【連載小説】LOVERS #15 迷い、そして目覚める
前回のお話(#14):
若者たちが新しい概念を取り入れようとする中、智篤は自分の美学を追究しようとする。しかし、その様子――とりわけ健氣なセナの姿――を見た拓海は彼女を不憫に思い、相棒である智篤の説得にかかる。
“未熟だろうが不完全だろうが、真っ先にお前が成すべきは、セナを笑顔にすること。それが出来たら、勝手に理想の世界に変わる”
拓海の言葉に感化された智篤はついに観念し、セナを笑顔にすることを最優先しようと心に決める。
智篤はセナに自分の思いを全て打ち明け、抱擁する。それがセナを笑顔にする方法だと悟ったからだ。しかし彼女は彼の本心を聞き、涙する。それでも智篤は、メイクが崩れた泣き顔を受け容れる。
関係が改善したとき、プロデューサーのショータが皆を引き連れてやってきた。彼の合図で始まったのは、リオンのピアノ演奏に合わせてリアルタイムで動く光の演出だった。
本編:
37.<さくら>
(これが、ショータさんの言っていた「最高の演出」の正体……。)
私は瞬時に、これがAIによる演出であることに氣付いた。
リオンくんの演奏を、光で可視化する。しかもそれが色付きならば、温かみや冷たさ、情熱や冷静さも直感的に感じることが出来る。聴衆にとってそれは、リオンくんの世界観を知るうえで大きな助けとなるだろう。
ただ、私にとっては問題もある。照明の落ちた室内では色の判別が出来ず、絵を描くことが難しいからだ。初めてこの演出を見た今は尚更、描く手が止まってしまっている。
リオンくんの方も、さっきより短い時間で演奏を終えた。同時に、光の祭典も終わる。
「いかがでしたか? 自分の演出に、満足していただけましたか?」
照明をつけながらショータさんが言った。最初に発言したのはリオンくんだ。
「何なんだよ、今のは……。ちゃんと説明してくれよ……!」
「おや? 勘の鋭い皆さんは理解できてると思うんだけど、リオンには分からなかったか? あれこそが、自分の言っていたAIを駆使した演出だよ。社長に頼んで、最新の機材を導入してもらったんだ。実際に試したのは自分も初めてだったが、思いのほかよく出来ていたんじゃないかな。あとは今のに加え、さくらさんのライブペイントの様子を大スクリーンに映し出すことを検討している。
……さくらさんが懸念しているであろう、暗かった手元は、次回からライトアップする予定なのでご心配なく」
既に、画家である私のフォローまで考えてくれているなんて。非の打ち所がない提案に、私からいうことはもはや何もなかった。それはリオンくんも同じで、反論しようと口を動かしはするけれど、続く言葉は出てこなかった。
「自分は、さくらさんの意見を伺いたい。感情むき出しのリオンじゃ、話になりませんからね」
ショータさんは、腕を組んで私に意見を求めた。
「……私は、とても良い方法だと思いました」
「さくら……!」
何か言いたげなリオンくんを制し、続ける。
「私がリオンくんの演奏を聴いて描くのも、結局のところはリオンくんの音の世界を目で見える形にしたいから。それをAIでリアルタイムに再現できるなら、それはそれでありだと思います」
「あんな演出で誤魔化すくらいなら、おれはさくらの絵をスクリーンに映し出すだけでいい!」
「リオンくんが私のライブペイントを高く評価してくれることは嬉しく思ってる。でも、落ち着いて、私の話を聞いて」
興奮する彼をなだめてから、丁寧に説得を試みる。
「私は、リオンくんの世界観を多くの人に知って欲しいと思ってる。だからこそ、そばで描いているの。そこまでは分かってくれるよね? でも、残念ながら今のままでは私の力が及ばない人たちもいる。だったらこだわりを捨て、今の人たちが感覚的に受け取れる新しい手法でその世界観を可視化してもいいと思うの。
……分かる? 伝わることが大事なの。興味を持ってもらうことが大事なの。……そう。無感情のAIの不完全ささえも『美』。それを受け容れることでリオンくんの即興演奏がより完成されたものになるんだよ」
「…………!」
「さすがは、さくらさんだ。これぞ、現代に生きる画家。素晴らしいです」
ショータさんが大きな拍手をした。
「光の演出は、リオンの世界観をイメージさせるための手段に過ぎません。リオンは何のために即興演奏する? もう一度教えてくれよ」
