闇 642(木花咲耶姫編)
闇 642(木花咲耶姫編)

2026/08/15 sat
※多分この時代に岩上智一郎という人間がいたという証明をしたかったから、この作品を自分の為に書いているのだろう。
前回の章

二千二十四年三月二十五日、月曜日大安。
月曜になったのでカレーを作ろうと思った。
玉ねぎと人参一本は擦り下ろして、あとは適度な大きさで切り炒める。
香草系は、パセリ、オレガノ、ローズマリー、ダイム。
調味料は、塩コショウ、パプリカ、カレー粉、チリペッパー、ガラムマサラ、ナツメグ、蜂蜜、ブイヨンを入れじっくりコトコト煮込む。

トマトホルダーの缶詰を入れて、酸味を追加。

ヨーグルトを入れ、コクとまろやかさを。

ひたすらコトコト煮込む。
その間豚ブロックをアルミホイルで包み、九百ワットオーブンで三十分ほど焼く。

焦げ付かないよう様子を見ながらキッチンを往復する。
ちかからLINEが届く。
『いい事をしようとしてる人の動きを封じてくるやつってほんまになんなんやろな…。自分の都合が悪くなるから阻止しようとしてくるんかな…。確かに法律が悪い! おっしゃる通りでかなり刑を重くするとかね…。政治家も自分がノーリスクやからそゆこと出来るんよな…。ほんま極端かもやけど、そこまでするリスク負ってから税金も使って欲しいよね…。 ちか』
今回は中々濃い内容だ。
俺は料理をしながら、返事を打つ。
『本当に悪どい連中には人権なんて必要ないと思うんだよね。過去にコンクリート殺人事件あったけど、高校生の女の子を数人で寄ってたかって犯して、いたぶって殺して、未成年だからって出てきて、再犯して過去を自慢してるような連中なんて、死刑が無理なら虚勢するとかそのくらいしなきゃ駄目だよね。オリンピックの中抜き連中も、手癖悪いから財産没収と、両方中指第二関節まで切断とか、そのくらいやらないと以後なくならないと思う。 岩上智一郎』
豚肉そろそろいいかな?
もうちょっとか。
『間違いない…、コンクリート殺人事件は初めて聞いた時めちゃ怖かったもんなあ…。結婚して家族もいるとか聞くと…、遺族が可哀想すぎる…。中指切断まで行ったらやらなそうやね。でもほんまそれは賛成やな…。これやってもこのくらいで済むってやってる事と刑罰が比例してないとゆうか…。 ちか』
人権を犯した奴らに、法的な考慮など必要ないと常々思う。
そしてまずマスコミの捏造報道には、気を付けて個人的な真偽を定めないといけない。
『桶川ストーカー殺人事件は、指名手配を受けた中傷ビラを一緒に巻いた従業員の一人が、俺の店で当時働いていたんだよね。後々になって聞いたんだけどね。あの事件、被害者の女子大学生が警察の怠慢でとなっているけど、真相は全然違うんだよね。オレオレ詐欺とか、税金中抜きなんて、人としてやっては駄目な事なんだから、やったら死刑くらいにしないと無くならないと思う。泥棒もやったら、二度とできないよう指切断するとか。 岩上智一郎』
豚ブロックがいい感じで焦げ目付いたので取り出す。

一口大に切り、カレー鍋へ投入。

ある程度煮込んだら、蓋をして一晩寝かせる。

ここまで下準備をしてから、風呂へ入り、明日の仕事へ備えて眠った。
二千二十四年三月二十六日、火曜日赤口。
朝目を覚ますと、早速一晩寝かせたカレーに再び火を入れる。
コトコト煮込み、カレールー投入。

