【連載小説】LOVERS #7 切ないラブレター
セナ×智篤のお話(第5話):
年上の恋人、智篤と身体の関係がないことを悩んでいるセナは、ひょんなことから訪れた喫茶店『ワライバ』の店員めぐに想いを打ち明ける。めぐは、体の繋がりに固執するより、今一緒にいられることに意識を向けてはどうかと提案。セナはアドバイス通り、智篤とセッションをすることで『今』に集中し、共に音を奏でられる幸せを一時、感じる。
が、見つめ合えばやはり触れあいたいとの想いがわき上がってくる。抑えきれない思いのまま唇を寄せるセナ。その熱情に理性を失い欠けた智篤は押し倒そうと試みるが、その瞬間にギターが倒れ、我に返る。
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15.<智篤>
頭の中の声すら手放し、真の僕だけになりたかった。しかし、どれだけ願っても叶わない。それは以前、僕をずっと守ってくれていた「もう一人の僕」だと分かっているから。彼と僕とは共に存在してはじめて、南智篤という人間を維持できる。それも、頭の中では理解している。
――分かっているなら、さっきあの勢いでセナを抱いてしまえば良かったんだ。君が迫ったときの顔を見ただろう? 彼女には受け容れる用意があったと僕は感じたよ。
ギターを一本背負って家を飛び出し、外を歩いていると、「もう一人の僕」が勝手に語りかけてきた。
(馬鹿なことをいうな。明らかにセナは怯えていた。あのまま理性を失っていたらと思うと恐ろしいよ、僕は。)
――なぜ恐れる? 君とセナとは恋人同士なのに?
(…………。)
――ひとつ教えてやろう。君は先のことに目を向けすぎている。セナと同じ目線で世界をみろ。「今」に目を向けろ。そうすれば、愛し合うことにも抵抗がなくなるはずだ。
(今……。)
――そうだ。君が僕を残してくれたように、光と闇が対であるように、物事には必ず表と裏が、良い面と悪い面が存在している。一方を消すことは出来ない。つまり、だ。君は将来のことにも目を向けつつ、生きている今にもしっかり向き合う必要があるということさ。
(僕は今にもちゃんと目を向けている。)
――だったら、セナの想いにも応えてやれるだろう? セナは「今」、君と愛し合いたいんだ。「今」の君を知りたいんだ。それが分かるか?
(…………。)
――大丈夫さ。セナは君が思ってるよりずっと大人だよ。君がどんな振る舞いをしようとも、たとえ君が子供のように甘えたとしても、ちゃんと受け止めてくれるはずだ。
(僕は甘えたりしない……!)
――おっと、失礼。じゃあ、雄々しく振る舞っても、と言い直そう。いずれにしてもセナは、これまでに見たことのない君がみたいんだ。だから、何も心配はいらないんだよ。
(ふんっ……。お前の戯れ言はもううんざりだ……。)
いうことがいちいち正論過ぎて吐き氣がする。僕は頭の中の声を一蹴し、近くの公園のベンチに腰掛けた。そこでギターを取りだし、氣晴らしに何曲か弾き語る。しかし、歌えば歌うほど心はざわついた。選曲を間違ったかもしれない、と後悔する。
「ちっ……。どうしちゃったんだ、僕は」
呟いてみてふと、氣付く。もしかしたら僕は、心の奥底ではセナを抱きたいと思っているのではないか、と。言動――つまりは歌詞にして口ずさんだ言葉――と心との不一致が不快感や不安として立ち上ってくるのだとしたら……?
