人事制度|制度テーマ研究|等級:等級制度は、誰が役割を決めるか
組織図が変わり、担当範囲が広がったのに、等級は前年のまま残る。
逆に、肩書は同じなのに、拠点規模や意思決定の重さが変わり、本人から「何が変われば次の等級になるのか」と聞かれる。
人事は等級定義を作り、管理職は日々の仕事を見ている。
それでも、役割の変化を誰が捉え、誰が格付けを判断し、いつ処遇へ反映するのかが曖昧だと、等級制度は少しずつ実態から離れていく。
等級制度の難しさは、良い等級表を作ることだけではない。
仕事の変化を見つけ、役割を捉え、等級・処遇・本人への説明へつなぐ「運用線」を持てるか。
今回は、「誰が役割を決めるのか」という問いから、等級制度の運用を考えてみたい。
このテーマの要点
等級制度には、いくつかの考え方がある。
職務等級では、一般に職務そのものの価値や大きさを基準に格付けする。
役割等級では、組織の中で担う責任や期待される役割の大きさを基準に置く設計が多い。
職能資格制度では、本人が保有し、発揮する職務遂行能力を基準とする。
実際の企業制度は、この三つにきれいに分かれるわけではない。
管理職には職務・役割を強く求めながら、一般社員には能力形成の要素を残すなど、対象層や育成段階によって複数の考え方を組み合わせる会社もある。
だから、重要なのは「職務等級か、役割等級か」という名称だけではない。
実際の仕事が変わったとき、制度がどう動くのか。
組織再編で担当範囲が広がった。
部下が増えた。
決裁権限が変わった。
重要なプロジェクトを任された。
逆に、ポストがなくなり、責任範囲が小さくなった。
こうした変化を、誰が「等級を見直すべき変化」と捉えるのか。
そこから等級制度の運用が始まる。
「役割の格付け」と「人の評価」は分けて考える
等級制度を考えるとき、混ざりやすい二つの判断がある。
一つは、
その仕事・役割を、どの等級に位置付けるか。
もう一つは、
その人が、その役割をどの程度担えているか。
似ているようで、同じではない。
たとえば、ある課長ポストを上位等級に位置付けるのであれば、そのポストについて、
どの程度の意思決定を求めるのか
どこまで責任を負うのか
どの程度の組織や事業へ影響するのか
どのような専門性や判断が必要なのか
を見る。
これは、役割そのものを格付けする判断である。
一方、
期待された成果を出したか
求められる行動を発揮したか
役割を安定して遂行できているか
今後何を伸ばす必要があるか
を見るのは、人に対する評価である。
ここを曖昧にすると、
「成果が良かったから等級が上がるのか」
「上位の仕事を任されたから等級が上がるのか」
「能力が高まったから上がるのか」
という境界が分からなくなる。
もちろん、どの要素を昇格要件へ入れるかは会社によって違う。
大切なのは、自社では何が変われば等級が変わるのかを説明できることだ。
「誰が決めるか」ではなく、「誰が何を決めるか」
では、役割を決めるのは誰なのか。
人事なのか。
上司なのか。
部門長なのか。
経営なのか。
私は、この問いを一人の役職名で答えようとすると、制度運用が難しくなると考えている。
必要なのは、
「誰が決めるか」ではなく、「誰が何を決めるか」を分けることである。
たとえば、次のように考えられる。
現場
実際の仕事がどう変わったのかを捉える。
担当範囲、組織規模、意思決定、顧客、プロジェクト、専門性など、仕事の事実を最も近くで見ているのは現場である。
人事
その仕事の変化を等級基準と照合し、他部門との整合を見る。
営業部門だけでは合理的に見える格付けでも、管理部門や技術部門と並べたときに同じ等級として説明できるとは限らない。
全社のものさしを維持する役割が必要になる。
権限者
最終的な格付けや任用を決定する。
会社によって、人事責任者、部門責任者、経営会議、等級審査会など、その形は異なるだろう。
重要なのは名称ではない。
起案・確認・比較・決定の役割を曖昧にしないことである。
等級制度には「運用線」が必要になる
実務では、役割変更から処遇変更までが一つの判断で完結するわけではない。
たとえば、
組織・仕事の変化
↓
役割変更の認識
↓
仕事・役割の確認
