《葬送のフリーレン》本が腐る世界/皇帝酒と「オカルト」/ゼーリエの沈黙
ネタバレには配慮していません。
『葬送のフリーレン』の原作マンガはまだ読んだことがないという方には原作マンガを、既に読んだことのある方にはある一つの視点からの再読をお勧めしています。その訳をこちらの記事で説明していますのでお読みください。
はじめに
引き続き、賢者エーヴィヒのことを考えています。
賢者エーヴィヒは神話の時代の人物とされていますが、彼女の英雄譚は多くが統一王朝期に作られたのではないか。複数の魔導具が残っているのですから完全創作だとは思いませんが、かなり脚色されているのではないか。それと同様に、神話の時代の物語というものも、後の時代に創作・脚色されているだろう、ということを考えています。
エッセイ的な文章です。
本は腐る
女神の石碑編でフリーレンは「紙って寿命が短い」「管理が甘いとすぐに腐って読めなくなっちゃう」と言っています。(第12巻112話)

ですから、『葬送のフリーレン』の世界では「本は腐るもの」です。(エルフ基準)
それに対して、物は残ります。(本よりは)
この辺は、ヒンメルが英雄譚ではなくて像の作成にこだわることとつなげて考えるとおもしろそうです。

知識は変化したり失われたりするけれども物は残る。そういう世界観があると思います。
というか、考えてみると、知識や記憶を正確に後世に伝えていくことが難しいという設定は『葬送のフリーレン』にとってかなり重要ですね。それが「本は腐る」として現れていると思います
一応、魔法を使えば「写真」は撮れますし(保存性は不明)、記憶の操作(複製、譲渡、抹消)も可能なのですが、使用される場面は非常に限られています。(第1巻2話、第4巻34話、第8巻77話)
こういう魔法が一般化してしまうと『葬送のフリーレン』の物語は成り立たないと思います。



(余談)フランメの遺言状を破り捨てるゼーリエのアニオリ
第6巻53話に、フランメの遺言状をゼーリエが「ビリッ」と破いて細かく千切る描写があります。

羊皮紙を手で千切ることはできません。そのためか、アニメEP25では魔法で裁断しています。

このEP25のアニオリは原作マンガの表現を修正した良アニオリであると一般には評価されています。
しかし、そもそも長期保存を想定していない文書である遺言状に高価な羊皮紙を使うものだろうか?という疑問もあります。
結局、フリーレンが「紙って寿命が短い」「管理が甘いとすぐに腐って読めなくなっちゃう」と言っている「紙」がパピルスなのか羊皮紙なのか(中国で発明された)紙なのかは今一つはっきりしません。(第12巻112話)
「本」になっているのでパピルスではなさそうだ…等の考察は可能だろうとは思うのですが。(フランメの蔵書には本もありますが多くが巻物です。同時期のゼーリエの蔵書はほとんどすべて本です。ですから、パピルスと羊皮紙を用途により使い分けていた時代かもしれないですね。EP10、EP21)


『葬送のフリーレン』は世界設定の詳細を突き詰めている作品ではないので、私はあまりこういった世界設定には着目していません。(「ハンブルクがない世界でハンバーグとはこれ如何に?」から始まって、「冒険者のトイレ事情は?」等いくらでもおかしなところは出てきます)
ただ、それが単なる創作の省力化のための工夫なのか、それともメタフィクション的な大掛かりな仕掛けにつながるのかは、気になっています。原作者の過去作や人となりを考えると後者の可能性も十分あると思うからです。
腐ることのない本
このように「本は腐る、物は残る」と考えてみると、神話の時代からそのままの形で残っているものは、「物」である女神の石碑、聖杖の証、エーヴィヒの魔導具くらいなのではないか?と思います。(エーヴィヒが本当に神話の時代の人なのかという疑問もありますが)
伝わっている文献は皆、後世に創作・脚色されています。
そのただ一つの例外が「生ける魔導書」ゼーリエです。彼女は「本が腐る」世界で「腐ることのない本」です。(第7巻60話)

なのに、唯一の生き証人であるゼーリエは語ろうとしません。
時代が下ると修道院のような組織ができて、「写本」によって古い知識を正確な形で現代に伝えるシステムが出来上がります。(第12巻112話)

ただ、それにしても、教会に不都合な知識は変更されたり隠蔽されたりしてしまいます。時の権力者が介入することもあるでしょう。(第6巻53話)

皇帝酒と「オカルト」
即位式で配られた皇帝酒を飲んだ当時の人々は皆、フリーレン達と同じように「クッソ不味!」と思ったはずです。(第8巻69話)



しかし、その素直な感想は秘さなければなりませんでした。公然の秘密です。
誰もが知っていることなのですが、時の皇帝を侮辱することになりますから「皇帝酒は最低の安酒である」などと書き残すことはできなかったでしょうし、書き残したとしても後世には伝わらなかったでしょう。
「クッソ不味!」という素直な感想を言葉にして伝えよう、広めようとすれば、それはかえって抹消されてしまいます。ですから、「皇帝酒は最低の安酒である」は「秘さなければ残すことのできない知識」です。
つまり、「オカルト」です。ここでは知識・情報の「真偽」ではなくて、「伝承方法」に着目して「オカルト」と言っています。
オカルトとは、隠さなければ、すなわちオカルティックでなければ、生き残ることなどできようはずもなかった教えの法統なのである。
だから、皇帝酒を完璧な状態で封印するとともに「皇帝酒が最上の名酒であることを讃える碑文」を残すという方法は、「クッソ不味!」という素直な感想を後世に伝える最良の方法だったわけです。
ミリアルデの意図が皇帝酒の味を伝えることにあったとは思いませんけれども、言葉では伝えられないことを伝えたかったことは間違いないでしょう。(ここは別記事を参照ください)
ミリアルデが伝えたかったけれども断念した事。それはゼーリエが沈黙していることと同じなのではないか?
ゼーリエの沈黙
以前も書きましたが…。大組織の長であり、たくさんの弟子に囲まれていて、しかも、自分一人が知っている世界の真実があるのなら、真実をあまねく宣べ伝えようと考えるのがまず普通の発想だと思います。(私だけでしょうか?)
けれども、ゼーリエは、フランメの性別さえ愛弟子に伝えていないようなんですね。(第15巻138話、第13巻120話)


ここからはゼーリエの絶望的な孤独を感じるのですが、それはさておき…
ゼーリエの沈黙は何を意味するのだろうか?と思います。
「皇帝酒は最低の安酒である」という当時の人々が当たり前に知っていた知識が「秘さなければ残すことのできない知識」であったように、神話の時代の人々が当たり前に知っていたことも今は「オカルト」になっていて、それがゼーリエ(とミリアルデ)の沈黙の理由なのかもしれないと思います。
おわりに
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