煮込んで寝かせてを繰り返し、水をまったく使っていないのでトマトホルダーをまた追加で入れた。

底が焦げつかぬようゆっくり混ぜ合わせ、全体的に馴染ませたら香草系スパイスをまた投入。

またまたじっくりコトコト煮込み、蓋をしてしばらく寝かせた。
そろそろインカジ『レディ』の出勤時間が近付く。
ここで火を止めて、仕事の間寝かせておこう。

自称俳優マンションへ帰ると、二日目の無水カレーの続きを始める。

とにかく煮込み、肉や野菜が溶け込むほど。
少し味見してみると、サラサラしてて、結構コクがある。

当たり前ですが、酸味がとても強い。
それにしても、また量を作り過ぎてしまったな……。
冷凍庫も入りきらないぞ?
ベランダでタバコを吸いながら思案していると、若菜龍平からLINEが届く。
『岩上さん! お疲れ様です。四月十日から301号室に入居者が入ります。取り急ぎご報告です。よろしくお願いします。 若菜龍平』
確か俺の隣りの部屋はシングルマザーのタイ人で、龍平曰く妙にエロいとか言っていたもんな。
まだ引越しの挨拶もしていなかったし、今度何か持っていくか。
新しいほうも女の住人だったら、薔薇色な明るい人生になるかもね。
『美人でボインボインだといいですね。 岩上智一郎』
『残念ながらオトコです。 若菜龍平』
だったら始めからいらない情報をいちいち流すなよ、この屑俳優め。
あ、そういえばカレー作り過ぎたから、この食い意地の張った男ならきっと食べるだろう。
説明しながらタッパに入れて、そのまま二階へ持っていく。
『すみません、若菜さん、上の送ってからカレー持っていこうと思ったのですが、先に持っていってしまいました。 岩上智一郎』
『とんでもないですぅ! ありがとうございます。頂きまぁす。 若菜龍平』
だから『ぁ』をいちいち入れるのやめろよ、本当に薄気味悪い男だな。
この日、毎日のように当たり前にあるちかからLINEが、丸一日連絡がなかった。
特別な関係ではないが、日々やり取りするのが当たり前な事になっていた俺は、何だか少し裏切られたような気がして、心にぽっかり穴が空いた感じがする。
何か俺が彼女の気に障るような事を言ったっけ?
やり取りを見返すが、別段おかしなところもない。
もうキャバクラを辞めるから、俺の存在などどうでもいいと思ったのだろうか?
酷く自虐的な気分になり、俺はベランダから吸い終わった吸殻を、河本マンションの方向目掛けて放り投げた。
二千二十四年三月二十七日、水曜日先勝。
インカジ『レディ』の業務中も、黒い霧のようなものがずっと周りに纏わりついていた。
仕事が終わってからも憂鬱な気分はまったく晴れず、誰からも必要とされていない錯覚する感じる。
ふとこの負のオーラに満ち溢れた心境を文字にしてみようと、フェイスブックへ投稿した。

自身の根底に根強く沈澱した黒き憎悪。

強くならないと殺されちゃう……。
この身体に流れる血をすべて出し尽くしたい。
だから俺は我武者羅に強さを目指した。

結果周りから見て強くなったのだろう、力無き幼き頃よりは……。

歳を取り屈強だった身体も衰えた。

ふと昔を省みる。
本当に俺は強かったのだろうか?

世の中をまるでひっくり返さない現状。
所詮自己満足なマスターベーションに過ぎない。

言うならば元となった自身の憎悪など、その程度のものでしかなかったのだ。

だからいつまで経っても中途半端。
あれほど憎み蔑み呪った。
今はどうだ?
俺は初めて小説を書き、それを完成させた時点でもう負に満ちたものは無くなっていたのだ。
自分自身のこれまでの行動がすべて物語っているじゃないか。
強さだけに拘れないから、絵を描いた。

