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【連載小説】LOVERS #6 誰も分かってくれない

前回のお話:

年上の恋人、智篤と身体の関係がないことを悩んでいるセナは、ひょんなことから訪れた喫茶店『ワライバ』の店員めぐに想いを打ち明ける。めぐは、体の繋がりに固執するより、今一緒にいられることに意識を向けてはどうかと提案。セナはアドバイス通り、智篤とセッションをすることで『今』に集中し、共に音を奏でられる幸せを一時、感じる。
が、見つめ合えばやはり触れあいたいとの想いがわき上がってくる。抑えきれない思いのまま唇を寄せるセナ。その熱情に理性を失い欠けた智篤は押し倒そうと試みるが、その瞬間にギターが倒れ、我に返る。


13.<リオン>

 セナと智篤ともあつ兄さんの間に何があったのかは分からない。しかし彼らは音楽スタジオから一人ずつ出てきたきり無言を貫いた。

 拓海兄さんが手を動かし始めたので手話を読み取る。
 ――セッションを楽しんだにしては、不満そうな顔をしてるじゃないか。中で何かあったの?

「拓海には関係ないだろ! 余計な詮索はするな!」

 ――おおっ? その反応は何かあったな? 当ててみようか。ずばり……セナに言い寄られた!

「…………! ぶん殴るぞっ!」
 智篤兄さんは言いながら拓海兄さんの肩を押した。

 ――おいおい、マジになるなよ……。怒ってるなら、そのエネルギーは音楽に向けた方がいいぜ?

「……僕はちっともいかってない。ただ拓海の無駄口、、、に少々苛立ってるだけだ」

 拓海兄さんは、怒ってるだろうが……とでも言いたげな表情で首を横に振り、ため息を吐いた。

 今日はプロデューサーのショータさんも来ていたのに、結局まともな話し合いは出来ずに終わった。



 酷く重苦しい空氣が漂う午後だった。そのうちに兄貴までもが苛立ち始め、おれに説教を始める。

「……早く謝っちまえよ。そうしたらお前とさくらさんの関係は戻る。お前が解放されればセナもリオンと暮らす部屋に戻る。これで元通り。簡単なことじゃん」

「おれは謝ったよ。でも、あっちが許してくれねえんだ。誠意が足りないって」

 おれは、ことの経緯を兄貴に話して聞かせた。すると案の定、しかめっ面をされる。

「さくらさんのプライドを傷つけちまったんなら、誠意がないと言われても仕方がないな。お前はいつもそうだ。相手の氣持ちを考えずに発言する悪いクセがある。たとえそれがお前のプロ意識から出たものだったとしても、言っていい相手かどうか、よく考えてから発言すべきだった」

「……めんどくせぇ。なんでおれがそこまで相手のことを考えてやらなきゃいけないんだ?」

「それが人と付き合うってことだよ」

「付き合う……」
 その言葉から連想し、唐突に兄貴の交際について聞いてみたくなる。

「じゃあ、兄ちゃんは舞さんに何かを伝えたいとき、百パーセントの本音を伝えることはないんだな? 相手の顔色を窺う、と?」

「状況次第だな。素直に伝えても受け容れてもらえる可能性を秘めてる。それが恋愛の面白いところだ」

「……恋人を持つってのはやっぱり大変だな。おれには無理だ。セナと智篤兄さんの関係は特に大変そうだな、って思う。見ていてこっちが辛くなるもん。想い合ってるだけなら感じなかった苦しみを、恋人になったら感じなくちゃいけないなんて、想像するだけでも嫌だね」

「そうやって物事のマイナス面しか見ないお前は、人生の半分を損してるよ。そりゃあ恋人が出来れば、自分の情けない部分を見せたり、分かり合えなくてイライラしたり、辛い思いをしたりすることもあるだろう。一方で、全身で相手と繋がる感覚、一人では味わえない幸福感、一緒にいることで成長を実感することもできる。少なくともおれは恋愛からいい影響を受けてる。お前にも勧める理由はそれさ」

