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仮定法の真の姿 —仮定法はまやかしだ!!2—


前記事、「仮定法は時制のズレを指す言葉」の続きです。

では、本題に入ります。
仮定法は、現実不可や妄想だけでなく、現実可能なことも表現する。
・・・だけじゃなく!!
信じられないことに、以下のようなことも表現する事があるというのです💦


・未来のことも表す事がある
・丁寧さを表す事がある
・意味が二つになる事がある
・形の上で、直説法と仮定法が同一になることもある

このカオスは一体何なのでしょう?
そこに、どんな一貫した法則があると言うのでしょうか?
この無秩序性から、仮定法の真の姿を引きずり出します。

口語的なのは、私の自問自答ですのでご勘弁を。
※記事中の下線はリンクですので、クリックしていただければ、解説記事に飛びます。
以下は、河上道生著「英語参考書の誤りとその原因をつく」p436−441から引用し、本書の解説は上下の「------------」で挟まれたところで、「→」は私の勝手な注釈です。



さて
本書は、仮定法過去は、現在だけでなく、未来に関しても用いられ、また事実に反する仮定だけに用いられるとは限らない。とし、その例として下文をあげています。
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If a burglar(泥棒) came into my room at night I'd scream. (But I don't expect a burglar to come in.)

どろぼうが(未来に)夜、部屋に入ることはあり得ない事ではないが、可能性は低いことだと話者はみなしている。
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仮定法が「丁寧になる」ことも指摘しています。
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If you did it for me, I should be very happy.
They might finish the work before dark, if all of us help them.
これらの仮定法過去は「丁寧」な意味で、それぞれ

I would appreciate it very much if you would do it for me.
Let’s all help them. They might finish the work if we did.
の意味を表すとしています。
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以下の文では、多義的で、さらに「丁寧」な意味も取れると解説しています。
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If we caught the 10 o'clock train, we would [could, might, etc.] get there by lunchtime.

この一文は、直説法に近いが、もっと仮定的である。
話者は、その電車に乗ることを「起こりそうもない」とみなしているか、またはそれに乗るという提案を、より「控え目」に表現したのかいずれかである。
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以下の文に至っては、とんでもないことが記されています。
いままでの仮定法を理解しようとした苦労は何だったのか?
直説法と仮定法の区別がつかないと言っているのです。
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If he found a patient listener, he would pour out his troubles.

・・・換言すれば仮定法過去で「しんぼう強く聞いてくれる人がみつかれば、悩み事をいろいろと話すだろうが(found = were to find)」の意味にも、また直説法過去で、「しんぼう強く聞いてくれる人をみつけると,悩み事をいろいろと話したものでした(If = when; would = used to)」の意味にもなるのである。
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以上です。

(゚Д゚)ハァ?

💦💦
仮定法は、現実不可性だけじゃなく現実可も有るだけでも混乱するというのに、それ以外にもこんな意味用法もあるなんて、もう、ムチャクチャです。ありえない。目眩がしてきます。

いったい、いったい!どうやったら理解できるのでしょうか?
こんな支離滅裂な文法をどういう法則で使っていけば良いのでしょうか?
途方に暮れてしまいます。

しかも
どうして、どうして!こんな、複雑極まりない仮定法という文法をなぜ、ネイティブの幼稚園、小学生が普通に自由に使っているのでしょうか?

IQ200の天才のコだけが使っているのならともかく、すべてのレベルの子が自由に使いこなせているのです。
そんなことってありますか??

いや、ない!!!

あるわけがない!!!

絶対に!ないっ!!!!


外の紅葉を見ながら珈琲を一喫し、心落ち着かせ、何がそんなに理解を妨げているのか?
を整理し、まとめてみると、以下に還元できます。
前記事「仮定法は時制のズレを指す用語」から、


英語の「if文」は、条件から仮定から空想まで全てを含む日本語の「もし文」と同じだから、意味的に直説法&仮定法に分ける必然性はない。

が!!、分けないと過去形なのに現在の事を言っているという、構造的な『時間の矛盾』が出てしまう

です。

!
ん?
んっ!!?

いや、まてよ・・・

「ちょ、まてよ!」



英語は世界を、時間で分けていないんだから(本記事最後の※参考)、そもそも、まったく矛盾なんか生じないじゃないか!!!これらは、現在形、過去形と、世界を時間で分け、日本語にするから生じる『時間の矛盾』なんだから!

・・・となると
こんなムチャクチャな現象になるのは・・・


現代英語grammarで、時間的過去も妄想も、話者に関与できないことで、past formとしてひとくくりに統合したのに(本記事最後の※参考)、日本語英語が世界を「現在」と「過去」と時間で分けた。その結果、矛盾が生じてしまったのでは?=現在と過去に分けず日本語に訳さなければ、この問題は生じない。

これが

『仮定法の矛盾』

の正体なのではないでしょうか?


