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学芸員のおしごとー大阪自然史博物館企画展示

1.初めに

 おはようございます。こんにちは。こんばんは。IWAOです。大阪自然史博物館の企画展へと行ってきました。博物館へ行くと、生物であったり、歴史史料、考古資料、化石…などが展示されていると思います。その展示はどのようにできているのか、そして、博物館に勤務する学芸員は何をしているのか?についてが解説・展示されていました。今回は、こちらの展示について紹介していきます。

2.構成

 本展示は、全7章で構成されています。この展示においての中心となるのは、「標本」です。博物館では、恐竜などの化石、毛皮のついた動物の剥製、ビン漬けにされたヘビや魚...などがあります。何故、これらを集めること・調べることで何が分かるのか?何が見えてくるのかという役割のついて紹介・解説する展示になっていました。

展示室を入り出迎えてくれる標本の数々

3.第2章:まずは集めよう・第3章:新しく博物館にきた標本

・第2章:まずは集めよう

 まず、学芸員が研究・調査するにあたって必要なものが、「標本」になります。その「標本」は、「生物や化石、岩石などを採取した後、半永久的に保存できるように整理し、後から調べられるように整理したもの」です。ただし、採取したものなら何でもいいわけではありません。「いつ」、「どこで」、「誰が採取したのか」の情報もないと標本としての価値はないです。つまり、採取したものは「何か」だけでなく、「どう採られたのか」の情報まで整理されなければ標本とは言わないということです。標本を採取するにあたり、実際に使用する道具も展示されていました。化石ならハンマー、水生生物ならタモ網、昆虫ならトラップ…などと道具の種類の多さに驚かされます。

展示されていた採取用の道具
実際に使用されたたも網
根本が折れててよく使いこまれている
真ん中のでかいやつは、マレーズトラップ。
ネットにぶつかった昆虫が上へ移動するとワナのペットボトルに落ちるもの
こんちゅうのしゅうせいをうまく利用したトラップ
標本と扱える資料
後ろに生物の情報が書かれたラベルが見える
標本として扱えない資料
後ろにラベルが見えない

 博物館が集めるのは、実際に採取する標本だけではありません。図鑑や報告書、過去の雑誌も集める対象です。こういうものが過去の記録であり、過去にはどういう研究が行われていたのか、どのように考えられていたのかを遡ると言う意味で過去に発行された図鑑などの書籍が大切となります。

・第3章:新しく博物館にきた標本

 博物館の標本は学芸員が集めるだけのものではなく、プロやアマチュアの研究者からの寄贈によるものも少なくありません。また、市井の人々のものだから役に立たないということも間違っています。むしろ、研究の基礎にるようなものも少なくありません。 
 個人的には、岸田日出夫氏と角野康郎の植物標本が非常に印象に残りました。岸田氏は、自身の郷土が開発により自然を失う様子を見て調査をした際の資料になります。その時の標本が、「吉野熊野国立公園」の指定に繋がりました。標本がただただ研究材料になるだけでなく、さらにすごい力を持っていることが示されました。角野康郎は、水草の生態や分類を研究しており、その時に収集した2万5000~3万点の標本があり、その中には、研究者が利用するための図鑑である日本水草図鑑の基礎資料になるほどのものです。

実際の日本水草図鑑

 今回の展示において、注目すべき展示の一つにクジラの骨格標本があります。自然史博物館には、常設でナガスクジラ、ザトウクジラ、マッコウクジラの全身骨格が展示され、今回の企画展示では、クジラのマッコウクジラの歯、ニタリクジラの頭骨、肩甲骨が展示されていました。このようなクジラの骨格標本は、どのようにして手に入れたのでしょうか?獲りたい時にとりにいったわけでありません。そのほぼすべてがストランディング個体、つまり、死着した個体を手に入れて標本にしています。クジラ、特に、大型の種類の場合、沿岸ではなくかなり遠洋にいるものが少なくない上、世界中を回遊するものも少なくなく、そもそもクジラの生態についても分かっていないことばかりです。よって、出会いたい時に出会える存在ではない上に標本も手に入りにくいということです。何らかの理由で死亡したクジラまたは湾内に迷い込み衰弱死したクジラを解剖・標本化して調べることがクジラを調べる上での基本になります。つまり、ストランディングというのは、絶好のチャンスになるということです。最近ニュースになった淀ちゃんを代表に大阪でも大阪湾に侵入し、衰弱死したマッコウクジラが好例になります。