「……まるでおれが成長できてないみたいな言い方だな」

「ああ、その通りだけど?」

「くだらねぇ……」

「じゃあ、さっさとこの環境に終止符を打つことだ。もしくはバンドを脱退して一人でやれ。それがお互いにとって最もいい選択だ」

「…………」
 バンドを脱退しろ……。セナに引き続き、兄貴にまで言われるとさすがにこたえる。黙り込むおれを見て兄貴は勝ち誇ったように笑っている。

 悔しい……。でも、歌えない今のおれにはどうすることも出来ない。

 観念したおれは、恥を忍んで兄貴に問う。
「……なぁ、兄ちゃんはなんで歌うようになったの? ずっとセナに頼りきりだったのに」

「おっ……?」
 兄貴は、おれが発言を変えてきたことを嬉しく思ったのか、前のめりになった。

「そりゃあ、伝えたい思いがあったからだよ。好きだとか愛してるとか、真面目な顔して言えねえじゃん。でも、歌詞にしちゃえばさらっと言える。とりわけ、相手が麗華さんだった時は恥ずかしさが先に立ってたし、智さんがライバルだったから歌うしかなかった」

「で、一度歌ったら、恥ずかしさもなくなったと?」

「恥ずかしい氣持ちはいつだってある。でも、それ以上にオレの歌を聴いて喜んでくれる人の顔を見たら恥じらいは吹き飛ぶし、また歌ってやろうかって氣になる。……なんでそんなことを聞く? もしかして歌いたくなったの?」

「そういうわけじゃないけど……」
 言うかどうか悩んだ。でも、とにかく何か行動を起こさなければ事態は何も好転しない。焦りのようなものもあり、思い切って打ち明ける。

「いや……。歌いたいって言うか、サザン×BBの中で歌えないのがおれだけ、ってのにちょっとコンプレックスを感じてて……。もし歌うことが出来たら、そのぉ……。さくらとの関係も前進するかなって」

 本当は「独り立ちできるかもしれない」と言いたかった。でも、ここまでの流れを考え、「さくらとの関係改善」を理由に挙げた。結果的にそれが良かったようで、兄貴はおれの発言を喜んだ。

「ほぅ。それはいい心がけだ。曲はいくらでもあるんだ、これまでにやってきた曲の中から好きなのを決めて練習してみろ。最初は一人から始めるといい。声が出るようになったら自信もつく。そしたらあとは自然と人前でも歌えるさ」

「そんなもんかねぇ?」

「そうさ。そのうちに、人が作ったのじゃなくて自分で作った歌詞を口ずさみたくなる。少なくともおれはそうだったし、その歌の反応が良ければ曲への愛着も湧いてくる。やっぱり、持ち曲はいいよ」

「愛着……」

「うん。そしたらお前にもさくらさんの氣持ちが分かると思うよ。自分の内から溢れ出る思いを大事にしたいって氣持ちがきっと」

「……結局そこに繋げるんだな。説教はうんざり」

「そうやっていつまでも逃げるんじゃねえよ。ちゃんと、自分の弱点と向き合わなきゃ、さくらさんとの関係改善なんて望めないぜ?」

「…………」
 立ち去ろうとした背中に兄貴の声が突き刺さった。

(はぁ……。誰もおれの氣持ちを理解しちゃくれない。)

 これまで一緒に暮らしてきた兄貴のことは随分頼りにしていた。けれど、兄貴に彼女が出来、離れて暮らすようになってからは、心が通じなくなってしまったように感じる。

 家族だからって、いつでも分かり合えるわけじゃない。今回のことでよく分かった。




14.<さくら>

 嫌な空氣は消えることなく夜を迎えた。今にもこの家から飛び出してしまいたいと思いながらも、家中に漂うピリピリした感じや重たさをなんとか絵で表現できないかと模索する。

 ピンときてはスケッチブックに筆記していく。絵を描くというよりは直感的に鉛筆を走らせるといった感じ。これが何の役に立つのかさえ分からない。でも、この家で一つでも学びを得たいという思いを糧に手を動かした。