強さだけに拘れないから、ピアノを弾いた。

強さだけに拘れないから、小説を書いた。

一生懸命やった。
しかし原点はすべて誤魔化しから。
だから中途半端なままなのである。
老いて屈強だった身体はほぼ死んだ。

俺が精魂込めてできる事は何なのだろうか?
書く……。
また小説を書くしかないんじゃないのか。
せめて自分自身の為に作品を書こう。
世に出すとか、人に読んでもらうとかでない。
俺が俺である為に作品を書くのだ。
もう歪な強さには縋れない。
中途半端なまま俺はまだ生きていかなきゃならない。
だから誤魔化さないで…、もう逃げないで…、ただ…、ただ書こう。
※ふと、文字にしてみたくてこの場を借りて残させて頂きました。
小説とまではいかないが、久しぶりに心を文字に投影したような気がする。
こうして不特定多数の人へ目が止まるよう十三年執筆していない現実を叱咤激励し、有言実行へ持っていく。
裏稼業へ復帰してからのすっかり堕落した自分が嫌だった。
このまま歳だけ取っていき、そのまま埋もれて堪るかよ……。
『岩上さん! 居ますか? 若菜龍平』
「……」
コイツ、何て嫌なタイミングで連絡を寄越すんだ?
ある意味、空気を読まない天才過ぎるだろ。
『どうしました? 岩上智一郎』
『今行きます。 若菜龍平』
インターホンが鳴ったので、慌ててサンダルを履いて部屋の外で対応。
龍平は中で座りながらと提案してくるが、まだ散らかっていると言い訳をして通路で話を聞く。
何の用件かと思えば、いつもゴミ外人ゴミ内閣ゴミケバブ屋のゴミトークに加え、斜め向かいの河本マンションを中傷する肥溜めトークだった。
「……」
あまりにも呆れてしまい言葉が出てこない。
「岩上さん、そろそろ飲みに行きます?」
「いや、申し訳ないですけど、仕事明けで疲れているので、これから休もうと思っていますので」
「あ、状況も知らずにすみません」
何とか龍平を追い返し、布団へ横になる。
一体あの馬鹿何をしに来たんだ?
目がトロンとした時だった。
再び龍平からのLINEが入る。
『岩上さん! 先程はその後バ河本よくよく考えたら、当初岩上さんから光熱費等、明細見せずに過剰徴収されてたわけで、恐らく申告も過小申告して、脱税してるかもですよね。国税局に通報ありかなと思ってまぁす。または税務署に。当事者の岩上さんの協力あれば追い込めるかもですよ。 若菜龍平』
「ウッザー!」
おまえに相談したところで、何一つ役に立たず、オマケに梯子外しで二回も足を引っ張りタカっただけじゃねえかよ。
何を善人面して擦り寄ってきてんだ。
だいたい国税局なんて言葉、どこで覚えてきたんだ?
俺の新しいスキル、ジキルとハイド発動。
『協力できる事はしますよ。 岩上智一郎』

