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XenoMessiaN-ゼノメサイアN- 第1界 ハジメカイ

『ヒーローに、ならなきゃ。』

東京の街に突如出現した凶悪な罪獣バビロンに立ち向かった巨人の正体は愛に飢えた青年だった。
皆が憧れるヒーローのように活躍すればまだ知らぬ愛を得られると意気込み奮闘するのだが……

これは現実から目を背けながらも一方的に他者からの愛を待ち続ける者たちの物語。


☆ 

 夏の草原に銀河は高く唄う

 胸に手を当てて風を感じる

 君の温もりは宇宙が燃えていた

 遠い時代の名残り 

 君は宇宙

 百億年の歴史が

 今も体に流れてるーーー

窓から黄色い陽光が差し込む部屋、そこに一人の青年が無表情で座っていた。

どうやらここは病院の待合室らしい。

子供たちが笑いながら走り回っている、小児科なのだろうか。

「………」

すると前の席に座る子連れの女性が抱き抱える赤ちゃんと目が合う。

すると。

「……うえぇぇん!!!」

目が合った途端赤ちゃんは泣き出してしまう。

「……っ」

周りが一斉にこちらを向いた。

別に何か悪い事をした訳じゃない、しかし大周のその目は"お前がわざと泣かせた"と言っているかのように見えた。

「ぅ……」

果てしない罪悪感と不安感が訪れ、身体から魂が離れるような感覚に襲われる。

「……はぁ、はぁ」

まるで離れた所からテレビで自分を見ているようだ。霧のようなモヤモヤに包まれて。

頭を抱えて不安に襲われているとある"幻聴"が聞こえてきた。

『君は大丈夫、大丈夫だから!』

必死にポジティブな言葉をぶつけてくるような。

そんな言葉に何の意味がある。

「大丈夫よ〜ほら、ガラガラ」

「……⁈」

"大丈夫"という幻聴と同じ言葉に驚くがどうやら一人の看護婦が子供をあやしに来たようだ。

おもちゃのガラガラ音を鳴らして見事に子供を泣き止ませた。

「キャッキャ!」

「………………………!!」

その光景に思わず見入ってしまう。

子供を泣き止ませた彼女はその母親や周りの人間にとって"英雄"のはずだから。

そして気付けば不安感は消えていた。

その代わり、新たな感情が。

「…………」

意味深に彼女を見つめる。

その目には複雑な感情が写っているようだった。

「どうしました?」

しばらく見入っていると流石に視線に気付いたのか声を掛けられる。

「いえ別に……」

慌てて視線を逸らすが見ていた事がバレた。

恥ずかしい事この上ない。

しかしその声色から別に自分に対して"子供を泣かせた野郎"などとは思っていない事が受け取れたので少し安心した。

が、恥ずかしいのと泣かせてしまった罪悪感は別だ。

「……はぁ」

看護婦がその場を去った後、彼は1人悩んだ。

子供と目が合っただけで泣かれて慌て、泣き止ませた英雄を見つめ、その女性を見ていた事がバレ、今彼の心の中は焦りと恥ずかしさでいっぱいだった。

たった1人異様に暗いオーラを放つ。

まるで闇の中に1人で住んでいるかのように。

少しばかり心が脆すぎるように思えるかも知れないが、これが"彼"だ。

これはこの不器用で人より遥かに心の脆い青年の生涯を描いた物語である。

『創さん、創 快(ハジメ カイ)さ〜んどうぞー』

院内のアナウンスで名前が呼ばれた。

「で、どう調子は?」

「いつも通りです。」

この青年、創 快/ハジメ カイ。

今はこの病院、"宇治原クリニック"で月に一度の診察を受けている。

「前回薬変えてみたんだけど、この1ヶ月どうだった?」

この先生は院長の宇治原。

快の主治医だ。

「相変わらず"パニ障"と幻聴は…」

パニ障とは"パニック障害"の事。

快の場合は先程の魂が身体を離れてテレビから自分を見ているような感覚になってしまう。

"うつ病"によくある症状だ。

「そっかー、夜は眠れてる?」

「眠れるんですけど夢を見ます……」

「どんな夢?」

「みんなに嫌われる、仲良い人とか家族からも。みんなが俺の事を嫌って罵倒する夢です……」

辛い現状を語る。

「それで起きたら不安になって、学校とかバイト行くのが怖いです」

これは障害者や鬱病患者にはよくある事だろう。

「完全に鬱病の症状だね」

「はい……」

宇治原は丁寧に快の病状をカルテにメモしていく。

「でも夢といったら君には将来の夢があるじゃない、"ヒーロー"でしょ?」

「……!!」

将来の夢の話を振られて顔が強張る。

少しもどかしそうに語った。

