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【連載小説】LOVERS #9 魂の対話



さくら×リオン・ここまでのお話:

画家のさくらは、懇意にしているミュージシャンのリオンと自作品への価値観の違いから仲違いする。仕事仲間でもある姪のさくらからその話を聞いた麗華は、二人を成長させる目的で、自宅兼音楽スタジオで同居することを提案する。
半ば強制的な提案だったものの、さくらは自身の成長のためにしばらくここで暮らすことを決意。彼女の強い思いを聞いたリオンも腹をくくり、少しの間我慢することに。
しかし、慣れない共同生活で二人は早くもストレスを抱えることになる。それぞれ最も近しい家族にも理解してもらえず、落胆している。

以下、さくら×リオン、前回のお話


本編:

20.<さくら>

 共同生活を始めてから今日こんにちに至るまで、私は自分の怒りを紙の上に可視化し、徹底的に見つめてきた。そうするうちに、私は自分の嫌な面をずっと避けてきたことに氣付いた。それだけじゃない。目の前の人を、価値観が合う、合わないでジャッジしていたことにも氣付いた。

 リオンくんのこともそう。私は、今の自分と違う価値観を持つ彼を「合わない」と切り捨てようとしていた。

 でも、ここで共同生活してみて分かった。彼も含めて、百パーセント価値観が同じ人なんて存在しない、と。どれだけ氣の合う人でも、尊敬している人でも、必ず受け容れがたい部分がある。それでも、関わり続けようとするならば、その部分でさえも許容しなければならない。

 それは、自分自身に対しても同じこと。

 私は、前に一歩踏み出す勇氣を持つことの出来ない自分が嫌いだった。仲間だと受け容れてくれる彼らに対して、相応の恩返しが出来ないことにも苛立ち、苦しんでいた。

 でも、それは私だけじゃなく、みんな同じだと分かった。

 例えば智篤ともあつさんは、若い恋人セナちゃんとの関係に苦しんでいる。
 麗華れいかちゃんは、実年齢相応の体調不良に密かに悩んでいる。

 声を失った拓海たくみさんは、歌いたくても歌えないもどかしさに苦しんでいる……。

 そう、みんな、その人にしか分からない苦しみを抱えながら生きている……。

 だけど、今言った三人は、互いの悩みをちゃんと理解しながらも、必要以上に深入りしたりはしない。全員が自分の悩みに責任を持ち、真正面から向き合っている。だから、この家は成り立っているのだ。

(ああ、彼らは自分のネガティブな部分を否定せず、自分の一部としてきちんと受け止めているんだ……。)

 それが分かったとき、自分がこれから進むべき道に光が差した氣がした。

 私は画家だ。ならば、これまでの自分が経験してきたこと、抱えている悩み、信念……。その全てを集合させてキャンバス上に表現する。これこそが、魂の籠もった絵。ほかの誰にも真似できない、唯一無二の絵。

 誰かに評価してもらうために描くのではない。私自身の生きた証を残すために、今の私が感じていることを、フィルムに転写するかのように残す。これが今、私が試したい描き方だ。

 それに対して価値を見いだしてくれる人がいるなら、それはそれでありがたいこと。しかし今後「買いたい」という人が現れたらその時は、魂が共振したときにだけ譲る。私が絵を、相手がお金を渡すことで互いに満足出来るなら、喜んで交換する。

 そう心に決めたとき、胸の奥がじんわりと温かくなった。



21.<リオン>

 きょうだい同士で一緒に暮らしているときには何も考えなくてよかった。だけど、ここでバンドのみんなや、さくらと暮らす場合は、めちゃくちゃいろんなことに氣を遣わなくちゃいけない。

 食事や寝る時間もさることながら、みんながみんな、これだけは譲れないってものがあることがだんだん見えてきて、ますます萎えているところだ。

 例えば麗華姉さんは部屋の湿度しつどに、兄さんたちはギターの並べ方に、そしてさくらは、一人でいられる時間を作ることにこだわる。

 おれ自身、その全てにこだわりを持っているが、どれを取っても彼らと意見が合わないので苦しんでいる。

(一刻も早く、さくらにはおれの考えを理解してもらわなければ……。)

 そう思えば思うほど、口から出るのは否定の言葉や悪態ばかり。つくづく、おれは口下手だなと思う。

(ああ……。これが電子鍵盤キーボードだったらうまく伝えられるのになぁ……。)

