倫理資本主義から見た日本の採用慣行――人間を“資本”としてではなく、“人格”として遇するために
はじめに――なぜ「倫理資本主義」なのか
前稿「採用書類中心主義の根本的誤謬」では、日本の採用慣行がいかに
* 非科学的であり
* 非人間的であり
* 憲法13条および国際人権基準に反するか
を論じた。
本稿は、その議論をより包括的な経済・社会モデルの中に位置づけ直す試みである。それが、ドイツのボン大学教授・哲学者のマルクス・ガブリエル(1980-)が提唱する「倫理資本主義(ethical capitalism)」という視座だ。
倫理資本主義とは、
* 利潤の最大化を唯一の目的とせず
* 人間の尊厳・人格・回復可能性・潜在力を前提に
* 経済活動そのものを倫理的に設計し直す思想
である。
この視座に立つとき、日本の採用慣行、とりわけ採用書類中心主義は、単なる「古い慣習」ではなく、倫理資本主義の前提条件を根本から破壊する制度的不正義として姿を現す。
第1章 倫理資本主義の前提――「人間は回収可能な資源ではない」
倫理資本主義が成立するための第一条件は明確である。人間を「交換可能な労働資源」としてではなく、不可逆的な人生を生きる人格的存在として扱うことである。
ところが、日本の採用慣行は逆の前提に立っている。
* 学歴
* 職歴
* 空白期間
* 年齢
* 定型化された自己PR
これらを“ふるい”として用い、「使えそうな人材/使えなさそうな人材」を紙の上で切り分ける。これは、倫理資本主義から見れば、人間を一次選別で廃棄する資源管理思想に他ならない。
倫理資本主義は、
* 人間の回復
* 再構成
* 文脈的理解
* 潜在力の発現
を前提とする。書類だけで人間を判断する慣行は、この前提と原理的に両立しない。
第2章 日本の採用慣行がもたらす「倫理的コスト」
採用書類中心主義は、短期的には
* 採用の効率化
* 責任回避(「書類基準で落とした」)
をもたらすかもしれない。
しかし、倫理資本主義の観点では、それは巨額の倫理的・経済的損失を生んでいる。
(1)潜在力の埋没という損失
* 高度な思考力
* 統合的判断力
* 倫理的感受性
* 回復経験に裏打ちされた洞察
これらは、書類にはほとんど表れない。結果として、日本社会は自らの未来を支えるはずの人材を自ら廃棄する構造を無自覚に採用し続けることとなる。
(2)企業側の倫理劣化
書類で人を切り分ける文化は、
* 現場での人材育成力
* 対話能力
* 観察力
を衰退させる。
倫理資本主義では、企業の競争力とは人を見る力そのものである。採用書類中心主義は、その力を長期的に奪う。
第3章 倫理資本主義における「採用」とは何か
倫理資本主義における採用とは、「選別」ではなく、出会いと発見のプロセスである。重要なのは次の問いだ。
* この人は、どのような文脈を生きてきたのか
* どのような困難を、どう通過してきたのか
* どのような倫理的判断を積み重ねてきたのか
* この人が能力を発揮する条件は何か
これらは、対話・観察・試行的協働・段階的評価によってしか見えてこない。既に諸外国では、
* ワークサンプル
* 実地協働
* プロジェクトベース評価
* AIによる非線形的分析
などが導入されている。
筆者も、採用現場でAIを導入する意義について、「省力化」ではなく、「潜在能力の可視化手段」の可能性として、以前の論考で論じている。
「履歴書では測れない能力を、AIはどこまで見抜けるのか?」
「偏見と採用の構造的問題」
「就労支援は「人間の能力」を見ているか」
「採用・就労支援の構造的問題と“総合的理解”の欠落」(第4章では、筆者の多面的能力に言及している)
採用の代替手段は既に存在する。従って、採用書類中心主義が残っているのは、技術的理由ではなく、制度的・倫理的怠慢である。
第4章 憲法13条と倫理資本主義の接点
日本国憲法13条はこう定める。
すべて国民は、個人として尊重される。
ガブリエルの祖国ドイツの基本法1条では、同じ精神がこのように表現されている。
人間の尊厳は不可侵である。これを尊重し、および保護することは、すべての国家権力の義務である。
倫理資本主義は、こうした人間の尊厳を謳った憲法条文を経済領域にまで拡張適用する試みである。
採用とは、
*人生への介入
*生活基盤への影響
*尊厳の承認/否認
を伴う行為だ。
それを
* 書類一枚
* 数分のスクリーニング
* バイアスに無自覚な面接官
という条件下で行うことは、憲法13条の精神と正面から衝突する。従って、倫理資本主義は、「憲法を理念として尊重する」だけでなく、実務に実装することを要求する。
結論――倫理資本主義は「未来を失わないための条件」である
日本の採用慣行が変わらない限り、
* 高度な潜在力を持つ人は埋もれる
* 企業は自ら成長の芽を摘みとる
* 社会は倫理的に痩せ細っていく
倫理資本主義は理想論ではない。それは、未来を失わないための最低条件である。採用書類中心主義をやめることは、人に優しくなることではない。社会と企業が、生き延びるための合理的選択なのだ。
※本稿の主題とは少し異なるが、倫理資本主義をメディア企業が導入した場合のメリットについて、以下の論考で考察している。倫理資本主義の導入により、メディア企業は、危機管理コストの低減、人材の確保、倫理的企業文化の定着というメリットがあるのに加え、国際的評価の向上とグローバル展開にも好影響をもたらし得る。
※以下のマガジンに関連する主題の記事があります。
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