「最近思うんです、こんな自分がヒーローになれるのかって。発達障害で鬱病持ちの俺が……」

自分のような事情がある者がヒーローになれるのか不安になる。

「でも君はグレーゾーンだから症状は軽い方だよ、現に自己分析だって出来てる」

グレーゾーン、宇治原の言う通りまだ軽い症状なのだ。

しっかり会話など意思疎通も出来る。

「グレーゾーンだからこそですよ、見て分かる障害ならみんなしっかり障害者として配慮してくれる」

グレーゾーンならではの悩みを明かしていく。

「でも俺は分かりづらいから"変な健常者"として扱われるんですよ。配慮してもらえないから当たりは余計にキツい、鬱にだってなります……っ」

感情を露わにしていく快に心配が募る宇治原。

「それでもずっと思い続けてる夢なんでしょ……?」

何とか快の機嫌を直そうと話してみるが。

「そうです、本当にそれしか希望がないんです。誰かに必要とされたい、愛されたい。初めてヒーローを見た時、自分もこんな風になれたらなって感じたんです」

脳裏に浮かぶのは小さい頃に見た特撮ヒーローの画面越しの姿。

「でも俺みたいなグレーゾーンは嫌われるのが自己責任の"悪者として"扱われる、程遠いけど余計に欲望が止まらないんですっ」

散々自分を嫌ってきた者達の蔑むような目を思い出してしまう。

「この鬱を治すためには叶えるしかない、じゃないとずっとこのまま……!」

不安に怯えながらもヒーローになりたいと言う気持ちが抑えられないのだ。

「ヒーローに、ならなきゃいけないんです。誰かじゃない、自分自身のために」

その発言を聞いた宇治原はメモを続けながら快に問う。

「それで、どんなヒーローに君はなりたいの?」

「え?」

「いやさ、例えば悪者をやっつけたり困ってる人を助けたり。快くんの目指すヒーローってどんなイメージなのかなぁって」

当たり前かのような顔で聞いて来る宇治原に思わず思考が停止してしまう。

しばらく考えるフリのような素振りを見せてから快は答えた。

「……考えた事なかったです、イメージはテレビの変身ヒーローだけど別にそこに拘りはないっていうか……」

何とか振り絞った言葉だったため声がどんどん小さくなっていく。

「じゃあ別にヒーローってのに拘る必要もないんじゃないかな?愛されるならそれ以外にも沢山手段はある訳だし」

彼の言う事は最もだと思う。

しかし快にとってそれは残酷な発言だった。

「違うんですっ!どうしてもヒーローじゃなきゃ、死んだ両親に……」

図星を突かれて焦る。

そんな快の脳裏にはある光景が浮かんでいる。

そこには血だらけで倒れる彼の両親らしき存在と血濡れた包丁を持つ男。

『ヒーローなんてこの世に居ねぇんだよ!!』

その男がまだ小さな快に向かって怒鳴り散らしていた。

その光景を思い出した快は震えていた。

「ヒーローに、ならなきゃ。じゃないと両親に振り向いてもらえない……っ!!」

宇治原は震える快を見て少し考える。

そしてまたメモを続けた。

「("あの時"のまま時が止まってるね……)」

帰り道、快はいつもの電車に乗っていた。

車内は少し混んでいる。

快はつり革につかまりながら電車に揺られていた。顔は俯いている。

「ぁ……」

その時電車がガタンと揺れて向かいに座っていた若い女性の足を踏んでしまった。

「痛……」

「あ、すみません……わっ」

慌てて後ずさると今度は後ろに立っていた男性の背中にぶつかってしまう。

ジロジロ……

冷たい視線が集まって来る。

「う……」

まただ、またパニック障害。

周りの人間の視線が異様に冷たく感じる。

本当はそんな事ないのだろうがとにかくそう感じて仕方がなかった。

『まもなく練馬〜、練馬に留まります』

ここは本来降りる駅では無い。

しかし今はとにかくこの場から離れたかった。

なので駅に着いた途端急いで電車を降りる。

その際にも数名にぶつかったがそんな事気にしてられなかった。

「ふぅ……はぁはぁ……」

駅の付近は人が多かったので人通りの少ない住宅地にやって来ると自販機を見つけたので水を購入。

そして先ほど病院で処方された頓服薬を飲みパニックを和らげようとした。

「ゴクッ、ぷはっ……」

しかしすぐには治らない、数分経ってから効き始めるためだ。

「ん、はぁっ…?」

ふと近くの一軒家を見ると小学生ほどの子供が自宅に帰って来た様子が伺えた。

「ただいま〜!」

「おかえり、楽しかった?」

仲睦まじそうな家族だ、"ただいま、おかえり"と挨拶をする様子を羨ましそうに見ている快。

「……っ」

そんな羨ましそうな目をする理由は?

