寄せては返す感情の波打ち際で:Last Days Of April『At Your Most Beautiful』|感情の設計図#18
かつて、港のある街で暮らし、育った。
夏の時期、こころが震えるようなできごとがあるたび、穏やかな波が寄せる波止場に訪れていた。静かな波音を聴いては震えを鎮めてもらっていたものだ。もう20年以上も前のことだ。
その頃の記憶はあいまいで、正確には思い出せない。そもそも記憶というもの自体がきわめて恣意的に書き換えられてしまう不安定な存在でもある。
けれど今でも波打ち際に立っていると、そのときに抱いていた感情のいくつかに出会い直すことができる。

「星に昇る」ための波間の歌たち
当時、波打ち際でよく聴いていた音楽がある。
スウェーデンのエモ/インディーロックバンドLast Days Of April(ラスト・デイズ・オブ・エイプリル、以下LDOA)が2002年にリリースした4thアルバム『Ascend To The Stars』。

南国の夕焼けを思わせるワイン色が印象的だった
ソングライティングを手がけるのは、ボーカルのカール・ラーソン。LDOAは実質的に彼のプロジェクトのような有機体である。
『Angel Youth』『Piano』『Playerin』『Too Close』『All Will Break』『Slow Down』など、ジャケットの印象そのままに、波音がそのままパッケージされたような、儚くも優しく美しい9つの楽曲が並ぶ。
その中でもアルバムのハイライトとして、ひときわ美しさを放っていたのが、最終曲『At Your Most Beautiful』だ。
20数年前、この曲が本当に伝えてくれていたことが何だったのかを紐解いてみたい。その頃はうまく分からなかったことでも、今ならば何かをつかみ取れるかもしれない。そして、大切な人に大切な何かをそっと伝えられるかもしれない。
夏の日の残像が重なる8分弱の物語を、あなたも一緒に味わってもらえたならば、僕は嬉しく思う。
二人がもう元には戻れない場所
『At Your Most Beautiful』の曲を再生する。
透明感のあるクリーントーンのギター。1音1音に余白があるアルペジオ(分散和音)で、空間の広がりを強調するようなリバーブと、わずかな残響を感じさせるディレイのエフェクトが掛かっている。
イントロのコード進行は、明るさと切なさを併せ持つEメジャーキー。それを基調に、そこに含まれるC#m(嬰ハ短調)などのコードが楽曲にほろ苦い哀愁を与えている。(コード解析サービスChordUを参照)
ギターの背後には、微かにシンセサイザーの音(パッド音)が響く。何層にも重ねられた夕焼けの空気を思わせるようなシンセ。波のざわめきや海霧のような情景が浮かぶ。ベースとドラムのリズム隊は、控えめに拍を取る程度で寄り添っている。
聴いているうちに、本当に波打ち際にいるかのような錯覚になっていく。言葉では語れない「何かが終わってしまったあと」の状況を、静謐なイントロが表現している。
30秒過ぎ。Aメロが始まる。カール・ラーソンの中高音のボーカルが、優しく語り出す。何かをあきらめたような気配を纏わせながら。
Just nothing will fix this
I messed up and you took off from here
to where you know that we won't make up
もう何をしても元に戻らない
僕がすべてを台無しにして
君はここから去ってしまった
二人がもう元には戻れない場所へと
なお、このAメロは2回リピートされる。
1度目は、戸惑いの中でつぶやくように。2度目は、それを受け入れようとする静かな覚悟として。結果的にその哀しみが強調され、より深く沈殿していくように感じる。

『At Your Most Beautiful』歌詞及び対訳
君がいちばん美しいその時に
1分40秒過ぎ。サビにあたる部分では、タイトルにもなっている〈At your most beautiful〉というフレーズが登場する。
At your most beautiful
Oh god how I hate that you're so pretty now
Honey, when your eyes have dried
Will there be no more tears to waste on me
tears to waste on me
君がいちばん美しいその時に
ああ、なんて悔しいんだろう。君が今こんなにも綺麗だなんて
ねえ、君の瞳が乾いてしまったときには
もう僕のために流す涙は一滴も残らないのかな
僕なんかに涙を費やす価値はないのかな
「涙を浪費する(tears to waste)」という言葉選びからは、相手の涙を受け取る資格すら自分にはない、と感じているようにも取れる。大切な人の心から自分が完全に消えてしまう未来を想像し、途方に暮れるような心境が伝わってくる。
何度もこの箇所を聴き込むうちに、単なる恋愛の別れではない、異なる種類の別れが想起されてくる。これについては後で触れたい。
曲は徐々にダイナミクスを増し、少しずつ感情が高ぶっていく。
短いサビ後、再び2番Aメロに戻る。
Just nothing will fix this
I'm sorry, so damn sorry
Apologies won't easily ease heartache
もう何をしても元に戻らない
ごめん、本当にごめん
謝ったところで、簡単に心の痛みが消えるわけじゃないよね
ここで再び冒頭のフレーズ〈Just nothing will fix this〉が繰り返される。しかし今回はその後に〈I'm sorry, so damn sorry〉という痛切な謝罪の言葉が続く。ここではじめて「僕」は明確に自責の念を表し、激しい後悔を露わにする。直後に〈Apologies won't easily ease heartache〉と続くように、謝って済む問題ではないことも示される。
「あまりにも遠くへと」のほんとうの意味
4分50秒過ぎのラストサビおよびアウトロで、曲はクライマックスへと向かう。カールが、最後の力を絞り出すように声を上げる。
So far, so far from now
Honey you're so far, so far from I, from I
すごく遠い…今となってはあまりにも遠い
ああ、君はとても遠くに行ってしまった、僕からあまりにも遠くへと
「あまりにも遠くへと」の独白後、一気にドラムが力を爆発させ全音符を刻む。ギターは歪みを増したパワーコードで泣きのメロディを奏で、ストリングスやシンセも最高潮に達する。
…とはいえ、LDOAの楽曲構造は往々にして過度なクライマックスを避け、節度ある美しさを保つ傾向がある。そのためラストも決して怒涛の轟音になるわけではない。抑えられた激情を維持したままピークに達し、やがて静かにフェードアウトしていく。
まるで短編映画のような、繰り返しと動静のコントラスト。過度な演出を避けつつも、余韻の残るラスト。いつのまにか、僕らはその世界に引き込まれていく。