 こんなふうになる前だったら、みんなで囲む夕食も楽しいと感じることが出来た。でも今はお世辞にも楽しいとは言いがたく、食欲も減衰ぎみだ。

「ごちそうさまです……」

 早めに食事を切り上げた私は先にテーブルを離れ、部屋の隅でスケッチブックと睨めっこを始めた。

「なんだか我が家じゃないみたい。まるでお通夜ね」

 常に元氣いっぱいの麗華ちゃんも昨日からため息ばかり吐いている。自分が提案した話がうまくいかないことを嘆いているようにも見える。

 そんな彼女を見る側である私もしんどい。ならば、お前が折れてリオンくんに歩み寄ればいいじゃないかと思うかもしれないが、そう簡単な話でもない。私はもう、自分の思いを反射的に引っ込めるのはやめようと決めたのだ。考えがぶつかったときはお互いの意見を出し合い、擦り合わせ、納得した上で判断する。これからはそうやって生きていきたいのだ。

 悶々し始めたとき、私のスマホに着信があった。「父」との表示を見て、眉根をひそめる。

(お父さんから……?一体何の用があって……?)
 よりによってこんなタイミングで掛けてくるなんて。愚痴をこぼしたくなる氣持ちを抑えながら場所を移動し、電話に出る。

「……もしもし?」

『さくら? 悪いな、こんな時間に。今、話せる?』

「うん、平氣だけど、いったいどうしたの?」

『実は、俺の高校野球部時代の後輩が、自分の店にお前の絵を飾りたいらしくて、父親である俺に交渉してくれって頼んできたんだよ』

「そのお店ってもしかして、喫茶ワライバ?」

『ああ、そうそう。勘が鋭いな。その店のマスターからの依頼。小さいので構わないから、何枚か欲しいんだって。いくらで描いてくれる? 値段次第で、頼む枚数は変わるって言ってたけど』

「…………」
 答えることが出来なかった。自分の絵に値段をつけて売る――。今まさにそのことが原因でリオンくんと喧嘩になっているからだ。黙っていると父に突かれる。

『どうした? 小さい絵なら描けるだろ? それとも何? 個人の依頼は受けてないとか?』

「……今は、ライブペイント画家として活動しているし、そこで描いた絵は売らないって決めてるの。いつか、個展を開いてたくさんの人に見てもらうっていう夢を叶えたくて」

『そうなのか……。でもさ、ライブで絵を描くのはイベントの時だけだろう? それがないときは余裕があるんじゃねえの? 個人の依頼なら時間をかけてゆっくり描けると思うんだけど、それでもダメ? あいつ、納期は特にもうけないっていってたし』

「違う……。これは魂を売るか売らないか。そういう話なの……!」

『魂……? 俺は絵の話をしてるんだぜ?』
 父は、何を言っているんだ? とでも言いたげな調子だった。これまでのことも重なって苛立ちが募り、感情的になる。

「お父さん……! 私は、絵に魂を込めて描いてるの。それは分身みたいなものなのよ。自分の身体に値段がつけられる? あるいは、高値で買い取らせてくれと言われて右腕を差し出せる? 私が言いたいのはそういうこと!」

 声を荒らげた私に対し、父は静かにいう。

『……さくら。氣持ちは分かる。でも、それはさ、やっぱりきれい事だよ。お前の絵柄を氣にいってくれる人がいるんだ。その人のために描いてやるのは別にいいんじゃねえの? お金は、その人の氣持ち……いや、魂の代替品。そう思って素直に受け取るべきじゃねえか?』

「…………」
 お金は魂の代替品。考えたこともなかったので困惑し、言葉を失った。

(ひょっとして、リオンくんもそんなふうに考えている……? だから、私の絵に高値が付いたと聞いて喜んだの……?)

 芸術作品への理解は、心と心のやりとりだと信じてきた。絵の価値は観た人、一人ひとりが決めることだ、とも。しかし、父やリオンくんは、高値が付けばつくほど、買い手の想いも大きいと考えているらしい。

「私はお金が欲しいんじゃない……。絵を見た人が笑顔になったり、感動したりすれば充分。なのに、ライブペイントをするようになってから、私の絵を道具のように扱う人が寄ってくる……。私には分かる。画商たちが腹の底で『この絵見たさに集まってくる人が増えれば儲けも増える』と考えていることが。本当に、嫌……」

