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書く人コンプレックス

私は、さまざまなコンプレックスを抱えている。
夜が弱くて徹夜できない、とか。運動音痴で逆上がりや一輪車が人生で一度もできたことがない、とか。いわば、体質的なコンプレックス。
ひとつの企業に勤めあげることもできなかったし、家庭ですら維持することはできなかった(これに関しては私だけのせいではないと、自信を持って言えるが)。いわば、経験的なコンプレックス。
かれこれ35年この身体で生きてきたので、体質的なコンプレックスはいい加減「まあしゃーないな」でやり過ごせるようになった。
ただ、経験的なコンプレックスは次から次へと湧き出てくるから困ったものである。

ところで、素晴らしい書き手には、だいたい文章にまつわるエピソードがあると思っている。
子ども時代の遊び場は図書館でした、とか。
作文や読書感想文が大好きで、長く書きすぎて先生に怒られました、とか。
中学生の頃から芥川や太宰を読み漁っていました、とか。
眠れない夜は布団の中でひたすら読書をしていました、とか。
小学生のときに死にたくなったけど、文章を書くことで救われました、とか。
こういった類のエピソードが、私には一切ない。
読書といっても、中学時代にはまったのはライトノベルだったし、家に帰ってからはゲームに興じていた。部活もしていたし、読書のために時間を取ることはほとんどなかった(夜は今以上にすやすや眠るタイプである)。読書感想文は嫌いだったし、当時は絵を描く方が好きだった。
そんな人間が、今になってライターをやっているわけだ。
文章を書く楽しさに気づけたのは大学に入ってから。数多のレポートや論文を書き続けるうちに、すっかり文章を書くことが好きになった。
しかしそれも、社会人になってからは途絶えた。ビジネス書を通勤電車で読み、その他の空き時間は資格の勉強をした。そのときの私には、「書くこと」がとことん無価値で、自分の人生にとって無駄な作業に思われたのだ。
私には「本がなくては生きていけない」経験も、「文章を書くのが何より好きだ」という経験もなかった。

翻って現在。
私は毎日、コラムを書いている。
お金をもらえるわけではもない。
誰かの役にもきっと立たない。
それでも毎日書いている。
書く人が誰でも持っているはずの「文章にまつわるエピソード」のない私が、書く人になるための営み。
書く人コンプレックスを埋めるために、私は毎日書いているのかもしれない。


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