「机、こんなんだったっけ。想像と違った」と次女はつぶやいた。
担任の先生は、飄々としていて、数学以外興味ない人かと私は勝手に思っていた。
時々あわあわしていて憎めない人ではあったのだけど、いわゆる「熱さ」からほど遠い人だと思っていたのだ。
実際、熱血という文字が似合わない先生だけれど。次女の向かいに座っての第一声が「気分、どうですか?大丈夫?」だったので、それだけで先生に対して思い違いをしていたことを申し訳なく思った。
第一声が、次女を思いやった言葉だったのだ。
「久しぶりに来てみて、どう?」
一通り事務連絡と、4月にある修学旅行の話のあと先生に問われ、次女は「思ったより、簡単に来られました」と、以前先生と会った時よりはハキハキと話した。
実のところ修学旅行も、次女には難しいかもしれないと私は思っていた。
でも話を聞くとつい私までワクワクする内容で、なんとなく不安が飛んでいった。次女は表情も穏やかで、なんの戸惑いもなくなっていた。
もしかすると、普通に4月から行けるのではないかとまで思った。
そのとき、先生が「実はね、〇〇さんって、覚えていますか?いま私のクラスなんですが」と唐突に話し始めた。
「〇〇さんがね、『次女ちゃんっていう、絵がすごくうまい子がいるんです。学校、いつ来れますか?会いたいです』と、何度も言ってきたんです」
私は次女からその子の名前を聞いたことがあっていい印象を持っていたのだけど、次女ははじめあまり覚えていないようだった。
「実はその〇〇さんが」と先生は話を続ける。「学校の友達のことで悩んでいて、いま、教室に入れなくなって図書室で過ごしているんです。次女さんがもし4月から来られたら、〇〇さんと仲良くしてくれるとうれしいんですが」
それを聞いて、私はもう、じんわりじんわり胸の奥底から感動がこみ上げて、涙になってあふれそうだった。
次女の顔を見たら、やっぱり目に涙を浮かべていた。だんだんと次女も〇〇さんを思い出して「人当たりのいい人ですよね」などと聞いていた。
先生と別れたあと、車に戻るや私は「あんなふうに、次女のことを思っていてくれる人がいて、よかったよねぇ」と言ったら、次女も「こういう人が1人でもいるってわかったら、それだけで世界があったかいなぁって思う」と涙をたたえつつも、笑顔で言った。
そして、「私、忘れられてなかったんだ」とつぶやいた。
思えば小学校の時にも、次女をずっと待ってくれていたクラスメイトがいて、その子がいたから6年生の時少し通えたのだ。
つけ足しのように先生が教えてくれたクラスメイトのことは、2人の心にともしびを灯してくれて、帰りは無事に面談を終えてほっとした次女といろんな話をした。
伊藤英明の話も、この帰り道の車中で聞いた。
1年半の時をかけたから、今日があったんだと思うよ、と、私は何度も話した。
初めはとても学校に行ける状態ではなかったこと、去年の夏頃から元気が出て少しずつ自信がついてきたこと、学校に行こうかなと再び思えるようになったこと、またいろんなことができなくなって落ち込んだこと、行こうと思ったけど行けなかった冬休み前、制服が着れなかった先月、そして先週のパジャマで行った駐車場。
すべてが、今日のために必要だったんだよ、と言った。
次女は「もし4月に行けたとしても、また同じことになるような気がして怖い」と言う。
「行けなくなるかもしれないけど、1年の時の行けないとは違う、いろんな思いやいろんなことがあって乗り越えてからの行けない、だから。成長しての行けない、だから全然違うんだよ」と私は言った。
ここまで言い切るのは、いま高校に元気に通う次男が、全く同じ道をたどっていたのを目の当たりにしているからだ。
次男は中3の4月から再び通い始め、1週間に一度必ず休んだ。でもその休みは、元気を取り戻し蓄電するための1日。1年生の時の電池切れの状態ではなく、自分をわかった上で自分を守るための休みだった。
1年半、自分と向き合い続けた日々によって精神的に成長して、同じようなことが起きたとしても、それを乗り越える力が備わっている。
それを次男を見て実感していた。
性格は違うからなんとも言えないけれど。
でも大丈夫、と次女に言った。
そして何より、次女を待っていてくれた友達がいたこと。これがどんなに大きな力となっていることか。たぶん昨日でなければ次女の心には届かなかったと思う。昨日だから、まっすぐ届いた。
まだどうなるかわからないけれど、制服を着て学校に足を踏み入れたことが、次女が想像している以上に、大きな大きな一歩になったと思っている。
折しも、ずっと読ませていただき励みにしていた次女と同じ年の娘さんの日常をつづっていた「ただの父親ですが」さんのnote連載が最終回になりました。
中学生のお子さんの、うつから不登校になり、回復していく日々が丁寧につづられています。
同じような境遇の方には励まされるnoteだと思いますので、ここに貼り付けます。
最終回だけでもいろいろなことがわかる記事です。
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この記事の後日談
