黒パグのAIショートショート ⑥
こんにちは黒パグです。
新学期、新生活が始まって慌ただしく毎日過ごしています。
新人教育が始まり、ネットリテラシーから秘密保持契約(NDA)などを徹底的に学んでもらっています。普段別部署で勤務している黒パグは何故か教育資料を作る事に。
特にLLMへ自社情報や業務上の秘密、個人情報、他社の情報…
自撮りで社内の様子を撮った新人君が即日呼び出されてました。で、検証の為に撮った画像を提出してもらったら驚愕の事実が。
撮った画像の後ろにたまたま写っていた画面にAPIキーが。小さな写り込みでもあっという間に解析されますので本当に危なかった。
そういったことを息子氏にネットリテラシーとは何かを伝えたところ
うん、お父さん。学校でも同じこと教えてるよ?というか僕小学校でも習った。
ほお?どんなふうに?
「先生の隠し撮りをAIに投げてTikTok用に加工してあげたらバズって大変な事になった。そしたら彼女に浮気と勘違いされて修羅場になったって話。だからそういうのは勝手にやるなって」
…………あー。……うん。そっか…、先生も大変なんだね
---以下本編です---
成功
* * *
男には、完璧な復讐を果たした記憶があった。何もしていない、という点をのぞけば。
男にはかつて、同じ職場にいた相手がいた。
何があったかは、もう言いたくない。言ったところで誰にも分からない。正当な判断だったと周囲は言うだろう。実際、そうだったのかもしれない。ただ、男は職を失い、相手は残った。それだけのことだ。
それだけのことが、何年経っても、喉の奥に残っていた。
男は何もしなかった。何もできなかった。
相手に連絡を取ることもなく、共通の知人に愚痴をこぼすこともなく、ただ時折、相手の名前を検索した。新しい職場で順調にやっているらしい記事が出てくるたびに、男は端末をそっと閉じた。
それ以外の時間は、普通に暮らしていた。朝起きて、仕事に行って、帰ってきて、食事をして、眠る。誰にも恨みを語らず、誰にも相談せず、検索履歴だけが、男の本心を知っていた。
ある日、広告が目に入った。
「対象者の今後を、データから予測します」
白い背景に、紺色の明朝体。その下に小さく、合法、匿名、公開情報のみ使用、と並んでいた。個人を特定する情報の入力は不要——職種、年齢、業界、在籍年数、その他いくつかの属性を入れるだけで、今後の動向を統計的に予測する。
料金は月額千二百円。
男は、笑った。馬鹿馬鹿しい。こんなもの。
翌日、登録していた。
入力画面は簡素だった。職種。業界。年齢層。直近の異動回数。
男は選択肢を一つ選ぶたびに、少し手を止めた。相手の顔が浮かんだ。業界を選ぶとき、相手が面接で語っていたであろう志望動機まで想像した。男のほうが、相手のことをよく知っていた。少なくとも、そう思っていた。
名前を入れる欄はなかった。必要ないのだと、そのときは思った。
送信ボタンを押すと、画面が切り替わった。円グラフが一つと、その下に数字が一行。
「転職後一年以内の離職確率:31.4%」
三割か、と男は思った。低い。相手はうまくやるのだろう。やっぱり。
男はその画面を閉じ、コーヒーを淹れた。いつもの豆を、いつもの量だけ。一口飲んで、まずい、と思った。いつもと同じ味のはずだった。
次の日も開いた。数字は変わっていなかった。また閉じた。
その次の日も。その次の日も。
31.4%は動かなかった。一週間、まったく同じ画面が男を迎えた。男は少しずつ、自分が何を期待しているのか分からなくなっていった。そもそも何を期待して、千二百円を払ったのか。
二週間後、通知が来た。
画面上部に薄い青のバナーが現れ、「予測が更新されました」と表示されていた。
「転職先業界の景況指数が下方修正されました。離職確率を再計算します」
円グラフの配色が変わった。赤い部分が、少しだけ広がっていた。
「離職確率:48.7%」
男は、前のめりになった。端末を持つ手に、力が入った。
それから男は、毎朝その画面を開くようになった。