寝るタイミングすら、この馬鹿は邪魔するのか?
このマンションへ引っ越したのは、最悪の選択をしてしまったんじゃないだろうか?
あまりにもムシャクシャするので、洗体エステ『ラブリーハート』へ行き、リオを抱く。
喘ぎ声を出しながら「おじさん、私のプレゼントは?」と何度も聞いてくるが、とっくにちかにあげてしまってもう無いのだ。
両肩を掴み、激しく腰を上下に動かしてエクスカリバーを突き刺す。
小生意気な中国人娘など、聖なる剣で昇天させてやる。
それにしてもこの女とセックスの相性だけは中々いい。
散々逝かせたあとに、リオの手首を掴み秘部まで持っていかせる。
指先を動かすと、敏感になった自分の身体を愛撫しながら喘ぎ声を出すリオ。
俺はその光景を眺めながら、自分でイチモツをしごき、精子を派手に彼女の身体へ掛けた。
ちかにも一度こうやって精子をぶっ掛けてやりたい。
「もー、おじさん元気良過ぎ!」
会う度抱かせてくれる女は、五十二歳の男にとってかなり貴重な存在もである。
俺はこれまで作った料理の写真を見せながら、セブンスターに火をつけた。
「これ、全部おじさんが作ったの?」
「当たり前だろ。じゃなきゃ何でそんな作る過程のところまで写真があるんだよ」
「私も食べたい!」
「カレーならまだあるから、持ってこようか?」
「うん!」
俺は自称俳優マンションまで一回カレーを取りに行く。
こういう時、往復で五分も掛からない距離というのは本当に便利である。
無水カレーを食べたリオは味を大絶賛。
料理を褒められると何でもしたくなってしまう俺は、どんなものが好きか聞いてみた。
「焼肉がいい!」
「肉ね? 明日とっておきのを作ってあげるよ」
「ほんと?」
「ああ、ただもう一回やらせろ」
俺はリオを押し倒し、また彼女の中へ挿入した。
部屋に戻ると、インカジ『レディ』の食事代千円で毎回コツコツ買っていた高級肉を冷凍庫から出す。
せっかく高い肉を買っているのに、勿体なくて冷凍保存していた俺。
こういう時でもないと、使う事もないだろう。
俺はタレを調合し、高級肉を漬けて自然解凍を待つ。
絶対にこんないい肉は、龍平には出せない代物だ。
せっかくリオに作るのだから、凝った焼肉弁当にしたい。
過去高級焼肉弁当は何度も食べてきているので、完成形を頭の中でイメージした。
俺がプロに勝てる部分は、材料費を気にしない事と、手間暇を掛けられる事。
一晩肉を漬けて寝かせ、自分じゃないとできないものを作りたい。
携帯電話が鳴る。
池袋のキャバ嬢ちかからだった。
あれ?
俺との連絡を絶ったんじゃないのか?
俺の独りよがり?
『え、どゆこと? 元交際相手たちに殺されたわけじゃないの? 間違いないよね…。それくらい厳しくないと犯罪って絶対繰り返されるよね、捕まってもこれくらいなら死ぬよりいいやって思うやつ多そうやし…。 ちか』
内容は前回話した桶川ストーカー殺人事件についての事。
俺がゲーム屋『ワールドワン』時代の川端から聞いたエピソードである。
当時を思い出しながら、彼女へ文章を打った。
『あの事件は真面目な女子大学生が交際のあった店長からストーカーされ、やがて殺人事件にってなっているけど、そもそも女子大学生は本当だけど、その店長の店の風俗嬢でネンゴロだったの。店長はベタ惚れだったけど、女が他店から引き抜きされ、店移る際店の金ゴッソリ抜いて移動したの。可愛さ余って憎さ百倍、それからあのストーカー行為が始まり、女子大学生は何度も刺されて殺されたの。みんながみんな、保身に走り過ぎているよね。 岩上智一郎』
あれ以来、川端がどうなったのか分からない。
今頃何をしているのだろう。
当時を思い返してみる。
「岩上さん…、仕事終わったらちょっとお時間頂けますか?」
従業員の川端が仕事の、合間声を掛けてくる。
できれば静かな場所でとの希望だったので、新宿プリンスホテルのティーラウンジを使う。
「改まってどうしたよ?」
「桶川ストーカー殺人事件って知ってますか?」
知っているも何もあれだけ連日マスコミが大騒ぎした事件である。
この一件からストーカーという言葉が世の中に認知され、埼玉県警の不手際が際立った。
「俺、あの事件の全貌をすべて知っているんです」
冗談を言ってのかと思ったが川端の表情は真剣そのものである。
確か真面目な女子大生を風俗の店長がストーカーして従業員らに中傷ビラを巻き、桶川駅のところで刺殺された事件だったよな……。
簡単に俺の知っている内容を伝えると、川端は口を開く。
「その中傷ビラを巻いた従業員の一人が自分なんです……」
俺は彼の話をまず聞いてみる。
川端があの事件に関与?
ここ数ヶ月彼の勤務態度や性格を見ていると、とてもそんな風に思えない。
できれば今日この会話が嘘であってほしかった。
「自分、当時保険証なくて、あの店長の借りたまま事件になってさまい、まだ保険証持っているんです……」
「…という事はオマエも指名手配という事?」
「はい……」
「それを俺に言って、どうしたかったの?」
「実は黙っていようと思っていたんです…。ただ、色々良くしてもらって何かあった時では遅いので正直に話しました」
正直店の店長は所である、何故彼が休みのタイミングで俺に言ってくるんだと思った。
「仕事を辞めたいのか?」
「いえ、そんな事はないです。できれば続けたいとは思っています」
俺じゃまったく手に負えない話である。
しかし川端の気持ちも汲んでやりたい。
「分かった。今日俺は何も聞いていない。但し何かあって実際に捕まった時、うちで働いていたなんて名前出すなよ?」
「岩上さん、ありがとうございます!」
深々頭を下げる川端。
あの事件の全貌を聞いた。
新聞や雑誌は、刺し殺された女子大生をひたすら擁護するような記事ばかりだったが、川端の話は全然違った。
そんな川端の告白から一ヶ月後……。
彼は連絡もなく、突然、店に来なくなる。
最初はただの遅刻だと思っていたが、そのまま彼は来なかった。
俺はあえて連絡をしていない。
店のみんなにも連絡するのを止めさせた。
予想通り警察に捕まったのだろう。
何ともやるせない気持ちになった。
川端が抜けた穴を早番から山下が遅番に来て欠員を埋める。
そういえば、あのあと入ってきたのが山下哲也だったのか。
川端は消え、山下とは縁を切り、あの頃のメンバーで未だ連絡が着くのは島村に不動産になった鈴木裕二ぐらい。
それでも残っている方か……。
『なるほどね…、それは女が怖いね。でも女扱う仕事しててキャストにマジになったらあかんよなあ…。そんな細かいところまでネットニュースとか載ってないもんね。うん…てか自己中心的な考えが過ぎるとゆうかね。中々酷いよね。 ちか』
『当時その部下が全国指名手配されてるって話してきて信じなかったら、例の店長の保険証持ってきてね。それであの事件の本当の真実聞いたの。嫌な暗いニュース多いもんね。ネットが便利になったから色々明るみに出てきただけなのかな? 岩上智一郎』
複雑な気分のままベランダへ出て、セブンスターに火をつけた。
二千二十四年三月二十八日、木曜日友引。
インカジ『レディ』の仕事を終えると、小滝橋通り沿いのパッケージプラザの店へ行き、使い捨て弁当容器を購入。