「馬鹿な……。僕がセナにそんな感情を抱いているなんて……」
あり得ない、と否定しかけてまた氣付く。僕は、自分の感情を認めたくないだけなのでは? と。
「くそっ……」
いても立ってもいられずに公園を離れた。そして、帰宅した僕は自室に引きこもって紙とペンの前に座った。
(今の僕の氣持ちを、洗いざらいここに書き出す……。)
僕は自分のどんな氣持ちに嘘を吐いているのか。また、それによってセナとの関係を停滞させたい理由は何か。ちゃんと、向き合おうと思った。
――いい傾向だ。さすがは「僕」。ちゃんと、以前学習した内容が活きている。
(ふんっ……。お前は黙っててくれないか……。)
頭の中の声を黙らせ、紙と向き合う。
星夏へ
今から君への正直な気持ちを綴ろうと思う。どうか、不器用な僕からの言葉を受け取って欲しい。
君から何度目かの「好き」を言われたとき、僕の心は動いた。君の真っ直ぐな想い、そして健気さに完敗した。なぜこんな僕を愛してくれるのか、それは未だに理解できないけれど、きっと君ならこう言うんだろう。理由なんてない、って。
正直に言うと、君に真っ直ぐ見つめられるとドキドキする。抱きしめたいと思う瞬間もある。でも、そうやって君との距離を縮めていった先にあるかもしれない「二人だけの生活」を思うとどうしても一歩、踏み出せない僕がいるのも事実。
僕は君を、宝石のように取り扱いたいのかもしれない。だから、互いに醜い部分を見せ合いたくなくて境界線を引いているのかもしれない。だって君は本当に魅力的だから、そのイメージを損ないたくないんだよ。
考えてみて欲しい。僕が長きにわたって恋い焦がれていた歌姫、水沢麗華でさえ、一緒に暮らせばがっかりする点がごまんとあるんだ。君にも当然、そういう部分はあるだろうし、一緒にいる時間が増えれれば増えるほど見つけることになる。それが嫌なんだ。
僕はもううんざりしているんだよ、この世界の醜さを見ることに。これまで散々見てきたんだから、せめて残りの人生は美しい世界を、美しいものを見ていたいんだよ。
そう、そのために音楽がある。僕らならこの世界をもっと美しくすることが出来る。だからこれからも一緒に美しい音を響かせよう。二人の声をハモらせよう。
智篤
――美しい、実に美しいよ。でも、どこか嘘臭さもある。とても本心から語られたとは思えないな、僕には。
書き終えるのを待っていたかのように、もう一人の僕が意見を述べた。
(黙っていろ、と言っただろうが。)
――書き終わった後ならいいじゃないか。セナに渡す前にチェックする人間がいた方がいいだろう?
(僕が渡す手紙なんだから、最終チェックは僕がすればいい。)
――僕も君の一部だぜ?
(……失せろ。)
これ以上、余計な考えが入らないうちに手紙を折りたたみ、封筒に入れる。そしてそのまま、セナが世話になっているというユージン宅へ向かう。
インターフォンを鳴らす。出てきたのはユージンだ。
「智さん……。セナならいませんよ」
訪ねた目的を言い当てられた上に、当人がいないと告げられて動揺する。
「もしかして、自分の部屋に戻ったのか?」
「半分あたりっすけど、しばらくここにいるなら自分の荷物をもってこいって言って、一度帰らせたんです。だから、直に戻ると思います」
「そうか……」
戻ると聞いて安堵した僕は、さっき書き上げたばかりの手紙をユージンに渡した。
「これをセナに渡して欲しい。僕の……氣持ちを綴ってある」
「……ラブレターっすか? そういうのは、本人に直接渡した方がいいと思いますが」
「手紙には違いないが……」
ラブレターと呼ぶにはあまりにもお粗末な内容。顔を赤らめて渡すような、一般的な恋文のイメージを持ってもらっちゃ困る。しかし、読んでもらう以上は返事が欲しいのも事実。
「……セナがこれを読んで思うところがあるなら会いに来て欲しいと伝えてくれ。僕は家でギターを爪弾きながら待っている」