当時のLODAの置かれていた状況がよくわかる解説
ここで、「あまりにも遠くへと」が指し示すものを、このアルバムのタイトル『Ascend To The Stars』と併せて考えてみたい。
和訳すれば「星に昇る」だ。
…もう気づくだろう。この曲における「君」は、なんらかの原因により「僕」だけでなくこの世から遠く離れ、星に昇ってしまったのだと。
当時の僕は、まったく気づいていなかった。今回、何度も聴きなおしてはじめて、カールが伝えていたことが沁み込んできたのだ。20数年の時を経て、この曲の意味していることを僕はやっと掴むことができ、拙いながらも言語化できるようになっていた。歳を重ねるのもわるいことじゃない。
救いなき喪失ゆえの、静かな癒しの感覚
カール・ラーソンの語るソングライティング哲学で特筆すべきなのは、「音楽は悲しみを乗り越える手助けをするものであって、悲しみに沈めてしまうものではない」という考え方だ。
2004年のインタビュー。彼はこう語っていた。
「僕たちの音楽はとても正直でパーソナルだけれど、必ずしも自分自身について直接歌っているわけじゃない。僕はただ“悲しい出来事”について描写しているだけなんだ」
「音楽は悲しみを克服する助けになって、悲しみに縛り付けてしまわないようにしたい。“ハッピー・サッド(嬉しい悲しみ)”さ」
この“ハッピー・サッド”という言葉は、悲しい出来事をテーマにしながらも、どこか救いがあったり聞き手の心を軽くしたりするような、そんな音楽への志向を示唆している。
『At Your Most Beautiful』の歌詞自体は救いのない喪失の嘆きに感じられるが、それでも曲全体としての美しさや静かな癒しの感覚が残るのは、カールの言う“悲しみを乗り越えるための音楽”という意図が反映されているからかもしれない。
この曲を取り上げるにあたって、大切な人のご家族のご友人が、遠くの空へ旅立ってしまったいう報せがあった。突然のことは多くの人を哀しみに突き落とした。いまでも置き場のない感情に嘆くしかないときがあるだろう。僕にできることはあまりにも限られている。哀しみに震える大切な人のことを想い、代わりに涙を流すことしかできない。
優しいあなたたちに訪れた、あまりに悲しい試練。
その痛みがやがて誰かを照らす灯りに変わる瞬間を、いまはただ願う。
この曲が20数年前の僕を照らしてくれたように。
今度は僕が、あなたたちを静かに照らしたい。
そこにいないけれど、そばにいる。

People Tree:「ビューティフルエモ」の源流
LODAが結成されたのは1996年、スウェーデン。
エモーショナルロックバンドの文脈では、The Get Up KidsやJimmy Eat World、The Promise Ringらと近い時期の結成・デビューだ。
北欧ならではの美しい音像は、同郷のStarmarketとも重なるものがある(Starmarketのほうがやや野武士のような感じはあるが)
LODAは当初、いわゆるポスト・ハードコア的な激しい音を鳴らしていたが、3rd『Angel Youth』でストリングスやキーボードをフューチャーしたあたりかりから、激しさは後退し、美しく儚い音へと一気に傾いていく。当時の世界的には、Radioheadから受けた影響も大きかったように思う。
今回取り上げた『Ascend To The Stars』を経たあとの5th『If You Lose It』では、さらにシンプルな楽曲構造とアレンジになり、メロディーの美しさと余白が際立っていった。
その後LODAは徐々にアメリカ風のカントリーやフォークに傾倒していき、もはやエモというジャンルでは括れない存在になっていく。
それでも、カールが追求したひたすらに美しいメロディーは、いまになって振り返れば「ビューティフル・エモ」の源流となったように思う。
その後に続いたCopelandやJack’s Manneguin、Maeなどに影響を与え、いまでも聴く人を感情の波間へと連れていってくれる。
時代の変わりゆく狭間。そこでのひとつのアーティストの変遷を垣間見れたことは、僕の人生にとってもかけがえのない経験となったように思う。
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