「これで前に進めます」――相談の最後に、この言葉を聞くまで私が答えを出さない理由
「これで前に進めます。」
相談が終わる頃、経営者の方からこう言われることがあります。
私は、この言葉を聞くと少し安心します。
「勉強になりました」でもありません。
「熊谷さんの言う通りにします」でもありません。
「これで前に進めます」
この言葉が出てくれば、その日の相談はそろそろ終わりです。
問題がすべて解決したわけではありません。
売上がその場で増えたわけでもない。
借入が減ったわけでもない。
社員や先代が突然変わったわけでもない。
それでも、その人の中で、
何に悩んでいたのか。
何を大切にしたいのか。
何を決めなければならないのか。
まず何をするのか。
それが見えてくる。
だから、前に進めるのです。
私は、経営相談の一つのゴールはここにあると思っています。
最初から、本当の悩みが出てくるわけではありません
相談は、多くの場合「経営の話」から始まります。
「売上を伸ばしたい」
「幹部が動いてくれない」
「新しい事業をやるべきか迷っている」
「先代と考え方が合わない」
もちろん、それも本当の悩みです。
でも私は、最初に出てきた言葉だけで問題を決めつけないようにしています。
少しずつ視点を変えて質問します。
「なぜ、そこが一番気になっていますか?」
「それが解決したら、本当に安心できそうですか?」
「逆に、何もしなかったら何が起こりそうですか?」
「本当は、どうしたいと思っていますか?」
すると、途中で黙ってしまう方がいます。
私は、その沈黙をなるべく埋めません。
相手が考えている時間だからです。
昔の私なら、沈黙が怖くて何か話していたと思います。
でも今は待ちます。
すると、少し間を置いて、
「実は……」
と話が始まることがあります。
そこから、相談の景色が大きく変わることがあります。
経営の問題は、経営だけでできているわけではありません
これまで多くの経営相談をしてきました。
そこで聞く話は、決算書や事業計画書に書いてあることだけではありません。
大きな借金がある。
離婚している。
子どものことで悩んでいる。
親族と相続でもめている。
家族との関係に問題を抱えている。
誰にも話していないトラブルがある。
こうしたことは、表向きの経営課題とは別の話に見えるかもしれません。
でも、実際の意思決定には大きく影響します。
会社を継ぐのか。
新しい事業を始めるのか。
設備投資するのか。
事業をやめるのか。
社員に何を伝えるのか。
経営者も一人の人間です。
仕事と人生を完全に切り離して意思決定できるわけではありません。
だから私は、表面に出ている問題だけを解こうとはしません。
その人が何を守りたいのか。
何を怖がっているのか。
何を失いたくないのか。
本当はどうしたいのか。
そこまで含めて整理しないと、その人にとって納得できる答えにはならないからです。
これは、このマガジンで一貫して書いてきた「相談内容そのものではなく、本人が困っていること、本当の問題、価値観、最初の一歩を見る」という考え方でもあります。
私にも、どうすればいいか分からなかった時期があります
私自身も、昔から物事を冷静に整理できたわけではありません。
若い頃、仕事で大きな責任を任されたとき、
「いったい、どうすればいいんだろう」
と、本気で分からなくなったことがあります。
周囲には人がいる。
自分が判断しなければ仕事は前に進まない。
でも、何を基準に決めればいいのか分からない。
しかも、気軽に頼れる人がほとんどいませんでした。
自分で考えなければいけない。
自分で決めなければいけない。
でも、自分の判断が正しいのか分からない。
さらに厄介なのは、
「自分は何に困っているのか」
さえ、うまく説明できなかったことです。
今振り返ると、あの頃の私は「答えを知らなかった」というより、
自分の中にあるものを、一緒に整理してくれる相手がいなかった
のだと思います。
だから今、
「誰にも言っていないんですが……」
と言われても、私はあまり驚きません。
立場があるからこそ、人に言えないことがあります。
経営者なら、なおさらです。
社員には言えない。
取引先にも言えない。
家族が問題の当事者なら、家族にも相談できない。
それでも最後は、自分で決めなければならない。
その苦しさを、私はまったく知らないわけではありません。
アドバイスされすぎて、動けなくなることもあります
最近、こんな相談がありました。
その方は、新しい事業について迷っていました。
周囲の人に相談すると、いろいろな意見が返ってきます。
「それはやめた方がいい」
「こうした方がいい」
「もっと別のやり方がある」
言っていることは、それぞれもっともらしい。
だから一つひとつ真面目に聞いていました。
でも、聞けば聞くほど分からなくなっていた。
誰の言うことを信じればいいのか。
何を基準に決めればいいのか。
結果として、動けなくなっていました。
私は話を聞いたあと、少し強めに確認しました。
「最後に責任を取るのは誰ですか?」
本人です。
さらに聞きました。
「そのアドバイスをしている人は、実際にその事業をやった経験がありますか?」
「そこで結果を出している人ですか?」
「もし、その人の言う通りにやって失敗したら、その人が責任を取ってくれますか?」
そして、
「今回、借入をするのはあなたですよね?」
「その人は出資するなど、自分でもリスクを取っていますか?」
と確認しました。
少し厳しい質問だったと思います。
でも、周囲の意見を否定したかったわけではありません。
