小説「LOVERS」星の欠片編⑧ 最終話:愛と調和の世界で鳴り響く天使の祝福
<さくら> 宇宙も笑う、我が子の微笑み
冬月ちゃんは、他の赤ん坊とは何もかもが違っている。その名のとおり、澄み切った冬の空に浮かぶ月のように凛としていて手がかからないし、夜泣きをしてもその泣き声は親である私たちの心を撫でる、天界のそよ風のよう。リオンくんが神様から聞いたとおり、この子は存在しているだけで周囲を癒やす「救世主そのもの」だと日を追うごとに実感している。
何よりも「特別」だと感じるのは、私が絵を描く時間を作ってくれるかのようにぐっすり眠ってくれること。冬月ちゃんの世話をしていると、どんどん創作意欲が湧いてくる。それを、彼女が眠った瞬間に形にするのがこの頃の日課になっている。
私の絵を見た人たちは口々に言う。「さくらさんの絵はまるで、宇宙の声を写し取ったかのようだね」と。
自分でも分かる。冬月ちゃんが生まれてからというもの、自分ではない者の力……そう、神か何かに描かされていると感じることが圧倒的に増えた。私はそれが、目の前の我が子の力だと確信しているが、それを信じてくれる人はおそらくリオンくんだけだろう。
その晩。ふと、こんな言葉が降りてきたので、毎日綴っている日記に書き残す。
“私たちが笑えば宇宙が笑う。それで愛が巡っていく……。”
<リオン> 救世主によって完成する「愛と調和の世界」
🔊ピアノ曲「天使の祝福」
年明けに生まれた我が子の冬月が可愛くて仕方ない。彼女のためにピアノを弾く日々。いや、おれが彼女の影響を受けて、この世界を浄化する旋律を弾かされていると言ったほうが正しいかもしれない。やはり冬月は、おれたちと共同創造するために生まれてきたとしか思えない。
それだけではない。不思議なことに、ほとんど暖房もないような極寒の室内にもかかわらず、冬月のそばにいると、それだけで太陽の日差しを浴びているかのように暖かいのだ。これは、彼女の存在そのものが光であり、エネルギーの塊であり、癒やしであるという、何よりの証拠。
無論、赤子にそんな力があるわけないと思っている人たちは、秋に博多駅前で行ったライブでの奇跡を引き合いに出し、「開花したリオンくんの特殊能力が、暖房機器に電氣を送って動かしているからだよ」とおれを持ち上げる。しかし、ピアノ演奏で生み出せる電氣なんてたかが知れてる。それに、ピアノがなければそんな力を発揮できないおれとは違い、冬月は自らが熱源となって(あるいは空氣を震わせることで)周囲を暖めることができる。その差は歴然だ。
そんな冬月を求めるようにして、ワライバには以前にもまして人が集まってくる。そして、物々交換はもちろんのこと、芸術交流を盛んに行う。そう。おれたちの目指してきた「愛と調和の世界」が、冬月によって完成したのだ――。
◇◇◇
しかし、「救世主」とは言え、体は生まれたばかりの乳児だ。自分では移動することすらできない赤ちゃんの世話は予期せぬことの連続。翻弄されているうちに、氣づけば春になっていた。
ソメイヨシノが咲く頃になると毎年思い出す。この福岡に移住してきた頃のこと。そして、都心部からこの場所に移ってワライバを構え、二人で小さな苺を分かち合った日のことを――。
その、苺を食べた縁側に、冬月を抱くさくらと腰掛ける。そして、庭や湖畔脇で咲き誇るソメイヨシノを眺める。
何もせず、ただぼーっとしているだけ。非常に穏やかで贅沢な時間が流れていく。
これまで『サクライロ』として、一人でも多くの人が癒やされ、覚醒めてくれれば……との思いで活動してきた。でも本当は、おれたちが音楽や絵でライブパフォーマンスをしなくたって、こんなふうに過ごしていれば誰もが自然に「愛と調和」を感じながら生きていけるんだ。
おれたち自身が神の啓示を受け、冬月もこの世に誕生した今、寸分の狂いもない、完璧な宇宙法則に従って生きること――吹く風を感じ、青空を見上げ、魂を共鳴させるパートナーと笑い合うこと――こそが新時代の生き方。
