【連載小説】LOVERS #10 それぞれの決意
前回までのお話:
セナ×智篤編(第8話):
若い恋人であるセナに対し、抱くことが出来ない理由を手紙にしたためた智篤。それを読んだセナは号泣するも、直接想いを伝えるべく会いに行く。セナは、相変わらず熱い想いを智篤にぶつける。対する智篤は冷静に、自身の美学を改めて説く。セナは智篤の胸に飛び込み、再び涙をこぼす。
さくら×リオン編(第9話):
さくらは共同生活を通して自分の内面と向き合った。その結果、嫌いな部分も含めて自分であることを認め、自己の統一を果たす。
リオンもまた、長年の相棒である電子鍵盤と向き合い、内側で鳴る音楽を実際に響かせる。それを聞いたさくらは、自身のライブペイントと同様に、即興演奏をするのはどうかと提案する。
その提案に共感したリオンは、これまで言語化できなかったモヤモヤの正体を突き止め、さくらとなら二人で新しい芸術作品を生み出すことが出来ると直感。サザン×BBを脱退する決意を固める。
本編:
24.<智篤>
慣れ親しんだ仲間――拓海とレイちゃん――でさえ、未だに受け容れがたい部分はある。それでも許容しようと思えるのは、僕にも同様の点があると分かっているから。そしてなにより、彼らが僕の至らない点をカバーしてくれることで生活が成り立つのが分かっているからだ。
誰かと暮らすとはそういうこと。だがそれは、全く美しくない。心が躍ることもない。ある種の忍耐と黙認、我慢が少なからず必要になる。
それを突破する唯一の方法は、ネガティブを芸術に昇華させること。そう、先日拓海が言っていたとおりだ。
やはりあいつの言葉には説得力がある。なにせ、一度死にかけている人間。ゆえに、言葉の重みがまったく違うのだ。
だから、なのだろう。リオンとさくらは拓海の言葉をちゃんと自分のものにし、彼らなりの答えを出した。それが、サザン×BBの脱退、だ。
驚きはしなかった。リオンの価値観や音楽性を考えれば、遅かれ早かれ、抜けることになる結末は誰しも想像したことだ。しかし、さくらも一緒に……というのは想定外。彼らの報告を受けた僕らは緊急会議を開くべく、ゆうび奏社の事務所に向かった。こうなったからには彼らの口から直接社長に説明したうえで意見を聞き、承認してもらわなければならない。
「仲直りの報告を期待していたのに、相変わらずね、あなたたちは」
社長は煙草を吹かしながらしかめ面をした。
「それで? 抜けたあとの二人はどうするつもり? 当然何か考えているんでしょう?」
「おれは即興演奏者として、さくらはこれまで通りライブペイント画家として二人立ちする。新しいユニットを組みたいんだ」
リオンが力強く言うと、社長は目を丸くした。しかし、すぐにこう言う。
「実は、私も考えていたのよ。二人の才能をもっとうまく活かす方法はないか、って。なかなか良案は浮かばなかったんだけど、確かにその方法なら二人の長所をうまく融合させることが出来そうね。とても面白いと思うわ」
「じゃあ、承認してくださいますか?」
さくらが目を輝かせる。が、社長は首をかしげた。
「案としては面白いわ。けれど、ユニットを組むというならそれなりの方針や目標を明示してもらわないと。承認するかどうかはそれを聞いてから。そうね、ここはプロデューサーのショータにフォローしてもらいましょう。新規ユニットの立ち上げは彼の得意分野だから」
社長が目で合図をすると、ショータは「かしこまりました」と言って笑みを浮かべた。
「そっちの方はイメージする世界が見えているのでうまく話がまとまると思いますよ。でも二人が……とりわけリオンが抜けたあとの、サザン×BBの方はどのような編成で行きましょうか? 皆さんの考えを聞かせてください」
ショータの問いに全員がうなり声を上げる。
そうなのだ、リオンが自分の才能を活かした道に進むと言うことは、サザン×BBから優秀なキーボーディストがいなくなることを意味する。もちろん、ボーカルとギタリストのみのバンドでも構わないが、魅力が低下するのは避けられない。
僕も拓海もレイちゃんもユージンも、案を出すことが出来ずに黙り込んだ。だが、セナは違った。
「……アタシがリオンの穴を埋めます。歌だけがアタシの武器じゃない。電子鍵盤だって、弾けます」
25.<セナ>
兄さまと真正面から向き合い、本音で語り合ったあの日は随分泣いた。だけど、それから何日か経つと、兄さまの言葉の意味を少しずつ考えられるようになった。
自問自答し、心の奥底にある思いや感情をあぶり出していく。
なぜアタシは、こんなにも兄さまにこだわっているのか?