ナムルを作り、彼女が好きだと言っていた生姜のガリもたっぷり入れて、手作り焼肉弁当を作る。
牛肉は二枚で千円ぐらいの原価なので、下手な焼肉屋のものより豪華なはず。
原材料費三千円を超える弁当。
付け合わせもお新香を含め、五種類つけた。
凝り過ぎだろ、自分でも思ったが、毎回抱かせてくれているせめてものお礼だ。

写真を撮りながら先日のカレーと共にブログへ記事を載せていく。
リオの店に持っていき、弁当をあげると感動してその場で食べていた。
食べ終わるのを待ってから押し倒し、いつものように抱いてから部屋に戻る。
ちかからLINEが届いていたが、リオが誰からか気にしていたので帰ってから画面を開く。
『その部下=店長ってことやんね? どうなんやろうね…。確かに増えて来たってよりも元々多かったものが明るみになってる可能性もあるよね。 ちか』
ちかも、結構頭が悪いのか?
『いやいや、犯人=店長で、部下はその店長のところで働いていた従業員。 岩上智一郎』
返信した時、インターホンが鳴る。
また龍平かと思い、覗き穴から見ると、何故か龍平の母親だった。
「岩上君、タバコは何を吸っているの?」
「え、どういう事です?」
「いつもサンドイッチとか色々もらっているから、お返ししないと悪いなと持ってね。何を吸っているの?」
「セブンスターのボックスです」
「うーん、私は吸わないから分からないけど、そう言えばいいのね?」
「ええ」
何だタカるだけの息子と違って、お袋さんはかなりまともじゃないか。
龍平の奴、未だ働かずあの母親の脛を齧って生きているなんて、本当にとんでもない奴だ。
タバコをワンカートン頂いた俺は感動し、これまで冷凍庫に眠らせた料理や素材をフル活用し、豪華な弁当を作ろうと決めた。
お返しにはお返しの心。
できればお袋さん一人だけにしたかったが、龍平も一緒に住んでいるのでそうもいかないだろう。
二人前を丁重に作りながら、写真を撮り、ブログにもアップする。
【献立】
・黒毛和牛カルビの焼肉
・牛赤身のステーキ
・チンジャオロース
・白身魚フライ

