障害者雇用のキャリアが止まる理由——合理的配慮の射程は、実は半分しか使われていない
「配慮はしています」と言う担当者に、中身を挙げてもらうと、たいてい具体的な話が出てくる。
始業を30分遅らせている。通院の日は半休が取れるようにした。調子が悪いときは別室で休んでいい。作業量は他の人の8割で見ている。
嘘ではない。どれも実際にやっていることだ。会社としては、できることをやっている。
ただ、その人が入社して3年経っていて、任せている仕事が入社した週とほとんど変わっていない、ということがある。
本人も特に何も言わない。トラブルもない。定着率の欄には問題なく数字が入る。
それでも、担当者が「配慮はしています」と言い終えたあとに、少し間が空くことがある。

この話は、すでにあちこちで出ている
この話自体は、新しくない。
QOという会社が2026年に出した調査では、障害者社員・人事・一般社員あわせて3,100人以上に聞いて、一般企業で働く障害のある人の7割超が「キャリアの行き止まり」を感じているという結果が出ている。
マイナビキャリアリサーチLabは、2026年4月と5月に前後編の記事を出している。前編の副題が「合理的配慮だけでは解決しないキャリアの課題を考える」で、後編はキャリアデザインをどう広げ直すかを扱っている。
JEED(高齢・障害・求職者雇用支援機構)のハンドブックは、職場定着の取組のひとつに人材育成を挙げ、障害のある社員も他の社員と同様に育成し、キャリアアップや昇進を実現していくことが働きがいにつながると書いている。
学術的にも同じことが観測されている。障害者の職域は初歩的・定型的な業務に集中しやすく、キャリアパスが構造的に閉じていく。個社の怠慢ではなく、放っておくとそうなる形をしている。
議論の向きは、そろって同じほうを指している
これだけ言われているので、対策も語られている。研修に出す。資格取得を支援する。ジョブローテーションに入れる。プロジェクトに参加させる。キャリア面談の枠を作る。
どれも正しい。ただ、並べてみると全部が同じ形をしている。
配慮とは別に、キャリア支援を足そう。
この形の提案には、前提がある。足せる土台が社内にあること。育成計画を回す仕組みがあり、ジョブローテーションの受け皿があり、面談の枠を新設できる決裁が通ること。
その前提を持っている会社は、そう多くない。
2026年に行われた担当者555人への調査では、従業員99人以下の企業のうち、障害者雇用に割いている時間が業務全体の1割に満たないと答えた担当者が42.1%だった。専任の担当者を置いている会社は3割で、残りは他の仕事と兼務している。
同じ調査で、大企業の担当者の72.4%が「DEI疲れ」を感じていると答えている。
足す提案は、足せる会社にしか届かない。そして足せない会社ほど、障害者雇用そのものが止まっている。
足す前に、確かめておいたほうがいいことがある。
合理的配慮の正式名称に、もう書いてあった
合理的配慮のルールを定めているのは、厚生労働省の「合理的配慮指針」(平成27年厚生労働省告示第117号)である。
この指針、正式名称がとても長い。実務では誰も全部を読まない。
「雇用の分野における障害者と障害者でない者との均等な機会若しくは待遇の確保又は障害者である労働者の有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するために事業主が講ずべき措置に関する指針」
一度、後半だけを取り出して読んでみてほしい。
障害者である労働者の、有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため。
合理的配慮は、二つのことを目的として掲げている。ひとつは、均等な機会と待遇の確保。もうひとつが、これだ。能力が発揮できていない状態を、改善すること。
つまり、力が出し切れていない、伸びる機会がない、という状態は、制度の側では最初から配慮の対象に入っている。あとから足す別の施策ではない。
では、やっていないと義務違反なのか
そうではない。
指針は、採用後については申出を待つ形をとっていない。障害があると分かっている社員に対しては、雇入れ時までに職場で支障となっている事情の有無を確認することを、事業主に求めている。
障害の状態も職場の状況も変わる。だから、その後も必要に応じて定期的に確認すること、と指針は続けている。