ニタリクジラの頭骨
後ろには肩甲骨や歯を展示
前がマッコウクジラの歯
後ろがニタリクジラの肩甲骨と椎骨
実際に大阪市自然史博物館で展示されているクジラの全身骨格

 たった1体の鯨の死骸から何が分かるのか?と思う方もいるかもしれません。クジラ1体の死骸から分かること、得られる情報は決して少なくなく、有意義なものが多いです。性別、年齢、病気などは、解剖しなければ得られない情報です。それだけでなく、胃の内容物、体の同位体、化学成分の濃縮具合…なども含まれ、すぐに思い浮かべられるものだけでなく、ミクロな化学的成分などと非常に幅が広いです。また、クジラは、生態系ピラミッドでは上位捕食者に位置します。彼らの生きている環境が安定しているということは、捕食対象になる生物が安定していることを示すことになります。よって、彼らを調べることは間接的に海の状態を知ることに繋がります。
 これは後の章でも扱う話ですが、クジラは大きいです。博物館は標本をたくさん収集していますが、大きい生物を扱うということは、保存のためのスペースも大きくなければなりません。よって、集めたはいいもののどのように保存するのか?で、学芸員は悩んでいると吐露していました。

*クジラのストランディング個体をどのように保存するのか、何が分かるのか、私も過去にその詳細を書いています。また、『野生生物は「やさしさ」だけで守れるか?──命と向きあう現場から』では、クジラのストランディング個体の扱いについて大阪自然史博物館の学芸員が、インタビューに応じています。こちらも合わせた読んだ方がいい本になります。

4.第4章:標本を守る・第5章:標本を調べる

第4章:標本を守る

 標本を集める目的はなんでしょうか?それは、いつか必要な時に「使う」ためです。魚なら、液浸標本で化石なら収蔵棚へと収蔵します。それらは、いつか使う事できるようにした状態でです。ただし、標本の保存において注しなければならないのが「整理」「害虫」「収蔵」です。
 「整理」では、標本を集めたはいいもののどれが何か?分からないままでは使うことができません。よって、集めたものを分類ごとに分けて整理する必要があります。ただ、これに人と時間が非常にかかります。学芸員一人でできるものではないため、ボランティアに手伝ってもらうこともあります。そもそも手すら付けられていない資料すらあるほどです。

実際に整理途中の状態
この状態のまま展示されていた

「害虫」は、標本の大敵です。標本が食べられ、壊されれることが少なくないです。よって、湿度や温度を調整し、カビや害虫を侵入・定着させないようにしなければなりません。諸事情あり博物館の収蔵庫へ出入りをしたことがある方から害虫対策について聞いた話があります。虫を見つけたら、ジップロックのような袋に入れ、見つけた場所と種類をノートに記述するようにとの対応をしており、害虫対策に非常に血眼になっていることが分かります。大阪自然史博物館でも

害虫とその対策道具の展示
害虫用のトラップが置かれている所の展示
害虫対策の道具類

 「収蔵」が、標本を守るにおいて一番問題です。標本というものは、集めるものであり、増えることはあっても減ることはありません。収集を続けることで収蔵庫がパンパンになり、何とか詰め込んでいるのが大阪自然史博物館博物館の現実です。収蔵庫の再現展示では、箱の中に納められなく、床に置いてある状態が再現されていました。つまり、標本が収蔵庫に入り切らなくなっているということです。まして、未整理のものも少なくないです。これは、大阪自然史博物館だけの問題ではなく、日本全国の博物館共通の問題です。私もとある歴史博物館の関係者用のフロアに入ったことがあります。そこでは、高度経済成長期のものであろう冷蔵庫と洗濯機が雑に置かれていた光景を目にしたことがあります。その時、「確かに、しっかり収蔵できてないのは問題だが、収蔵しているだけこの博物館は立派だ。」とも付き添いの方は、私に教えてくれました。また、資料を収蔵しきれない関係から、収蔵希望のある資料の中から希少性が高いもののみの受け入れで限定していることも教えてもらったこともあります。とある学芸員の方から、公立の歴史博物館を建設する際、将来の資料の収集に備えて、収蔵庫をできれだけ大きくして建設できるようにすることに非常に苦心したことを教えてくれました。博物館の資料を如何に収集し、保存していくのか、実際に働く学芸員こそ、その声を挙げていることが私には肌身に染みました。