 いてもたってもいられなくなったおれは、仕事が終わった夕方に一度自宅へ戻ることにした。“相棒”を、共同生活の場へ運ぶために。



 帰宅した部屋は、しんと静まりかえっていた。懐かしい匂いにつかの間ホッとする。だが、奥の部屋に入り、電子鍵盤キーボードが目に入った瞬間、頭の中が急に騒がしくなった。まるで、目の前のこいつがオレに話しかけているみたいだ。

「……お前はテレパシーが使えるのかよ? 大丈夫、おれはお前を捨てたりはしない。だいたい、こんなに年季の入った電子鍵盤キーボード、誰が欲しがるっての」

 つい本音をこぼしたあとで電源スイッチをオンにする。と、電子鍵盤キーボードは拗ねた子供のように音を鳴らさなくなった。

「……悪かったよぉ。頼むから機嫌を直してくれよぉ」

 しかし、何をやっても音は鳴らなかった。

「まさか本当に、楽器にも“魂”があるって言うのかよ……?」

 魂、と呟いた直後に思い浮かんだ顔は、さくらだった。さくらは、仕事道具――おれの場合は電子鍵盤キーボード――も自分の魂ではないのか? と言った。おれが金のためなら魂を売ることを厭わないと言ったことが発端となり、さくらは今もなお、おれに嫌悪感と失望感を抱いている。それだけでも結構キツいってのに、今度は肝心の電子鍵盤キーボードまでもがおれを嫌ってる……。

「……お前に何が出来る? おれが弾いてやらなきゃ、音が出なけりゃ何の価値もないくせに……」

 ――その台詞、そっくりそのまま返してやろう。お前こそ、オレがいなけりゃ自己表現できないだろう? 偉そうなことを言うな。

 急に返ってきた「電子鍵盤キーボードからの声」に度肝を抜く。本当に、こいつが語りかけてきているのか……? 電子鍵盤キーボードは尚も続ける。

 ――お前は傲慢ごうまんだ。自分の能力に自惚れすぎている。お前は決して自分ひとりでここまで上がってきたわけじゃない。オレや、ユージンやセナ、ほかにもたくさんのミュージシャンやファンに支えられてやってきた。なのにお前は、オレらに感謝もせずに、ただ金のためだけに生きようとしている。魂をも売り渡そうとしている。これまでならそれでも良かった。だが、これからの時代は、お前のような人間は生きてけないよ。

「おれが傲慢だってんなら、世の中のミュージシャンのほとんどが傲慢じゃねえか」

 ――感謝を忘れずに活動しているミュージシャンはいる。それにすら氣付いていないお前はやはり傲慢だ。

「…………」

 ――さくらと対話しろ。いつまでも逃げ隠れるな。答えはそこにしかない。

「……お前がさくらのことをどれだけ知ってるってんだよ?」

 ――お前よりずっと知っている。魂を通じて。

「……ちっ、何が魂だよ」

 無性に腹が立ったものの、こいつを取りにここまでやってきた手前、放置して帰るわけにも行かなかった。

「今からお前を運ぶから、その間だけでも黙っておけよ」
 スタンドから下ろし、ケースに入れる。
「……ったく、相変わらず重いな、お前は」

 ――お前こそ、文句を言うのはやめたらどうだ?

「うるせえ!」
 ケースに収納して肩から提げる。そこでようやく声は止んだ。



 何でおれは再びこの家に戻ってきてしまったのか……。しかも、自宅マンションから“相棒”を連れてきてまで……。

 ――さくらと対話をするためだろう?

 黙っていたはずの電子鍵盤キーボードがここへ来て声を発した。
「分かってるよ……」

 まずは音楽スタジオに向かい、電子鍵盤キーボードを運び込む。設置を終えて電源を入れると、さっきは、うんともすんとも言わなかった相棒がちゃんと音を鳴らし始めた。

「ふん、機嫌を直したか……」

 ――軽く弾いてみたらどうだ? オレならお前の頭の中で鳴るどんなメロディーだって表現できる。例えばそうだな……。今だったらお前が抱いている野望、渦巻いている鬱屈とした想い……。そんなのを音にしてみるのはどうだろう?

