経営者は「分からないまま決める」仕事をしている
──50本書いて、結局ここに戻ってきた
このコラムも、今回で50本目になりました。
資金繰りの話。
事業承継の話。
新規事業の話。
会議の話。
社員が動かない話。
経営者の孤独の話。
意思決定の話。
振り返ってみると、ずいぶん色々なテーマを書いてきました。
でも、年間400件以上の経営相談を受けながら、こうして50本のコラムを書いてきて、最近改めて思うことがあります。
結局、経営者が一番苦しむのは、
「どうすれば正解なのか分からないのに、決めなければならない時」
なのではないか、ということです。
「熊谷さんなら、どうしますか?」
相談の場で、私は何度もこの質問を受けます。
設備投資をするべきか。
新しい事業を始めるべきか。
この社員を管理職にするべきか。
値上げするべきか。
借入を増やすべきか。
先代のやり方を変えるべきか。
新しい取引先と契約するべきか。
もちろん、数字を見れば分かることもあります。
市場を調べれば分かることもあります。
専門家に確認すれば、法律や税務上のリスクを減らせることもあります。
でも、最後まで調べても分からないことがあります。
新規事業が本当に売れるか。
投資した設備が5年後も必要とされるか。
幹部が本当についてきてくれるか。
値上げした時に顧客が離れないか。
銀行が次も支援してくれるか。
そもそも、自分の判断が正しいのか。
ここには、どれだけ調べても100%の答えはありません。
それでも経営者は、
決めなければならない。
これが経営という仕事の、かなり厳しいところだと思います。
情報を集めれば、正解が出ると思っていた
私自身、昔は「十分に分析すれば正しい答えが出る」と思っていました。
MBAでも勉強しました。
事業会社では新規事業や投資に携わりました。
IPOやM&Aにも関わりました。
市場分析、財務分析、競合分析、事業計画。
色々なフレームワークも使ってきました。
もちろん、これらは今でも重要です。
感覚だけで経営するより、事実と数字を集めた方がいい。
キャッシュフローも見た方がいい。
選択肢も比較した方がいい。
最悪の場合に何が起きるかも考えた方がいい。
でも、実際の経営を経験して分かりました。
分析は、正解を出すために行うものではない。
判断できる状態をつくるために行うものなのだ、と。
ここは似ているようで、かなり違います。
「正解を探す」と考えると、
もう少し情報が必要だ。
もう一人専門家に聞こう。
もう少し市場調査をしよう。
もう一度事業計画を作り直そう。
となります。
そして気づけば、3か月経っている。
半年経っている。
その間に市場や競合の方が動いてしまう。
私は、こういう場面を何度も見てきました。
慎重であることは重要です。
でも、
慎重であることと、決めないことは違います。
後継者ほど「間違えたくない」と思う
特に、事業承継後の経営者には、この傾向が強いように感じます。
会社はゼロから始まったわけではありません。
社員がいる。
取引先がいる。
銀行との関係がある。
先代が築いてきた歴史がある。
だからこそ、
「自分の判断で壊したくない」
という気持ちが出てきます。
しかも、先代や古参社員から、
「昔はそんなことをしなかった」
「本当に大丈夫なのか」
「社長になったばかりなのに」
と言われることもある。
そうすると、
「もっと確実になってから動こう」
と考えたくなります。
その気持ちは、よく分かります。
でも、そこで一度考えてほしいのです。
本当に、確実になる日は来るのでしょうか。
新規事業なら、実際に顧客に売ってみなければ分かりません。
値上げなら、実際に提示してみなければ反応は分かりません。
組織改革なら、実際に変えてみなければ社員の反応は分かりません。
結局のところ、
経営には「やってみないと分からないこと」が残ります。
だから私は、相談の場でいきなり、
「こうした方がいいですよ」
とはあまり言いません。
代わりに、こんなことを聞きます。
「5年後、10年後、どういう会社にしたいですか?」
「今、一番守らなければならないものは何ですか?」
「この判断をした場合、最悪何が起きますか?」
「その時、会社は耐えられますか?」
「逆に、何もしなかった場合はどうなりますか?」
「この投資をしても、次の一手を打つお金は残りますか?」
こうやって、一つずつ整理していきます。
私が一番見るのは「失敗しても死なないか」
私は、成長性だけで意思決定を見ることはあまりありません。
むしろ先に見るのは、
失敗した時に会社が耐えられるか。
です。
例えば1億円の設備投資があるとします。
「この投資で売上が2億円増えるかもしれない」
という話だけを聞けば、魅力的です。
でも私は、
その1億円を使った後、手元資金はいくら残るのか。
借入返済はいくら増えるのか。
予定通り売れなかった時に何か月耐えられるのか。
追加投資が必要になった場合の余力はあるのか。
撤退するとしたら、いくら損失が出るのか。
そちらも見ます。
なぜなら、
一回の判断を当てることより、次の判断ができる状態を残す方が重要だからです。
新規事業も同じです。
最初から大きく賭ける必要はありません。
100万円で試せるなら、まず100万円で試せばいい。
3人採用しないとできない事業なら、本当に1人から始められないのか考える。
店舗を出す前に、期間限定でテストできないか考える。
「絶対に成功する方法」を探すのではなく、
失敗しても、もう一回打席に立てる方法を考える。