展示されていた収蔵庫の状態

第5章:標本を調べる

 ここでは、「標本」から実際に何が調べられたのかについて紹介されました。そもそも標本は、学芸員がコレクションするお宝ではありません。収集したものを調べてこそ標本の役割があります。
 まず、採取した標本に名前を付けることが標本の一つの役割になります。採取された標本が、これまで見つかっていなかったものの場合もあります。つまり、採取した標本をもとに新種として記載するということです。新種記載されたその標本が、その生き物であるという基準になるということです。新種の記載というのは、その証拠である標本とセットになることで初めて実現することとなります。大阪自然史博物館も新種として記載された標本を保管している施設であり、ただただ何でもかんでも標本にして集めてきているわけではないということです。

今回展示されていた種の基準となる標本を展示
ここでは主にホロタイプとシンシンタイプを展示
個人的には、サキシマヒラタのホロタイプを見ることになるとは思いもしなかったです…
まさか、大阪自然史博物館に収蔵されていたとは…

*新種記載についてはこちらの記事で基本的なことを記述しました。気になった方は、こちらをご覧ください。

 収集した標本の使い方の一つに「比較」があります。今、集めている最中の標本、過去に集めた標本を比較することで、形態的にどのような変化があるのか、現在生息している生物相や環境が年月を経るごとにどのように変化したのかを見るためです。けいはんな記念公園の昆虫標本では、関西の都市近郊に生息する昆虫が一通り分かるものになるため、将来、環境が変わった時に比較するための基礎資料にする狙いがあって集めています。

けいはんな記念公園の昆虫標本

 比較する対象は、近年だけでなく、人類史「以前」の時代も入ります。ここでは、古環境の復元について展示されていました。展示されていたのは、植物の化石や貝の化石が中心です。植物の場合、温かい気候に生息するものか、または、寒い気候に生息するものか、それを見ることで当時の気候がどうだったのかをしる手がかりの一つになります。その上、植物の化石を調べるということは、生物の移り変わりについても調べることにもなります。そして、現生の植物がいつから日本にいるようになったのか、どのようなルートで日本へやってきたのかを調べることができます。その上、現在の日本では生息していない種も少なくありません。よって、絶滅種の変遷を調べるということも化石からできるということです。

出土した植物化石①
出土し植物化石②

 貝の化石からは、その土地がどのような環境だったのか?を知ることのてがかりになります。ここでは、大阪平野、堺筋本町駅から出土した貝の化石が展示されていました。年代としては、縄文時代後期頃、およそ6000~5000年前ごろとされています。貝を見ることで分かることは、まず、そこが海だったのか、川だったのかということです。次に海だったとしても浅瀬だったのか?深場だったのだか?そして、底が砂質なのか泥質なのか、さらに種類によっては、温暖な所に生息するのか寒冷な所に生息するのかを貝を見ることで分かります。本展時の貝の化石は、年代的に現代に近かったこともあり、現生のものが多かったです。縄文時代の貝類ですが、生物相がどうなっているのか?それが分かることも大事な事になります。

貝化石の地層
実際に出土した貝化石
上真ん中のアカニシは、食卓にも並ぶことのある貝
貝化石の調査はどうつながるのかを図にしました。

*この時期の大阪の環境はどのようになっていたのでしょうか?実は、時期によって変化していました。どのように変化したのか、その変化は、貝の変化を見ることで読み取ることができます。その詳細をこちらで書いたので、詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。

5.第6章みんなに見せる・7章:博物館をとびだして・じゆうけんきゅう

・第6章みんなに見せる、第7章:博物館をとびだして

 収集した標本を調べて比較することが、研究のためには必須になりますが、収集した標本は、学芸員と研究員だけが使用できるものではありません。つまり、私達市民にも標本から得られた成果が還元されなければなりません。そのあり方の一つに標本を基にした研究から何が分かったのかを発表し、集めたものを展示して公表しなければならないということです。
 まず、博物館で見せるものは、復元された骨格や剥製になります。私達が、博物館へ行った時に見れるものの多くが、クジラの全身骨格であったり、飛んでいたり戦っている様子などを生きているかのように再現された鳥や動物の剥製を目にすることは少なくないと思います。ただし、研究用で使用される標本は、私達が目にするような全身がキレイに復元・再現された標本ばかりではありません。いわゆる「仮剥製」と言われるものが中心です。つまり、生きているような状態を復元したものではない剥製であり、バラバラにしたもの、毛皮だけになったものになります。研究用の仮剥製は、再現することが面倒くさくて適当に扱っているわけではなく、収集しやすくし研究に使用しやすくするためにあえて完成形にしていないということです。