こういうことです(先の各例文の解説は次回)。
past formを「過去形」と訳した→時間で英語の世界を分けることになった→「if文」に時制の矛盾が生じた→だから、その矛盾が生じたif文を見分ける必要性が出てきた→分けたif文を例外として過去形だけれど現在の意味とすることにした→矛盾を解消した。
です。

では、どうやって、その、時制の矛盾した「if文」を見つけるのか?
それが、「if文」を、仮定法の公式で見つける!実現不可かどうかで見つける!=「if文」を直説法、仮定法で分ける!なのです。

前記事「仮定法は時制のズレを指す用語」で解説したように、日本語英語は、文法的『分類』だった仮定法を、文法的『機能』にした。
この、『機能』にする為には、実現不可性を仮定法の本質にしなければならなかったのです。

こうして日本語英語は、

『仮定法とは、実現不可性を表現する文法で、過去形だが現在形で訳す』

と定義し、強引に矛盾を解決したのです。
だから、
多種多様な、無茶苦茶な事になったのです。
もともと無理筋だったから、機能(意味)的に破綻してしまったのです。


考えてみれば
時間的に過去のことについて、「もし」と想定すれば、結果的にそれは、現実に起きなかったことを言っている事になりますよね。
これって、ほんとに現実に起きなかったことを、先にしっかり想定して、話してるのでしょうか?本当に?
日本語で過去のことについて「もし」と言うとき、そんな、つっかえるような、ことをまず考えて話しますでしょうか??
すくなくとも、日本語ネイティブの私は違います。
それは、結果的にそうなるだけであって、それを前提として「もし」を使って、話してはいません。
同じ人間である英語ネイティブだって同じではないでしょうか。
大胆に言ってしまうと

subjunctive仮定法が、『現実に起きなかった云々』というのは、日本語英語が導入した本質とはズレた概念に過ぎない!

です
す、すごい‥💦
大胆過ぎて自分で驚いてしまう笑
しかし、そうでないと、「仮定法」には、現実可能な事や丁寧など、多種多様な意味合いを持つ。という筋が通らないのです。

ネイティブGrammarは「時間」で世界を分けていない。
分けていないから、矛盾はない。
矛盾がないから、ネイティブは、直説法、仮定法を分けて使っていない。
という事です。


いままで、日本語英語の「過去形」、「現在形」がつくりあげた時制構造概念が強すぎるので、『present, past formの違いは時間じゃない』とすることは、受け入れ難いですが、そうしないと仮定法や完了形等の各種矛盾の解消にならないし、根本的にネイティブの年少者が自由に使いこなせる(誰もが使える)理由にならないと思うのですが如何でしょうか。


まだまだ、仮定法について釈然としないと思いますが、次回、「仮定法はまやかしだ!!3」で、完全にクリアになります。

今回、先に述べた仮定法の複雑性を増すif文が、どう一本の筋が通るようになるかを説明していません。これを次回、解説していき、一つの理屈にまとめあげます。
その時には、ほんとうに、仮定法は消失してしまって、「まやかし」だったという事になるでしょう。

以上です。

ここまで読んでくれてありがとう。
お疲れ様でした。
あなたに幸あれ!!



現在形と過去形の原語"present form", "past form"を、時間で分けるのではなく、以下の意味で分けてみてください。
こうすると、時制の問題として長年悩ましてきた、「完了形」と「仮定法」が明確になり、その結果、『仮定法はわからない』の正体が判明します。
そこから、仮定法を紐解いていきたいと思います。
※完了形につきましては「完了形の用法はまやかしだ!!」の記事をご参考下さい。下線はリンクです。「日本語英語」とは現在日本の学校教育の英語です。

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present form(現在形の原語)
話者に関係がある、関与できる世界

past form(過去形の原語)
話者に関係がない、関与できない世界
------------
お手元の参考書や文法書を見ても判るように、英語のPresent form(現在形の原語)、Past form(過去形)は日本語の現在、過去とは同じではありません。
しかし、日本の英語教育では、日本語文法の「現在形」、「過去形」と同一視しています。
これだと、時間のみで世界を分けてしまうことになってしまい、その結果、英語の現在形には、時間以外のいろいろな意味の現在形があることになって、我々学習者は、日本語文法の現在形との違いに混乱してしまうのです。過去形も然り。

世界を時間で分けない。
時間で分けた世界構築をしない。

そのためには、Present, Pastを日本語の現在形、過去形としないことが肝要です。
「現在」と「過去」の日本語を使ってしまったら、Present form≠現在形、Past form≠過去形であるのに、その日本語の強い力に引っ張られてしまうからです。

繰り返しますが、
日本語英語が、
Present formは現在形、Past formは過去形
と言う言葉にあてたから、
我々は、GrammarのPresent form, Past formが、日本語文法の「現在」と「過去」の意味と同じだと認識し、だから、その違いに、ん??となり、助動詞の時制であやふやになり、完了形でこんがらがって、仮定法で完全に訳がわからなくなってしまうのです。

このような、従来とは違う定義にする根拠は、
古・中英語で独立した動詞変化として存在していた「仮定法」が、現代英語で時制のズレとして吸収消失。この事により、"past form"が、時制の違いだけでなくなったからです ※『英語の歴史から考える 英文法の「なぜ」』朝尾幸次郎著参照。
例えば、昨日という過去の時間にいる彼女は、今日の私に声かけられないし、肩をたたけないように、単純過去形は、完全に話者のいる『場』=『今』と、切れて関与出来ません。
同様に、現実不可も妄想も、今の私に関与できず影響できません。
妄想彼女も、今の私に声をかけられないし、肩を叩けないのです。
両者は、理由は違いますが、影響できない、関与できないと言う意味について同じだからです。
『関与できない事』で両者を一括りに一緒にした事になったのです。
※助動詞過去については→「助動詞過去のなぞ」記事参考。



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