じゃあな、と言って背を向ける、が、いきなり腕を掴まれた。少しだけ振り向くと、ユージンが怖い形相で僕を見ている。
「……前にも聞いたけど、智さんは本当にセナのこと、愛してるんですか? 愛しているなら、あいつが喜ぶように、笑顔でいられるようにしてやってくださいよ」
「……僕はユージンのように、恋人と同じ空間、同じ生活をすることに幸せを見いだすことが出来ない質なんだ。たとえ、そうすることでセナが喜ぶのだとしても、僕には出来ない……」
「なんでですかっ……! 一緒に暮らす。簡単なことでしょう……?!」
「簡単なものかっ……! 一つ屋根の下に住むということは、それだけ素の自分を曝け出すと言うことだ。互いの弱さや醜さを見せつけ合うということだ。僕はセナの、そういうところが見たいわけじゃない」
「じゃあ、どういうところが見たいって言うんです……?!」
「兄のお前には分からないだろうが、セナは……磨いていない原石みたいな子だ。僕はその、加工されていない彼女を好いている。僕が下手に磨けば本来の美しさが失われてしまうかもしれないだろう? そうなるくらいなら、遠くから眺めている方がいい」
「そんな、ラブソングのフレーズみたいな理由を述べられても、オレにはさっぱり分かりませんね」
苛立ったのか、ユージンは僕の腕をさらに引っ張った。無理やり向き合わされる。
「オレ、智さんにはずっと憧れを抱いていました。でも、いまの智さんにはそういう氣持ちを抱けません。愛する人ひとり、笑顔に出来ない男が、世界平和を目指せるはずない。この際、はっきり言わせてもらいます。もしセナの笑顔を奪い続けるというなら、あなたに人を愛する資格はない」
「…………!」
思わずカッとなって、空いている方の手で彼の肩を押した。が、反論することは出来なかった。
(どいつもこいつも、正論ばかり言いやがる……!)
悔しさが込み上げる。
「離せ……!」
ユージンの腕を振り払うのが精一杯だった。
「……ユージンに問う。お前は今、僕に説教をしたが、そういうお前は彼女を幸せに出来るのか?」
最後の抵抗のつもりで言い放つ。しかし、真っ直ぐに見つめ返してくる彼の目には確かな自信と力があった。
「オレが幸せにするんじゃない。幸せってのは、二人で築いていくもんです」
「……それが、ユージンの答えか」
僕よりずっと若いというのに、女性を愛するということに関しては、彼の方がずっと良く理解しているらしい。これ以上、何を言っても勝ち目はないと悟る。
「……もう一度言う。セナが戻ったら会いに来るよう伝えてくれ。僕は逃げずに待っている」
16.<セナ>
冷静さを欠いた表情の兄さまに迫られたとき、正直言って怖かった。もしその瞬間にギターが倒れていなかったら、アタシはあのまま兄さまに組み伏せられていたのだろうか……。そのばあい、アタシが望んだ形になっていたのだろうか……。いろいろな思いが脳裏に巡る。
兄さまはただ一言「すまない……」と言って倒れたギターを片付け、先にスタジオを出て行った。すぐに追いかけたかったが、足は動かなかった。
「何やってんだろ、アタシ……。めぐさんに、セッション出来る『今』に喜びを見いだしてごらんって言われたのに……」
喜びと悲しみが同時に押し寄せ、胸が潰されそうだった。
後からゆっくりスタジオを出、午後の仕事に取り組むべく皆の元に向かったが、拓海兄さまに揶揄われたらしい兄さまは酷く立腹していた。
(アタシの……せいかな……。)
アタシが我が儘を言ったから兄さまに変な氣を起こさせてしまった。それが原因で仕事にも支障が出てしまった……。
(いろいろ、自信なくしちゃうなぁ……。)
結局打ち合わせは延期となり、今日はそのまま解散となった。
*
「……今夜もうちに泊まるんだろ? だったら最低限のアイテムだけ取ってこい。こっちはそれでいいから」
彼らの家を出た後で兄が言った。昨日は渋々泊めてくれた印象だったが、消沈しているアタシを見て不憫に感じたのかもしれない。