下が仮剥製
上の復元標本が展示用
ウミガメの仮剥製
体の部位ごとに分けている

 私たちに見せる標本は、本物ばかりとは限りません。「レプリカ」「復元」があります。当然、本物を展示して見れることがいいです。しかし、標本が決して展示に向いているものとは限らない上、状態によっては壊れやすい、出しにくいものもあるため、そのようなものをあえてレプリカで展示することも少なくありません。古生物の場合では、化石だけを見せても実際に生きていた姿や環境が分かる人はまずいませんし、想像することも難しいです。現生の生物などと比較することで当時はどのように生きていたのか、どういう姿をしていたのかを復元して展示します。その復元は、絵で再現することやレプリカにすることもあります。

レプリカの展示

 また、復元そのものも「変化」することがあります。その主な原因は、「研究の進展」です。ここの展示では、スピノサウルスの模型が3点展示されていました。2足方向から水中へ適応した姿へと変わっていたことがわかるようになっていました。ただし、この復元で間違えてはいけないのが、昔の復元は、間違っていたから役に立たないという意味ではないということです。大阪自然史博物館の常設展示においてもあえて古い復元展示が残されている所も少なくありません。アロサウルスがゴジラスタイルのまま展示されており、今後、現在のスタイルへと復元展示を追加する方針となており、ゴジラスタイルの復元展示も残す方針となっております。また、デスモスチルスも2点の復元展示されています。かつてはカバのように四肢が真っすぐになっていたと思われていたのですが、ここでは、研究の変遷から、爬虫類のような横に飛び出るスタイルに復元されました。ただし、現在の研究では、陸上よりも水中での生活に適応していたと考えられ、ジュゴンやマナティーのような姿であったとされています。あえて、過去の復元を残すことで、研究そのものがどのように変化したのかを辿ることができるため、非常に大事なものであるということです。

スピノサウルスの復元の変遷
アロサウルスの復元
ゴジラスタイル
デスモスチルスの復元
左から右へと新しくなる

*アロサウルスの復元についてはこちらをご覧ください。

 学芸員が、標本を収集、整理し、調べて分かったことを公表・発表する一番目立つものは、「論文」「文献」として出版することです。学芸員やその関係者だけでその成果を独占するのではなく、その成果を文章にして世の中へ公表するということです。一度出して終わりではなく、紙媒体で保存することとデータベースで誰でも見れるようにするなどと公表の仕方に工夫があります。

実際に大阪自然史博物館が刊行した論文や文献
大阪自然史博物館から出版された書籍、私の私物
先ほどの貝や植物から日本の気候がどう変動してきたのか、それを1冊の本にしたもの
過去の企画展示を本にしたものです。

*このような活動を行っているのが、京都大学淡水生物研究会です。彼らも論文の執筆を行っているので、気になった方は、こちらをご覧ください。

 第7章の博物館をとびだしてでは、博物館の活動が、決して館内だけはなく館外での活動も行っていることを紹介するものです。屋外での活動、市民と協力した調査を行うことも少なくありません。ここで行われている館外調査のどれかが、今後の企画展での展示になる、または、論文として報告されることになると思われます。個人的には、大和川水系の10年単位での調査結果がどのように報告されるのかが非常に楽しみです。

現在、進行中の館外調査

じゆうけんきゅう

 ここでは、ジュニアの自由研究・標本ギャラリーが展示されていました。近畿地方に在籍する小学生から高校生達による研究が展示されていました。どの研究も非常に内容が濃かったです。研究の紹介だけではなく、学芸員からコメントもあり、どの着眼点が面白かったのか、今後の研究において何をすべきかなどが詳細に書かれていました。
*研究の詳細はあえてぼかしている所があります。