・ポテトフライ
・焼きカレーうどん
・モヤシとキャベツとワカメのナムル
・キムチ
・キュウリ浅漬け
・高菜漬け
・生姜甘酢漬け
・キャベツ千切り
・ゴボウサラダ
・トマト
料理を作るって、やっぱり面白い。
そしてそれを喜んで食べてくれる人がいるというのは、まるで自分の執筆した小説を読んで感想をもらえるような嬉しさに近かった。
二千二十四年三月二十九日、金曜日先負。
春一番ってやつかな?
新宿歌舞伎町元コマ劇場跡地のゴジラホテルの前を歩いていると、雨が降っているが、同時に風も強く、それが春の到来を感じさせた。

セントラル通りだったのが、いつの間にかゴジラロードなんて名前になっているけど、このホテルが潰れたらどうするつもりなんだろう?
ホテルの最上階を越える等身大ゴジラの頭が見えるよう写真を撮ってから、自称俳優マンションへ戻る。
ようやく寒い冬も過ぎ、春の兆しを感じつつ、明日新しいカーペット来るのでプチ模様替え。

最近他愛ない日常でもブログへ載せる習慣が身に付きつつある。
掃除をしていると鳴るインターホン。
開けると宅急便で、今日のお昼に注文して明日配送予定が、何と本日の十九時過ぎに届く。

「アマゾン、早っ!」
思わず漏れる独り言。
部屋がどんどん自分色に染まっていく快感。
気分が高揚し、ベランダに出るとタバコにいつもより優しく火をつけて、そっと煙を吐き出した。
『あ、その部下が、店長が全国指名手配されてるって話をして来たってことか! ごめんよ、私ほんま国語が苦手で。 ちか』
お馬鹿なちかからLINE。
今の俺はカーペット効果で、カーペンターズを口ずさむほど朗らかな気分なのだ。
従って返事も当然柔らかくなる。
『こちらこそごめんね。俺の書き方が悪かった。店長(犯人=ストーカー)、部下(当時店長の店の従業員)、店長に命令されて中傷ビラを巻き、その後殺人事件となって全国指名手配。埼玉県警がこの件をおざなりにしたせいで起きた殺人事件だから、被害者の女子大学生は真面目なと改ざんされ、風俗の事とかは隠されたってわけ。 岩上智一郎』
『なるほど…ご丁寧な説明ありがとう。勿論警察が一番悪いけど…。なんか難しいね、嫌がらせを全部取り締まってたら切ないのもあるかもやし…。ただ常軌を意したものなら取り締まるべきよね。 ちか』
春といえば桜。
桜といえば、横浜の大岡川桜まつり。
俺は横浜の開花状況を調べた。
『現在の横浜の桜状況。今日明日出れば三十一日休みだから、横浜行くかも。 岩上智一郎』
今日明日出ればって、今日は仕事終わっているんだから、明日出ればの間違いだけど、まあ何でもいいか。
豚肉をしょうが焼き用のタレを作り、漬けて冷蔵庫へ寝かせた。
二千二十四年三月三十日、土曜日仏滅。
一晩じっくり漬け込んだ生姜焼きを仕事から帰ると冷蔵庫から取り出す。

