小説「LOVERS」サクライロ編 #5 ライブパフォーマンスが作り出す笑顔の循環
本作は、ライブペイント画家のさくらと、即興ピアニストのリオンが、福岡のアトリエを拠点に、愛と調和をもたらしていく物語です。
前回のあらすじ:
福岡のアトリエに、二人の噂を聞いた男性がふらりと現れる。
「なぜ東京からこんなところへ?」
その問いに違和感を覚えたさくらは、自らアトリエに男性を招き入れる。リオンのピアノ、さくらの絵を見聞きした男性は感動し、本当はミュージシャンになりたかったが諦めた過去を吐露する。二人に感化された男性は笑顔を見せてアトリエを去っていった。名前を告げることもなく。
第5話:ライブパフォーマンスが作り出す笑顔の循環
<リオン>
東京で活動している「サザン✕BB」――かつておれたちが所属していたバンド――では、兄さんたちが相変わらず、持ち曲で世界の矛盾を訴え、反社会的とも取れる歌を歌い続けている。それはそれで一部の人間の心を打ち、人生を変える一助となるだろう。だけど、そこから抜け出たおれたちはもう、闇に焦点を当てたりはしない。
おれたちは、これから必ず訪れるであろう、いや、すでに移行してしまったかもしれない光の時代に焦点を絞っている。愛と調和をおれたちの手で生み出し、広げることこそが、これからの時代に求められる仕事だと信じているからだ。
これは、おれとさくらが遠い昔にしていた「記憶の中のライブパフォーマンス」をもとにしている。特別な記憶を有しているわけではない。でも、おれがピアノを弾く、あるいはさくらがキャンバスに描くと同じようなアイデアを思いつく。それは、互いの記憶が共振している証拠とは言えないだろうか。
「何を考えているの?」
ピアノの前で目を瞑っていると、さくらに声をかけられた。
「これから、どんなパフォーマンスをしようかなぁって考えてたとこ。……さくらは、この平和な世界で何を表現したい?」
「そうねぇ……」
彼女も同じように目を瞑る。
「とりあえず、外に出ようか。おひさまの下に出たら、なにか思いつくかもしれない」
***
アトリエ近くの大濠公園を散策する。新緑が眩しいそこで、人々は新鮮な空氣を思う存分味わっている。
少し歩くと、先日アトリエを覗きに来たあの小父さんが、氣持ち良さそうにベンチでアコギをかき鳴らしていた。おれたちに氣付くと、小父さんは軽く手を上げた。
「やぁ。あれから開き直ってね、休みの日にはここでギターを弾くことにしたんだ。もう人目を氣にするのはやめた。今、一番表現したいことを、思いっきり表現するって決めた。それもこれも、君たちのおかげだよ。ありがとう」
「おれたちは何もしてないよ。小父さんが自分で動き出しただけ。……ねぇ、今、何弾いてたの? もう一回弾いてよ。おれ、踊るからさ」
「え、踊る……?」
おれの言葉に小父さんが首を傾げた。
「うん。実はおれ、何年か前に、自分たちで作った曲に振り付けてネットでアップしたらバズっちゃったことがあってさ。それでスカウトされたこともあるんだぜ」
「へえ! そりゃすごい! なんていう曲? 僕、知ってるかもしれない」
「えっと、『ブラックボックス』っていう名前で出してた『シェイク!』って曲」
「あぁ! 知ってる、知ってる。そっか、君は『ブラックボックス』のメンバーだったのか。どうりで見たことある顔だと思ったよ」
いうが早いか、小父さんはすぐにイントロを弾きはじめた。それに合わせて踊りを披露する。
「いいね、いいね! ……ほら、彼女さん、歌わないと!」
「ええっ?! わ、私はちょっと……」
「じゃあ、さくらは手拍子」
おれが促すと、さくらは「それならできるかも」と言って手を叩き始めた。
即席の「ライブ会場」が誕生すると、なんだか面白いことが始まったぞ、という感じで次々人が集まってきた。おれは歌えないピアニストだから、ピアノがないところではただの人だけど、誰かの演奏に合わせて体を動かすことだったらどこでもできる。
別に、プロじゃなくたっていいんだ。そこに音楽さえあれば、歌声さえあれば、ダンスや手拍子があれば、たくさんの人を巻き込んで楽しい空間を作り出すことができる。それを、小父さんが教えてくれた。
<さくら>
久しぶりに、ピアノ以外の方法で彼が内なるエネルギーを表現している姿を見た。彼はピアニストだが、実は体全体で音を表現しているのを私は知っている。だから、こんなふうに体を動かすことでも、彼は彼自身の内なる音楽を奏でている。
かくいう私はどうだろう?