「なんでお前に指図されなきゃいけないんだよっ……」

 しかし、こんな曲を……と言われて弾けないようでは、プロのピアニストは名乗れない。しゃくではあったが、ほんのちょっとだけおれの野望を表現してやろうと、鍵盤の上に指を置く……。

 広い世界に飛び出したい。もっと自分の音楽を知らしめたい。そして、多くの人を自分の音楽の虜にしたい……。そんな思いを表現する。

「リオンくん……」
 弾き終えたとき、おれの名を呼ぶ声がした。

「さくら……」
 いつの間に入室したのだろう? 相変わらず氣配を消すのがうまい女性ひとだ。

「ごめんなさい、勝手に入ったりして……。でも、なぜだかここへ呼ばれたような氣がして……」
 さくらは小さな声で言った。

「あー、呼んだのは多分こいつ。でも、ちょうど良かった。さくらとは、きちんと話し合おうと思ってたところだから」

「えっ……。もしかしてそれ、リオンくんの電子鍵盤キーボード?」

 驚くさくらの声にかぶせるように、相棒がおれへの愚痴をこぼす。
 ――話し合え、と言ったのはオレなんだけど? 対話の場をセッティングしてやったことはきちんと説明して欲しいね。

(うるせえな、黙ってろよ……。)
 心の中で言い返し、さくらと向き合う。

「ええと……」
 何から話せばいいだろう? 言葉を探しながらぽつりぽつりと話す。

「そのぉ……。まだ、怒ってるんだろうか、おれのこと」

「…………」
 返事はなかった。怒っている、と解釈する。

「……まず、おれの考えを聞いて欲しい」
 つたない言語能力で、なんとか自分の考えを伝える。

「前に言ったかもしれないけど、おれは自分の音楽をたくさんの人に聴いてもらいたいと思ってる。そのためなら何でもやってやるって氣持ちでもいる。ただ……。

電子鍵盤こいつを売っぱらってもいい、って言ったのはさすがに言い過ぎたと反省してる。こいつにも怒られたしな……。そう、おれはこいつと一緒に音楽を作ってきた。脳内の音を最も忠実に表現できるのも多分、こいつ。それは、分かってる。

分かってるんだけど……おれはこいつの音だけに執着したくない。それもまた事実だ。

こんなことを言ったらこいつに怒られるだろうけど、おれの内側で響く音を表現するのは、鍵盤であればなんだっていいんだ。……ああ、そうだ、さくらにとってのキャンバスだと思ってくれればいい。内側の想いを外に出すための道具。おれにとってはそれが鍵盤なんだよ」




22.<さくら>

 本人には直接言わなかったが、リオンくんが選ぼうとしている生き方は全く間違っていない。むしろ、私自身もお金のために絵を売っていた時代があるから、彼の考え方はとてもよく分かる。

 にもかかわらず、私が彼の考え方を拒む理由は、彼自身が持っている才能を、大衆のニーズに応えるために使って欲しくないという純粋な思いがあったからだ。

 一緒に仕事をしてきて直感的に感じている。彼はもっと内側から湧き出る想いを表現できる、と……。

 そんなタイミングで、リオンくんの演奏を聴いた。普段なら、許可を取らずに音楽スタジオに入ることはしない。だが、すごく引きつけられるものがあったので思い切って入室したところ、ちょうど彼が電子鍵盤キーボードを弾いているところだった。

 サザン×BBのでも、ブラックボックスのでもない。聴いた瞬間に、これこそがリオンくんの内側で鳴っている音だ、と分かった。

(そうだよ、リオンくん。私が聴きたいのはこういう曲だよ……!)



 彼はわざわざ自宅から例の電子鍵盤キーボードを持参してまで私と対話しようとしてくれた。たとえそれが、電子鍵盤キーボードの意思だったとしても、向き合ってくれたことにまずは感謝しようと思った。

 彼は言った。自分の内側で響く音を表現するための道具は、鍵盤であればなんだっていい。それは、私がキャンバスに描くのと同じなのだから、と。

 それを聴いた瞬間、ある考えが突如として降りてきた。私は考えをまとめることもなく、閃いたことをそのまま口に出す。

「……キャンバスと鍵盤。使う道具は全く違うかもしれない。でも、それらを使うことで、それぞれが内側の想いを表現できるというのなら、やってみない? 即興演奏を。私がライブペイントをするように」

