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小説「LOVERS」新時代のきらぼし編④電気を失った先に見えてくるもの〜与えられた、自分と向き合う時間〜


“もし、当たり前に使えていた電氣が完全に使えなくなったら、あなたはどうしますか?”




<さくら> 電氣を失った人々に与えられた「内省タイム」

 ささやかな七夕まつりの数日後に、ラジオ放送自体が終了した。そう、送電が完全にストップし、ラジオ局すら運営できなくなってしまったのだ。

 私たち芸術家の場合、自らの内側と対話することで自発的に創作できるので、外側の環境に影響されない。けれど、ラジオから流れる音楽を聴くのが唯一の楽しみだった人たち(ワライバの噂を聞きつけて一時的に滞在している人)は案の定、娯楽を奪われたことで不安と憤りを感じているようだ。

「あなたたちは芸術の力でみんなを笑顔にしたいんでしょう? それが仕事なんでしょう? だったら、今ここで僕たちを楽しませてよ」

 平和的な関係を維持してきた人たちの中から、そんな声がチラホラと上がり始める。もういい加減にしてくれと、なんの関係もない私たちに向けていってくる人すら現れる。



 確かに彼らの言うとおり、私たちはそれを掲げてライブパフォーマンスしてきた。けれど、言われるがまま芸術を差し出すのでは、ラジオから流れる曲と同じ。彼らを外側から満足させることはできても、本当の意味で不安を取り除いてあげることはできない。

 ――そう。彼らに与えるべきは、美しい絵や音ではなく、“静かな時間”。7月15日のライブまでは、その目と耳を休ませてあげないとね。

 ときおり冬月ちゃんから送られてくる「心の声テレパシー」 は、母子間にだけ許された特権だ。彼女の体は生後六ヶ月にも満たない赤ちゃんだが、その魂は神さま級。救世主としてこの地に降り立っただけあって、こうして本質を教えてくれるだけではなく、自らも急成長を遂げることで私たちと共創し、世界を良くしようと最善を尽くしてくれる。だから私は、母親としても芸術家としても、彼女の想いを一緒に貫こうと決めている。


***


 ラジオの音が聞こえないだけでこんなにも静かなのかと思わされる。そんな日に限って、暑さもあってか誰も楽器を鳴らさず、歌も歌わずに過ごしている。私自身も筆を置いている。田舎にあるワライバでさえこれだけ静寂に包まれているのだから、音に埋め尽くされていた都市部では尚更、この静けさが際立っているはずだ。

 数年前にも似たようなことがあった。外出が禁止され、街から人が、音が消えた。人々は先の見えない不安に襲われ、多くの人が心身を病んだ。

 幸いにしてあのときはインフラが生きていたから、人々は娯楽に触れることで不安を解消することができた。が、今回はそれすら絶たれてしまった。外側からの刺激で不安を紛らわせることはもはや不可能になってしまったのだ。

 彼らはこう言うだろう。この “何もしていない時間” に耐えられない、と。そして、同じ意見を持つもの同士で寄り集まり、不満をぶつけ合い、最終的にはそれが虚しさを増大させただけだったと氣づいて落胆する。そんな未来が見えてくる。

 ――だけど、今回はそこで終わらせない。人々の意識を、外側ではなく内側に向けさせる。落胆の一歩先にある、彼ら自身の真の能力に氣づかせなければ。

 冬月ちゃんが「心の声」でそう言った。

(そうだね。彼らの意識が内側に向かったら、私たちの出番、だよね?)

 ――うん。……ほら、ママ。いい風が吹いてきた。絶好の “内省タイム” がやってきたよ。

 その声を聞いてすぐに、草の香りのする風が鼻孔をくすぐった。

 渡る風の音と鳥のさえずり。私にはそれが、自然の話し声、音楽として耳に届く。頭を空っぽにし、心地よさに身を委ねることで余白が生まれ、そのうちに絵の構想が浮かぶ。そうやって生まれた作品には自然と不思議な力が宿り、見た人の心を和ませたり感動させたりすることができる。

 直感に頼る創作は時に “空白の期間” があり、もどかしく感じることもあるが、さらなる高みを目指すためにも産みの苦しみを乗り越え、リオンくんと二人、『サクライロ』の名を宇宙に轟かせたいと思っている。




<リオン> 二人の魂を重ね合わせる時、最高の芸術が生まれる

 この国から電氣を巻き上げる連中との決戦が近づくほどに魂が震え、「やってやる」という意識が高まる。その情熱は今宵、満月の光に導かれてさくらへと向かう。

 決して、寂しさや怖さを埋めてほしいからでも、昂ぶる感情を満たしたいからでも、愛を確かめたいからでもない。純粋に、さくらの魂を、この体を通して感じたい。彼女を求めるときは決まってそうだ。

 普段はそれぞれの部屋で眠りにつく。今は赤ちゃんの冬月がいるから、なおのことその必要性がある。だけど今夜は自室に向かう彼女を引き留め、冬月が寝たらおれの部屋に来るよう誘った。