私はその方が、経営として強いと思っています。
「熊谷さんならどうしますか?」と聞かれた時
ある経営者から、
「熊谷さんだったら、AとB、どっちにします?」
と聞かれたことがあります。
私は少し考えてから、
「私が決めても意味ないですよ」
と答えました。
少し意地悪に聞こえるかもしれません。
でも、その人の会社です。
その人のお金です。
その人が社員に説明します。
その人が銀行に説明します。
失敗した時に責任を取るのも、その人です。
私がAと言ったからAにする。
それでは、その瞬間は楽になります。
でも次にCとDの選択が出てきた時、また誰かに聞かなければなりません。
それでは、経営者自身の判断力が育たない。
だから一緒に整理しました。
何を実現したいのか。
何を守りたいのか。
いくらまでなら失えるのか。
どんな条件なら撤退するのか。
半年後、何をもって成功とするのか。
そこまで整理したところで、その人は言いました。
「だったらAですね。」
私から見ると、その瞬間が一番大切です。
「Aが正解だから」ではありません。
自分でAを選んだ理由を説明できる状態になったからです。
経営者に必要なのは「迷わない力」ではない
経営者を見ると、
「決断力がある人」
「迷わない人」
というイメージを持つ人もいるかもしれません。
でも、私は少し違うと思っています。
優れた経営者も迷います。
むしろ、大きな責任を持っている人ほど迷うのではないでしょうか。
社員の生活がある。
取引先がある。
借入がある。
家族もいる。
簡単に決められない方が普通です。
だから必要なのは、
迷わない力ではなく、迷った時に戻れる判断基準です。
何のためにこの会社を経営しているのか。
5年後、10年後どうありたいのか。
絶対に守るものは何か。
どこまでならリスクを取れるのか。
キャッシュはいくら残すのか。
撤退条件は何か。
ここが決まっていれば、迷っても戻れます。
逆に、判断基準がなければ、
社員の意見。
先代の意見。
銀行の意見。
取引先の意見。
専門家の意見。
SNSで見た成功事例。
色々なものに引っ張られます。
そして最後には、
「何が正しいのか分からない」
となってしまう。
でも本当は、
正解が分からないことが問題なのではありません。
自分が何を基準に決めるのか分からなくなっていることが問題なのです。
私がやっているのは、答えを教えることではない
50本のコラムを書いてきました。
色々なフレームワークも紹介しました。
資金繰りについても書きました。
会議についても書きました。
新規事業についても書きました。
組織についても書きました。
でも、それらは全部手段なのだと思います。
私が経営者と一緒にやっていることを一言で言えば、
「判断できる状態をつくること」
です。
頭の中で混ざっている、
事実。
解釈。
感情。
過去。
利害。
数字。
リスク。
これらを一つずつ分ける。
そして、
何を決めるのか。
何を今は決めないのか。
どこまでリスクを取るのか。
何をもって撤退するのか。
次の一歩は何なのか。
そこまで整理する。
最後に決めるのは、私ではありません。
経営者自身です。
私は経営者の代わりに経営することはできません。
責任を引き取ることもできません。
でも、
一人で全部抱える必要もないと思っています。
経営とは、分からないまま決め続ける仕事
経営をしていれば、また必ず迷います。
一つ決めたら、次の問題が出てきます。
うまくいったと思ったら、環境が変わります。
昨日の正解が、来年も正解とは限りません。
だから経営とは、
正しい答えを一度見つける仕事ではありません。
分からないものを、分からないまま整理して、それでも決める仕事です。
そして違ったと思えば、また決め直す。
その繰り返しなのだと思います。
もし今、
会社をどうしていけばいいのか分からない。
色々な人に相談したけれど、かえって迷っている。
考えているのに、なぜか一歩が出ない。
そんな状態にいるとしたら、
あなたに能力がないからではないかもしれません。
単純に、
判断するための材料が、頭の中で混ざっているだけかもしれません。
答えを聞くためではなく、
自分で答えを出せる状態にするために、
一度、誰かと整理してみる。
それも経営者にとって、大切な意思決定の一つだと思います。
私は、正解をお渡しすることはできません。
でも、
「何を決めるべきなのか」
「何を基準に決めるのか」
「どこまでなら失敗できるのか」
そこを一緒に整理することはできます。
もし今、何か一つでも「決めきれずに残っていること」があるなら、
まずはその一つから整理してみませんか。
60分あれば、少なくとも、
何に迷っているのか分からない状態から、何を決めればいいのか分かる状態
までは進めることができます。
経営者が最後に頼れるのは、誰かの正解ではありません。
自分自身の判断基準です。
その判断基準を、一緒に取り戻していきましょう。
※本記事の事例は、守秘義務に配慮し、一部内容を変更・再構成しています。
熊谷 篤
実戦経営アドバイザー/中小企業診断士
事業承継後の後継者、第二創業、新規事業責任者を中心に、経営者の意思決定整理と実行接続を支援しています。
📩 初回60分の整理相談
「相談するほど整理できていない」という段階でも大丈夫です。
むしろ、何が問題なのか分からない状態を整理するところから始めます。
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