じゆうけんきゅうの展示
とある方の研究成果のファイル
この分厚さが研究の熱量を語ります。

 このじゆうけんきゅうで私が注目した研究は、「X川系の魚」と「都市と植物」です。「X川系の魚」は、大阪に生息するある普通種とその別種についてです。両者は形態的にも違いがありますが、大きな違いは「生息地」です。その普通種は中流中心になるのに対し、もう一つの別種は上流中心です。ただ、両者の生息地は被ることもあります。大阪での両者の関係性を調べたもので、私はそれを見て非常に驚かされました。何かきっかけがあれば企画展示にも使用したいと言われるほどのものです。「都市と植物」では、都市環境に生息する植物が形態的に変動していることとそれが、遺伝的にも違いがあることが別の研究で明らかになっています。その分布状況が、大阪ではどのようになっているのか?を調べたものになります。都市という環境の創出が、生物の進化を引き起こすものであるということが分かり、非常に面白かったです。大阪ではどうなのか?その最前線を知ることができました。
 とある方の哺乳類の研究では、学芸員が全部を読み切るのに何時間もかけ、完成度が非常に高いとも書かれていました。このじゆうけんきゅうは、私も一部しか読むことができきませんでした。1本を読むのに気づけば三十分かかっていたということも少なくなかったです。

*都市と植物に関しては、下記のリンク先がその内容との密接性が非常に強いです。

6.まとめ

 以上が、学芸員のおしごとについての内容になります。学芸員が何をしているのか?それは、「調査研究」になりますが、調査研究をするには「標本」の存在がなくてはなりません。よって、本展示では「標本」を軸にしてわかる内容になっていたと思います。それ故、今回の規格展示では、導線の作り方が非常に上手くできていると気付かされました。まず、標本を集めることからこの展示は始まります。収集した標本を整理、保存、調査、展示・発表という流れになっており、収集した標本がどうなるのか?どう研究で活用されるのかが、展示を進むごとに分かるように設計されていたということです。つまり、標本の活用が展示の流れと一致していたということです。

・何故標本を保存するのか?

 ここでどうしても書きたかったことですが、何故、標本を収集することが大事なのか?ということです。それは、将来の研究で使うためです。つまり、「役に立つため」です。ただし、その役に立つというのは、「今現在」の話ではないです。過去の蓄積、いざ使う必要がある時のためです。実際に、過去に収集した標本が、現在の研究の基礎になることは、決して少なくなく、大阪自然史博物館でも例外ではありません。その代表例として、挙げられるのが、大坂のドジョウの変遷です。過去に集めた標本と現在ある標本を比較して現在の自然がどのようにして変遷したのか、その研究の成果として大阪のドジョウがどのようにして外来系統に置き換わっていったのか、現在はどうなっているのかを調べた研究があります。このような研究は、標本を集め、残し続けたからこそできたものです。また、私がブログを書けるのも学芸員の方々が、標本を収集し、その研究成果を論文や文献として世の中に公表してくれるからでもあります。

このドジョウは、大阪では非常に特別な意味を持つ
詳細が知りたい方は、下記の記事をご覧ください。

*大阪のドジョウの詳細を下記の2つの記事で書いているので、是非、ご覧ください。

 こちらの論文が、大阪のドジョウについて書かれたものです。大阪自然史博物館の学芸員が執筆者です。

*こちらで大阪のドジョウについて私が知っていることとその体験を書いています。是非、ご覧ください。

 過去には、奈良県知事が、博物館が収集した資料を「役に立たない」「無価値」と発言したことが問題視されました。ここまで読んでくださった方々なら、酷い発言と感じることが多いと思います。収蔵の問題がある上、研究に使われるのがいつになるのか分からないことは確かにあります。しかし、研究というものは、すぐにできるものなのでしょうか?そんな軽いものではないはずです。まして、歴史ある奈良県知事が、一般庶民の生活・文化の発展の歴史を研究する民俗資料に対して極めて最低な発言だとしか言えません。
 この話は歴史に限った話ではないはずです。科学技術や分析の手法が新たに見つかる・変化することで、新しい発見・知見が生まれることが少なくありません。その時に研究対象として残っていなければ何もできません。だからこそ、資料や標本を残さなければならないということです。

*博物館の収集の問題に関しては、こちらで書いていることがあります。気になった方は、こちらもご覧ください。

 以上になります。ここまで読んで下さりありがとうございます。次回もお楽しみに。

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