「……人々の心を潤し、人と人とを繋ぐ。そのために、弾く」
「だろう? 今のはその、橋渡しをするものだと考えてくれよ。人もAIも、個々の能力には限界や弱点がある。でも、それを補うことで、1+1が2以上になる」
「なんだか、AIは現代の錬金術師のようですね」
「素晴らしい解釈です、さくらさん。そう、目の敵にする必要はない。互いに手を取り合えばいいのです。若者と老人とがミックスされたこの、サザン×BBのようにね」
「おい、老人とは聞き捨てならねえな!」
「おっと、失敬……。人生の大先輩と言い改めましょう」
「ちっ……。相変わらず、口の悪いプロデューサーだ」
「自分は、正直なだけですよ」
苛立つ智篤さんに拓海さんが寄り添い、手話で何やら伝えると、智篤さんは「分かってるよ」といって大きなため息を吐いた。
リオンくんは未だ、不満げな顔をしている。それを見てショータさんが補足説明をする。
「言っておくが、いまの演出は、リオンの演奏だから可能だったんだよ。例えば、セナが同じように弾いてもああはならなかった。どうしても納得できないなら、セナに実演してもらってもいいが? どう?」
しかし、実演を促されたセナちゃんは、真っ直ぐに彼を見据えた。
「リオンが納得できないなら、アタシがAIに代わってサポートする」
38.<リオン>
予想外の発言に、その場に居た全員が息を呑んだ。面白がっているのはショータさんだけだ。
「AIの代わり、というのはどういう意味かな? 詳しく教えてくれ」
「……今の演出は確かに素晴らしかったし、人々の心を掴むことも出来るという確信さえ持てました。しかし、一つだけ氣になったところが……」
「ほう……? 何だろう?」
「AIがリアルタイムで鳴らしていただろう、バック演奏です。アタシはその音のずれが氣になって仕方がなかった。あれでは、リオンの美しい即興演奏も台無しです。だったら、リオンの世界観を理解できるアタシが、リオンの後ろで弾いた方がマシです」
「弾く、って言ったって、電子鍵盤じゃピアノと音がかぶる」
おれは混乱したまま発言した。しかしセナは動じない。
「……子供の頃に弾いていた、電子オルガン。あれならいろんな音が出せるわ。おそらくピアノの邪魔にはならないと思う」
「電子オルガン……!」
幼少期、セナはおれがピアノを独占している間、母親の部屋の隅に置かれた電子オルガンを弾いては、恨めしそうにおれを見ていた……。なんでリオンだけ特別なの? って言う目で。そのうちに歌に目覚めてそっちに注力していったから、電子オルガンを弾けることすら忘れていたが、まさかこんなところで話題に上るとは……。
セナはさらに続ける。
「ねぇ、お兄ちゃんも一緒にやらない? あの話、リオンのサポートをするのだったらアタシ、受け容れてもいい」
「あの話って?」
おれの問いに、兄貴が答える。
「……リオンが脱退するのを機に、元のブラックボックスに戻ろうか、ってオレからセナに提案したんだ。それきり返事はもらってなかったけど、なるほど……。確かにオレも、音の遅延は氣になってたんだよな。AIの技術は凄いと思ったけど、でもやっぱり、リオンのピアノ演奏に合わせるほどの能力はないな、って。そこへいくと、オレたちきょうだいなら息もぴったり合う」
「お兄ちゃんは理解が早いね。そう、アタシが言いたいのはそれ」
セナは嬉しそうに応じた。が、おれはまだ理解が追いつかない。
「待て、待てよ……! 兄ちゃんだって、今はエレキじゃないか。それをピアノの即興演奏に合わせるってのかよ?」
「んなわけないじゃん。お前の演奏に合わせるなら、断然ドラムっしょ。ただし、静かに、ほんのちょっと鳴らす程度。メインはリオンの演奏だからな。ま、多少オレの技巧が拙くても、そこは氣合いと兄弟愛でなんとかなるはず」
「氣合いと兄弟愛、って……」
「それは名案だな。音村きょうだいがサポートに回ってくれるならそれに越したことはない。音楽は生身の人間が、それを演出するのはAIとする方が、聴く側も安心だ」
ショータさんは既に二人の加入を歓迎し、その線で進めそうな雰囲氣である。
「ちょっと、一人になる時間が欲しい。ピアノを弾きながら自分の考えをまとめたい」