電氣がほとんど使えなくなってから一年近く経つが、ここまで生き延びてきた人は、なんだかんだ言ってこの生活に順応している。隣人同士で助け合うのが日常になってきている。そう。人間は、危機的状況に陥れば、自然と手を差し伸べ合う生き物なのだ。
それができなくなっていたのは、これまでの支配者が人々からその能力を奪い、争うよう仕向けてきたから。故におれたちは他者に不信感を抱き、罵り、蹴落とし、富と権力だけが絶対であるかのように思い込んできた。魂の叫び声に耳を傾けることすらできないほどに盲信してきた。
でも、世界が闇に包まれた日に、その呪縛は解かれた。
冬月の存在が示すように、おれたちは、ただ生きているだけでいい。
困っている人がいれば助け、心地よく共同創造していればいい。
それで、愛が巡っていくのだから。
<さくら> サクライロの季節と、新時代の『天国』
冬月ちゃんの体温を感じながら、リオンくんと春風に吹かれる。こんなに贅沢で幸せなことはない。
ちょうど一年前、ここで苺を分かち合ったときには、この腕に赤ちゃんを抱いているなんて想像もしなかった。ハウス栽培ができなくなった今、あのとき分かち合うことのできた苺は、黄金週間の前後まで食べることができない。けれど、今は彼女がその代わりになって、私たちに愛を分けてくれる。
そう。冬月ちゃんという「苺」は、私たちのみならず、周囲に、果ては宇宙全体にまで愛を与えてくれる。
「あぁ……。この、ぷくぷくのほっぺた、食べちゃいたい!」
冬月ちゃんにメロメロのリオンくんは、本当に口を開けて食べる真似をした。そんなことをしても彼女は嫌な顔ひとつせず、むしろ笑みさえ浮かべてくれる。その顔は天使そのもの。神様がくれた最高の贈り物。
◇◇◇
この子がこの社会で不自由なく生きていけるようにと、当初は全くその氣のなかった結婚をし、出生届を出した私たち。だが、今になって思う。そんな「形」にとらわれる必要は全くなかったのだと。
光の創造主である私たちにとって、もはや外側の名前や決まりはなんの意味ももたない。ただ第三者が私たちを見たときに、ひと目で「親子」とわかる名前になっただけ。この住所に「家族で住んでいる」という届けを出すことで、行政手続きがしやすくなっただけ。
もっと言うと、この星、この宇宙を構成する命であり、リオンくんや冬月ちゃんとも一心同体である私にはもう、「さくら」という名前さえ必要ない。今や私は完全に「個」を超えた存在になってしまったのだから。
そんな私の耳に、リオンくんの奏でるピアノの音が届く。これは、彼そのものであり、宇宙を構成する要素であり、私の細胞を喜ばせる音。
彼のピアノの音に反応した冬月ちゃんはまぶたを閉じ、あくびをしたあとですやすやと眠りについた。彼女にもわかっているのだ。このピアノの音の心地よさが。
冬月ちゃんをベビーベッドに寝かせた私は、その間にキャンバスに向かう。リオンくんが演奏する脇で、彼の音を目に見える形にするために。
キャンバスに色を乗せるうち、現実と創造との境界線がどんどん薄れて一つになっていく。やがて彼の奏でるピアノの旋律と筆に取った色は混ざり合い、私たちを、空間を包み込む。
この、愛と調和の世界に生きる者は全て一つ。
競争もない。
罵り合いもない。
優劣も、いじめも、暴力もない。
あるのは「慈愛」だけ。
美しい旋律が、私たちを天空へと導く。
その情景を、私がキャンバスに描く。
そこは、新時代の「天国」。
私たちの魂はそこで、舞い遊ぶ蝶のように生きていく。
――完――

最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!
この小説とご縁のあったすべての方に、愛と祝福がありますように!
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↓ 二人が福岡で「ワライバ」を作り上げるまでのお話。
前作「LOVERS」サクライロ編はこちら ↓
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