旅がしたくなる本6冊|海外作家・日本作家の旅行エッセイと紀行文|旅には本を持っていく
下記のnoteでも書いたけれど、私は旅の準備として本を買う。いくつかを荷物に入れて、いくつかを事前に読む。あまりにバタバタしていると読めないうちに空港に向かってしまうこともあるのだけど、できるだけ読みたい。
そして持っていく本はエッセイ、基本的に旅にまつわるエッセイにしている。重厚なミステリーや感動的な大作もいいけれど、旅先であまりにもエモーショナルになりすぎるリスクは避けたい。
エッセイは何より、新しい土地や文化を体験し享受する仲間になってくれる気がして、とても嬉しいし心強い。
私がこれまでの旅に際して読んだ、あるいは荷物に含めて道連れになってもらった本たちを今回は6冊まとめてみる。
「ヴァージニア・ウルフ エッセイ集」
言わずと知れた名作家。1882年に生を受けた、スーパーかっこいい女性の一人ヴァージニアウルフ。小説はもちろん、エッセイもパワフルで読んでいてぞくぞくするような、ひたひたと静かに迫ってくる作品ばかり。
このエッセイ集は旅にまつわるエッセイを集めたものではないのだけど、いくつか旅にまつわるものがあり、それが抜群におもしろく、静謐なのにとどろくような力を持っていて、ぞくぞくするのだ。
今のところの私の一番のお気に入りは「アンダルシアの旅館」と「ロンドン散策──ある冒険」(2本なので一番ではないけど同率一位)。長さもしっかりあるので中長期の旅にぴったり。
「コスモポリタンズ」サマセット・モーム
故国を去って異郷に住む
この言葉に出会ったとき、雷に打たれた気はしなかったけど、本当に一瞬びくっとなった。この言葉をずっと待っていた気がした。こういうことだよ。旅ってこの疑似体験なんだよ。
ゴーギャンを描いたとされる「月と6ペンス」で初めて出会い、一気に好きになって読み始めたサマセットモーム。パリ生まれでパリに没した彼は、世界中を旅し、旅にとどまらず世界中で暮らしたまさに文化人。
その彼が各地のエピソードを生き生きと描いたのがこのエッセイ集「コスモポリタンズ」。強く大胆に描かれた油絵のような、はたまた鮮やかな色彩の映画のようなエネルギーと余裕にあふれていて、もちろんサマセットモームらしいウィットに富んでいる。
世界各地にまつわるエッセイが収められている本作にはなんと神戸のお話もある。タイトルは「A friend in Need」。
最後にこれだけ言わせてほしい。とてもくだらなくて申し訳ないけど、表紙のイラストがアントニオ猪木に見えて仕方ない。
「移動祝祭日」 アーネスト・ヘミングウェイ
知ってた?ヘミングウェイも駆け出しのころ副業してたんだよ
このエッセイを読んで一番の衝撃は、強靭で寡黙なザ・アメリカンタフガイなイメージのヘミングウェイも、若かりし頃は貧しく、作家業や人生に悩み、時には泣き言を言っていたこと。
「移動祝祭日」は旅ではなく暮らしを綴っているのだけど、その土地(パリ)を愛おしみ、敬意をはらい、ふとした時にもパリの美しさに見惚れている姿は愛する土地を訪れる旅人のようだ。
私は英語の admire の概念が大好きなのだけど「移動祝祭日」の中のヘミングウェイがパリに寄せている感情は admire そのものだと思う。
貸本を読み、貧乏だと言いながらも馴染みの店でワインやコーヒーをたしなみ、芸術家たちと交流する。交流した芸術家たちに刺激を受けたり、辟易したり。強きアメリカ男性としてのヘミングウェイのイメージが、より親しみやすいものに変わっていくし、ヘミングウェイをそこまで虜にしてしまうパリってどんなところなの?と思わずにいられない。
1961年のヘミングウェイの最期を思うと、1920年代のパリで悩みながらも生き生きと暮らす彼の姿はなおさら愛おしく、美しい。
「べつの言葉で」ジュンパ・ラヒリ
