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【連載小説】LOVERS #8 熱い想い、静かな想い

セナ×智篤・前回のお話(#7):

セナの熱情を知って戸惑う智篤ともあつは、セナに手紙を書き、今の自分の正直な氣持ちを伝えることにする。手紙を渡そうと、今彼女が世話になっている彼女の兄、ユージンの部屋を訪れる。しかしセナは留守だった。代わりに渡して欲しいと頼むと、ユージンは智篤に対し、ひとりの女も愛せない人が世界平和を成し遂げられるはずがないと喝破する。
一方のセナは、帰宅後に兄から手紙を受け取って読み、涙する。ユージンはセナを優しく慰めてくれた。その上で、自分の氣持ちをはっきりぶつけてこいと背中を押した。

17.<智篤>

 手紙を渡し、自宅に戻って普段通り過ごそうと試みるが、思うようにはいかなかった。それもそのはず。ユージンにあんなことを言われたんだから心穏やかでいられるはずがない。

(幸せは二人で築くもの、か……。)

 今時の健全な若者はみな、そう言うのだろうか。いいや、そんなのは建前だ。実践できているカップルばかりならこの世はもっと幸せに満ちているはず。

 結婚についても同様だ。愛し合う男と女はやがて家庭を持つ。愛が実を結べば子が生まれ、育児をする。それが、二人で築く幸せのかたちだというなら、僕は否定する。

 二人の感情が一時的に高まった瞬間に行われる性行為それを、人々はなぜ美しいものに仕立て上げようとするのか。僕にはただ本能に支配された者たちの行為にしか思えない……。

 ――その発想自体が古いんだよ。若い子と付き合うなら、考え方もアップデートしなきゃ。

 頭の中でもう一人の僕がしゃべり始めた。

 ――よく考えてみろ。君だって両親が愛し合ったお陰でここに生を受けることが出来たんだ。それを神聖と言わずして何という?

(……それとこれとは別だ。)

 ――どうして切り分ける? さっきも言ったが、やはりセナの身体を知ることが怖いんだろう? 見方や付き合い方が変わってしまうことを恐れているんだろう? 僕に言わせりゃ、愛し合うことでもっとセナの魅力を知ることが出来るのに。まったく、人生を損してるよ、君は。

(損してるのはお前も一緒だろうが。レイちゃんを恨み続けるあまり、三十年もの間、ひとりの女も愛することが出来なかったのだから。)

 ――ふん……。だから忠告しているんじゃないか。このまま拒み続ければ、本当に一生いっしょう女を知らずに死ぬことになる。せっかく男に生まれたと言うのに、それじゃあ寂しすぎるとは思わないか?

(お前に言われたくはない……。)

 ――いつまでそうやって強がっていられるかな……。さて、もうすぐセナが来る時間じゃないか?

 言われて時計を見上げると、確かにいい時間になっていた。にわかに緊張が走る。

 セナはどんな顔でやってくるだろう? 泣き顔か、怒り顔か……。少なくとも笑顔じゃないことだけは分かる。




18.<セナ>

 恋は駆け引きだ、と兄は言った。アタシにそんな技術があるかは分からない。けれど、ここまで来たら全力でぶつかるしかない。

 指を震わせながらインターフォンを鳴らす。出てきたのはレイさまだ。
「あら、セナじゃない。忘れ物?」

「ううん……。兄さまと話したくて」

「ああ、智くんならリビングに。あがってちょうだい」

「う、うん……」

「どうしたの、いつものセナらしくないけど?」

「…………」
 どう説明したものか考えあぐねていると、兄さまが玄関先にやってきた。目が合うと彼が頷く。

「……僕の部屋に来てくれないか。そこで話そう」

「えっ、兄さまの部屋で……?」

 さっき、音楽スタジオで迫られた出来事が鮮明によみがえる。もしかしたら次こそは押し切られてしまうのではないか。でも、心のどこかでそれを望んでいるアタシもいる……。

「嫌か? みんなの前で話せるというなら僕はそれでも構わないよ」
 黙っていたら、兄さまが代案を出してきた。

「兄さまの部屋で話したい」
 はっきり言うと、兄さまは神妙な面持ちで「こっちだ」と言い、先に歩き出した。



 兄さまの部屋には楽譜とギターしかなかった。彼らしいなと思いつつ、兄さまの頭の中はやっぱり音楽のことで一杯なんだろうと……。そう思ったら悲しくなった。

「狭い部屋で申し訳ない。この椅子で良ければ座ってくれ。僕は立っているから」

「ううん、大丈夫……」

「そうか……」

 短いやりとりの後は会話が続かず、沈黙の時が流れた。

(言わなきゃ……。アタシのほんとの氣持ちを……。)
 胸の前に手を置き、深呼吸したアタシは思いの丈をひと思いに伝える。

「兄さまからの手紙、ちゃんと受け取ったよ。しっかり、読んだ。……正直に言うと、お兄ちゃんの前で泣いた。アタシは、ずっと原石のままでいたいわけじゃない。もしアタシが原石だというなら、美しい宝石になりたい。いびつでも構わない。兄さまの手で磨いて欲しい。それが……今のアタシの願い……」