コーヒーを淹れるより先に。歯を磨くより先に。布団の中で目が覚めた瞬間、枕元の端末に手を伸ばす。画面が点き、円グラフが現れ、数字を確認し、閉じる。
数字は、少しずつ動いた。
49.1%。男はベッドの上で頷いた。
52.3%。出勤前にもう一度確認した。その朝のコーヒーは、悪くなかった。
51.8%。少し下がった。男はその日、昼食の味を覚えていなかった。
53.6%。戻った。男はコンビニでいつもより高い弁当を買った。理由は特になかった。
数字が上がる日は足取りが軽く、下がる日は黙って帰った。同僚には気づかれなかった。気づかれるような表情を、男はしなかった。
ある朝、画面が変わった。
数字の横に、小さなアイコンが点灯していた。見たことのない色だった。触れると、メッセージが展開された。
「注目:対象属性に合致する直近データに有意な変動が検出されました。離職確率を更新します」
円グラフが回転するアニメーションが一瞬だけ流れ、止まった。
「離職確率:71.2%」
七割。
男は、息を止めた。それから、ゆっくりと吐いた。
三十秒ほど動かなかった。それから、右手の親指で画面を長押しし、スクリーンショットを撮った。端末が小さく震えた。保存された。
なぜ撮ったのかは、分からなかった。ただ、この数字を手元に置いておかなければならないと思った。自分が選んだ属性が、ここまで正確に相手を捉えている。その事実を、残しておきたかった。
一ヶ月が過ぎた。
男は、もう毎朝画面を開かなくなっていた。七割という数字が頭の中にあれば十分だった。それは予測ではなく、もう約束だった。男はいつも通り出勤し、いつも通り仕事をし、いつも通り帰宅した。以前よりも少しだけ穏やかだった。何かが決着した人間の顔をしていた。
ある夜、男は相手の名前を検索した。
いつもの癖だった。もう確認するまでもないと分かっていて、それでも指が動いた。
検索結果が、違っていた。
相手のプロフィールページが更新されていた。肩書きが消えていた。前の職場の情報だけが残っていた。新しい会社の名前は、どこにもなかった。
男は画面を見つめた。
それから、もう一度見た。
肩書きが消えていることを、二度、確認した。
その夜、男は眠れなかった。眠れないのは久しぶりだった。布団の中で天井を見つめ、寝返りを打ち、端末を手に取り、カメラロールを開いた。あのスクリーンショットが、そこにあった。「71.2%」。数字は画面の中で、あの日のまま光っていた。
男は画面を閉じ、また開いた。
この数字が、やったのだ。
自分が入力した属性が、相手を正確に捉え、結果を引き寄せた。
そう思った。
翌日、男はサービスの画面を開いた。
数字の横に、新しい表示が加わっていた。
「予測完了。結果:的中」
短い一行だった。その下に、利用者レビューへのリンクがあった。
男はリンクを開き、星を五つまで動かし、こう打った。
「半信半疑で使い始めましたが、結果には驚いています。データの力を実感しました。今後も利用したいと思います」
投稿ボタンを押した。
「ありがとうございます。レビューが送信されました」
達成感、と呼ぶにはあまりに静かだった。復讐、と呼ぶには何もしていなかった。だが男は、確かに何かが終わったと感じていた。自分と相手の間にあった不均衡が、ようやく正された、と。
男は端末をテーブルに置き、台所に立ち、コーヒーを淹れた。いつもの豆を、いつもの量だけ。湯を注ぎ、待ち、カップに移した。
一口飲んで、うまい、と思った。
久しぶりだった。
その日の夜、男はいつも通り食事をし、いつも通り風呂に入り、いつも通り布団に入った。端末には触れなかった。
翌日も。
その翌日も。
男はあのスクリーンショットをまだ持っている。端末のカメラロールの奥に、一枚だけ。「71.2%」という数字が映った画面。
証拠として保存してある。
何の証拠かは、男にも説明できない。
予測完了。的中率:71.2%。なお、対象者の離職は、本サービス稼働以前より統計的に確定済みであった。
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