そもそも、このバンドでずっとやっていきたいのか?
最初から年齢差を埋めることなんて出来なかった……そう思えば楽になるのではないか?
兄さまが非情なわけじゃない。
アタシが熱に浮かされすぎてるわけでもない。
アタシたちは、恋人という近しい距離感ではうまくいかない、それだけのことなのでは?
様々な思いが浮かんだものの、すぐには明確な答えを導き出すことはできなかった。
しかし、リオンからバンドを抜けると聴かされた瞬間に「これだ!」と直感した。アタシが今後も兄さまと付き合っていくためには、リオンの代わりに電子鍵盤を弾くしかない、って。
みんなの前で公表したアタシは、一生懸命訴える。
「もちろん、練習はする。リオンが正式に抜けるまでには代わりが務まるように努力する。そうすれば、サザン×BBはこれまでと変わらずにやっていけるでしょう?」
「セナがおれの代わりに電子鍵盤を弾いてくれるなら有り難いよ。むしろ、おれの代わりはセナしかいないと言ってもいい」
さすがは双子。リオンはアタシの提案を支持してくれた。
「リオンの代わりにセナが……ねぇ」
しかし、ショータさんは腕を組んでしばらく考え込んだ。やがて「大変言いにくいのですが……」と前置きしてから話し始める。
「自分としては、リオンとさくらさんが離れたら、サザン×BBを維持する理由はないと考えます。それほどまでに二人の存在は大きい……というか、この頃のサザン×BBは、さくらさんが傍で絵を描くことで差別化できてる部分も大きいですからね。リオンの電子鍵盤もギタリストばかりのバンドでいい味を出していますし」
「じゃあショータは、二人が離れたらサザン×BBは解散した方がいいってのか? ……セナの提案を却下してでも?」
兄さまがショータさんに詰め寄った。しかし、ショータさんは笑っている。
「その方が、智篤兄さんにとっても都合がいいんじゃないですか? 顔を合わせる機会がなくなれば、セナと仲違いすることもない」
「お前に何が分かるっ……?!」
兄さまがショータさんの肩を押した。このままでは、アタシとだけではなく、ショータさんとも関係が悪化しそうな空氣が漂う。が、そんな二人の間に拓海兄さまが割って入った。彼が無言で睨むと、二人は互いにガンを飛ばしたあとで引き下がった。
なぜ兄さまはアタシの提案を通そうとしたのだろう? 兄さまもアタシと同じで、その方が適度な距離を保てると思ったから? それとも単純に、ピアノの弾けるアタシがリオンの代わりに弾くなら都合がいいと判断したから?