こういうオーソドックスな料理も、たまにはいいものだ。

サラダも添えて写真を撮る。
そして前回セブンスターをワンカートンくれた龍平の母親に対し、サンドイッチを気に入っていると言っていたから、アメリカンクラブハウスサンドとツナサンドを作った。

以前クックパッドで人気検索一位になった事のあるこの料理。
まああんな素人サイトでの人気など、どうでもいいか。

俺は皿に盛りつけると、写真を丁重に撮り、二階の龍平ファミリーの部屋の前に置いておく。
『若菜さんのお袋さんが食べたがっていたので、サンドイッチ置いておきますね。 岩上智一郎』
『ありがとうございます。いつもすんません、頂きます。 若菜龍平』
夜は夜で、豚肉と茄子とピーマンのオイスターソース炒めに、俺の必殺料理の一つ最強唐揚げを作る事にした。
前回の生姜焼きの漬けダレで豚肉焼いた後、本当なら鳥のささみ肉を使うが今回はそこへ鶏もも肉を漬ける。
鶏肉を包丁で細かく切り刻み、ボールの中へ入れ、小麦粉、胡椒、塩、卵、パセリ、レッドチリペッパー、パプリカ、ナツメグ、ガーリック、ウコンを入れ、よく混ぜ合わせて、スプーン一口大にすくい、適温の油で揚げるのだ。
揚げている間に茄子を切り、先程唐揚げの元を入れていたボールへ入れて、片栗粉をちょいちょいまぶしながら程よく和え、ピーマンも切っておき、サッと湯通しする感じで揚げる。
次に豚肉を適当な大きさに切り、フライパンへ入れ、玉ねぎ、ネギも加え、ある程度炒めた。
ここで油切りした茄子とピーマン投入、もう揚げてあるので全体的に軽く混ぜる感じ。
仕上げに醤油とオイスターソースで味の調整。
こんな感じの夕食を作り、何か俺って幸せだなとニヤニヤしながら食事を済ませる。

随分前になるが、以前クックパッドでもレシピを載せた最強唐揚げ。
これは歯の弱くなった老人でも唐揚げ食べられるようにと当時考案したが、この時は鳥ささみ肉を使用していた。
最近になって、普通の鶏もも肉でもやってもいいんじゃねと思い、今回のこの唐揚げを真・最強唐揚げと名付ける事にする。
『少し散りかけてる? おー! いいねいいね。私も今日明日で卒業やから、四月以降はゆっくり地元帰ろうと思うよ。 ちか』
ちかの奴は、明日でキャバクラ卒業か。
『実際に見たわけじゃないから、どうなんだろうね。うん、ゆっくりリラックスしてきてね。 岩上智一郎』
『なんか足立の方満開のところあったから、まだ咲いてるところあるかもね。ありがとう。一旦生きた屍になろうと思います。ちと体調崩してるお父さんにも犬にも会いたいし…! ちか』
琵琶湖のある滋賀県出身って言っていたもんな。
『親孝行できる内にしといたほうがいいよ。ゆっくり楽しんできてね。 岩上智一郎』
明日で三月も終わりになるのか。
時間が経つのは本当に早いものだ。
二千二十四年三月三十一日、日曜日大安。
昨日は競馬でダービー卿CT、ポラリステークス、海外のドバイGⅠと四つのレースすべて外してしまった。
これはイカンと神頼みをした方がいいと思い、近所の神社を調べてみると、木花咲耶姫がいるという成子天神社を発見。
天神様と呼ばれる菅原道真公が祀られている為、学業成就や受験合格のご利益?
境内には天神様の使いとされる「牛の像(撫で牛)」があり、自身の体の悪い部分や頭を撫でるとご利益?
うーむ…、あまりギャンブル関係ないのかな?
でも木花咲耶姫って、群馬の先生のところにあった掛け軸にもあったよね。
龍神様とセットで。
群馬県北高崎駅から徒歩三分も掛からない場所にある群馬の家。
入って左手の壁手前には相変わらず木花開耶姫の掛け軸がある。