しかしそんな彼に息つく間もなく次の災いが降り注いだ。

「ポテトいる?」

「いらないですっ」

「えぇ?美味いのに〜」

ガラの悪い男3人組がフライドポテトを片手に女性をナンパしている。女性は明らかに嫌そうだ。

「チラッ……」

その女性は快を見つけると助けて欲しそうに見つめた。

「くっ……」

ヒーローになるチャンスだ。

しかしまだパニックは治まっていない、震える足は彼を動かさなかった。

助けを求める女性と目が合っているのに何もできない。

自分の弱さに腹が立っていると。

「お?何、ジロジロ見てどーしたの?」

不良が快の視線に気付きターゲットが移った。

「え、いや……」

腹が立ったのか快の周りにやって来て囲う。

「ポテト欲しい人?」

「それはねーだろ笑」

嘲笑うかのように快を見つめる不良たち。

全身を寒気と震えが襲う。

「うぅっ……」

しかし自分はヒーローになりたい、こんな所で諦められるか。

チャンスが来たなら証明しろ。

そう思い拳を構えて見せる、とても弱そうに見えたが今の快には精一杯だった。

「お、やる気か?」

すると不良の一人が快の背中から手を回し羽交締めにする。

「あっ……くぅっ」

何とか抵抗しようと足を出して蹴ってみる。

それが余計に不味かったようで。

「蹴ったぞコイツ!」

「そのまま押さえてろよー、おらっ!」

思い切り快の顔面を殴り付けた。

そのまま羽交締めの手は離され地面に倒れてしまう。

「ははっ!」

そして不良たちは嗤いながら動けない快を何度も蹴り付けた。

「無抵抗だぞコイツ笑」

「よし、逃げるぞ!」

ひと通り蹴り飛ばして満足したのか不良たちは走ってその場を去っていった。

「…………」

倒れたまま動かない快。

そこへ先ほどまで不良に絡まれていた女性がやって来る。

「大丈夫ですか⁈」

心配そうに駆け寄り快を起こそうとしてくれる。

しかし今の快の心はそれどころではなかった。

「(助けるどころか逆に心配されるヒーローって……)」

そんな思考が止まらない。

するとまたあの幻聴が聞こえる。

『君は大丈夫、安心して!』

そんな事はない、見て分かるだろう。

幻聴に対しても呆れてしまう快であった。

「大丈夫じゃないです……」

そう呟きながらも自分で立ち上がり快は泥だらけで帰る事にした。

大丈夫じゃないのは心の方なのだ。

「(こんなに苦しいのに"涙が出ない"……)」

彼はいくら辛くても泣かない体質なのである。

過去に一体何があったのだろうか。

俯きながら自宅へと戻る。

「……」

一言も喋らない、ただいまも言わなかった。

すると廊下の奥から姉である"美宇/ミウ"の声が聞こえる。

「帰って来たなら言ってよ……」

向こうもおかえりとは言わない、少し気まずそうな空気が流れている。

しかし快の姿を見て驚愕の声をあげた。

「何これ泥だらけじゃん!どうしたの⁈」

先ほど不良たちによって蹴られた時に出来た汚れを見られて心配そうな声をあげる。

「……ヒーローになれなかった」

快がこのように答えると美宇は少し弱くため息を吐いた。

「はぁ、まだそんなこと言ってんの?それで無茶した訳?」

「うん……」

「もう、心配かけるような事しないでよ。本当にさぁ……」

そして仕事の準備をしながら快に着替えを渡す。

「早く着替えちゃって!」

そして仕事に向かおうとした。

「今から仕事?」

「そうなの、今日の人が体調崩しちゃったからヘルプで……」

忙しそうにしながらぼやく。

「ただでさえ休み取れてないし婆ちゃんの介護もあるのにさぁ……」

そのまま玄関の扉を開けた。

「じゃ、行ってくるから」

「あい」

そして美宇が居なくなると快はテレビの前に向かった。

リモコンを手に取りサブスクを開いて憧れのヒーロー番組を点けた。

『大丈夫かい?』

画面には女性を見事に助けるヒーローの姿が映し出されていた。

先ほどの快とは真逆で華麗に悪を倒して女性からも賞賛されている。

「いいなぁ……」

そんな画面越しに誰からも愛されているヒーローを見ながらポツリと呟く快が寂しそうな背中をして座っていた。

空が赤色に染まる空間、空の向こうには紫色に輝いた"もう一つの地球"が見える。

まるでこの地球と互いに吸い寄せ合っているかのようだ。

「きゃぁぁぁ!!!」

人々の悲鳴が響く。

その原因は明確だった。

「フォオオオオン」

謎の翼の生えた巨大な人型生物が街を蹂躙しているのだ。

一体ではない、何体も無数に空から舞い降りて来る。

その天使のような生命体が地上を攻撃し人々を殺していた。

「助けてぇぇ!」

「死にたくないっ!」

そのような声が響く中、吸い寄せ合っている二つの地球は中心に"ある形"を造っていく。

それはまるで星のように巨大な"赤子"であった。

「…………」

産声一つあげない巨大な赤子。

天使たちはその臍の緒から出現しているように見える。

そして赤子はこちらの方に向いてから目をカッと開いた。

そして。

「またやっちゃった」

「はっ……」

そこで快は目が覚める。

どうやら夢を見ていたようだ。

「何だこの夢……」

気分が悪い、鬱病だからこんな夢も見てしまうのか。

そう無理やり納得させ絡まった付けっぱなしのイヤホンを解いて外す。

『いいこいいこ〜』

イヤホンを繋げたスマホからは女性が頭を撫でてくれるASMRの動画が流れていた。

それを止めて時計を見ると快は驚きの声をあげる。

「八時、……遅刻じゃん!」

慌てて準備し家を出ようとする。

制服も髪も適当だ、朝のコーヒーも飲んでない。

「ヤバっ、ごめん起こすの忘れてた!」