旅と言語。土地と言語。文化と言語。言語ってものすごく力を持つ。めちゃめちゃmatter。旅先で、ああ流暢に彼らの言葉が話せたら!と思ったことはたぶん数千回くらい。
そんな言語というものがこのエッセイの鍵。このエッセイも旅というより移住や暮らしについてのお話なんだけど、でも言語・文化・土地・出会いという旅の構成要素を満たしているので、私の中では旅のエッセイのカテゴリにも入っている。
著者はインド系アメリカ人の女性作家。アメリカに住んでいた彼女はイタリアとの出会いから、熱心なイタリア語学習の期間を経てイタリアに移住するのだけど、そのイタリアでの暮らし、つまりイタリア語によって構成される暮らしを綴っている。
人生の中で一度でも「これだ!」と思える出会いができたら、それは奇跡的な幸せを享受しているということだと思う。新しい言語に格闘している著者はとても幸せそう。そして、作家という言葉と生きる表現者としての彼女が、新しい言語を心から愛する姿はとても聡明でかっこよくて、読んでいてどきどきしてしまう。
何よりもこのエッセイで素敵なのが、イタリア語で綴られたお話が2つ入っていること。
言語に対する著者の真摯な姿勢もそうなのだけど、イタリアとイタリア語に対して運命の出会いを果たした姿はとても美しく、そして心から羨ましい。
「恋するように旅をして」角田光代
本当にその通りなんだよね。旅ってもはや恋なのである。
角田光代さんのエッセイも小説も大好き。間違いなくエッセイは全て読んでいる。エッセイを通してしか彼女のことは知らないけれど、でも彼女の旅への姿勢もやはりとても好き。
時間ができたら「ふらっと」という形容詞が似合うような気軽さで旅に出る角田さん。
帯の文章もとても素敵なのでここで紹介させてほしい。(解説の中の一説が帯にも使われている)
こんなに軽々と歩くひとは見たことがない――いしいしんじ
素敵すぎて私が書いたことにしたいくらい大好きな文章。世界をこんな風に思わせたいよね。この言葉を胸に旅先で闊歩している。
疲れなくてたくさん歩けるけど素敵な靴を履いて、かっこいいけど動きやすくて洗いやすい服を着て、信頼のおける身軽なカバンを持って、ふんふん歩く。知らない土地で楽しそうに軽々歩く。そんな瞬間を私はいつも楽しみに生きているのだ。
「最後に手にしたいもの」吉田修一
異国の鉄道のコンパートメントで乗り合わせた乗客と思いがけなく旅について話が盛り上がった、あるいはバーで隣の客が興味深い旅の思い出を話していて思わず耳を傾けてしまった。そんな感覚を与えてくれるのが吉田修一さんの「最後に手にしたいもの」。
書店でこの本を手に取ったのは、タイトルにどきっとしたから。
最後に手にしたいものって何?考えたこともなくて、反射的に手にとって買っていた。
重厚な小説で、直視を避けてしまいがちなものに真摯に向き合っている印象を持っていた吉田修一さん。馬鹿みたいだけど、大人の男の人ってこんなこと考えてるんだなあと少しどきどきしながら読んだ。
特に印象に残っているのはプノンペンの描写。雑然とした街のエネルギーがどんどんと迫ってくる。
いつも心は旅にいる。でも体はこまこま日本で働いているから、どんどん焦燥が募る。
日本で働いてる場合じゃない。世界をもっと見なくては。そんな気持ちに優しく寄り添って、想像力をかき立てて気持ちを鎮めてくれたりもする、旅や土地にまつわるエッセイたち。いつもありがとう大好き。
旅と持っていった本・エッセイ
▼2026 GW モンゴル10日間一人旅 ▼
▼2026年 20代最後の海外旅行 スリランカ・ブルネイ▼
▼エッセイについての読書記録▼
いいなと思ったら応援しよう!
旅の資金、特に現地のチップや教会、寺院、学校、歴史的施設や建造物への寄付やドネーションに使わせていただきます。
引き続き読んでいただけたら嬉しいです😌