義務違反に問われないとされているのは、必要な注意を払っても、その労働者が障害者であることを知り得なかった場合である。過重な負担にあたる場合も、提供義務は外れる。
だからこれは、法令順守の話ではない。
問題になるのは、本人が「もっとやりたい」「ずっと同じ仕事なのがつらい」と言ってきたときである。そこで「それは配慮の話ではない」と扱ってしまうと、射程を狭く読んだまま応えないことになる。
「配慮」という言葉のほうが、痩せている
現場で「配慮」と言うとき、たいていは負担を軽くすることを指している。時間を短くする。休みを取りやすくする。作業量を減らす。通院に対応する。
この使い方が間違っているわけではない。全部、正真正銘の合理的配慮だ。
ただ、制度が書いている範囲より、現場で使われている言葉のほうが狭い。射程が縮んでいる。
そして言葉が縮むと、実務も縮む。「配慮を検討しましょう」と言ったとき、テーブルに出てくる案が、最初から片側しかなくなる。

実際に出ている配慮を、下まで並べてみる
言葉が縮んでいるかどうかは、数字で見える。
厚生労働省は5年に一度、障害者雇用実態調査を行っている。直近は令和5年度版で、企業がどんな配慮を実施しているかを20の項目にわたって集計している。
障害種別ごとに、実施率の上位3つを並べるとこうなる。
身体障害のある社員に対して
休養の取りやすさ 40.2% / 通院・服薬管理等 38.3% / 勤務時間の配慮 37.9%
精神障害のある社員に対して
勤務時間の配慮 54.3% / 休養の取りやすさ 50.9% / 通院・服薬管理等 49.2%
発達障害のある社員に対して
休養の取りやすさ 61.2% / 勤務時間の配慮 50.9% / 通院・服薬管理等 47.9%
三つとも、同じ顔ぶれである。休みやすさ、勤務時間、通院。全部が、負担を取り除く側の配慮だ。
ただ、ここで止めて「仕事の中身には誰も手を入れていない」と読むと、間違える。
上位3つのすぐ下に、「能力が発揮できる仕事への配置」という項目がある。身体で34.3%、精神で40.3%、発達で46.0%。知的障害のある社員に対しては、これが1位で51.1%になる。
その人の力が出る場所に置く、というところまでは、4割前後の会社がやっている。上位3つに入っていないだけだ。
やっていないのは、その先だけだった
同じ20項目の中に、ひとつだけ桁の違うものがある。
研修・職業訓練等の能力開発機会の提供。身体4.0% / 知的4.3% / 精神4.5% / 発達8.5%。
20社に1社である。しかも、4つの種別すべてで低い。例外がない。
配置が1位に来ている知的障害のある社員に対してさえ、4.3%だ。いまの力が出る場所に置くことと、その力が伸びるようにすることは、別々のものとして扱われている。
悪意でそうなっているのではない。いま任せている仕事に合う場所へ置けば、日々は回る。回ってしまうと、その先まで手が伸びない。
ここで冒頭の光景に戻る。配慮を四つ挙げられて、それでも3年間、任せている仕事が変わっていない。置かれてはいるが、動いてはいない。
ただし、伸ばせば解決する、とは言えない
ここまで書いておいて留保を入れるのは据わりが悪いが、書いておく。
力が出るようにする配慮を足せば、それで伸びる、という単純な話ではない。体調が最優先の局面はある。仕事の中身を変えたことが負荷になって、崩れることもある。本人が今はそれを望んでいないこともある。
そして、負担を取り除く配慮を外して、代わりに置くものでもない。時間の配慮も、休みやすさも、通院への対応も、必要である限り続く。合理的配慮は、いずれ外すことを目的にした支援ではない。障害は、配慮を重ねて消えていくものではないからだ。
この記事が言いたいのは、足りていないほうがある、ということだけだ。両方あっていい。

配慮の話をするとき、どちら側の話をしているか
「配慮はしていますか」と聞かれた担当者は、中身を数え上げる。時短、通院、休養、作業量の調整。四つある。やっている。
だが、その四つが全部同じ側だったら、数がいくつあっても片側のままだ。
配慮の数を数えても、足りているかは分からない。全部が負担を取り除く側でも、数は増えるからである。
だから見るところが変わる。いくつやっているかではなく、どちら側の話をしているか。
出てくる案が、全部同じ方向を向いていないか
これは新しく何かをする話ではない。次に「この人の配慮をどうするか」という場面が来たとき、テーブルに出てくる案を聞いていればいい。