『さくら、それは違うよ……』

「お父さんに、私の氣持ちなんか分かるはずない……!」
 言い放ち、電話を切った。そしてそのまま外に飛び出した。



 静かにリビングに戻ると、麗華ちゃんが迎えてくれた。
「お父さんって聞こえたけど、庸平ようへいから電話だったの? 何の話だったわけ? 随分怒ってたようだけど」

 麗華ちゃんと父は姉弟きょうだい。麗華ちゃんは弟である父に対してはいつも姉貴風を吹かせている。廊下に出て話していたのに、きっちり聞かれていたことに恥ずかしさを覚える。

「ううん、たいした用じゃなかった」

「嘘よ。なら何であんなに怒った声を出していたの? 麗華伯母さんに話してご覧なさい」

「…………」
 正面から両手を握られては逃れることなど出来そうにない。

「……二人だけで話したいから、場所を変えてもいい?」

「もちろんよ」
 私は手を握られたまま、今は二人で寝ている寝室に移動した。そこで渋々訳を話す。

「……なるほどね」
 話を聞いた麗華ちゃんはため息を吐いた。

「庸平の言うことは間違っていないわ。でも、さくらちゃんの言い分もよく分かる。今回のあなたとリオンの件も同じよね? お金か、魂か。生活をとるか、誇りをとるか……。それは本来、天秤に掛けられるものじゃないとあたしは思う。でも、それを天秤に掛けなければいけないのが今の世の中。だから苦しい……」

「うん……」

「……さくらちゃんは、ほんとにリオンと分かり合いたいと思ってる? だとしたら、何のために? そこをはっきりさせた方がいいと思う」

 結局、行き着くところはそこなのか。話題はリオンくんにすり替わってしまった。問われて、しばし考えたのちに答える。

「……私はリオンくんのことを、同じアーティストとしてとても尊敬している。これからも尊敬し続けたい。……理由はそれだけ」

「ふぅーん……。好きだから、じゃないんだ?」

「そういう感情はないよ……」

「ま、そうだと思ってたけど。さくらちゃんの純粋なとこ、好きよ」
 麗華ちゃんは笑った。

「そうね。確かにリオンの音楽センスはメンバーの中でも別格だとあたしも思う。だから一度、メジャーに引き抜かれてるわけだしね。ただ、この状況が長く続くようであれば、メンバー構成を変えることも考えなくちゃいけないとは思う。若い頃、あたしが抜けて拓海たちが二人でやっていこうと決めたときのように、どこかで決断しなきゃいけない日が来るかもしれないわ」

「……麗華ちゃんはどっちにつくの?」
 彼女はメジャーの出身。自分の音楽をお金に換えてきた人だ。

「あたしは拓海が死にかけたとき既に決めているわ。昨日も言ったけど、お金より大切なものが今はあるからね。反社会的だと言われて潰されかけようとも、世界征服という名の世界平和を実現させるべく、サザン×BBでの活動を続けていくつもりよ」

 彼女のブレない精神を聞いて少しホッとした。が、直後に麗華ちゃんがこんなことを言う。

「でも、生きてくための資金が必要なのも事実。あなただって、ちょっと前までの生活を思いだしてみれば分かるはず。理想と現実のバランスを取ることが大事よ」

「バランス……」

「そう。庸平が言っていたんでしょう? お金は相手の氣持ちの代わりだって。さくらちゃんは、喜んでくれるだけでいいですって言うかもしれない。でも、それは手のひらに出してみせることが出来ないもの。だからその人は、喜びをお金という物質に変えて差し出す。……それを拒んでしまうと言うことは、相手の氣持ちをも拒むことにならない? 本当にあなたの描いた絵を大切にしてくれる人がいるなら、喜んで差し出してもいいんじゃないかな? そして、その対価を受け取ってもいいんじゃないかな?」

「…………」
 予期せぬことを言われたせいだろう。頭の中で今まさに、お金と魂とが天秤に掛けられた状態で揺れている。

 急に、胸が苦しくなってきた。

(お願い……。ようやく自分の絵と生き方に誇りを持てるようになった私を、これ以上惑わせないで……。)

「ごめん……。今日はもう、寝る……」
 同じ空間にいることに耐えきれず、先に部屋を飛び出した。


✨続きはこちら(#7)から読めます✨

この話の続きはこちら(#9)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


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