 兄さまはすぐには反応しなかった。じっくりとアタシの言葉を噛みしめているように見える。やがて、言葉を選ぶように言う。

「……僕が磨いてしまったら君はきっと、今のような輝きを失ってしまう。僕にはそんなの、耐えられない」

「なぜ……? なぜそんなことを言うの……?」

「……本能に従うことは出来る。でも、そうしてしまえばきっと僕は君を傷つけてしまう。だって僕は、愛し方を知らないのだから……」

「アタシだって知らないよ。だからこそ、兄さまと二人だけの世界を見つけたいの」
 一歩、近づく。兄さまの目を真っ直ぐに見つめながら。

「本当に、いいのか……? 僕は君を壊してしまうかもしれないってのに……?」

「……そんなにヤワじゃない」
 宣言するように言ったアタシは「シェイク!」のサビを歌う。


 #

 シェイク! シェイク!
 恋するアタシは 一つになりたい あなたと
 mix the world!
 空も海も 見えるもの全部 
 あなただったらいいのに!

 #


 兄さまはずっと心を閉ざして生きてきた人。でも、アタシたちと出会い、一緒に音楽をやるうちに、少しずつその心も開き始めていると感じる。兄さまが恐れているのはアタシを傷つけることじゃない。たぶん、兄さま自身が傷つくことを恐れている……。

 この世界が、思っていたよりずっと優しい場所であることをもっと知って欲しい。アタシたちの音楽がその場所を提供できることを教えてあげたい。そんな想いを込めて歌った。





19.<智篤>

 彼女が歌ったその歌詞に、僕への思いが全て詰まってるように感じた。

「……セナは僕と一つになりたいのか? 一つになってどうする? そこに何がある?」

 これが、僕にとって究極の謎。もう一人の僕は、愛し合わなければ見えない世界があると言ったが、それは一体どんな世界だというのだ……?

 僕の問いにセナは迷わず答える。

「……兄さまの体内で常に響く心臓の音を、リズムを感じたい。そこに、アタシの鼓動も合わせたい。そう……。アタシは愛し合うことでも兄さまとセッションしたいのよ」

「…………!」
 思わず、胸に手を当てた。今、僕の心臓は早鐘のように鳴っている。

 ドク、ドク、ドク……。

 ここにセナの鼓動が重なれば、新たな音楽が生まれるのは間違いないだろう。

 どこかで聞いたことがある。僕らは、生まれながらに固有且つ一定のリズムを刻みながら生きている。しかし、普段は別々に動いているそれも、密接に繋がれば――例えば母と乳飲み子のように――シンクロする瞬間もあるのだ、と。

 だけど、そうと分かってもなお動けないのは多分、僕が自分だけのリズムを刻んでいたいから。時に誰かと共振する――それこそ、ライブ会場で聴衆と一体になるような――ことがあったとしても、それを生活の中に取り入れたくはない、と無意識のうちに思っている。

「……セナ。氣持ちは痛いほど分かるよ。だけど、やっぱり君を抱くことは出来ないよ。どうしても、先のことを考えてしまうんだ。おそらく君は望んでいるだろう。僕と一緒に暮らすことを。……レイちゃんや拓海は、もはや、きょうだいのように付き合えるから問題はない。だけど、君とはそういう関係になりたくない」

「きょうだいみたいに付き合うことの、どこが問題なの……?」

「僕は、ミュージシャンとしての君を尊敬している。だから、そこに生活感を持ち込みたくない。これは、君を愛するが故だ」

「アタシは、兄さまをもっとそばで感じたい。はっきり言えば、家族になりたい。そう願っているのに……」

「よくよく考えてみて欲しい。家族になれば、そこには逃れがたい責任が伴う。目に見えない縛りにも苦しむことになるし、世間体だって氣にしなきゃいけない。……いや、実際にはそんなものは存在しないが、この世の中はいまだ制約だらけだ」

「……兄さまらしくないわ、世間体を氣にするなんて。周りがなんと言おうと、氣にしなければいいじゃない。アタシなら平氣よ」

 遠回しに言ったのでは、セナを説得できそうもなかった。

「……この際だからはっきり言おう。僕らサザンクロスと君たち若者とでは、放つ波動が全く違うんだよ。人生の終盤を歩んでいる僕らの波動は静かだ。しかし君たち若者はまさに今、強いエネルギーを解き放っている。そんな僕らが一緒にやっているだけでもすごいことなのに、私生活でもそのエネルギーを浴び続けるなんて、僕には無理だよ」

「…………」

「年の離れた家族と一緒にいることが苦しいって人もいる。逆に考えれば、適度な距離を保つことで維持できる関係もある。……僕は、セナとはつかず離れずの距離感を保ったまま生きていきたい。……ごめんな、こういうふうにしか君と接することが出来なくて」

 セナは唇を真一文字に結び、長い間黙り込んでいた。その目から大粒の涙がこぼれ落ちたとき、ようやく彼女が動く。

「……なら、せめて今だけでもこうさせて」
 セナは声を上げずに僕の胸で泣いた。

 ――やっぱり馬鹿だな、君は……。でも、それがミュージシャンたる君の信念だというなら、僕は君に敬意を表しよう。

 もう一人の僕が、諦めを含んだ声で言った。
 


続きはこちら(#9)から読めます

※見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。


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