初めてこの場所へ来たのは、付き合っていた百合子と。
きっかけは偶然撮った奇妙な心霊写真から。
何とも言えない不思議な経験をしながら、気付けば俺はここへ何度も足を運んだ。
部屋の奥にある不思議な黒の階段。
天井にぶつかり階段としての機能をしていない。

そして龍神の掛け軸。
昔から何も変わらない空間。
こうして成子天神社の存在を知ったのも、何かしらのお導きなのかね?
境内には七福神すべての神像が配置されており、一箇所で七福神巡りをする事もできるようだ。
末期癌になって今はもう会えない群馬の先生。
何となくいい機会だからお参りして来ようと思った。
成子天神社の境内には、富士山の女神である木花咲耶姫命。
成子富士…、富士塚と深く関係があるようで、富士山をご神体とする境内社の浅間神社が鎮座しており、その主祭神として木花咲耶姫命が祀られている。

今いるマンションから二十分しないところにあったのか。

俺はお賽銭を入れて二礼二拍手一礼し心の中でお祈りをした。
「木花咲耶姫! 今日の大阪杯頼んまっせ!」
お参りを済ませると、以前注文していたテーブルとイスのセットが届く。
組み立てをしなきゃいけないようで、こうした日曜大工的なものが生理的に苦手で凄く苦戦。
たまには役に立てと、若菜龍平を呼び出し手伝ってもらう。
「これをこうして六角で締めて行くんですよ。自分は用事あるんで、これで」
薄情な龍平は最初だけ手伝うも、途中でとっとと退場。
散々人からタカっといて、こういう時ぐらいしか借りを返す機会がないのに、性根から歪み切った男だ。
やり方は分かったので何とか悪戦苦闘しつつ、自力でようやくテーブルを完成させる。
グレンリベットに、バッハベルのカノンのオルゴールを置いて、真ん中の部屋に設置した。

『若菜さん、今日はありがとうございました。何とかできました。 岩上智一郎』
一応礼だけはしておく。
これは俺の座右の銘、仁義礼智信の礼節から。
『途中退出で失礼しました、完成して良かったです。 若菜龍平』
本当ふざけんじゃねえよ、カス野郎。
暇人なんだから、最後まで手伝っていけよ、ボケ。
『いえいえ、とんでもないです。やり方分からなかったら、自暴自棄になっていました。 岩上智一郎』
『また何かあったら連絡して下さいませ。 若菜龍平』
本当俺って、コイツが嫌いなんだな。
『ありがとうございます。 岩上智一郎』
どんどん自分色に染まっていく部屋。
幸せとはこういった些細な日常から、少しずつ育んでいくものなのかもしれないね。
夕方になり、ちかからLINEが届く。
『なんか今日頭ぼーっとしちゃってダメだ。ラスト緊張する…。うん! 明日以降色々やりたいことがあるから楽しみでもあるな。寂しさと不安もあるけど。 ちか』
明日の四月から、俺のシフトは早番から遅番になる。
これまでの生活とは真逆の時間帯。
夜の十一時に出勤して、朝の七時終了。
彼女にとって今日が区切りでも、俺にとってもある意味ちょっとした区切りではあるのか。
『一つの区切り、節目だよね、ちかにとって。三月も今日で終わりなんだよね。 岩上智一郎』
『せやね…人生のターニングポイントな気がする! 早いよね、マジで年末から今日まで一瞬やったな…。 ちか』
あ、そういえば競馬の結果どうなったんだ?
唸れ、木花咲耶姫パワー!
「……」
競馬外れました……。
部屋で夜の十一時過ぎまでゴロゴロしつつ、今日でちかは最後になるんだよなと考える。
うん、最後ぐらい顔を出してやるか。
俺はお風呂に入ってから身支度を整えると、自称俳優マンションを出て新大久保駅へ向かう。
池袋駅へ到着する頃には、十二時になろうとしていた。
店に着く頃は四月一日だから、どうやって嘘をつこうかな。

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