勤務時間を短くする。休みを取りやすくする。通院に合わせる。負担の重い業務から外す。いまの本人に合う作業に替える。
最後のひとつは仕事の中身に触っているので、片側ではないように見える。だが、いまできることに合わせているだけで、できることの範囲は動いていない。
全部その方向だったら、選択肢が出揃っていない。
出揃っていないことに気づくのは、たいてい難しくない。難しいのは、もう片方の側がどんなものか、具体的に思い浮かばないことのほうだ。制度の言葉では「能力の有効な発揮」だが、現場の言葉に直すと何なのか。
もう片方は、たいてい業務の隣にある
大がかりなものではない。いま任せている作業の、すぐ隣にあるものだ。
データ入力を担当しているなら、入力前のチェックリストを作るところまで。備品の補充をしているなら、在庫の発注点を決めるところまで。検品なら、不良の傾向を月に一度まとめるところまで。伝票の仕分けなら、月次で件数を集計するところまで。
どれも、いま誰かが片手間でやっていて、本当は誰かがまとめて持ったほうがいい仕事だ。最初は時間がかかる。覚えれば任せられる。現場を見ている人なら、思い当たるものが必ずある。
制度ではない。新しい帳票も出てこない。業務の割り当ては、現場の裁量で決まる。
「配慮はしています」は、片側だけでも言える
この言葉が厄介なのは、嘘をつかずに言えてしまうことだ。
時短も通院も休養も、全部が正真正銘の合理的配慮である。四つ挙げれば、四つやっている。足りていないほうは、数のどこにも現れない。
だから「配慮はしていますか」という問いは、そのままでは何も測っていない。測れるのは、どちら側かを聞いたときだけだ。
育休明けも介護も、出てくる配慮は同じ側に寄る
この片寄りは、障害のある社員に限った話ではない。
保育園の迎えに合わせて働き方を変えた社員。親の介護が始まった社員。治療を続けながら働いている社員。職場から出てくる案は、どの場合もほとんどが同じ側に寄る。時短にする、休みを取りやすくする、負担の重い業務から外す。
親切な対応である。そして、それだけを続けていると、その人の仕事は静かに固定されていく。3年経って、制約は変わらないまま、任されているものだけが入社時と同じになる。
会社の側から見ると、これは投資が途中で止まっている状態にあたる。採用にかけた費用と最初の数か月の教育が回収できるのは、任せられる仕事が増えていったときだけだ。3年同じ作業のままなら、回収は最初の数か月分で終わっている。
そして新しい業務が出てくるたびに、また人を採ることになる。同じ人件費で担える範囲が広がらないので、増やすしかない。定着率の欄は埋まる。誰も辞めていない。それでも雇用の中身は増えていない。
制約を抱えた社員に対して、「軽くする」以外の手を持っているかどうか。それがその職場の設計の厚みで、そして制約を抱える社員はこれから増える。減る要素がひとつもない。
障害者雇用の担当者は、この偏りを社内で先に見ている立場にいる。配慮という言葉を毎日使い、その中身を決め、記録し、更新している。社内でその実務を持っているのは、たいてい一人か二人しかいない。
合理的配慮の正式名称は、いまも変わっていない。均等な機会と待遇の確保、そして、有する能力の有効な発揮の支障となっている事情を改善するため。
制度は最初から、両方を書いている。使われていないだけだ。
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障害者雇用の担当者は、社内に相談相手がいないことが多い職種です。制度の読み方も、現場の線引きも、正解が一つに決まらないまま判断を求められます。このnoteでは、担当者が一人で悩まなくていいように、制度の読み方、現場で使える判断の軸、対話の設計を書いています。フォローしていただければ、次の記事が届きます。
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なお、仕事の中身そのものをどう分けるかについては、別の記事「障害者雇用で『仕事がない』と感じる本当の理由——業務が『回る単位』まで分解されていない職場で起きていること」で書いています。
制度の側でも同じ場所に議論が来ていて、会社が測った数字ではなく本人が答えた言葉のほうを見る、という話は「障害者雇用の『質』は誰が採点するのか。もにす認定の見直しで、会社から本人へ移る」で書いています。
