鰻の名店『入船』を食す:宮崎県に怪物あり。白焼きには酢味噌、蒲焼きと呉汁。そして家一軒 丸ごと待合室【ひとりごと】
箸休めに初の食レポ。
2025年8月、ふと思い立って旅立ってみた。
そうだ、宮崎行こう。
マンゴーとチキン南蛮のメッカとして知られる地であるが、実は宮崎県は旨い鰻屋の激戦区であるという事実を知る人は少ない。
宮崎空港から車で約一時間。西都市の一角にそこはある。知る人ぞ知る鰻の名店『入船』。創業は明治27年(1894年)、かの初代仮面ライダーこと藤岡弘、氏も「宮崎に訪れたら必ず行く」と言うほどの、食道楽にとって垂涎の場だ。
自己紹介文でも書いているが、筆者もまあまあの食道楽、または酒飲みである。「酒だけ」というのはあまりなく(2軒目の行きつけのバーやスナックぐらい)、「佳き肴があってこその酒」派。なお主に愛飲するのは芋焼酎。
というわけで、行ってまいりました『入船』。完全に自己満足の文章でございます。
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#1. 待合室の空気感
午前10時半。さて、下の写真は店ではない。家一軒丸ごと待合室だ。
中には長椅子(ベンチ)が十数個あるにも関わらず満杯。
既に立ち待ちもいる。

どことなく空気にビリビリしたものを感じる。戦場かここは。
鰻を食うために来ただけなのに、なんだこの緊張感は……。
まあ皆腹減っているんだろうし当然か。
午前11時開店。先行して名前を記入していた18組が呼ばれる。
つまり、2階建てに18席✕最大6人掛け。1組平均3.5名だとして、一回転で約60名。
それでも待合室は未だに満員。すげえ人気だ。これが鰻の魔力である。


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#2. 白焼きには酢味噌
食の大家、北大路魯山人大先生はこんなことを書き残している。「所詮鰻は飯の菜で、酒の肴にはならない」。
何を言うか。ふかふかの白焼きに山葵と醤油、これほどのツマミは他に類を見ない。芋焼酎でも日本酒でも好い。
あんな大家に喧嘩を売るとか、考えると非常に無謀なことをしているが、味覚とは究極の主観である。「誰にも邪魔されず、自由で、救われ、独りで、静かで、豊かでなければならない」。久住先生が『孤独のグルメ』で記した至言だ。ゴローちゃんは下戸だけど。

というわけでまずはアミューズ。
ビールに骨せんべい。
骨とは甘いものであると、美味いものであると、麦酒の苦味と共に全力で主張してくる。
そして追撃の白焼き。鰻は、白と蒲焼きの茶色のふたつを経て初めて完成する。
さて、芋焼酎と山葵醤油でいただこうか。

………酢味噌!?
山葵と醤油原理主義者が怒り出しそうな光景だが、これが意外なほどにベストマッチ。
酢の酸味は抑えられ、味噌の程よい甘さが白焼きの煙の匂いの存在を殺さず引き立てる。
もちろん鰻の質自体もAAAクラス(私の主観)。ふわっふわの身と、コラーゲンやゼラチン質の食感が強い皮ぎしのコントラストが素晴らしい。
こりゃ焼酎が進む。
焼酎は基本的にしょっぱいツマミより甘いツマミのほうが相性が良いので、もしかするとこれが最適解なのではないかとも思えてくる(※)。
※なお、白焼きに酢味噌はこの地域では割とスタンダードな食べ方らしい。

芋焼酎は超定番の霧島。銘柄としては庶民的で決して高くはないが、質のいい鰻にはむしろ安い焼酎のほうがいいのかも。
焼酎自体の風味が豊かすぎると、もしかすると鰻のそれと喧嘩してしまうかも知れない。
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#3. 蒲焼きには呉汁
てな具合にちびちび白焼きを堪能していたら、更に香ばしい匂いが鼻先をついてきた。
お待ちかねの蒲焼きだ。
「蒲焼きといったら白い飯だろうが」(ゴローちゃん風)ということで、茶と白のコントラストをお楽しみください。

これすなわち人生の輝きか
皮は香ばしく、身はふわっと……そこまでは白焼きと一緒だが、白眉はタレ。
甘さを主張しすぎない継ぎ足しの味は、まさしく足し算と引き算の両刀使いであった。
白焼きが酒の伴侶なら、蒲焼きは米の親友。
この全てが揃ってこそ鰻は完全体となる。

白飯自体も粒が立っていてすんばらしい。一瞬で蒸発してしまいそうになる。自称まあまあの食道楽として、ライスマネジメント力が問われる。
肝串。これはもう完全にお酒の恋人。

そして現れた意外な伏兵。呉汁(ごじる)。
水で戻した大豆をすりつぶした「呉」を味噌汁に加えた郷土料理。
大豆の風味がコクをもたらし、鰻とグルメな火花を散らす。

正直これだけでお腹いっぱいになるほどの旨味だった。すごいで、これ。
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#4. 歴史が培った引き算の美学
……至福。その一言。11時に入店、11時20分に最初の料理が到着。12時前には食べ終わってしまっていた。実質約30分の天国。


歴史とは単なる継ぎ足しではない。度重なる試行錯誤の中で、「要らないもの」は思い切って削り落とし、研ぎ澄ましてきたからこそのあの味なのだろう。
白焼きの酢味噌と、甘すぎず旨すぎるタレに、それを感じた。
料理も音楽も文章も、基本は同じなのかも。引き算の美学。さて、私はあと何年でこの境地に辿り着けるのか。
などと酔いに任せて格好つけたことを考えながら、店を後にする。
待合室は未だ満員であった。
〈了〉
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