姉の美宇は忙しそうに準備しながら快を起こさなかった事に気付く。

「急いで行くからっ!」

靴をかかとで踏んだまま家を飛び出す。

「ちょっとお弁当は⁈」

用意した手作り弁当を持って玄関に行くが既に快は家を出てしまっていた。

「……何なの、せっかく準備したのに」

少し不貞腐れた美宇は悲しそうに準備に戻った。

なんとか学校の前まで着くが、既に一限目は始まっている時間だ。

「(やばい、どうしよう……)」

またまたパニ障がやって来る。

心が霧に包まれるような感覚もあった。

このまま教室に入ったら一気に注目の的となる。そして怒られるのを教室中の人間に見られるのだ。

それを恐れた快が下した決断は。

「……サボろう」

静かに学校を後にする事だった。

連絡も無しにサボる事となるが仕方がない、今の快にとっては精神を保つ事の方が優先事項だ。

「ゴクッ……はぁ」

歩きながら頓服薬を飲む。

頓服薬はそんなに多くは貰えない、このままのペースでは次の診断までに薬は無くなってしまいそうだな。

学校をサボった快は自宅付近に戻り近所の広い梅林公園の中にある丘、通称"カナンの丘"にやって来ていた。

一本の大きな樹が中心に立つカナンの丘でベンチに座り自販機で買ったコーラの缶を開ける。

「はぁー!」

一気に半分近く飲み込んでため息を吐く。

自分だって出来る事なら普通に上手くやりたいのに上手くやれないのだ。

それが発達障害を持って生まれた者の運命。

「ん……?」

そして丘から下の方を見るとそこには三人家族が手を繋いで公園内を歩いている姿があった。

とても幸せそうだ、愛を感じているように見える。

「(家族か、いいな幸せそうで……)」

その光景を見て快は自分の家族の事を思い出していた。

まるでフラッシュバックのように鮮明に記憶が蘇る。

「はぁっ、はぁ……」

それは目の前の彼らのような幸せなものではない。

息が苦しくなるほど辛い記憶だった。

快のフラッシュバックに写ったのは両親の姿だった。

『何でもっと普通に出来ないの!!』

泣き叫ぶ母親。

『母さんの気持ちを考えてやれ!』

そんな母親に味方する父親。

『この子には心がないっ、他は普通なのに……!!』

『そういう障害だって言われても家族はキツいよ……』

彼らは何かある度に何度も泣きながら快を罵倒し酷い時には頬を叩いたりもした。

まだ幼稚園児だというのに。

「はぁ、はぁ……」

傷付きながら両親への憎しみを募らせていく快。

そして小学校に上がる頃には完全に両親が嫌いになっていた。

『"ただいま"も言ってくれないの……?』

学校から帰っても無視して自室に向かっていたため挨拶をしない事に母親は悲しそうにしていた。

しかし知った事ではない、そうさせたのは彼女らなのだから。

「助けて、ヒーロー……」

そんな日々から抜け出したくて快はヒーローに助けを求めた。

毎日ビデオテープが擦り切れるほど同じ番組を見続けては皆んなから愛されるヒーローに憧れたのだ。

「(いいな、ヒーローは愛されて。俺もこんな風に……)」

そしてそんな日々が続いたある日、快は何故だか知らないが両親に連れられて三人で外を歩いていた。

『どうしても快に話したい事があるんだ……』

そう言って話題を振ろうとする父親。

『あのね……?』

そして母親が話し始めようとしたその時だった。

向こうから包丁を持った男が突撃して来たのである。

『うっ……』

快を庇うように刺される父親。

そしてそのまま母親も刺されてしまった。

『ごめん、ごめんね快……』

腹部から血を流しながら母親は最期に快を抱き締める。

何故今まであんな扱いをして来たのに最期だけこんな事を言うのか訳がわからなかった。

「助けて、ヒーロー……!」

しかし目の前にまだ犯人がいる。

ほっそりとした男は包丁を持って快に迫る。

『ガキ、ヒーローが来てくれると思うのか?』

そして決定的な一言。

『ヒーローなんてこの世に居ねぇんだよ!!』

その言葉を聞いた途端、快の心は完全に閉ざされた。

両親の最期の理解不能な言動、そして唯一の救いだったヒーローの否定。

鬱病を患うのには十分すぎる仕打ちだった。

この瞬間から涙も消えたのである。

『何で泣かないの?心がないの⁈』

両親の葬儀では目を赤く腫らした姉から罵倒された。

人を想う余裕がなくなり泣けないのだ。

そして学校では薄情なやつと罵られ更に愛への飢えは募っていく。

『はぁ、はぁ……他人のこと考えろなんて、そんな余裕ないんだよっ……!!』

自宅に飾られている両親の遺影。

それを見ても苛立ちしか得られなかった。

『絶対ヒーローになってやるっ、そして二人からも愛されるような存在に……っ!!』

両親への負の感情を爆発させて彼らから得たかった愛を求めるようになってしまったのだ。

フラッシュバックが終わっても快の頭は両親の事でいっぱいだった。

『どうしても快に話したい事があるんだ』

何よりも気になるのはそれだ。

両親は死ぬ前に何を言おうとしたのだろう。

「分かんねぇよ……」

泣きたいのに泣けない。

顔を押さえてまるで泣いているような素振りを見せるがどうしても涙は出なかった。

「(泣けねぇ……)」

そんな風にしているとスマホに着信が入る。

プルルルル……

画面を見るとそこには"瀬川"と書いてあった。

「……もしもし」

仕方なく電話に出ると明るい声が聞こえる。

『あ、出た!お前今日休み?先生が連絡してないって言ってたけど!』

"瀬川抗矢/セガワコウヤ"、快の唯一と言ってもいい友人である。

「別にいいだろ。あ、みう姉には言わないで」