一歩アトリエを出れば、手ぶらの私はただの人。リオンくんのように体で表現することもできないし、歌だって歌えない。手拍子はなんとか打つことができるけど、それだけ……。ちょっぴり自信を失う。
「なんか楽しそうなことやってるじゃない!」
その時、聞き覚えのある声が聞こえた。
「美絵さん!」
彼女は私と同じ画家。福岡出身で、櫛田神社近くにアトリエを構えている。彼女との出会いがきっかけで、私たちは今のアトリエを見つけることができた。いわば、恩人である。
「野外ライブ? そういうのも素敵ね。あたしも飛び入りで参加しちゃおうかしら?」
彼女は氣合いを入れるように腕まくりをした。
「美絵さん、踊れるんですか? それとも歌を?」
「画家にそんな能力、あるわけないじゃない。音に合わせて適当に体を揺するだけ。それで楽しければいいじゃない?」
「あっ……」
美絵さんの言葉にハッとする。
私は、能力が発揮できない環境での自分を過小評価しすぎていたのだと氣付く。楽しければいい。そう割り切ることができたとき、私の中で燻っていたものが霧散し、心が晴れやかになった。
私の表情から何かを察したのだろう、美絵さんが私を踊りに誘う。
「ねぇ、さくらさんも一緒に体を動かしましょうよ。そのほうが断然、楽しいわ」
「美絵さんが一緒なら……」
そう言って恥じらいながらもリオンくんたちの近くへ行き、ギターの音色に合わせて体を動かし始める。
「さくら、いい感じじゃん!」
「え、そう……?」
リオンくんに褒められた私は、それだけで嬉しくなって微笑む。
「そうだよ。言っただろう? さくらは存在自体が癒やしだ、って。そこに、笑顔も加わったらどうなると思う? さくらみたいな人が、これからの時代に必要なんだよ。だからほら、スマイル、スマイル!」
「笑顔も癒やしなの……?」
「うん。……ほーら、子どもたちも寄ってきたぜ?」
リオンくんの視線の先には、公園に遊びに来た子どもたちが数人いた。彼らもまた、美絵さんのようにただ体を揺するだけだったが、とても楽しそうに見えた。
「おれのダンスや小父さんの演奏だけじゃ、ここまで人は集められない。みんな、さくらの笑顔で集まってきたんだ。ホントだぜ?」
なんだか照れくさくなって小さく笑うと、まるでそれがきっかけとなったかのように周囲の人も笑顔になった。
(私にも、そんな能力が……。)
ちょっとだけ、自分の笑顔に自信が持てた氣がした。
***
小父さんと別れ、アトリエに戻った私は、不思議と胸が暖かくなっていた。最初は、ちょっと空を見上げて、流れる雲を眺めていればいいと思っていたのに、まさかあんなふうにライブが始まって、笑顔の輪が広がるなんて。
「素敵なライブパフォーマンスだったね。初めてのことだったけど、楽しかった」
素直な感想を伝えると、リオンくんが私の両手を握った。
「さくらは、もっと自信を持っていい。あの小父さんがあんなふうにギターを弾けるようになったのは間違いなく、さくらがここに招いたからだ。それがなければ、今日のライブは実現しなかった。笑顔の輪も生まれなかった。さくらの行動が、現実を変えた。それってすごいことだよ」
「うん」
「小父さんだけじゃない。おれだって、さくらには何度も救われてきた。さくらがおれの内なる世界観を絵にしてくれたおかげで、おれはこうして芸術家として生き生きと表現することができる。もし、さくらと出会わずにバンド活動を続けていたら、多分おれは、金を稼ぐことに執着し、魂を売り続けていただろう。そしてきっと、光の時代の、あまりの眩しさに網膜を焼かれていただろう。だから、おれはさくらに感謝してるんだよ」
「そんな、大げさだよ……」
面と向かって大真面目なことを言われたので恥ずかしくなる。
「私だって同じ。リオンくんと出会っていなかったら、ライブペイント画家にはなっていなかった。私の絵の源は、あなたのピアノ。だから……お互い様」
「ま、平たく言っちゃえばそういうことなんだけど」
リオンくんは私の要約に不満そうな顔をした。
「さくらは『お互い様』だと言ったけど、それってつまり、おれのピアノとさくらの絵とは常に共振してるってことなんだよ。さくらの放つエネルギーの純度が高いから、おれのピアノも生きる。さくらが、先。おれがあと。だから、さくらはどんどん絵を描いて。そして笑顔を振りまいて。そうしたら、もっともっとおれのピアノも進化する」
「……世界も、よくなる?」
「世界どころか、宇宙も輝きを増すさ」
「ほんとぉ……?」
「ホント、ホント。おれを信じてよ」
疑いの眼差しを向ける私を信じさせようとするかのように、リオンくんはピアノに向かい、即興で弾き始めた。
さっき屋外で踊っていたときとはまるで違う躍動感。静かで、でも力強い旋律がアトリエ中に響き渡る。この調べが私の微笑みに影響されて生まれたものだ、と言われてもにわかには信じられないが、その音が一段と美しくなったことだけは、肌感覚でわかる。
三分ほどの演奏が終わったとき、リオンくんが「どう?」と言って振り向いた。
「美しい調べだったわ。でも……」
「でも、は無し! せっかく調律した世界が戻っちゃうだろ? もう、自信のないさくらとは、おさらばしようぜ。で、前だけを見ていこうよ」
「でも」が口癖になっていることに氣付いて、口元を押さえる。
「そうだね。私たち『サクライロ』が、ここから世界を変えてくんだもんね。でも、なんて言ってちゃ、だめなんだよね?」
「そうそう」
リオンくんが深くうなずくのを見ているうちに、なんだか無性に絵が描きたくなってきた。
「ねぇ、もう一度演奏して。私、それを聴いて絵を描くから」
「オッケー。そうこなくっちゃ!」
ようやくやる氣になった私を見たリオンくんは嬉しそうに笑い、早速ピアノを弾き始めた。
第六話:古きものを、新しき時代に再生するための
ピアノ演奏『エリーゼのために』はこちら
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