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認知英文法:「僕はうなぎだ」文とジル・フォコニエ「メンタル・スペース」論


「僕はうなぎだ」はヘンな文!?

僕はうなぎだ」という文は日本語が変な言語だと言われる際の一例としてよく挙げられる。

社会的文脈を無視した一文分析主義

奥津敬一郎の『「ボクハウナギダ」の文法 』(1978)は、生成文法の立場から論じ、ロングセラーらしいが、未読だしそもそも読む気も起きない。なぜなら、いわゆる”生成文法"は、一文分析主義であり、が、上のレベルの段落、さらに上位の文章文脈コンテキスト、さらに上の談話、さらに上位の社会的文脈の中で語られることを完全に無視するからである。

「うなぎ文」概説参照

確かに、”I am an eel."と英訳してしまえば、変だろうけれど、この文は、そもそも「僕=うなぎ」の繋辞けいじ(コピュラcopula) 文でも、夏目漱石「吾輩は猫である」の「吾輩⊂猫」のような措定そてい文でもないし、「うなぎ」に比喩を込めている隠喩いんゆ文でも、擬人化ぎじんか文でもない。

料理注文の社会的文脈

例えば、複数人で食堂に行き、料理を注文する際に、他の者がカツ丼や親子丼を注文したのに対して、「僕は(注文が)うなぎ(丼)」と食堂でのメニュー注文という社会的文脈(認知言語学では「フレーム」と言う)で、最小限の必要な情報だけを効率的に発した省略文であるに過ぎない。すなわち、
       ┌話題の副助詞
佐藤君┬注文┬カツ丼
山田君┼ 〃 ┼親子丼
───┴ 〃   ┴うなぎ(丼)
 └対比の副助詞      └断定の終助詞
    主語ではなく有標主題!無標主題と有標主題
「注文が」は食堂での注文という社会的文脈が話題・前提になっているので省略!

この社会的文脈フレームを踏まえれば、この文は変でも何でもない。逆に社会的文脈を無視して安易に「ダ構文」は「僕=うなぎ」だと短絡し、非常識な分析をするから、“ヘンだ”と感じるのである。

英語で注文する場合は、“I’ll have an eel bowl. ”とか “I’d like an eel bowl. ”になるけれど、他の仲間が注文している文脈では、“Me, an eel bowl.”で通じる。

英語でも“僕がコーヒーだ”という文がある

英語でも飲み物の注文の社会的文脈で、coffeeにするかteaにするかと問われた場合“Which do you like, coffee or tea?”、“I am coffee.”と答えても何ら問題がないそうだ。(因みに、俳優の勝新太郎の家族4人が、米国の食堂で飲み物を注文した際に、勝新が日本語で「ここはコーラ、ここはコーヒー」とテーブルに座る妻や子供たちのためにそれぞれ指定したら、全員の所にココアが運ばれて来たという笑えるエピソードを中村玉緒が語っていたw)

マーク・ピーターセンの蘊蓄

もっとも“I am an eel.”だと熱が加えられていない生の生きたうなぎ一匹になってしまうので、“I am eel.”の方が良いかも知れない。“I ate a chicken.(1羽の鶏)”と“I ate chicken.(鶏肉)”とを区別が出来ず、冠詞の役割に無理解な「日本人の英語」のおかしさを語ったマーク・ピーターセンのエッセーは有名だ。

「マッシュルーム・オムレツが彼の勘定を払わずに…」

実は今回論じるジル・フォコニエの著書『メンタル・スペース』の中で、次のような英文の事例が紹介されている。(8頁)

The mashroom omelete left without paying his bill. He jumped into a taxi.
(マッシュルーム・オムレツが彼の勘定を払わずに行ってしまった。彼はタクシーに飛び乗った。)

レストランのフレームを導入すれば、容易に、「マッシュルーム・オムレツを注文した客が代金を払わずに食い逃げした」と解釈できるし、だから、ターゲット(マッシュルーム・オムレツ)が3人称単数・男性の代名詞hisやheの先行詞になり得るのだという判断もできる。