↓
等級基準との照合
↓
他部門との比較
↓
格付け・任用の決定
↓
必要に応じた処遇反映
↓
本人への説明
という流れがある。
これを、ここでは**「運用線」**と呼びたい。
制度が機能しなくなるのは、このどこかが切れたときである。
管理職は仕事が変わったことを知っている。
しかし、人事へ届いていない。
人事は情報を受け取った。
しかし、誰が格付けを決めるか分からない。
格付けは変わった。
しかし、賃金規程との接続が整理されていない。
処遇は変わった。
しかし、本人へ理由を説明できない。
一つひとつは小さな問題でも、積み重なると社員から見た等級制度は、
「なぜこの等級なのか分からない制度」になる。
法的・制度的に確認したいこと
ここでは、一つ重要な切り分けがある。
等級が変わることと、賃金が変わることは同じ問題ではない。
等級を配置や育成上の区分として使い、基本給への影響を限定している会社もある。
一方、職務・役割の変更に応じて基本給や役割給を動かす制度では、降格・降級やポスト変更が賃金減額につながる場合がある。
その場合、
「役割が小さくなったから、当然に賃金も下げられる」
と単純には整理できない。
まず、就業規則、賃金規程、等級・任用規程、個別の労働契約などに、どのような根拠と手続が置かれているかを確認する必要がある。
労働契約法では、労働者と使用者の合意による労働条件変更を基本としつつ、就業規則変更による労働条件の変更についても一定のルールを置いている。
就業規則の変更によって不利益な変更を行う場合には、労働者が受ける不利益の程度、変更の必要性、変更後の内容の相当性、労使交渉の状況などを含め、その合理性が問題となる。
したがって、減額を伴う可能性がある場合は、
変更前後の職務・役割
等級変更の規程上の根拠
賃金のどの部分が変わるのか
変更理由
経過措置の有無
本人への説明
判断や協議の記録
を整理しておきたい。
「役割が変わったから処遇も変えられる」と一般論だけで判断しない。
等級制度上の判断と、労働条件変更としての判断は、分けて確認する必要がある。
企業事例から見えること
ENEOS
内閣官房・経済産業省の「ジョブ型人事指針」では、ENEOSの人事制度事例が紹介されている。
公表資料では、管理職について職務・職責の変化に応じて等級や報酬を動かす仕組みや、非管理職について職能的な考え方を基礎としつつ役割グレードを組み合わせる運用が紹介されている。
また、役割グレードから外れることによる処遇低下について、調整給を設けるなどの対応も行われていた。
ここで重要なのは、単に「役割に応じて等級を変える」という点だけではない。
役割変更の結果として起こる処遇への影響まで、制度として考えていることである。
役割基準を強めるほど、上がる場面だけではなく、役割が小さくなったときの扱いも制度上の論点になる。
なお、公表資料は公表時点の事例であり、その後の制度改定を含む現在の詳細運用が同一であることを意味するものではない。
シスメックス
シスメックスの事例は、今回のテーマを考えるうえで分かりやすい。
同社では、役割や職務内容を基準として職務等級を決めている。
同じ「部長」という役職であっても、組織規模や責任の大きさなどによってジョブグレードが異なり得る。
つまり、
肩書が同じだから同じ等級
ではない。
実際の仕事や役割の大きさを見る。
さらに、職務評価を定期的に見直し、組織変更などによる仕事の変化を職務等級へ反映する仕組みも置かれている。
一方、一般社員層の下位グレードでは能力・スキルの伸長要素を残している。
職務の大きさを比較する仕組みと、育成途中の社員に成長の道筋を示す仕組みを、一つの尺度へ無理に押し込めていない。
ここから見えるのは、
等級表を作るだけではなく、仕事の変化を定期的に拾い直す仕組みが必要になる
ということだ。
第一三共
第一三共では、評価・等級・報酬の各制度を段階的に改定し、等級については職務・職責の大きさを軸とする体系へ移行している。
職務変更によって昇級だけでなく降級が生じることも想定され、報酬が下がる場合の緩和策も講じられている。
さらに注目したいのが、制度導入までのプロセスである。
