《葬送のフリーレン》魔族の愛と世界の愛
ネタバレには配慮していません。
『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。
魔族の愛
魔族には自己犠牲の愛の概念がない。という話を書きました。
ただ、魔族にも「愛」のようなものを感じるところがあります。
魔族は「誰よりも魔法が好き」なのだとフランメは言っています。(第3巻22話)

「愛」という言葉は使っていないのですが、魔族の魔法への執着を見ると、「魔族は魔法を愛している」と表現しても不自然は感じません。(『葬送のフリーレン』に「愛」の文字はまだ出てきていないと思います)
魔族に感じるのは子供の様な純粋さです。(もちろん残酷さも。でもそれも子供の様な残酷さに見えます)
愛というものは、なんとなく、恋から愛へ発展してゆくものだというイメージがあります。恋は子供のもので、愛は大人のものであると。子供の感情(恋)は未熟で、大人の感情(愛)こそ全きものであると。
ですが、幼い子供は純粋な愛を持っている(と一般には考えられている)のですよね。
魔族と世界の相思相愛
神話の時代に《何者か》が世界の法則を書き換えて魔力(魔法)を生み出した…とレーヴェ(ヘルト)は考えています。(第15巻147話)
世界には最初から魔法があったわけではない。世界は魔法が在るものとして創られたわけではない。世界の法則が最初の形からは書き換えられて、魔法が生み出されたのです。

ですから、「魔法の存在」と「(現在の)世界の在り様」には、深い結びつきがあります。
そうすると、子供が世界を愛する様に、魔族は世界を愛している。そして、魔族は世界に愛されている。魔族は世界の法則を書き換えた《何者か》に愛されていた。と言えるのではないか。
誰が誰のために魔法を生み出したのか
世界の法則を「誰が」「誰(何)のために」書き換えて魔法を生み出したのか?は『葬送のフリーレン』最新話(第15巻147話)で立ち上がった謎で、諸説あります。
世界の法則(理)の書き換え(ねじ曲げ)は「神の御業」とされますから…(第12巻116話)

答えはおそらく、次の4つのケースのいずれかでしょう。(女神様が/魔族の神様が x 人類のために/魔族のために)

常識的に考えて本命は次の二つですが…
女神様が、人類のために ←(1)
魔族の神様が、魔族のために ←(4)
私は、女神様=魔族の神様で、女神様が魔族のために魔法を生み出したと考えています。(つまり、2=4。そう考える理由については、ここでは省略。既にたくさん書いているので、過去記事を参照ください)
ですから、魔王が魔族の起源について進化論を唱えたのも、女神様を敵とみなすのも、愛を裏切った女神様への復讐に見えるのです。
魔族を作ったのは神か人か
魔族の起源については、賢者エーヴィヒが永遠の命を研究する過程で魔導具・水鏡の悪魔によって生み出されたものだ(そして、複製体をコントロールするために作られたのが支配の石環だ)という説もあます。これは非常に説得力があり、しかもストーリーとしても魅力的です。

第146話までは、この、魔族の誕生はエーヴィヒによる永遠の命に関する研究が原因になっている(意図してか事故なのかは不明)という考え方が最有力でした。(フリーレン考察勢界隈というものがあるのかどうか知りませんが、私の中ではそうでした)
そこと第147話のレーヴェの認識から来る考察結果をどう整合させるか、あるいはどちらかを放棄するか。ここが難しくて、よくわからないところです。というか、まだ考えるには材料が不足していて、色々と妄想するしかないところだと思います。
※ 率直に言って、エーヴィヒによって魔族が作られたというストーリーはありきたりです。これに似たお話は食傷気味と言ってもいいくらい沢山あると思います(たとえば、私は知らないのですがFF14とかなり似ているらしいです)。予定調和すぎる。それよりは、女神様が愛する魔族のために魔法を作ったけれども、その関係が破綻していく…、というストーリーの方が『葬送のフリーレン』らしいと私は感じます。この二つのうまい折衷があるなら、スッキリする気はします。
原作を読もう
『葬送のフリーレン』は、第15巻147話で現在休載となっていますが、今ちょうど、世界観のリセット、善悪の揺らぎ、敵/味方のシャッフルが生じている所です。ひっくり返されて散らかった設定がここから徐々に整理されてゆきます。特に、女神様、魔族、ゼーリエのポジションがどこに収まるのかがはっきりしません。(色々と考察はありますが、定見はありません)
ここを読んでいる方は既に原作をお読みの方ばかりだとは思うのですが、もしまだ原作を読んでいないという方がいらっしゃったら、ぜひこのタイミングで読んでみてはいかがかと思います。(経済的に最もクレバーなのは、連載再開が決まった時に一気読みするか、「サンデーうぇぶり」で一日一話ずつ読み進めることでしょうけれどもね)
このあたりは完全に推測で語っていますが、作品のジャンルが転換するようなガラガラポンなんですね。ですから、ネタバレは避けようがないと思います。
『葬送のフリーレン』をこのタイミング(第147話)から読むのか、後から読むのかでは、たとえば、『ベルセルク』の「蝕」を知らずに読むのか、知っていて読むのかと同じくらいのちがいがあると思います。(わかる人にしかわからない例えですみませんが。他の例えだと、『スター・ウォーズ』のダース・ベイダーの正体とかでしょうか…)
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