データ活用より、人の性分を見た方がいいのではないか。
人事でも、データ活用という言葉をよく聞くようになった。
離職率を見る。
エンゲージメントを見る。
残業時間を見る。
評価分布を見る。
採用歩留まりを見る。
面談実施率を見る。
サーベイ結果を見る。
もちろん、大事である。
数字で見ることで、初めて気づけることがある。
感覚だけでは見落とす偏りがある。
声の大きい人の意見だけで、組織を判断してはいけない。
だから、データ活用は必要である。
でも、最近少し思う。
データを見る前に、人の性分を見た方がいいのではないか。
人は、そんなにきれいに働いていない。
人は、合理的に動いていない。
人は、正しい制度があれば正しく振る舞うわけではない。
人は、都合よく解釈する。
面倒なことを避ける。
傷つきたくない。
承認されたい。
責任を取りたくない。
でも、必要とされたい。
自由でいたい。
でも、見捨てられたくない。
この人間臭さを見ないままデータを見ると、数字はきれいに見えて、現実は見えなくなる。
データは、現実を見せる。
データは強い。
人の感覚よりも冷静である。
誰がどれだけ残業しているか。
どの部署で離職が多いか。
どの属性で評価が偏っているか。
どの採用チャネルの歩留まりが悪いか。
どの管理職のチームでサーベイスコアが落ちているか。
こうしたものは、数字で見ないと分からないことがある。
データは、人間の思い込みを壊してくれる。
「うちは大丈夫だと思っていた」が、実は大丈夫ではなかったと分かる。
「あの部署だけの問題だと思っていた」が、実は組織全体の傾向だったと分かる。
「最近の若手は」と言っていたものが、実は特定の上司の下でだけ起きていたと分かる。
だから、データを見ることは必要である。
問題は、データを見ることではない。
データを見た後に、人を見なくなることである。
人は、数字に出る前に崩れている。
離職率が上がった時、もうかなり遅い。
休職者が増えた時、もうかなり進んでいる。
サーベイスコアが落ちた時、すでに職場の空気は変わっている。
人は、数字になる前に崩れている。
質問が減る。
雑談が消える。
返信が短くなる。
会議で発言しなくなる。
「大丈夫です」が増える。
小さな相談が来なくなる。
上司を避けるようになる。
人事への相談が、事後報告になる。
これらは、まだデータになりにくい。
でも、現場では起きている。
本当に見るべきものは、数字の手前にある。
人が何を言わなくなったのか。
何を聞かなくなったのか。
何を諦めたのか。
誰の前でだけ黙るのか。
どの話題になると声が硬くなるのか。
データは結果を見せる。
人の性分は、その結果が生まれる前の揺れを見せる。
人は、合理ではなく保身で動くことがある。
組織の問題を考える時、私たちはつい合理的に考えたくなる。
なぜ報告しないのか。
なぜ相談しないのか。
なぜ制度を使わないのか。
なぜ本音を言わないのか。
なぜ挑戦しないのか。
でも、現実の人間は、合理だけでは動かない。
かなりの場面で、人は保身で動く。
怒られたくない。
無能だと思われたくない。
面倒な人だと思われたくない。
波風を立てたくない。
損をしたくない。
傷つきたくない。
責任を背負いたくない。
どうせ変わらないと思っている。
これは、弱さである。
同時に、人間らしさでもある。
だから人事や管理職は、制度を作るだけでは足りない。
正しい説明をするだけでも足りない。
人がどこで身を守ろうとしているのかを見なければならない。
人は、制度に従う前に、自分を守る。
この順番を間違えると、データ活用は現場を読み違える。
人は、きれいな理念より、見られているものに従う。
会社はよく、挑戦を大事にすると言う。
成長を大事にすると言う。
自律を大事にすると言う。
心理的安全性を大事にすると言う。
でも、人は言葉ではなく、見られているものに従う。
失敗した人が責められているなら、挑戦はしない。
本音を言った人が面倒扱いされるなら、黙る。
早く帰る人が冷たく見られるなら、残る。
相談した人が評価を下げられるなら、隠す。
上司の顔色を読む人が得をするなら、迎合する。
人は、理念よりも、処遇の空気を読む。
人は、制度よりも、実際に誰が報われているかを見る。
人は、言葉よりも、何をした人が生き残っているかを見る。
ここに人の性分がある。
だから、組織を見る時は、理念の文言だけを見てはいけない。
制度の有無だけを見てもいけない。
誰が得をしているのか。
誰が黙っているのか。
誰が疲れているのか。
誰が見えない仕事を抱えているのか。
誰が評価され、誰が消耗しているのか。
人の性は、制度の隙間に出る。
データ活用が危うくなる時。
データ活用が危うくなるのは、数字を見た瞬間に、分かった気になる時である。
エンゲージメントが低い。
だから施策を打とう。
離職率が高い。
だから面談を増やそう。
残業時間が多い。
だから削減しよう。
採用歩留まりが悪い。
だから候補者体験を改善しよう。