 冬月を抱いていながらも、その目がまっすぐにおれを見つめる。誘い込む真意を見透かすように。
「一緒に寝てしまわなければ、いくわ」

「待ってる」
 短い会話をし、別れたあとは一旦それぞれの部屋に入る。

 冬月の寝付きはいいほうだが、添い寝をしていると親であるこちらも心地よくなって一緒に寝てしまうことがよくある。やはり冬月はその存在自体が癒やしなんだと、常々思う。けれど今日だけは、さくらに「眠りの魔法」をかけないでほしいと願う。

 窓の外。東の空から昇ってくる満月をぼんやり眺めながらさくらのことを想っていると、程なくしてドアをノックする小さな音が聞こえた。歩み寄って出迎えたおれは、はにかむ彼女をそっと抱きしめ、唇を重ねた。

 ベッドに誘ったあとは言葉をかわさない。会話は日常のことを伝え合うときだけでいい。おれたちにとっては、互いのエネルギーを交換し合うことこそが至極の愛の言葉。

 満月の光が、裸になったおれたちを優しく包み込む。吐息が、体温が、そして魂が絡み合うとき、おれたちは互いの宇宙を体感する。長い長い魂の旅路で感じた、痛みや悲しみ。憤りや絶望。それらを乗り越えた先で出会い、こうしてそのすべてを分かち合える悦び。今この瞬間に融合した魂は、二人の経験と、知恵と能力を一つにしてさらなる高みへと向かう。

 天から見守る “見えない存在” だけが知っている。おれたちの交わりが、単なる夫婦の営みではないことを。たとえ、体を重ねた先で新たな命が宿っても、おれたちの場合、それは尊い命というだけではなく、二人の共同創造によって生まれた「愛の苺」とも呼べる存在なのだから。

 夏の暑さで汗だくになりながら行為を終えると、さくらは珍しく無防備な姿のまま、網戸越しに月を見上げた。後ろから抱きしめ、同じく夜空に目をやる。

 救世主である冬月が起こした奇跡が続いているのか、今夜も大量の流れ星が現れる。今この瞬間も幾筋かの星が目の前を横切っていった。

 さくらが、ささやくように言う。
「もし、ライブが成功して街に明かりが戻ったら……。そのときはどうする? まっさきに、何したい?」

「おれは……」
 少し考えてから答える。
「アトリエでピアノを弾く」

「……いつもと変わらないね」
 彼女はクスリと笑った。

「さくらは、何したい?」

「私は、夜に絵が描きたい。この頃は、インスピレーションが降りてきてもそれができなかったから」

「宵闇では、絵の具の色が判別できないもんな」
 おれの言葉に一つうなずいた彼女は振り返り、「おやすみなさい」と言ってキスをした。そして、何事もなかったかのように服を身にまとい、再び冬月の眠る自室のベッドへ戻っていった。


美しい魂は、重なり合うことでどこまでも高みを目指す
When beautiful souls resonate, they rise together to ultimate heights.



<さくら> リオンの覚悟を知る

 本当はもう少し余韻に浸っていたかった。だけど、込み上げてくる涙を見せたくなくて、早めに自室に戻った。

 いま、リオンくんの魂の深奥に触れてはじめて知った。彼が引き受ける覚悟の重さを。

 いつもニコニコしている彼は、その内側で激しく葛藤し、徹底的に自分と向き合い、ピアニストとしての技術を、誰も到達したことのないレベルにまで磨きあげようとしている。なぜそこまで突き詰めようとするのか。それはひとえに、彼の魂がこの国だけでなく、この世界を、果ては全宇宙をも自らの指先で調律したいと願っているから。

 「メジャーアーティストになって富と名声を得たい」と言っていた、かつての彼はもはや存在しない。私と『サクライロ』を結成し、共創し、細胞を一つにする中で、「生きづらさに悩み藻掻く人々の心を癒やす『本物の音』を鳴らしたい」という思いを強くしていった彼。演奏する姿は神々しく、ずっとそばにいる私でさえ、近づきがたく感じることがあるほど。

 もしかしたら、偉業を成したら魂が満足し、次なる使命を果たすために生まれた星に帰還してしまうのではないか。そんな不安がずっとあった。だからこそ、聞いてみたかったのだ。そんな彼が、世界に光を取り戻したあと、どう生きたいのかを。

 けれど、いつもと変わらず「ピアノを弾く」という答えを聞いて、ホッとしたら涙が込み上げてしまった。

 ――大丈夫だよ、ママ。
 眠っているはずの冬月ちゃんの声が心の中に響く。

 ――パパは、ふづきちゃんたちを置いてどこかに行ったりはしないよ。だって、ママとふづきちゃんを心の底から愛しているんだもの。もし、どこかに行くとしても、一緒に行こうって言うはず。

(うん、そうだよね。ゴメンね、泣いたりして。もっと強くならないとね……。)

 ――泣いてもいいんだよ、ママ。強くなろうとしなくてもいい。今のママだから、パパも愛してくれる。そうでしょう?