真意は不明だが、兄さまもまたアタシとの関係改善策を模索している、そう思いたかった。
26.<さくら>
「……さて。即興演奏でどれだけの時間と人を惹きつけられるか。それが鍵になると思ってるんだけど、二人の実力やいかに……」
智篤さんとやり合ったあとで、ショータさんは私たちをあざ笑うかのように言った。そんな彼に対し、リオンくんが自信たっぷりに言い返す。
「即興だろうが何だろうが、おれの演奏は完璧だ。場数は踏んでいる。どこででも、どんなに大勢の前でも弾きこなす自信はある」
「……いつも思うけど、リオンの自信はどこからやってくるんだ?」
ショータさんは、笑いを通り越して呆れている様子だった。
「まぁ、そうでもなけりゃ、即興演奏者として生きていくなんて宣言出来やしないだろうが、その完璧主義の看板は下ろした方がいいぜ?」
「私もそう思う」
「むっ、さくらまで……。なんでだよっ?!」
つい同調してそう言ったらふくれ面をされた。私はできるだけ優しい口調で説明する。
「リオンくん。ライブにはライブの良さがあるわ。ちょっとしたトラブルはもちろんのこと、環境によって絵の具の乗り具合は都度変化するし、それが原因でイメージ通りに筆が走らないことはざらにある。……そう、それは完璧にはほど遠い世界。一回性の美を楽しむ余裕を持たなければ、即興で作品をつくることは出来ないと思うの」
「一回性の美……?」
わかりにくかったのか、彼は首をかしげた。もう少し補足する。
「……リオンくんがこだわりたい氣持ち、私にはよく分かる。だって私自身が、見えた世界を忠実に再現することにこだわって描いてきた人間だから。でも、それってちっとも面白くないなって、ライブペイントをするようになって氣付いた。世界を見たままに写し取りたいなら写真で充分。じゃあ、画家の私に描けるのはどんな絵か。それを考えたときに見えてきたのは、写真では決して映すことの出来ない空氣感、臨場感、人の心の動き……。そう言ったもの。そこには、描き手である私自身の想いや筆さばきも含まれる」
「そりゃあ、ライブだったらそういうのは大事だろうけど……。そんな中でも完璧に弾きこなせるのがプロってもんじゃねえのかな?」
リオンくんはどうしても完璧にこだわりたい様子だった。その裏には、自分の音楽に対する自信も垣間見えた。だが、それがあるうちは多分、即興演奏者としてやっていくことは出来ない。
私は少し考えてから、部屋の隅で煙草を吹かしている社長に声を掛けた。
「お願いがあります。短いもので構いません、即興でピアノを弾いていただけませんか。その脇で絵を描きたいんです。そしてその様子をリオンくんに見てもらいたいんです」
「分かったわ。さくらの頼みなら喜んで」
社長は小さく微笑み、煙草の火を消すと、一つ上の階の音楽スタジオに向かった。私たちも一緒に向かう。
エレベーターで移動している最中にリオンくんが呟く。
「……だけど、さくら。描くって言っても、スタジオにキャンバス、置いてあるんだっけ? あと、絵の具も」
「心配いらないわ。キャンバスと絵の具だけが絵を描くツールじゃない。私には、スケッチブックと鉛筆一本あれば充分」
私は持参した鞄の中からそれらを取りだして見せ、微笑んだ。
27.<リオン>
ゆうび奏社の社長、西森有理沙は自身も社に在籍するプロのピアニスト。つい先日もさくらと一緒に仕事をしていた。その時さくらが描いた絵についておれと意見が合わずに喧嘩し、共同生活をする羽目になったのは記憶に新しい。
スタジオに着くと、二人は打ち合わせをしていたかのように所定の位置に行き、すぐさま息を合わせて「ライブ」を始めた。
慌ててさくらの背後に回る。さくらはスケッチブックを開くと、社長のピアノ演奏に耳を傾け始めた。
まだ鉛筆は動かない。社長のピアノ演奏に堅さを感じるから、そのせいだろうか? だが、演奏が始まって少し経ったとき、鉛筆が動き始めた。
実を言うと、ライブで一緒に活動するときはさくらが描く姿を見ることが出来ない。だからこんなふうに、曲を聴きながら描画する姿をまじまじと見るのは初めて。
どんなふうに描くのか。注視していると、鉛筆が紙の上をなめらかに走って行く。器用に鉛筆の芯の腹を使って太く、濃く。かと思えば、今度は鉛筆の先で細かい線を描いていく。