「ありがとう、お兄ちゃん……。ごめんね」
「年上に恋する人間の苦悩はオレにも分かるからな……」
兄はそう言ってアタシの背中をそっと押した。
*
兄の勧めで一度自宅マンションに帰り、外泊に必要な最低限の用品をバッグに詰める。普段ならここに必ずリオンがいるが、今日は不在。誰もいない広い部屋に一人きりっていうのはやっぱり落ち着かない。
(兄さまは、アタシのこういうところが嫌いなのかな……。)
寂しい思いをしないで済むように、どんなときでも誰かと一緒にいたいと思うのがアタシ。でも、一人きりの時間が必要って人も世の中にはいる。多分、兄さまはこっちだ。
一緒に暮らしたいという願いを叶えてやることは出来ない、と兄さまは言った。多分兄さまには、アタシがどんな振る舞いをするか――始終おしゃべりしたり寄り添ったり――が分かっている。だから、最初から拒んでいるのだろうと思う。
(端から釣り合わないのかな、アタシたち……。)
ただ「好き」なだけではどうにもならないことがあると、改めて知る。
(もうちょっと、大人にならなきゃ……。)
氣合いを入れるため、頬をパンパンっと叩く。そして荷物を詰め込んだボストンバッグを肩から掛け、足早に兄たちが暮らすマンションに向かう。
*
「すんごい荷物……。いったい何を持ってきたんだよ……? まぁ、いっか」
部屋を訪れると兄が出迎えてくれた。午後の早い時間だったから、兄の恋人である舞さんはまだ帰宅していないようだ。指示された場所に荷物を置き一息吐いていると、背後から肩を叩かれた。
「これ、預かってる」
差し出されたのは一通の手紙だった。
「誰から?」
「見てみりゃ分かる。多分、返事は早いほうがいいと思う。オレはあっちの部屋にいるから、ここでゆっくり読めよ」
兄はそう言って別室に行ってしまった。
兄の姿が見えなくなってから封筒に目を落とす。差出人の名前はなかったが、表に見知った筆跡で「星夏へ」と書いてある。一目で兄さまからの手紙と分かった。
複雑な氣持ちのまま封を開ける。文面を読みたいような、読みたくないような……。怖い氣持ちを抱きながら折りたたまれた手紙を開く。読んでみると、そこには彼の率直な氣持ちが綴られていた。
「兄さま……」
身体に触れないのは、アタシのことを大事にしようと思うがゆえ……。文字で改めて兄さまの想いを知り、切なくなった。
ソファで静かに涙をこぼす。と、兄がそっとやってきて隣に腰掛けた。あふれる感情を抑えきれず、思わず兄にすがる。小さい子供のようにわんわん泣くと、兄は何も言わずに頭をなでてくれた。
「……智さんも悩んでる。セナからの返事も待ってる。だから、氣持ちの整理がついたら会いに行ってこい」
「……氣持ちの整理なんてつかないよ。だって、兄さまのものになりたいと思ってるアタシの氣持ちは何一つ変わらないんだもの」
「なら、その氣持ちをぶつけりゃいいじゃん。智さんは……オレみたいな子供が言うのもおこがましいけど臆病者だからな。なかなか動かない人だけど、こっちが強氣で押し通せば折れることも知ってる。……セナ。恋は駆け引きだ。押したり引いたりして相手を揺さぶれ。年齢は関係ない。相手の氣持ちも関係ない。自分はこう思うんだって言う強い氣持ちを、今はぶつけろ。オレの妹なら出来るはずだ」
「お兄ちゃん……」
「……頼もしい兄貴だろう?」
兄は胸を反らした。
「うん。ほんとに格好いいよ。アタシ、少し元氣が出てきた」
「よし、その意氣だ。……ほら、涙と鼻水を拭けよ」
兄は棚の上からティッシュ箱をとって渡してくれた。
「それじゃあアタシ、行ってくる」
「頑張れよ。大丈夫。セナならきっとうまく話せる」
兄の力強い言葉に励まされたアタシは、もらった手紙を握りしめたまま兄さまのいる家に向かった。
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