改善提案が出ないのは、社員が気づいていないからではない。提案した人に、後始末まで背負わせていないか。
会議で、管理職が言う。
「気づいたことがあれば、遠慮なく提案してほしい」
「現場からもっと改善案を出してほしい」
社員は、何も言わない。
管理職には、当事者意識が低いように見える。人事は、挑戦する文化が足りないと考え、提案制度や表彰制度を作る。
けれど、社員は本当に気づいていないのだろうか。
以前、非効率な手順を指摘した人がいた。
すると、「そこまで気づいたなら、新しい手順を作って」と言われた。
顧客対応の問題を報告した人は、関係部署への説明役になった。
会議の進め方を変えたいと言った人は、次回から議事進行と資料作成を任された。
提案した人が、調査する。
提案した人が、関係者を説得する。
提案した人が、実行する。
うまくいかなければ、提案した人が説明する。
この経験を一度でも見れば、組織の人は学習する。
気づいても、言わない方が仕事は増えない。
問題を見つけても、見つけなかったことにした方が安全である。
改善提案が出ない組織では、意欲が不足しているのではなく、発言した人だけに負担が集中する仕組みが完成していることがある。
「言った人がやる」は、合理的に見える。
提案者が実行にも関わることは悪くない。
現場を知っている。問題意識もある。自分の案だから、熱量も高い。
管理職にとっても、任せやすい。
「批判だけで終わらせないでほしい」
「案を出すなら、最後まで責任を持ってほしい」
この言葉には、一見すると筋が通っている。
しかし、発見すること、設計すること、決めること、実行することには、それぞれ違う力と権限が必要である。
問題に気づいた人が、予算を持っているとは限らない。
関係部署へ指示できるとは限らない。
通常業務を減らしてもらえるとも限らない。
そこを分けずに「言った人がやる」と返すと、組織は気づきを実行責任へ自動変換する。
提案は、改善の入口ではなく、追加業務への入口になる。
組織は、発言の内容より発言後の出来事から学ぶ。
経営が挑戦を呼びかけても、社員は日々の出来事を見ている。
提案したあと、上司は何をしたか。
問題を持ち込んだ人の仕事は減ったか。
意思決定者は前に出たか。
失敗した時、誰が説明を引き受けたか。
掲げられた言葉より、発言後に起きたことの方が、次の行動を強く決める。
ある人が提案して仕事を抱え込んだ。
別の人がそれを見ていた。
次の会議では、二人とも黙る。
これは、社員が受け身になったのではない。
組織の負担配分を正確に学習した結果である。
だから、提案数を増やすキャンペーンだけでは変わりにくい。
入口を広げても、その先にある負担の集中が変わらなければ、制度を使う人から消耗する。
「提案者課税」が、気づきを沈黙へ変える。
ここで、提案者課税という見方を置きたい。
提案者課税とは、問題や改善可能性を言葉にした人へ、調査、調整、実行、説明の負担が自動的に上乗せされることである。
正式なルールではない。
けれど、繰り返されると強い行動規範になる。
課税が重い組織では、三つのことが起きる。
気づきが、個人の中に留まる。
現場の小さな違和感が共有されない。
大きな問題になるまで、組織は兆候を受け取れない。
発言者が、いつも同じ人になる。
負担を引き受けられる人、上司との関係が強い人、仕事を増やしても何とかできる人だけが提案する。
それを見て、「主体的な人」と「消極的な人」がいるように見える。
実際には、追加負担を引き受けられる条件が違うのかもしれない。
改善が、個人の善意に依存する。
提案者が異動する。疲れる。通常業務が忙しくなる。
その瞬間に、改善活動も止まる。
組織の課題だったはずのものが、一人の熱意の寿命に預けられてしまう。
気づいた人と、引き受ける人を分ける。
提案を受けた管理職が、最初にすべきことは「では、やってみて」ではない。
まず、その提案が何を知らせているかを確認する。
一人の不満なのか。
複数の人が同じ手戻りを経験しているのか。
顧客や安全への影響があるのか。
放置した場合、何が積み上がるのか。
次に、役割を分ける。
問題を見つけた人。
事実を確認する人。
優先順位を決める人。
関係者を動かす人。
試行を実施する人。
結果を検証する人。
同じ人が複数を担ってもよい。
しかし、自動的に全部を担わせない。
特に、優先順位と資源配分は管理職の仕事である。
提案者に「周囲を説得して、時間を作って、結果も出して」と求めるなら、権限と通常業務の調整も一緒に渡す必要がある。
提案を受けた時の返事を変える。
提案者課税は、管理職の最初の一言から始まることが多い。
「いいね。じゃあ、まとめておいて」
「関係部署に聞いてみて」
「次回、具体案を持ってきて」
この返事は、提案を歓迎しているようで、実務をその場で返している。
代わりに、次のように返す。
「気づいた場面を、もう少し聞かせてください」
「これは誰が判断すべき問題か、私が整理します」
「確認に必要な作業を分けましょう。あなたが関われる範囲も確認したいです」
「今の仕事に加えるなら、何を止めるかも一緒に決めます」
この返事なら、気づきを歓迎しながら、実行責任を勝手に押し戻さずに済む。
提案者が実行したい場合も、同じである。
意欲があることと、無制限に負担できることは違う。本人の意思、必要な権限、使える時間、失敗時の支援を確認する。
提案制度を見る前に、提案後の流れを見る。
人事が改善提案制度を設計する時、応募数や採用数だけを見ない。
提案後に、誰へどんな仕事が増えたか。
意思決定まで何日かかったか。
採用されなかった提案に、理由が返ったか。
実行を担った人の通常業務は調整されたか。
一度提案した人が、もう一度提案したか。
最後の問いは、特に重要である。
二度目の提案が出ないなら、最初の提案で何かを学ばせてしまった可能性がある。
負担が重すぎたのか。返事がなかったのか。意思決定者が隠れたのか。成果だけが上司の手柄になったのか。
提案数の少なさは、文化の弱さを示すとは限らない。
提案した後に起きることへの、合理的な評価かもしれない。
明日、提案者へ仕事を返す前に一度止まる。
誰かが問題を指摘した時、「では、あなたがやってください」と返す前に一度止まる。
この人は、気づきを持ってきたのか。
実行の意思も示しているのか。
実行に必要な権限と時間を持っているのか。
本来、誰が判断を引き受けるべきなのか。
この四つを分けるだけで、発言した人への自動的な負担集中を止められる。
改善提案は、提案者の覚悟を試す場ではない。
組織が、現場で見つかった情報を受け取り、判断し、資源を動かせるかを試される場である。
社員にもっと声を上げてほしいなら、声の出し方を教える前に、声を受け取った後の仕事を変える。
人は、言ってよいと言われた時ではなく、言った人だけが損をしないと分かった時に、もう一度口を開く。
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