もちろん、それ自体は間違っていない。
ただ、そこに人間理解がないと、施策は薄くなる。
エンゲージメントが低いのは、やる気がないからなのか。
報われない経験が蓄積しているからなのか。
期待しても無駄だと学習したからなのか。
上司に本音を言っても変わらないと知っているからなのか。
離職率が高いのは、待遇だけの問題なのか。
仕事の意味が見えないからなのか。
成長実感がないからなのか。
管理職に憧れられないからなのか。
ここにいる未来が見えないからなのか。
残業時間が多いのは、仕事量だけの問題なのか。
断れない文化なのか。
優先順位を決められない組織なのか。
できる人に仕事が集まる構造なのか。
頑張っているふりをしないと不安な職場なのか。
数字は入口である。
答えではない。
人の性分を見るとは、冷笑することではない。
人の性分を見ると言うと、少し冷たく聞こえるかもしれない。
人間なんてそんなものだ、と突き放すようにも聞こえる。
でも、そうではない。
人の性分を見るとは、人を馬鹿にすることではない。
人を諦めることでもない。
人を操作することでもない。
むしろ逆である。
人は弱い。
でも、意味があれば動く。
人は保身する。
でも、安心があれば話す。
人は面倒を避ける。
でも、大事なことだと分かれば向き合う。
人は責任から逃げる。
でも、信頼されれば引き受ける。
人は都合よく解釈する。
でも、誠実に向き合う場があれば変われる。
人の性分を見るとは、この矛盾を見ることである。
きれいな人間観でもない。
冷笑的な人間観でもない。
弱さと可能性を、同時に見る。
保身と希望を、同時に見る。
怠惰と誠実さを、同時に見る。
この両方を見ないと、人事は人を扱えない。
人事に必要なのは、データ分析だけではない。
人事に必要なのは、データ分析だけではない。
人間観である。
人は、何に動かされるのか。
何に傷つくのか。
何を恐れるのか。
何を守ろうとするのか。
何に憧れるのか。
何を失うと諦めるのか。
何があればもう一度立ち上がるのか。
この問いがないままデータを見ると、人は管理対象になる。
離職率を下げる。
エンゲージメントを上げる。
残業時間を削る。
面談実施率を上げる。
研修受講率を上げる。
数字は改善するかもしれない。
でも、人が働ける条件は整わないかもしれない。
人事・組織実務思想で大事にしたいのは、ここである。
人は、見えている世界の中でしか選べない。
人は、感じている安全の範囲でしか話せない。
人は、信じられる未来の範囲でしか努力できない。
人は、報われると思える行動しか続けられない。
だから、人事は数字を見るだけでは足りない。
その数字の奥にある、認知地形を見なければならない。
データは、人の性分を見るために使う。
では、データは不要なのか。
まったく違う。
データは、人の性分を見るために使う。
離職率を見るなら、誰が辞めたかだけではなく、どの期待が失われたのかを見る。
残業時間を見るなら、誰が働きすぎているかだけではなく、何を断れない組織なのかを見る。
評価分布を見るなら、誰が高いかだけではなく、会社が何を見て、何を見ていないのかを見る。
面談実施率を見るなら、何回やったかだけではなく、何が話されていないのかを見る。
エンゲージメントを見るなら、点数だけではなく、何が信じられなくなっているのかを見る。
採用歩留まりを見るなら、どこで落ちたかだけではなく、候補者がどこで未来を想像できなくなったのかを見る。
データは、人を削るための道具ではない。
人を理解するための入口である。
数字を見て、問いを立てる。
問いを立てて、人の性分を読む。
人の性分を読んで、働ける条件を編み直す。
この順番が必要である。
明日から見る場所。
明日から、データを見る時に、一つだけ問いを足したい。
この数字の奥に、どんな人の性分があるのか。
怠惰か。
保身か。
不安か。
承認欲求か。
諦めか。
怒りか。
希望の喪失か。
意味への渇望か。
この問いを足すだけで、データの見え方は変わる。
データは、数字の話ではない。
人間の話である。
人事が見るべきものは、数字の推移だけではない。
その奥で、人が何を守り、何を諦め、何に期待し、何から逃げているのかである。
データ活用より、人の性分を見た方がいいのではないか。
正確には、こう言いたい。
人の性分を見ないデータ活用は、人を見ているようで見ていない。
根拠・確認メモ
本稿は、人事データ活用を否定するものではない。
データは、現象を見えるようにする重要な手段である。
ただし、データだけで人や組織を理解したつもりになると、保身、不安、承認欲求、諦め、責任回避、期待の喪失といった人間の性分を見落とす。
人事・組織実務思想では、人は見えている世界の中でしか選べないと捉える。
本稿では、データを「人の性分がどこに現れているかを読む入口」として位置づけた。
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