私自身の意見を採用してほしかったわけでもありません。
意思決定の主語を、本人に戻したかったのです。
意見を聞くことは大切です。
専門家の知見も必要です。
経験者の話も参考になります。
でも、
意見を言う人と、
その結果を引き受ける人は、
同じではありません。
事業がうまくいかなかったとき、
借入を返すのは誰なのか。
社員に説明するのは誰なのか。
家族への影響を引き受けるのは誰なのか。
最後に責任を負うのは、経営者自身です。
だからこそ、
「誰の意見が正しいか」ではなく、「自分は何を根拠に決めるのか」
が必要になります。
その方は、しばらく考えていました。
そして少しずつ話す内容が変わっていきました。
「周囲がどう言っているか」ではなく、
「自分はどうしたいのか」
を話し始めたのです。
最後には、腹が決まっていました。
私は、優しく話を聞くだけではありません
私は、相手が考えているときは待ちます。
相手が言ったことを繰り返すこともあります。
「つまり、こういうことですか?」
「本当に気になっているのは、そこですか?」
自分の言葉を別の人から返されると、少し客観的に見られることがあります。
すると、
「そうです」
となることもあれば、
「いや、少し違います」
となることもあります。
その「少し違う」も大切です。
では、何が違うのか。
また一緒に考えます。
ただし、必要だと思えば厳しい質問もします。
誰が責任を取るのか。
その判断は本当に自分の意思なのか。
目的と手段が逆になっていないか。
キャッシュは持つのか。
失敗したとき、どこまでなら耐えられるのか。
私は経営者を否定したいわけではありません。
むしろ逆です。
経営者自身が納得して決められる状態に戻ってほしいから、必要な問いを投げます。
私が答えを押し付けず、最後は経営者自身が腹落ちする意思決定をつくるというのは、マガジン全体でも一貫している支援スタンスです。
相談が終わる瞬間は、意外と分かります
相談をしていると、あるところから相手の雰囲気が変わります。
最初は硬かった表情が少し緩む。
声の感じが軽くなる。
「どうしたらいいでしょう?」
だった言葉が、
「じゃあ、まずこれをやってみます」
に変わる。
「誰の言うことを聞けばいいんでしょう」
だったものが、
「最後は自分で決めるしかないですね」
に変わる。
「何からやればいいか分からない」
だったものが、
「これは今やる。これは後でいい」
に変わる。
私は、そのあたりで、
「今日はもう大丈夫そうだな」
と思います。
時間が残っていても、無理に話を続ける必要はありません。
私の仕事は、相談時間を使い切ることではないからです。
まして、
「熊谷さんがいないと決められない」
という状態をつくることでもありません。
その人自身が、
「自分はこうしたい」
「だから、まずこれをやる」
と言えるようになったら、いったん私の役割は終わりです。
「頭が整理されました」で終わらせたくない
相談後、
「頭が整理されました」
と言っていただくことはよくあります。
もちろん、うれしいです。
でも私は、それだけでは少し足りないと思っています。
頭が整理されても、会社が何も動かなければ意味がないからです。
だから最後に確認します。
「では、最初に何をしますか?」
必要であれば、
理想。
現状。
ギャップ。
今決めること。
次の10日でやること。
そこまで整理します。
このマガジンでも、相談を「頭が整理された」で終わらせず、理想・現状・ギャップ・次の10日まで落とすことを一貫して重視しています。
大きな問題を、動ける大きさまで小さくする。
すると最後に、
「これで前に進めます」
という言葉が出てきます。
今日の整理
もし今、
周囲からいろいろなことを言われ、誰の意見を信じればいいのか分からなくなっている。
社員や家族には言えないことを抱えている。
経営の問題なのか、自分自身の問題なのか分からない。
何度考えても、同じところをぐるぐる回っている。
「このままでいいのか」という違和感だけが消えない。
そんな状態なら、最初からきれいに整理する必要はありません。
むしろ、整理できないから相談するのだと私は思っています。
私は、経営者の代わりに決めることはできません。
でも、
何が事実なのか。
何が感情なのか。
誰の意見なのか。
誰がリスクを取るのか。
何を守りたいのか。
何を今決めるのか。
それらを一緒に整理することはできます。
そして最後に、
「これで前に進める」
と思えれば、それで十分です。
相談とは、正解をもらう場所ではありません。
自分の意思決定を、自分の手に取り戻す場所です。
何を相談したいのか分からない状態でも構いません。
整理してから相談するのではなく、
整理するために相談する。
私は、そういう時間を経営者と一緒につくっています。
※本記事の事例は、守秘義務に配慮し、一部内容を変更・再構成しています。
もし今、一人で考え続けていることがあるなら、一度整理してみませんか。
私は、事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者が自分で意思決定できる状態をつくる伴走支援を行っています。
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熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
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