《葬送のフリーレン》魔族は追放された「最初のエルフ」(忌み子)だった?

ネタバレには配慮していません。

『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。その訳をこちらの記事で説明していますのでお読みください。


はじめに

材料がないためにきちんと考えたことがなく、作文したこともないネタについて書きます。

これは「天地がひっくり返る」(第5巻45話)ような話になるので、私もここで書くことをそれほど信じているわけではありません。きちんと検討すればこれまでの描写と矛盾するところも見つかると思います。「こんなこともあるかもなぁ」くらいの話です。

材料があるところは明示します。わからないところはそう書きます。コメント歓迎です。

魔法と魔族

魔法は魔族の技術

統一王朝期のある時期まで、人間の文化圏では「魔法は魔族の技術」だと考えられてきました。(第6巻53話)

実際、「魔族と人類の魔法体系には天と地ほどの差があり」、魔法の扱いにかけては人類よりも魔族の方がずっと長けているわけです。(第12巻108話)

「身体や脳の構造などの生物的な違いから、人類には決して扱えない魔法」(七崩賢の魔法)も存在します。(第10巻97話)

ですから、魔法は本来的に魔族の技術です。

魔法は魔族のためのもの

そうであれば、神話の時代に誰かが世界の法則を書き換えて魔法を生み出したのは…(第15巻147話)

「人類のため」ではなく「魔族のため」に書き換えたと考えるのが自然ですよね。魔法が存在するこの世界は魔族のためにデザインされているように感じます。

ここまではごく自然な読み取りだと思います。

魔族のために世界の法則を書き換えたのは誰?

難しいのは「魔族のために世界の法則を書き換えたのは誰か?」です。

世界の法則を書き換えるのですから、女神様に匹敵する力を持った存在です。

そうすると、まずは、魔族にも人類にとっての女神様のような存在があるのだろうと考えますね。魔族の神様です。今の所そういう存在をほのめかす描写はありませんが、可能性はあると思います。

ですが、ソリテールはこう言っています。「こんな化け物まで魔族わたしたちは相手にしなければならないのね」。(第12巻116話)

フリーレンが未来からタイムリープしてきたという事実を前にして、ソリテールは不可逆性の原理(時間は決して巻き戻らない)を捻じ曲げた女神の化け物じみた力を実感しています。(第12巻117話)

魔族の存続、魔族の千年後の繁栄のためには、世界のことわりを捻じ曲げる「こんな化け物」と戦わなければならない。この戦いが一筋縄ではいかない困難な道程になることをソリテールは予感しています。

この場面から受けた私の印象は「可哀相に魔族には味方をしてくれる神様はいないのだな」です。

ここは諸説あろうかと思いますが、私はそう感じました。

そうすると、ここで手詰まりなんですね。魔族のために世界の法則を書き換えてくれる存在が思い付きません。

ですので、ここからは根拠は気にせず自由な想像をしてみます。

※仮に魔族の神様が存在するとしても、これまで作中にはその手掛かりになる描写はありませんので、いずれにせよここから先は自由な想像になると思います。

魔族は最初のエルフだった(忌み子)説

ここからは材料もなく、よくわからないところです。

そもそも、世界の法則を書き換えるほどの力を持った存在として具体的に作中に描写がある存在は女神様だけです。

ではいっそのこと、女神様が魔族のために世界の法則を書き換えたと考えてみましょう。つまり…

天地創造の後に、神様と女神様はエルフ、ドワーフ、人間を作りました。

一番目の子供が「最初のエルフ」です。「最初のエルフ」には優れた才能がありましたが、「心のかたち」が他の子供達とはちがいました。それでも女神様は「最初のエルフ」を可愛がって、「最初のエルフ」のために世界の法則を書き換えて魔法を与えました。

怒った神様は「最初のエルフ」を忌み子として追放してしまいます。

女神様に似せて造られていた「最初のエルフ」ですが、追放される際に有限の寿命を与えられ、耳は短く切られ、角を付けられてしまいます。(クヴァールやレヴォルテといった例外はありますが、多くの魔族はエルフとよく似ています)

これが魔族の誕生です。

この辺りからは以前書いた神話の時代のストーリーですね。

たとえば、「魔族の体は死ぬと魔力の粒子になって天に帰る。人類の体は死ぬと腐って地に戻る」という設定があります。これは魔族の方が人類よりも神様に近い存在であることを感じさせます。(第2巻16話)

ゼーリエをはじめとする大魔法使い達が魔族との戦いをやめてしまった理由は、この魔族の正体を知ったからなのかもしれません。(第10巻93話)

魔王が魔族の起源について進化論を唱えた理由は、魔族の起源を隠蔽し、母である女神様との戦いを正当化することが目的だったのかもしれません。(第10巻88話)

※他方でフランメも魔族の起源について進化論を唱えていますが、こちらはそれまでの「魔法は魔族の技術」という観念を否定し、魔法研究の認可を得て、「誰もが魔法を使える時代」を目指すためではないかと考えています。

女神様の魔法と魔族の魔法には似ている所があります。

魔族には復活・転生が約束されているように見えます。ソリテールはマハトに「それだけ知ってもらえれば今はそれで十分」と言ったまま、二人とも死んでしまうからです。(第11巻103話)

おわりに

『葬送のフリーレン』には、どこかに「天地がひっくり返る」ような仕掛けが用意されています。フリーレンと読者が今まで正しいと思っていたことが間違っていて、善だと思っていたことが悪だったというような、価値観がひっくり返る世界観の逆転です。

だとすれば、人類(善)と魔族(悪)の対立構造をひっくり返す(あるいは壊す)というのは、いかにもありそうです。

魔族が最初のエルフだったという想像には雑なところもありますし、きちんと検討すればこれまでの描写との矛盾も見つかると思うのですが、「魔法は本来的には魔族の技術」という出発点はそれなりに確からしいと感じます。(ですからここから別方向に考えるのもアリかなと)

『葬送のフリーレン』では様々な師弟関係が描かれます。師弟関係は一種の親子関係です。この想像の魅力は、その枠の中に魔族を取り込んでしまうことです。女神様と魔族という母と子の物語です。

魔族の「人間の魔法使い如き」(第2巻17話)といった傲慢さや、「私、帰るね」(第12巻117話)といった身勝手に私は「人間臭さ」を感じて共感しますし、「ヒンメルはもういないじゃない」といったアウラの素朴なやらかしには身につまされる思いがします(第3巻18話)。「時間はいくらでもある」(第10巻88話、89話)と言うマハトは実はフリーレンと良く似ています。ですから、私は魔族が好きで、この「魔族は最初のエルフだった」という想像は私の好みでもあります。

『フリーレン』には「本当に嫌な奴」は登場しない。最初は「嫌な奴」でも、結局は「いい奴」だったとわかる、というセオリーがあります。 そして、それを徹底して実践するなら、最も対象になりそうなのは実は「魔族」なんですよね。

レヴォルテ編の放送を待つまでの「暇つぶし」のネタとして楽しめていただけたら幸いです。原作既読者向けのレヴォルテ編解説も書いていますのでどうぞ。


《葬送のフリーレン》に関する記事は下記のマガジンにまとめています。

《葬送のフリーレン》に関することでしたら、感想・質問・疑問などコメントを頂けると嬉しいです。おもしろかった記事には「スキ」していただけると励みになります。