最高の仲間と真剣に1年を過ごしたら、皆に無理と言われた目標を達成した話 ~何を心掛けたか編~
前回のnoteでは、私のCOO任期中に「何をやったか」について纏めてみました。
今回は、リーダーとして「何を心掛けたか」という自分の内面であり、自分に課した「ディシプリン」に関しての纏めをしてみたいと思います。
また、この1年を通じて痛感した「自分が出来なかったこと、やり切れなかったこと」についても、さらけ出しの観点で書き連ねてみました。
良かったら最後までお読みください。
1.「一貫性を保つ」×「変更時の説明責任を果たす」
「朝令暮改」よりも「朝令暮令」が問題
ヒトは、基本的に「想定外」と「変化」を嫌います。いわゆる「現状維持バイアス」が分かりやすい心理的傾向ですが、「変化=自分の命の危険」を意味した過去の様式が、DNAを通じて我々にも引き継がれています。
その前提において、「何をやるか」に影響のある「上司からの指示」や、自身の状態や未来に影響のある「組織の方向性」の変化には極めて敏感です。
「これまで聞いていた話と違う」
そう思った瞬間に、社員は警戒し、疑いの目をもってこちらを見てきます。
よく「朝令暮改」がこういうケースを表す言葉として使われますが、それ以上に問題なのは「朝令暮令」です。
これは、つまり「リーダーが過去に言ったことを忘れ、あたかも変更ではないかの様に新しい指示や方針を打ち出す」ことを意味します。
これは、周囲を見ていると特に起業家気質の方に多いと思います。どんどんと新しいことを思いついてしまう、その時にいちいち過去との整合性とか考えず、常に「新しいもの」として打ち出してしまう。
そして、「ベンチャーなんだから変化は当たり前。変化を楽しまなきゃ」という謎のお題目で正当化してくる。
また、そうではなく、「単に忙しすぎて過去の指示を忘れている」ケースもままあります。
「朝令暮令」の問題は「暮令の瞬間のエンゲージメント低下」ではなく、「どうせ今回の指示や方針もまた変わるんでしょ」と思われてしまう、それによって根本的・根源的な信頼が堕ちてしまうことです。
過去を踏襲する意識を持つ、そして変えるときはちゃんと説明する
リーダーにとっては「過去」でも、メンバーにとっては、まだ「現在」です。
なので、リーダーは以下のメリハリが必要だと思っています。
①変えない時は、常に過去のストーリーを踏襲する。同じ表現を使い続ける(意味が同じだとしても、表現を変えてはいけない
②変える時は、WhatやHowのみならず、Whyを必ず伝える。
つまり、フラフラしたり右往左往したりするのではなく、真っすぐ走る時もキッチリ真っすぐ走り、曲がるときはバシッと曲がる。そしてそのWhyを説明する。
これを細かいことでも繰り返せるリーダーは、基礎信頼が積みあがっていくと感じています。
2.細部に神を宿す
「今日の問題は昨日の解決策から生まれる」
私を知っている方からすると意外な人もいるかもしれませんが、結構細かい人間です。
10期下期に僕が口癖のように皆に繰り返していたのは、「細部に神を宿してください」でした。
細部が適当なリーダー、重箱の隅が汚いリーダーには基礎信頼が積み上がらないですし、結果的に「良い仕事」が出来ないと信じています。
名著「学習する組織」にも「今日の問題は昨日の解決策から生まれる」という言葉があり、まさにその通りだと思います。
時間という軸で考えれば、世の中のすべては不可逆です。その中で「ベンチャーはスピードが命」のような適当な御旗のもとに、重箱の隅が汚い意思決定をすると、結果的に未来に大きなしっぺ返しが来ます。
何かしらの時間制限があるようなときも、「その制限は本当なのか」と疑い、出来る限り「質」を上げることに腐心しました。結果として、未来に負債を残さない、良質な意思決定が出来たと信じています。
「神は細部に」の観点で、僕が大尊敬する岡田監督が以下のYouTubeでも話しているので是非見ていただきたいです。
3."上"と闘っているところをしっかり見せる
4.「やる」と言ったら結論まで導く
「この人に意見しても、提案しても無駄だな」と思われる、つまり「変革力のないリーダー」だと思われたら、もうオシマイです。
そう認識されてしまうケースは、大きく分けて2つあると思っています。
①「その人だけでは決められないケース」において、"上"を巻き込めない。"上"の言いなりになる。
②「その人の管掌範囲内」なのに、実行できず、曖昧な着地を迎える。
①"上"との対話は、思っている以上に見えていない
私のケースでいえば、「上」はCEOか経営会議、取締役会ということになりますが、私がそれらで議論している内容や状況というのは、ほかのメンバーからはほぼ全く見えません。
そして、仮に結果が自分たちの思うような形にならなかった時、それに対して自分自身は納得していたとしても、メンバーからすると「結果」しか見えません。
そうすると人によっては「〇〇さんは上と闘ってない」とか「意見を通す力がない」とか、そういうしょうもない声が出てくることがあります。
なので、私はそういうリスクがある時や、「議論の経緯に意味がある」時は、それらを出来る限り開示するようにしていました。