『いいけどよ、お前なんかテンション低くね?カルシウム足りてるか?』

辛い過去を思い出していたためテンションが下がっていたのだ。

「あいにく牛乳は好きじゃないんで」

『てかどうしたのよ今日』

快はサボった理由を説明した。

『なるほどなぁ…』

瀬川は快の障害とうつ病については理解してくれている。なのでこの話はすぐわかってくれた。

「だって俺クラス中から嫌われてんじゃん?隣の女子とかに一瞬休みだって期待させといて来たらすんごいガッカリされるだろうし……」

『お前ネガティブすぎだって、多分そんな事は……』

瀬川がそう言おうとした瞬間、後ろから女子の声が聞こえる。

「何か今日落ち着くなと思ったら創休みじゃん」

「いつも何か落ち着かないもんねー」

それは快の隣に座る女子とその友人のものだった。

その事を聞いて瀬川は黙ってしまう。

「ん、どうした?」

『いや何でもない……』

快と電話するそんな瀬川の様子を見ている女子の姿が教室にあった。

そして2人の話題は変わる。

『俺お前以外に友達いないからよー、1人で寂しいんだぞ!』

「明日は行くよ、だから安心しろ」

『何言ってんだ、明日休みだぞ』

「は?平日だろ?」

『"創立記念日"だよ!忘れたのか?』

「あーそうだった……!じゃあさ、明日映画観に行こう!そこで埋め合わせするから…!」

『オーケー、その方が学校より気楽に色々遊べるしな』

明日新宿に映画を観に行く約束をして電話を切る。

なんとか明日はいい日になりそうだ。

夕方、学校が終わる頃になって快は家へと帰って来た。

『いいこ〜、いいこ〜』

「はぁ……」

愛の疑似体験をしようとまたASMR動画を見て音声を聞いていると姉が部屋に入って来る。

「快、あんた今日学校行かなかったの⁈」

明らかに怒っているのが分かる。

何故バレたのだろう。

「え、いや行ったけど……?」

「嘘言わないで、クラスの子が休んだからってプリント届けに来てくれたよ!」

クラスの子、来るなら瀬川だと思うが瀬川にはサボった事は言わないように行ってある。

「瀬川?」

「いや女の子。待たせてるからまず行ってあげな!」

女の子、一体誰が自分のためにプリントを。

それより今はみう姉が怖かったが。

「ん……」

コミュ障なのでそれだけ言って玄関を覗く。

するとそこには小柄で可愛らしい少女がちょこんと立っていた。

「どうも……」

少し照れ臭そうにしている少女。

名は"与方愛里/ヨガタアイリ"という。

「あ、与方さん……どうしたの?」

「これ、プリント届けに来たの。」

そう言ってプリントの入ったファイルを手渡す。

「ん、ありがと」

受け取ったので見送ろうとするが彼女は中々帰ろうとしない。

何故かモジモジしている。

「どうした……?」

「えっと、今日何で帰っちゃったのかなって……」

「どういう事……?」

「快くん今朝学校の前まで来てたでしょ?そのまま帰っちゃうの窓から見えたの」

まさか見られていたとは。

「いやまぁ、ちょっと事情があって……」

少し考えるがどうしても纏まらない。

「(障害とか鬱病のこと話したら嫌われるかも……)」

そんな考えが思考を遮ってしまい何も言い訳が浮かばないのだ。

すると沈黙を嫌ったのか愛里は発言する。

「何か話しづらかったり学校で不安な事あるなら相談乗るよ?」

優しい笑顔を見せてくれる。

それで少し安心したので考えが纏まった。

「いや、昨日色々あってさ。不良みたいな人に暴行されたりして……それで少し他人が怖くなったっていうか」

「え!そうだったの⁈大丈夫だった……?」

驚いた顔をして更に心配までしてくれる。

「うん、大した怪我はしなかったよ。それより精神的ダメージの方がね……」

「だよねぇ……誰も助けてくれなかったんだ」

「っ……!!」

その一言で快はかつての事を思い出す。

『ヒーローなんてこの世に居ねぇんだよ!!』

両親が殺された時の犯人の言葉を思い出してしまう。

この時は誰も助けに来てはくれなかった、そういえば不良に暴行された時もそうだった。

「はぁ、はぁ……」

そこで少しパニック障害が始まりそうになる。

その様子を愛里は察した。

「大丈夫?顔色悪いけど……」

上目遣いで顔を下から覗き込んで来る。

その距離の近さに思わず仰け反ってしまった。

「うわっ!だ、大丈夫だよ……」

よく見たら小柄で童顔な割に胸がかなり大きい。

緊張して顔が赤くなってしまった、それを愛里は指摘する。

「本当に?顔赤いけど」

「大丈夫っ!」

慌てて否定するが愛里は心配をしている。

何とか話を戻そうと試みた。

「えっと、俺はヒーローみたいにカッコよく絡まれてる人を助けたかったのにさ」

あの時の自分を思い出す。

「でもヒーローなんてこの世にいないんだよな……」

そう発言すると愛里は少し黙る。

考えるような素振りを見せた後こう続けた。

「ううん、ヒーローはいるよ。じゃないと私、ここにいないから」

真剣な表情で語り出す。

「小さい頃家が火事になってね、私のヒーローが助けてくれたの」

かつての記憶を思い出しその時のヒーローの姿が脳裏によぎる。

「その後も泣きながら寄り添ってくれて嬉しかったなぁ」

過去を思い出しながら笑顔になる愛里。

しかし一方で。

「ヒーロー、いたんだね……」

快は自分がヒーローになれていない事を痛感してしまう。

「そんな中で俺はヒーローになれてない……」

悔しそうに呟くと愛里がフォローするような形で発言する。

「きっと選ばれた人がヒーローになるんじゃないかな……?」

しかしその発言が快には地雷だった。