「即興演奏……!」

「うん。多分、リオンくんはそっちの方がいい。これは私の直感だけど、今し方弾いていたみたいに、リオンくんの心のままに演奏するの。そして、それを私が絵にする」

「…………! それ、いい! おれ、やってみたい!」
 リオンくんの表情がぱっと明るくなった。彼は前のめりになって言う。

「そう、そうだよ! おれはバンド内のキーボーディストという枠に収まりたくなかった。広い世界に飛び出したいと思っていたのは、そういうことだったんだ、きっと。さくらの一言で、おれの中でくすぶってた想いがまとまったよ!」

「あぁ、よかった……」
 彼の笑顔を見て私自身もホッとした。彼は独り言のように呟く。

「自分の名前を売りたいって想いがありながらも、ひとりでやってけるか自信がなかったからバンドにしがみついてた。歌えるようになればコンプレックスも解消するかと思ってたけど、そうじゃなかった。おれにとってはピアノ演奏そのものが歌ってるようなもの。歌う必要なんて、やっぱりないんだよ。うん、やっと分かった。
……なぁ、さくら。本当に一緒にやってくれるのか? もし、イエスといってくれるなら、おれは……おれはサザン×BBを抜ける。さくらと……二人でやる。そして……世界を目指す」

「リオンくん……」

「あー、勘違いするなよ……? いつも言うように、さくらは同じ芸術家として尊敬出来る人。だから、これからもお互いを高め合うパートナーとしてやってくれないかっていう、そういう意味」

 彼の言葉を聞いたとき、目の前に情景が浮かんだ。ずっと、黒くて重いイメージしか湧いてこなかったのに、いま眼前に広がっているのは、一言で言うなら……光。

 私にはそれが、リオンくんの魂が輝くさまに見えた。

(あぁ……。今、リオンくんの魂は喜んでいる。きっと、そこにある電子鍵盤キーボードも……。)



23.<リオン>

 やっと、さくらの考えが分かった。さくらが大事にしているのは、絵そのものではない。絵に込められた想いの方。

 多分さくらは、お金の高い低いにかかわらず、自分の『魂』を大切に扱ってくれると分かる人になら絵を手渡すだろう。でも、そうじゃないと分かるから、売らない。

 そうでなくてもさくらは現在、ライブペイントという手法で絵を描いている。きっとさくらは臨場感も大切にしている。だから、安易に絵だけを売らない。彼女が提供しているのはきっと、空間そのもの。「いま、ここ」なのだ。

 それに対して、おれがこだわっていたのは物質としての金。それをいかに多く手に入れるかにしか意識が向いていなかった。もちろん、収入が多いに越したことはないだろう。手持ちの金が多ければ多いほど出来ることの幅もきっと広がる。

 もちろん、そこへの憧れは捨てきれない。でも……。でも、そうじゃないんだ。自分を殺してまで手にしたお金に何の価値がある? さくらも、兄さんたちもそう言いたいのだ。

 ならば、視点を変えればいい。

 自分をとことん大事にしながら、今を生きながら、稼ぐ。それなら矛盾はない。

 ただし、稼ぐことを主軸に置かない。おれたちの音楽と絵に共感してくれる人たちならきっと、心のこもった金を、氣持ち良く渡してくれるはず。それだったら、さくらも嫌がらずに受け取ってくれるだろう。

 今、おれとさくらが思い描いていることは、全く新しいこと。多分、誰もやっていない。だからこそ挑戦しがいがあるし、うまくいけば新しい音楽、新しい絵の先駆者になれる可能性すらある。

(そうだ……。おれが求めていたのはこの、ワクワク感だ……!)

「……さくら、まだ、怒ってるって言う?」

 再度、尋ねてみる。さくらは首を横に振り、笑った。

「もう怒ってない。っていうか、リオンくんと分かり合えて嬉しい」

「じゃあさ……」

「うん。やろう、一緒に。二人で、新しいことを……!」

「よっしゃ、決まりっ!」
 自然と右手を差し出す。と、さくらも自然な動作で握り返してくれた。



続きはこちら(#10)から読めます


※1:見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。

※2:作中の楽曲は、魂の共鳴者であるnoter、京泉さまのご厚意により、リオンのために作曲・演奏・ご提供していただいたものです。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。



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