また、Slackでの議論も出来る限り見えるところでやり、「密室での議論率」を極力下げるように心掛けた結果、360度評価で「細田さんは相手や場によって言うことの変わらない人」というコメントを多くもらうことが出来ました。
②「成功」しなくてもいいから、とにかく白黒はっきりさせる
上司やリーダーの「やる」「やろう」はめちゃくちゃ重いです。
言った側は軽くても、言われた側は期待もするし、次の進行を楽しみにするし、今後発生するであろうタスクに対して身構えます。
にも拘らず、「あれってどうなんだっけ」という状態になってしまうと、メンバーの基礎信頼は一気に地盤沈下し、次の「やる」「やろう」が信じてもらえなくなります。
「ごめん、やっぱりあれは〇〇の理由で難しそうだから、断念しよう」でもいいので、一度電車を走らせたら、ちゃんと終着点まで連れていくことを常に徹底しました。
これも、結局は「神は細部に宿る」で、一つ一つキッチリやり切る、ということに尽きます。
4.常に明るく。声を掛けられたら必ず笑顔に
リーダーに一番必要な資質は「明るさ」ではないか
私は、「リーダーとして絶対に必要な資質を一つだけ挙げてください」と言われたら、恐らく「明るいこと」と答えると思います。
熱量も感情も、ヒトからヒトに必ず伝播します。その起点であるリーダーが「暗い」か「明るいか」で、指数的にその組織の活力に差が生まれていきます。
どれだけ優秀な人を集めようとも、「明るく前向きであるかどうか」で決定的に出力が変わってくるので、とにかくリーダーの「明るさ」は極めて重要だと思います。
無理にでも口角を上げる。そうすると勝手に気持ちも明るくなる
私も経営会議やらなんやらで、滅茶苦茶しんどいメンタルになることも少なくありませんでした。感情を爆発させたくなった時も何度もあります。
また、そういう有事でなくても、そもそも上司やリーダー、COOというのは「声が掛けづらい、気を遣う相手」ではあります。
なので、私は平時でも声を掛けていただいた時や、有事の際は必ず「笑顔」になることを意識していました。
口角を上げてしまえば、嘘ではなく本当に自分の気持ちも明るくなります。しかめっ面していたらずっと気分も暗いです。
なので、「あ、また声掛けたい」と思っていただけるよう、自動的に笑顔を作れるように意識をしていました。
失敗したことも。「負の発露」は「さらけ出し」ではない
とはいえ、私も「負」を隠し切れなかったことがこの1年で2-3回あり、その時はメンバーをかなり不安にさせてしまいました。その時に言語化したのが、以下でした。
自分の葛藤や不完全燃焼の想いを露わにすることは、「さらけ出し」ではなく、ただの「拙さ」。メンバーに「甘え」ているだけで、何の生産もしない、リーダーとしてやってはならないこと。
僕は心が弱い人間なので、感情統制が聞かなくなると一気に甘えが走ります。そうならないための「不安」の対処法については、以下にも言語化しているので、良かったらご一読ください。
5. 「私心なく、逃げずに、圧倒的に行動する」
最終日にいただいた色紙に書かれていた皆さんからのコメントで、一番多かったのが
・誰よりも熱量があった
・圧倒的な行動量
・一年間走り続けてくれた …etc
といった「熱量・行動量」に関する言葉でした。
自分自身で振り返っても、土日含めた一週間全ての日において、毎日起きてから寝るまで、最大熱量を持ち続けた自信があります。
「行動は言葉よりも雄弁である」「言行一致は全てに勝る」といった偉人の名言がありますが、まさにそうで、結局は「やらない人」は信用も信頼もされないと思います。
この「私心なく、逃げずに、圧倒的に行動する」については以下のnoteにまとめてあるのでそちらに譲りますが、この言葉を共有出来る人とは、どんな仕事をしていたとしても気持ちの良い会話が出来るなと感じています。
おわりに:私がやりきれなかった2つのこと
僕がやり切れなかった、後悔していることが二つあります。
それは、「特段の目的の無い形での声掛け」と「厳しいことを言った時や、真剣議論が決着したあとのフォローアップコンタクト」です。
前者は、例えばフロアを歩き回ってメンバーに声を掛けるとか、地方に住んでるメンバーに、用が無くても電話するとか、そういう声掛けです。
やってなかったわけではないですが、61人に万遍なくやっていたかというと偏りがありましたし、そういうのは「やり辛い相手」にこそやるから意味があるわけです。
私も全員と等しく関係性を築けていた訳ではない中、だからこそ、「信頼関係が浅い相手」にこそカジュアルな声掛けや相談をすればよかった。そして、その必要性に気が付いていたのに、忙しさにかまけてやらなかった。
後者についても、会議上やSlack内で厳しいフィードバックをした際や、真剣議論が決着して疲弊しているタイミングで、フォローアップの一声を掛けることの価値は十分に認識していたのに、サボってしまったことがあります。
どちらも僕の「心の弱さ」が出てしまったものであり、これは次のフィールドで絶対に繰り返さないよう、敢えてここに言語化しておきたいと思います。
これ以外にも、もっと具備しなければならないディシプリンはあるはずで、更なる成長を遂げられるよう、これからも頑張ります。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
また次作でお会いしましょう。
細田 薫