「俺は選ばれてないって事……?」

全てネガティブに考えてしまう。

「あ、そんなつもりじゃ……!」

愛里も失言に気付いたのか慌てて訂正しようとするがもう遅い。

「ごめん、帰ってくれるかな……?」

そう言って追い返そうとする。

正直もうキツかった。

「……ごめんなさい」

一言謝ると愛里はその場を後にした。

帰宅したのだ。

「はぁ……」

ため息を吐きながら自室に戻ろうとリビングを通る。

しかし姉の美宇は逃してくれなかった。

「今日何で学校行かなかったの」

忘れてた、姉も怒っていたのだ。

「本当に鬱が辛くて……」

何とかその場を逃れようとする。

しかしやはり逃してくれない。

「それは分かるけどこの間もそう言って休んだでしょ?せっかく婆ちゃんがお金出してくれてるのに無駄にして申し訳ないと思わないの?」

「でも無理したら余計に辛くなるから……!」

抵抗するが姉は呆れたような顔をする。

「病院でも言われたでしょ、ちゃんと日中行動した方がいいってさ。ちょっとでも無理しないとそっちの方が酷くなるよ!」

しかし快からすれば余計なお世話だ。

「みう姉には俺の辛さは分からないよ……」

ハッキリとそう言うと姉は辛そうな顔をする。

「分かるよ、私だって鬱っぽくなる事あるもん。父さん母さん死んでから快のためを想って大学も行かずに働いてるのに……認知症の婆ちゃんの介護もしてさ、私だって辛いんだよ……?」

自分の辛さもある事をアピールしてくる。

「でも俺の方がちゃんと鬱病になった、病気なんだよ……!」

しかしこちらは病気だ、診断もされている。

自分の方が辛いのだと言った。

「私の辛さは考えてくれないの⁈」

「余裕ないよ!」

そう言って無理やり振り切って自室に戻って行く。

一人残された美宇は床にへたり込んだ。

「何でこんな大変な想いさせるのよ、父さん母さん……」

大変な弟を遺して死んだ両親に涙目で語りかけるのだった。

一方で自室に戻った快は特撮ヒーローのビデオを点ける。

『がんばれー!』

そこで誰からも愛されるヒーローを見て嫉妬心に似た悔しさで震えるのだった。

「ヒーローになりたい、そしたらきっと……」

そう言って快は番組を見続けるのだった。

翌日、快は瀬川との約束の地へ向かうため新宿駅で電車を降りた。

するとスマホにLINEが届く。

『やべー寝坊した!遅れます…!』

「あいつ……」

駅のホームにあった自販機で何か買おうとするが。

「(コーラ売り切れてる……)」

大好きな缶コーラが無い事にがっかりする。

今の快の傷ついたメンタルには何でも深く刺さり過ぎるのだ。

昨日の愛里と美宇との一件はまだ快の心に傷を大きく残していた。

そんな状態で瀬川と楽しめるのか、楽しめないと失礼じゃないか、そんな事まで考えては落ち込んでしまうほど。

「はぁ〜」

自分はヒーローにはなれない。

まともな人からそう言われてしまっては反論のしようが無い。

しかしヒーローになりたい、必要とされたいという欲求は止まらない。今の心は苦しくて仕方がなかった。

大きくため息を吐いたその時、ホームにある男の声が響いた。

「おい、落ちたぞ!」

何やら人が一箇所にぞろぞろと集まっている。

何事かと思い快もそちらを覗いてみた。

するとそこには。

「うぅ〜いててて……」

なんと酔っているであろうホームレスが線路の上に落ちてしまったのだ。

そのまま眠ってしまったのか起き上がる気配がない。

『間もなく列車が参ります』

タイミング悪くアナウンスが流れる。

「待ってよ、電車来ちゃうじゃん!」

「誰か駅員さん呼んで!」

しかし誰も自分から動こうとはしない。

理由は明白だ、無理に助けようとしたら自分まで巻き込まれかねないから。

「ゴクッ.......」

そんな中息を呑む快が考えていた事は。

「(証明するなら…)」

ヒーローになりたい、しかし自分にはなれない。

それは本当なのかどうか証明するチャンスがやって来た。

しかし失敗すれば死ぬかも知れない、しかし挑戦しなければ二度とチャンスは訪れないかも知れない。

そんな心の葛藤が渦巻いていたのだ。

「ふぅーーよし……!」

そして快が取った決断は線路に降りて助ける事だった。

「おい!電車来るぞ!」

確かにこのまま自分ごと死ぬ可能性もある。

しかし今は自分がヒーローになれる事を証明しなくては。出来なければ死んだも同然なのだ。

「あの!大丈夫ですか⁈」

寝ている酔っ払いを起こそうと体を叩く。

「うぅ〜うるせぇなぁ……」

しかし全く起き上がる気配はない。

「クッソ!」

そこで快は肩を組み無理やりにでも起き上がらせる事にした。

そこへ電車がやって来る。

プアアァァァーーーンッ

耳をつん裂くような汽笛を鳴らして迫り来る。

「うるせぇ……なぁ!」

その時酔っ払いは寝ぼけながらキレて快の手を払い除けた。また線路に横たわってしまう。

「おい!しっかりしろって!!」

もうダメだ。

電車はすぐそこまで迫っている、もう間に合わない。

「きゃーーー!!」

「ダメだぁぁー!!」

そんな声が響く。

そして快は。

「はぁっ、はぁ……」

まるでスローモーションのように時間が流れていた。走馬灯というやつか。

ドクン、ドクン……

自分はノロマで頭も悪くて。

ドクン、ドクン……

障害のせいで人とも上手くいかずに。

ドクン、ドクン……

夢も叶えられずうつ病になって意味もなく苦しみ。

ドクン、ドクン……

誰も救えないまま、必要とされないまま死んでしまうのか?

「嫌だ………」

嫌だぁぁぁーーーーっ!!!

そして響いた音は。

ドオォォォォン……ッ!!!

