私はなぜ、マーケティングの話をしているのか
経営とマーケの分断、そしてAIの時代に残るもの
マーケティングと経営は、本来ひとつのはずだ。
しかし現場では、しばしば分断されている。
経営は方向性を語り、
マーケは施策を回す。
経営は未来を描き、
マーケはKPIを追う。
そのあいだに、静かな断絶が生まれる。
私は、その分断にずっと違和感を持ってきた。
科学とマーケティングの違い
科学は、法則性や再現性を導き出そうとする営みだ。
条件を揃え、仮説を検証し、同じ前提なら同じ結果が出ることを目指す。
一方、マーケティングは違う。
マーケティングは、
「どの前提を採用するか」を決める営みである。
どの市場で戦うのか。
どの顧客を優先するのか。
どの競争軸を選ぶのか。
科学が答えを導く営みだとすれば、
マーケティングは問いを選ぶ営みだ。
AIが進むほど、分断は広がる
AIは、与えられた前提の中で最適化する。
広告最適化。
コピー生成。
ABテスト。
ターゲティング。
施策レイヤーは急速に自動化されるだろう。
半年後、1年後には、
いま人が担っている業務の多くが、
より高速に処理されているはずだ。
しかし、その前提を誰が決めるのか。
いま現場では施策が高速化し、最適化は進んでいる。
一方で、経営はその前提を十分に定義できていない。
ここに、静かな分断がある。
経営的マーケティングの正体
マーケティングとは、顧客視点を持った経営である。
それは施策の話ではない。
「どう届けるか」より前の話だ。
誰に価値を届けるのか。
どの顧客と長く向き合うのか。
どのリスクを取るのか。
どこで撤退するのか。
それを決め、引き受けること。
その決断には、
失敗の責任が伴う。
組織の痛みが伴う。
社会的な評価が伴う。
そして、自分の名前が乗る。
施策は軽くなる。
しかし前提は、むしろ重くなる。
この重さを担うのが経営であり、
それを顧客視点で行うことが、私の考える経営的マーケティングである。
追記:2026.3.15
もしこの文章を読んで、少しでも共感していただけたなら、
このnoteでは主に次のようなテーマについて書いています。
このnoteで書いていること
・組織はなぜ変わらないのか
・経営と現場の言葉は、なぜすれ違うのか
・キャリアの途中で、人は何に迷うのか
・AI時代に、人は何を考える仕事になるのか
・事業やプロジェクトは、どこで動き出すのか
30年ほど仕事をしてきて見えてきた
「複雑な仕事の構造」を、なるべく言葉にして残しています。
マーケティングの話も書きますが、
実際には 組織・キャリア・事業の動き方についての文章が多いかもしれません。
初めての方に読んでいただきたい記事
もしよければ、こちらも読んでみてください。
・変革を機能させるマネジメント。30代・40代の葛藤
https://note.com/hisatgc/n/n42f037086d51
・同じ日本語なのに、経営の言葉はなぜ現場に伝わらないのか
https://note.com/hisatgc/n/n965f35f4fa78
・40代になって、誰も正解を教えてくれなくなった
https://note.com/hisatgc/n/n536681bfb4ca
・頭文字Dを経営・マネジメントの視点で読み直す
https://note.com/hisatgc/n/n8bcc23f8531a
・見た。読んだ。でも、心が動かなかった
https://note.com/hisatgc/n/n84091663a06f
このあたりの記事は、
このnoteで書いていることの輪郭が
比較的分かりやすいと思います。
もしこの視点が合いそうだと思ったら、
フォローしていただけると嬉しいです。
このnoteでは、
仕事・組織・キャリアの構造を、少しずつ言葉にしています。