同社は、新制度について労働組合と公式・非公式を含めて数十回の協議を行ったとしている。
等級制度を変えることは、単に人事が格付け基準を書き換えることではない。
役割、評価、報酬、本人への説明をどう接続するかを、運用として作ることでもある。
企業事例をそのまま真似する必要はない
三社の制度は同じではない。
対象社員も、格付け基準も、報酬への反映方法も違う。
したがって、
「シスメックス型が正しい」
「ENEOS型にすればよい」
と一般化することはできない。
ただし、共通して見えるものはある。
等級表だけで制度を完結させていない。
仕事をどう定義するか。
誰が格付けするか。
いつ見直すか。
処遇へどうつなぐか。
変更をどう説明するか。
そこまで含めて、等級制度として運用している。
制度の違いより、この点の方が重要だと思う。
研究・調査から見えること
JILPTの「企業の賃金決定に関する研究」では、ヒアリング対象15社のうち7社で、現在の仕事内容と格付けされる等級に一定の関係を持たせていたことが報告されている。
一方で、外部労働市場における職務価値だけを格付け基準とする企業は多くなかった。
むしろ、自社の事業運営を踏まえて、ポストや業務内容の序列を設計している企業が確認されている。
ここには重要な示唆がある。
役割等級や職務等級は、
外部にある「正しい等級表」を持ってくれば完成する制度ではない。
自社にとって、
どの仕事が重いのか。
どのポストにどの意思決定を置くのか。
どこまでの責任を担えば一段上なのか。
それを、自社で決める必要がある。
市場データは参考になる。
しかし、格付けの根拠そのものを外部へ委ねることはできない。
人事部の役割は、等級表を作ることだけではない
江夏幾多郎・平野光俊による「社員格付原理としての役割主義の機能要件」では、役割主義的な格付けと、人事部の権限・体制との関係が分析されている。
この研究から、
「すべての格付けを人事部が決めるべきだ」
と結論づけることはできない。
研究対象や時点もあり、個別企業へそのまま当てはめられるものでもない。
それでも一つ考えさせられる。
役割基準の制度を導入しただけで、現場が自然に同じ基準で運用してくれるわけではない。
ある部門では「部下10人」が大きな役割とされる。
別の部門では「全社への専門的影響」が大きな役割とされる。
現場だけで判断すれば、それぞれの部門の中では合理的でも、全社として等級が比較できなくなる可能性がある。
だから、人事には、
制度を作ることだけではなく、
部門をまたいだ格付けの整合を保つ役割
も必要になる。
実務で起きやすい三つの切れ目
1.役割変更の起点がない
組織再編。
欠員者の代行。
担当範囲の拡大。
大規模プロジェクトへの参加。
顧客や事業規模の変化。
実際には仕事が変わっていても、
「これは等級を見直すほどの変化なのか」
を判断する起点が決まっていない会社は少なくない。
結果として、役割定義だけが前年のまま残る。
問題は、年1回しか見直さないことではない。
何が起きたら見直しを検討するのかが決まっていないことである。
2.現場の判断と全社基準がつながらない
現場は、その人がどれだけ大変な仕事をしているかを知っている。
しかし、「大変であること」と「等級が高いこと」は必ずしも同じではない。
一方、人事は等級基準を理解していても、日々の仕事の細部までは分からない。
だから、
現場か、人事か
という二択にしない方がいい。
現場が仕事の事実を出す。
人事が等級基準との照合と横比較を行う。
権限者が最終判断する。
この分担を作った方が、制度は動きやすい。
3.例外が制度の外へ出る
兼務。
期限付きの責任者。
育成目的の上位ポストへの任用。
欠員期間だけの代行。
ポスト廃止後の暫定配置。
実務では、こうしたケースが必ず起きる。
すべてを、
「今回は特殊だから」
として処理していると、少しずつ制度の説明可能性が失われる。
例外をなくす必要はない。
必要なのは、
対象
期間
等級への影響
手当等の処遇
終了時の判断
を決めることである。
例外をなくすのではなく、例外の扱いを決める。
これも等級制度の運用である。
