🎞️『欠席裁判の午後』
放課後の教室。
西日が長く伸び、埃が金色のダンスを踊る午後、
いつもの「裁判」が始まった。
標的は、今日風邪で休んだ佐伯だ。
「さあ、本日の被告人は欠席。罪状を並べようじゃないか」
リーダー格の野本が、
佐伯の空席にどっかと座り、
ニヤニヤしながら宣言する。
これがこのグループの暇つぶし、**『欠席裁判』**だ。
ルールは簡単。
休んだ人間の「ありもしない罪」を捏造し、
もっともらしい物語に仕立て上げる。
「佐伯の罪か……あいつ、
実は昨日、図書室の裏で野良猫の首を絞めてたってのはどう?」
「いいね、サイコパスっぽくて。
じゃあ俺は、その猫の血で自分の腕に呪いの紋章を書いてたって
付け加えるわ」
「うわ、キモ! じゃあ、
その呪いのせいで明日、あいつの右腕は腐って動かなくなるな」
口々に投げかけられる悪意。
笑い声が教室に反響する。
彼らにとって、それは単なる言葉遊びであり、
休んだ友人へのちょっとした意地悪に過ぎなかった。
「判決。佐伯は『猫殺しの呪い』により、明日、右腕を失う」
野本が教壇をパンと叩き、裁判は閉廷した。
翌朝:異変
翌日、佐伯は登校してきた。
昨日までの熱が嘘のように引いたという彼は、どこか顔色が悪い。
「おはよう、佐伯。……どうしたんだよ、その腕」
野本が冗談めかして声をかけた瞬間、凍りついた。
佐伯の右腕は、厚い包帯でぐるぐる巻きにされ、
首から吊るされていたのだ。
「ああ、これ……? 自分でもよく分からないんだ。
朝起きたら、急に右腕の感覚がなくて。
鏡を見たら、どす黒く変色して、嫌な臭いがして……」
佐伯が力なく笑う。
その袖口からは、昨日彼らが空想した通り、
腐敗したような異臭が漂っていた。
暴走する現実
ざわつく胸騒ぎを抑え、野本たちは昼休みに再び集まった。
「なあ、偶然だよな?」
「当たり前だろ。でも……もし、
俺たちの言ったことが本当になるとしたら?」
恐怖よりも先に、歪んだ好奇心が勝った。
彼らはその日の午後、また別の「罪」を捏造した。
今度は、クラスの担任である高木先生が標的だ。
罪状: 高木先生は、実は隠れてギャンブルに溺れ、借金で首が回らなくなっている。
判決: 今日、学校に借金取りが怒鳴り込んできて、先生は連れ去られる。
放課後。
校門の前に黒塗りの車が止まった。
中から出てきた強面の男たちが、職員室へ向かう。
数分後、顔を真っ青にした高木先生が、男たちに両脇を抱えられ、
引きずられるように車に押し込まれていくのを、
彼らは教室の窓から目撃した。
最後の裁判
「次は誰にする?」
野本の声は、もはや震えていなかった。
万能感。
言葉が世界を書き換える快感。
だが、仲間たちの目は怯えていた。
「もうやめようぜ。これ、洒落になってないって」
「そうだよ。次は自分たちの番かもしれない……」
「……あ?」
野本の目が冷たく光る。
その日の放課後、野本以外のメンバーは全員、逃げるように帰宅した。
教室に一人残った野本は、誰もいない机を囲む。
そこに座っているのは、自分以外の「裏切り者」たちだ。
「欠席裁判を始めよう。今日の被告人は、俺を置いて帰ったお前ら全員だ」
野本は狂ったように笑いながら、ノートにペンを走らせる。
罪状: 友人を裏切り、一人だけ助かろうとした罪。
判決: 帰宅途中、全員が『ありえない事故』に遭って、言葉を失う。
ペンを置いた瞬間。
野本の背後で、ガタリ、と机が鳴った。
振り返ると、そこには佐伯が立っていた。
右腕を吊るした包帯からは、赤黒い液体が滴り落ちている。
「野本。君、一人で何してるの?」
「佐伯……お前、帰ったんじゃ……」
「終わったよ。僕の右腕、もう完全に腐り落ちちゃった。
君たちがそう決めたからね」
佐伯の影が、西日に照らされて不自然に長く伸びる。
その影は、野本の足元にまで達していた。
「でも、一つ忘れてない?
『欠席裁判』は、その場にいない人間を裁く遊びだよね」
佐伯が、腐った右腕をゆっくりと持ち上げる。
包帯がほどけ、中から現れたのは、肉の削げ落ちた、
黒い骨のような指先だった。
「今、この教室に『いない』のは、誰かな?」
野本は気づいた。
自分が夢中でノートを書いていた間、教室の扉は開いていた。
そして今、
自分たちのグループの他のメンバーは、もう校内にはいない。
だが、野本自身もまた、彼らの視点から見れば
「その場にいない(欠席している)」存在なのだ。
「君の書いた判決、書き換えといたよ」
佐伯が指差したノートには、野本の筆跡ではない文字で、
こう追記されていた。
追記: 裁判長である野本は、自ら下したすべての呪いを、自分一人で引き受ける。
野本の喉が、ひゅっと鳴った。
声が出ない。
全身の肌が、急速に冷たく、どす黒く変色し始めた。
夕暮れの教室に、
判決を告げる木槌の音のような、
乾いた笑い声だけが響いていた。
💗柊紅葉💗

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