学校に行かない=不登校?|次女を見て、私が思ったこと
次女の大学受験のことを書いていて、過去の記事を読み返した。
そこで、ひとつ気づいたことがある。
私はこれまで、次女のことを「不登校」と書いたことがなかった。
この記事は 「フリーランスの日常2026」シリーズ ㉑ です。
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次女の過去記事を読んで、気づいたこと
今。
次女の大学受験シリーズを書いている。
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その流れで、過去の記事を少し読み返していたら。
ひとつ気づいたことがあった。
「あれ?私、“不登校”って言葉を、一度も使っていない。」
学校に行けなかった時期のことは、何度も書いている。
でも私は、“不登校”ではなく、
「学校に行けなかった」
という表現を使っている。
私は、次女を「不登校」だと思っていない
そもそも。
なんで、私は“不登校”という言葉を使っていないんだろう?
少し考えてみて、気づいた。
私は、次女を「不登校」だと思っていなかった。
ただ、それだけのこと。
次女自身も、自分のことを「不登校」だとは、思っていないらしい。
「不登校」だと思っていなかった理由
では、なぜ、私も次女も「不登校」だと思っていなかったんだろう?
理由は2つありそうだ。
【理由1】ずっと塾には通っていた
学校に行けない日があっても、塾には通っていたから。
もちろん、高校1年生のときは、塾にずっと缶詰め、というほどではなかったけれど。
それでも、ほぼ毎日、塾に行って勉強する。
このリズムが崩れることはなかった。
だから、私の中では、
「学ぶ場所が変わっただけ」
という感覚だった。
【理由2】転校の決断が早かった
もうひとつは、決断が早かったこと。
「通信高校に転校しよう」
そう決めるまでの時間が、思っていたより短かった。
もちろん、その瞬間は悩んだし、泣いた。
でも、今思うと、その時間はほんの少しだった。
実際、高校1年生の秋に転校しているので、「不登校」と感じる前に、次の場所に移っていた 。
そういうわけで。
私は、次女が学校に行けなかったときも、それを「不登校」だとは思っていなかった。
学びの場所は、ひとつじゃなかった
「不登校」って、どうしてもネガティブな言葉に聞こえてしまう。
でも。
それは、ただ「学校に行けない」っていう状態なだけ。
実際のところ、「学ぶ場所」って、学校だけじゃない。
塾でもいいし、予備校でもいい。
今は、YouTubeだってある。
そう考えると。
次女は、学校から飛び出して、自分で学びの場を選び直した、とも言える。
だから私は、あのとき。
次女を「不登校」だとは思わなかった。
ただ、学校に行けない時期があって。
ただ、別の場所で学んでいただけ。
それだけのことだった。
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