(……ありがとう、冬月ちゃん。ほんとにありがとう……。)
 眠っている我が子の手を握りしめる。その手が開き、私の親指を握る。その優しさに、また涙が込み上げてしまった。

「お休み、冬月ちゃん……」
 そうつぶやいた私は、目に涙を浮かべたまま眠りに落ちた。




<リオン> 自分と向き合う人々の心に触れて

 7月15日。おれたちは空が白々と明け始める頃に、手配した車で博多駅に向かった。

 博多祇園山笠の最終日は、早朝から多くの人でごった返しているはずだった。しかし、到着した駅前には人っ子一人いない。何度も目をこすってみたが、どうやらこれが現実のようだ。

 電氣の使用制限のせいで交通手段が限定されているから、観光客がいないのは分かる。だが、地元の人の姿さえ見られないのはどういうことだ……? 数日前から完全に電氣が絶たれた影響? それほどまでに、電氣が使えない生活は、人々の精神を蝕むというのか?

「……冬月ちゃんが言っていたわ。みんなに必要なのは、不安や恐怖を忘れさせてくれる外からの刺激ではなく、静かに自分と向き合う時間だって」

 おれの心情を読み取ったかのように、冬月を抱くさくらがポツリと言った。

「まだ夜は明けたばかり。私たちも、お祭り騒ぎやライブをする前の『神聖な時間』を味わいましょう」

「……そうだな」

 県職員が前日のうちに動いてくれたのだろう、ピアノはすでに駅前の目立つところに設置されていた。ピアノを囲むように張られたロープをまたぎ、ピアノの蓋を開ける。鍵盤の前に座って深呼吸し、天から落ちてくる音を鳴らすと、不安と葛藤のエネルギーに満ちた街の人々の意識がすっと入ってきた。


*****


 今まで氣軽に使えていた電氣。それによる恩恵は計り知れなかった。

 例えば、夜でも活動できること。
 冷蔵庫や冷暖房などの家電が使えること。
 電車に乗っていきたいところへ自由に行けること。

 これらはもはや、生活を支える大事な要素だった。

 では、以下のことはどうか。

 例えば、インターネットを介してデジタルコンテンツに触れたり、AIと対話したり、世界中の人と繋がったりすること。また、携帯ゲーム機やスマートフォンを持ち歩き、常時液晶画面とにらめっこをして過ごすこと。

 たしかにこれらは我々を楽しませ、一切の暇を作らないようにしてくれる。その世界に没入することで、嫌な現実を忘れさせてくれる。

 だが、ほんとうにそれでいいのか?

 液晶画面と向き合う時間が長くなればなるほど、我々は目の前のリアルな関係をおろそかにしてきたのではないのか? 自分の頭で考える力を積極的に衰えさせてきたのではないか? また、差し出された解を絶対視し、それ以外の考えを排除することで他者との分離を生んできたのではないか……?

 
…………

人々の葛藤は続く。

…………


 掃除一つとってみても、もはやロボット頼みで自分の体を動かすことがなくなった。指先一つで買い物できるから外出の機会は減り、仕事さえ、満員電車に揺られることなく自宅で出来るようになった。

 もちろん、いい面はある。だが、便利になれすぎてしまった我々は、本来持っている直感や身体感覚を失ってしまったのではないか? 

 答えに迷ったときも、誰かに聞かなければ決められない。
 誰かとつながっていなければ不安で仕方がない。
 常に何かしらの情報に触れていないとイライラしてしまう。

 その根本こんぽんにあるのは、恐怖だ。

 我々は一人では生きられない弱い存在――。その思いに支配されているから誰かに、なにかに依存してしまう。そして最後には誰も信じられなくなって、差し伸べられた手を振り払い、攻撃し、独りよがりになってしまう。

 だが、我々は本当に、誰かにすがらなければ生きられないほど弱い存在なのだろうか? 

 人生を振り返ってみる。これまでには幾度となく障害となる出来事があったはずだ。だが、苦しみながらも乗り越えてきたのは自分自身ではないのか? 最後には自分一人でやりきったのではなかったか?

 今生きているのは、その時の自分がいたから。

 そう考えた時、自分という存在は決して弱くないことに氣づく。むしろ、よくここまで頑張ってきたと褒め称えられるべき存在ですらある。

 誰かと比べて「自分なんて」と思ってきたけど、実はそんなことはなかったんじゃないか? 本当の自分は、誰かに頼らなくてもちゃんと生きられるんじゃないのか……?


*****


「……そう。おれたちは決して弱くない。強くもないけど、一人で立つことは出来る。やろうと思えばなんだって出来るんだ」

 人々の意識に呼応した時、ピアノを弾くおれを朝日が照らした。その太陽光はすでに力強い熱氣を帯びている。これから熱い祭りが始まる氣配を感じさせる。

 徐々に街の人たちが集まり始めた。いよいよ街が動き始める。
「さぁ、最高の一日の始まりだ。おれの指先ですべてを終わらせ、新時代の扉を開いてやる!」



第五話はこちらから



新時代の綺羅星きらぼし編の前作に当たる「星の欠片編」はこちら



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