鉛筆が生きているかのように、おれには見えた。だが次の瞬間、スケッチブックが上下逆さまになった。何かに迷っているのか、それとも氣にいらなかったのか……。こっちにはさっぱり分からないが、とにかくさくらはそのままどんどん描き続けていく。
スケッチブックが一通り埋め尽くされた頃、ピアノ演奏も終わった。
時間にして、ほんの数分。だが、おれはそのわずかな時間、生きている鉛筆から目が離せずにいた。
(これが、ライブペイント……。)
なるほど、確かにこんなものを見せられたら、高値で買いたいと申し出る画商が現れても何らおかしくはない。
あっけにとられていると、社長が近づいてくる。
「どう? リオン、さくらの描く絵は」
言いながら、自らが率先してさくらの絵をのぞき込んだ。
「……ふーん。今日はあまり調子が良くないみたいね。でも、これもまた味わいよね。私も氣持ちが入らなかったから、お互い様ね?」
「そうですね。でも、リオンくんに雰囲氣を伝えるには充分だったかと」
さくらはそう言っておれの方を見た。
「……なぜ私が途中でスケッチブックを逆さまにしたか、分かった?」
「いいや、全然……」
「あれはね……。途中まで描いた絵が氣にいらなくなったから、思い切って上下を入れ替えてみたの。そうしたら新しい世界が見えた。ああ、失敗した……じゃなくて、失敗に思える絵を、活かす。それが今の描き方。そしてそれこそがライブの魅力だと私は思ってる」
「ライブの魅力……」
それを聞いて、ああ、これが一回性の美ってやつか、と思う。しかしおれには、上下にする前とあとで何が変わったのかさっぱり分からなかった。でも、見る人が見たらきっと、こっちが正解ってことなんだろう。
すると今度は社長が言う。
「リオン。世の中には完璧も正解もないのよ。あるのは自分の信念と自分の世界だけ。そして、己の内と外とが共振したとき、世界に心地よい音が響き渡る……。今はまだ分からないかもしれない。でもリオンならきっと、世界中にあふれる不協和音をも、聞き心地のよい音に変換できると信じてる」
「そう言うってことは、おれたちが二人でやってく話、前向きに検討してるってことだよね?」
「ええ。でも、承認するのはまだまだ先。リオンが完璧の美の先にある、不完全の美を理解することが出来たら、その時は正式にゴーサインを出すわ」
「えー? 不完全の美? そんなのを理解しろっての?」
「あなたはまだ若いんだから、もっと勉強しなさい。そうね……」
社長は少し考えたあとで、「人々が今、どんな音楽の虜になっているか、調べてご覧なさい」と言った。
「自分の音楽に自信を持つのはいいことよ。でもね、プロの音楽家としてやっていくなら、世の中の傾向も知っておかなければいけない。それと、さくらがライブペイントをしてる姿をもっと見た方がいいわ。今のこの子の描く絵は学ぶものがとても多いから」
社長はさくらの手を取る。
「あなたは随分成長したわ。本来であれば画家として独り立ちすることも出来るんでしょうけど、あなたが音楽家と一緒に……今後はリオンと一緒に活動していくと決めたなら、今度はあなたが彼を助けてあげなさい」
「……はい」
「心配しなくていいわ。ゆうび奏社は、これまで誰もやったことのない音楽を世に提供していく、他に類を見ない会社。好きにやってちょうだい」
それはさくらに向けた言葉だったかもしれない。だけど、そばで聞いていたおれ自身も励まされた。
「よっしゃ、頑張ろうな、さくら」
「ええ」
「……あっ」
彼女と目を合わせた瞬間、頭の中に、今し方さくらが描いた絵にぴったりな音が鳴り始めた。慌ててピアノの前に立ち、奏でる。
今、おれの心の中はまるで、そよ風が吹く原っぱのように爽やかだ。そこで一輪だけ揺れている花は、桜。うん、実際にはそんなこと、あり得ない。だけど、内側の世界では何だってありだ。
頭の中の音をピアノで演奏しながら、思う。
(ああ、やっぱりおれにとって、さくらは……。)
さっき、ショータさんは笑いながら言った。お前のその自信はどこから来るんだ? と。あの場では反発心が先に立ってしまい考える暇もなかったが、いま同じ質問をされたらきっと、こう答える。
おれの自信は、おれの音楽性を理解し、成長を信じてくれるさくらがいてくれることによって生まれる、って。
演奏を終え、振り返る。そこにはさくらの笑顔があった。
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