呟いて、何音か、鳴らす。すると、察しのいいみんなはそっと部屋から出て行き、その場にはおれだけが残された。
*
静寂に包まれる。周囲の音がなくなると、おれの頭はピアノの音を求めて勝手に鳴り始める。それを、実際に指を動かして奏でる。
光の演出……。あれには全くもって驚いた。というか、AIを侮っていた。所詮は無機質なもの。「っぽいもの」しか作れない劣るもの。そういう認識だっただけに、性能の高さをまざまざと見せつけられて、正直、負けた、と思った。同時に、刺激を求める人々が、空白や余白を埋めたくてAI生成物を求める理由も、悔しいけれどあれなら理解できると思ってしまった。
思考を挟みながらの演奏。時々、ミスタッチして嫌な氣分になる。
(ダメだな、おれは……。)
さくらの求める「不完全の美」ってのは、こういうのをも受け容れるということなんだろうけど、やっぱり今までの癖で、ミスを否定してしまうおれがいる……。そんな自分にさえも嫌氣が差す。
完璧を捨てることで進化できるならばと、自分の「今ここ」で挑もうと思った。でも、それすらも限界があることを思い知らされた。
ショータさんもさくらも、更には兄貴やセナまでもが、AIと協奏すればもっといい芸術作品を生み出せると考えている。だけど、ちょっと待て。いきなり受け容れられるわけ、ないじゃん。
(おれの演奏だから、あの演出が可能だった……? 嘘つけよ。あんな光の演出くらい、誰が弾いたって似たようなものになるんじゃないのかよ……?)
その時、何かが落ちる音がした。さくらが置いていった絵筆が、イーゼルの端からぽとりと落ちたらしかった。
自然と、そっちに目がいく。が、視界に入ってくるのはライブで描いた絵ではなく、ピアノの脇に置かれた絵の方だ。これはさくらのアトリエで弾いた際、おれの心象だといって描いてくれたものだ。
さくらは言った。こんなふうに、心象を絵にすれば、それを見たおれが迷わず内なる世界を音に乗せられる。そのサポートを、自分がするのだ、と。事実、今日はこの絵があったからこそ、いつもより深みのある演奏が出来たと自分でも思う。
そこで、ハッと氣付く。
さくらはさっき、こう言った――。自分が描くのは、おれの音の世界を目で見える形にしたいから。それをAIでリアルタイムに再現できるなら、それはそれでありじゃないか、と。
つまり、こういうことだ。人の手で行われたかどうかの違いがあるだけで、結局のところ、音の世界を目で見える形に変換するという意味ではどちらも同じだと、さくらは言いたかったのだ。
ならば、全否定するのではなく、いいところだけは受け容れてやってもいいのではないか……? そんな思いが湧いてくる。
セナは自身の挑戦に加え、おれのやろうとしていることをも支持しようとしている。兄貴も「リオンのためならば」と、向いていないと諦めたドラムをもう一度叩こうとしている。
(なぜだ……? なぜ、おれのためにそんなにも力を貸してくれる……?)
呼吸を整え、改めてピアノに向かう。ゆっくりと、意識を集中し直してもう一度弾く。
すると、自分で弾いているのに、その音にはなぜか、森の奥に湧く泉のような透明さと潤いが宿っているように感じられた。それを聴きながら、自分の耳を通して身体全体、更には心までもが癒やされていく感覚になる。
(そうだ、おれ自身が言ったんじゃないか。人々の心を潤し、人と人とを繋ぐために弾くって。みんな、その思いに共感したから手を貸してくれる……。そうか。そういう、ことか……。)
妙に、深く納得した。その瞬間、胸の奥の奥から、光に包まれた温かいものが込み上げてきて目頭が熱くなる。自分のものではない感覚。たとえて言うならそれは、肉体に宿る魂が真実を知って震えているかのよう。
(滑稽だな……。最初は魂の存在なんて信じちゃいなかったのに……。そのおれが今や、魂の存在を信じ、感じているなんて……。)
奇しくも、にじむ目に映る光は、さっきAIが作り出した光の色に似ていた。身体の奥で何かが、目覚めた。
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※1:見出し画像は、生成AIで作成したものを加工して使用しています。
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