ジル・フォコニエの「メンタル・スペース」論

メンタル・スペース論は、認知言語学における重要な理論の一つで、ジル・フォコニエ (Gilles Fauconnier)によって提唱された。この理論は、われわれが言語を理解し、意味を構築する際に、頭の中に一時的な、部分的な情報構造である「メンタル・スペース(mental spaces)」を構築し、それらの間で情報のやり取りを行うプロセスを説明しようとするものである。上記で既に紹介した主著の上に、下記も参照。

「意味を生み出し、伝え、理解するという人間の認知能力の要となるのは、心的に構成された領域間のマッピング(写像)である。そのプロセスを調べていくと、人間の認知システムのメカニズムもわかってくる。認知言語学の有力な考え方であるメンタル・スペース理論をもとに、意味理解と推論の一般的なプロセスと原理を述べる。」なお、わがnoteでは、mapping(地(図))化と称している。

メンタル・スペースとは何か?

メンタル・スペースとは、われわれが思考したり話したりする際に、その場で動的に構築される、認知上の小さな情報パッケージのようなものである。それぞれのスペースは、特定の状況、信念、願望、仮定、時間、場所などに関連する「要素」(人、物、概念など)と、それらの要素間の「関係」についての情報を含んでいる。

これらのスペースは固定的ではなく、言語の処理が進むにつれてリアルタイムで構築され、修正され、接続される。

メンタル・スペースの構築

メンタル・スペースは、主に以下のような言語表現によって構築されると考えられている。これらは「スペース・ビルダー(Space Builders)」と呼ばれる。

前置詞句:
In the picture,... (写真では...) → 「写真の中の世界」というスペース
In John's opinion,... (ジョンの意見では...) → 「ジョンの信念の世界」というスペース
In 1990,... (1990年には...) → 「1990年という時間枠のスペース」

従属接続詞:
If... then... (もし~ならば...) → 「仮定のスペース」
Although... (~だけれども...) → 対比される「譲歩のスペース」

思考、信念、願望、発話などを表す動詞:
John believes that... (ジョンは~だと信じている) → 「ジョンの信念のスペース」
Mary wants to... (メアリーは~したいと思っている) → 「メアリーの願望のスペース」
He said that... (彼は~と言った) → 「彼が言った内容のスペース」

時や場所を表す表現:
Tomorrow,... (明日...) → 「未来の時間スペース」
Here,... (ここでは...) → 「現在の場所スペース」

メンタル・スペースの構造と関係

通常、メンタル・スペースは、話し手の現在の現実を基盤とする「基底スペース」(Base Space) から出発し、そこから新しいスペースが分岐していく階層的な構造をとる。

基底スペース (Base Space): 話し手が現実に根差していると考える、基本的な参照点となるスペース。

新しいスペース (New Space): スペース・ビルダーによって基底スペースから分岐して構築されるスペース。仮定のスペース、信念のスペース、時間のスペースなどがこれにあたる。

重要なのは、異なるスペース間に「対応関係((地(図))化」(mappings)が存在する点だ。例えば、「In the picture, John is smiling.」という文では、「現実のジョン」という要素()と、「写真の中のジョン」という要素()が対応づけられる。われわれは、この対応関係・(地(図))化を通して、写真の中の状況を現実世界と関連付けて理解する。

例えば、この一文は明らかに矛盾したことを言っている。
The girl with blue eyes has green eyes.
でも、絵画スペースを導入すれば、矛盾は忽ち解消する。
In Len's painting, the girl with blue eyes has green eyes.
(レンの絵の中では、その青い目の女の子が緑の目をしている。)

『メンタルスペース』16頁(ソース:Jackedoff.1976)

また、あるスペースの情報が他のスペースに「投影(projection)」されるメカニズムや、異なるスペースにある要素間での「参照」(Access Principleなど)といった概念もメンタル・スペース論の重要な部分である。

メンタル・スペース論の意義

メンタル・スペース論は、特に以下のような、伝統的な意味論では捉えにくかった現象を認知的なプロセスとして説明するのに役立つ。

・仮定文や反事実文における意味の構築
・信念や願望などの命題的態度(propositional attitudes)を含む文の解釈
・時間の推移や場所の移動に伴う参照の変化
・比喩やメタファーの理解

われわれが言語を耳にするたびに、あるいは頭の中で思考するたびに、これらのメンタル・スペースが構築され、要素が配置され、関係が結ばれ、スペース間で情報がやり取りされるという、非常にダイナミックな認知プロセスが進行していると考えることができる。

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