「……え?」

目の前の光景を疑った。

自分達に衝突しているはずの電車が宙を舞っているのだ。それに地面が崩れるように裂けている。

グギャアアアァァァッ!!!

その中から見た事もないほど巨大な生物らしき何かが出現した。

耳をつん裂くような雄叫びをあげている。

「何だアレ………⁈」

鋭い目つき、悪魔のような顔、轟く咆哮、全身を覆う鎧のようなトゲ。

"バビロン"はその凶悪な面を見せて渋谷の街に出現した。

「グギャアォォォッ!!」

新宿駅から進行する。尻尾を叩きつけビルを破壊し口からは熱線を放つ。

突如現れたその脅威に人々は逃げる事すらままならなかった。

「………はっ!」

しばらく唖然としていたが巨大な咆哮の隙間から微かに聞こえる人々の悲鳴を耳にして我に還る。

「助けてぇーー!!」

訳もわからず逃げる者。

「ママぁぁーー!!」

瓦礫に親を押し潰され泣き叫ぶ子供。

またはその逆、子供を潰され泣き叫ぶ親。

「はっ、はっ……」

その声を聞いた快の身体は自然と走り出していた。

「(ヒーローに、ならなきゃ…!)」

バビロンが暴れ回る新宿の街。

逃げ惑う人々の中、その群れを掻き分けて反対方向へと走る者が一人。

「はぁっ、はぁっ……怖いっ、はっ……!」

持久力は高い方じゃない。しかし彼の使命感によって発生するアドレナリンが彼をどこまでも走らせる。

自分に一体何が出来るかは分からない。だがしかし、ここで動いてこそヒーローというものだろう。

「(少しでも……助けられたら……!)」

燃えるビルを追い越し、瓦礫に潰された死体を横切って走る。

焼け野原になった新宿を息を切らして駆け抜ける。

「あっ」

しかし彼は選ばれし者ではない。

瓦礫につまずき簡単に転んでしまった。

「くぅぅ……」

地面に突っ伏し何も出来ない自分にショックを受ける。

やはり自分にヒーローなんて無理なのだろうか、そう思った時。

「大丈夫ですか⁈」

甲高い女性の声が聞こえる。

顔を上げるとそこには自分と同い年くらいの少女と彼女と手を繋ぐ小さい男の子がいた。

「ぁ、君……」

何故か一瞬立ち止まるがその後すぐに手を差し伸べる。

「ほら、立てる?」

倒れている自分に手を差し伸べてくれる少女。

太陽の光を背に浴びた彼女の姿は、まるで自分がなりたかった"理想のヒーロー"のようだった。

手を取り合った3人は近くのショッピングモールの中に避難していた。

「私、"勇山英美/イサヤマヒデミ"。よろしくね」

「創 快。」

「オーケー快ね。そしてこの子はリク君。」

「グスッ……」

リクという子供は先程からずっと泣いている。

「この子ね、あの怪物の光線で目の前でお母さんを亡くしたの。だから何とか助けてあげたいと思って無理にでも連れて行ってる。」

「そっか……」

彼女は凄い、自分には出来なかった"人を助ける事"を平然とやってのけている。

それを目の当たりにした快の心境は少し複雑だった。

その時遠くの方からバビロンの咆哮が聞こえる。

まだ破壊活動を続けているらしい。

「ひっ……」

母の事を思い出したのか恐れるリク。

「よしよし、大丈夫だからね〜」

「ひっく、グスッ……ママぁ〜」

必死に英美が撫でても泣き止む気配はない。

同然だ、母を失ったばかりだから。

快は母を失った時の自分と今のリクを照らし合わせて全く泣けなかった事、それが意味する事にまた複雑な感情を抱いた。

「よし、コレ何だ?」

リクに見せた英美の手の中にはボロボロの瓦礫があった。

「これをこうして……パッ!はい無くなりました!」

どうやら手品を見せるらしい。

「ねぇ、ポケットの中見てみな?」

どうせその瓦礫が出て来るんだろう、快は側から見ていてそう思った。

しかし出てきたのは。

「なんとさっきの瓦礫さんはリク君の心を通過して綺麗な宝石になりました〜」

英美はリクのポケット革の紐でネックレスのようになった水晶を取り出した。

その水晶の美しさに少し目を見張る。

「……!」

あまりに綺麗なものが出て来たためリクも同様にその水晶に注目した。

次に英美はリクの肩を叩いて言う。

「君の宝石を生み出すような綺麗な心はきっとママにとっても宝物だったよ思うよ。」

「……うんっ!」

なんと泣き止ませてしまった。

自分には決して出来ない事だ。

しかし快の心は圧倒された事実を認めた事により英美との差を感じ気分が落ち込むのであった。

「……くっ」

そんな快を他所に英美は行動を始めた。

「グォォォ……ッ」

その時、またバビロンの咆哮と共にビルが破壊されガラスが割れるような音が聞こえた。

「いつまでもここにいる訳にはいかないね、安全な所まで移動しよっか」

三人は瓦礫だらけのショッピングモール内を移動していた。

「はっ、どこまで……行くの?」

「まず南側出口に行こう。そしたら真っ直ぐ怪物と反対方向まで逃げるの。そしたら多分避難して来た人もいっぱいいるだろうから。」

「なるほどね……はぁっ……」

英美はリクと手を繋ぎ気遣いまでしている。

「大丈夫?疲れてない?」

「うん大丈夫」

先程からヒーローらしい行動を散々見せつけて来る英美。きっと彼女は素晴らしい人なのだろう。

しかしヒーローを目指すがなれない快にはどうしてもそれが当て付けのように見えて仕方なかった。

ヒーローな英美とヒーローになれない自分。

今、快の自尊心は今までにないほどボロボロだった。

「……っ」

リクも母の死を乗り越えようとしている。

そんな強い二人が前方で手を繋いで歩いている。

まるで自分が置いてかれているようだ。

「はぁ、はぁ……待って……っ」

「ん、大丈夫?」

そこで快の言葉に気付いた英美が声を掛けて来た。

しかし優しい言葉を言ってくれても嬉しくない。

「……何が?はっ……」

 