自社では、まず一件だけたどってみる
等級制度に違和感があるからといって、すぐに等級定義書を全面改定する必要はない。
まず、直近半年で役割が大きく変わった社員を一人だけ選んでみる。
そして、その人について、
何が変わったのか。
担当範囲なのか。
部下数なのか。
決裁権限なのか。
事業への影響なのか。
専門性なのか。
次に、
誰がその変化に気づいたのか。
上司か。
部門長か。
人事か。
本人か。
そして、
その情報は、どこへつながったのか。
等級は見直したか。
目標は変えたか。
報酬は変わったか。
本人へ説明したか。
ここを一本の線として追ってみる。
途中で、
「分からない」
「誰も決めていない」
「評価時期まで何もしない」
という場所が出てくれば、そこが運用線の切れ目である。
このテーマから、自社で問うべきこと
自社では、何が起きたら「役割が変わった」と判断するのか。
組織変更、担当範囲、決裁権限、顧客規模、専門性など、何を見ているのか。
役割変更の事実を最初に出すのは誰か。
等級定義との対応を確認するのは誰か。
部門をまたいだ格付けの整合を見るのは誰か。
最終的な格付け権限はどこにあるのか。
判断が割れた場合、誰が再確認するのか。
役割変更と等級変更は、どのタイミングで行うのか。
処遇変更を伴う場合、規程上の根拠と手続を確認しているか。
本人へ「なぜこの等級なのか」を仕事の事実から説明できるか。
一度起きた例外や疑問を、次の運用ルールへ戻しているか。
すべてに完璧な答えがなくてもいい。
最初に必要なのは、等級定義の文章を増やすことではない。
誰が、どの事実を見て、何を判断するのかを明確にすることだ。
等級制度は、社員に番号を付けるための仕組みではない。
仕事が変わったとき、
その変化を見つけ、
役割の大きさを捉え、
必要なら等級や処遇へつなぎ、
本人にも理由を説明する。
その一連の判断を支える仕組みである。
だから、
「誰が役割を決めるのか」への答えは、一人の役職名ではない。
現場が仕事の変化を捉える。
人事が基準との整合を確認する。
権限者が最終的な格付けを決める。
会社によって役割分担は違っていい。
ただし、
誰が何を決めるのかが曖昧なままでは、どれだけ精緻な等級表を作っても制度は動かない。
まずは、自社で最近起きた役割変更を一件だけ選び、
「誰が、いつ、何を根拠に、この役割を決めたのか」
をたどってみたい。
そこに、自社の等級制度が本当に動いているかが表れる。
確認した資料と留意点
内閣官房・経済産業省「ジョブ型人事指針」で、ENEOSにおける職務・職責の変更と等級・報酬、役割グレード、調整給、導入時の労使コミュニケーションを確認した。ここで紹介した内容は公表時点の事例であり、現在の詳細運用や成果を示すものではない。
JILPT「シスメックスのジョブ型人材マネジメント」と、JILPT「第一三共の新人事制度」で、職務・役割の等級、評価・報酬との接続、導入時の説明・協議の公表内容を確認した。社員の個別処遇、評価分布、長期の成果を示す資料ではない。
JILPT「企業の賃金決定に関する研究」と、江夏幾多郎・平野光俊「社員格付原理としての役割主義の機能要件」で、仕事内容と格付けの関係、および役割主義と人事部の体制・権限の関係を確認した。調査・研究の対象や時点には限りがあり、すべての会社に同じ設計を推奨するものではない。
厚生労働省「労働契約法」で、労働条件変更に関する一般的な条文を確認した。等級・報酬変更の有効性は、規程、契約、個別事情、実際の運用に左右されるため、本稿は法的判断を示すものではない。
企業事例は、それぞれ公表された時点で確認できる制度・運用を取り上げたものであり、現在の詳細な制度が公表当時と同一であることを意味しない。
また、企業事例から制度の効果や社員全体の受け止めまで一般化することはできない。
降級・降格・賃金減額などを伴う個別案件については、就業規則、賃金規程、労働契約、実際の職務・役割、変更の経緯などによって法的評価が異なり得る。本稿は個別案件への法的判断を示すものではない。
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