「歩き方、変だよ?」

「えっ……?」

「ちょっと見せて!」

そう言って英美は無理やり快を座らせて右足の様子を見た。

「ちょっとコレ!捻挫してるんじゃない⁈」

快の右足首は真っ赤に腫れていた。

まさかさっき転んだ時にやってしまったのか。

「大丈夫だよこれくらい……」

何とか対抗しようと強がりを言ってみせる。

しかし。

「ダメだよ!……お願い、助けさせて」

急に強い表情になった英美。

その力強い言葉に思わず受け入れてしまう。

「大丈夫、何か持ってくるからね」

そう言って英美は近くにあったドラッグストアに走って入っていった。

「………」

「………」

今この空間には快とリクの2人だけだ。

気まずい沈黙が嫌で快は口を開く。

「ねぇ、あのお姉ちゃん好き……?」

単純に気になった。やはり子供はああ言ったヒーローに憧れるものなのか。

「うん。だって優しくてカッコいいもん。」

「そっか……」

また自尊心が傷ついてしまう。

こんな自分も嫌で仕方がない。

しかし彼女はヒーローらしい行動を取り実際リクから愛されている。

そのような彼女を凄いと認めざるを得なかった。

「お姉ちゃんヒーローにならなきゃいけないんだって。自分がみんなを助けなきゃいけないって言ってた」

するとリクがそんな事を言い始める。

「……っ!」

快の気持ちと重なった。

彼女の芯には何があるのだろうか。

そこで英美が戻って来る。

「あったよ湿布と包帯!ショッピングモールでよかった……!」

笑顔で戻って来た彼女はそそくさと快の応急処置をしてくれる。

「よし、これで完了!よかった、まだ私やれる……!」

そう言って英美とリクの二人は手を繋いで再び歩き出す。

「………」

しかし快は立ち上がれないでいた。

英美との差を痛感し自分は必要とされない存在であるとより深く実感したのだ。

「ん?どうしたの?」

そんな快の感情も知らず、英美はその笑顔を見せて振り返る。

正直やめて欲しかった。

「俺は、いいよ……」

そしてとうとう諦めの一言を放った。

本当はこんな事言いたくない、だがしかし今の快の精神はボロボロで自暴自棄になってしまっているのだ。

「何言ってんの……?ほら、一緒に行こうよ!」

そう言って手を差し伸べる。

本当にそういう所が嫌で仕方がない。

「もう、もうやめてよ……それが嫌なんだよ……!」

あまりにも身勝手な言葉だというのは分かっている。しかし自分を守るにはこれしかなかった。

「……え?」

何も出来ない自分が惨めで。

「何で……君はそんな風に出来るんだ……?これ以上俺を惨めにさせないでくれ……!!」

「え……?」

突然大声をあげた快に少し驚く英美。

「そんな事ないよ、君は惨めなんかじゃ……」

少し冷や汗を流しながら言う英美。

しかし。

「綺麗事ばっか言ってさ!そんなんじゃ苦しんでる人は救えないって……!!」

苦しんでいる人、まさに自分の事だ。

綺麗事ほどイラつくものはない。

「っ……!!」

英美は快のその綺麗事を否定する発言に反応した。

「君が命を救えばその分俺の心が傷ついてく、でもそんな事誰も気にせず君を讃えるんだろ……?良いよな、君は愛されて……」

「……………」

「"選ばれし者"って、訳わかんねぇよ……!」

少し考えるような素振りを見せて英美は答えた。

「私はさ、別に自分を選ばれし者だなんて思ってないよ。」

「……!」

「綺麗事じゃ心は救えないっていうのも分かってるつもり。でも私、綺麗事しか分からないから……」

少し震え始めた。

「でもリク君は救ってる……」

「気休めでしかないよ、根っこの悲しみまでは消せない」

自分の無力さを感じながらも声を振り絞って言う。

「私は命を救う事しか出来ない、でもそれが私に出来る事ならやるって決めたの」

そして決意を固めたような表情で言った。

「ただ"自分になら出来る事"を見つけてやってるだけ。何度も何度も間違えて、ようやく見つけた答え」

「………」

「自分にしか出来ない事がある、だからそれをやればいいの。いつか分かるよ。」

快は俯きながら答えた。

「俺に出来る事なんて……何も無い」

「そんな事、だって君は……」

そう言いかけた途端、地面が大きく揺れる。

バビロンが暴れているのだろう。

「おわっ……!」

「危ない!」

快の座っていた辺りの床が崩れ始める。

その崩落に巻き込まれ快は下に落ちてしまいそうだ。

「うわぁぁぁっ!!」

まだ死ぬわけにはいかない。そんな思いで手を伸ばす。

「キャッチ……!」

その手を英美がキャッチしてくれた。

崖になった所から落ちそうな快を必死に引っ張って掬い上げようとしてくれている。

「何でここまでするんだよ!君まで危ないだろ!」

「バカ!」

「……!!」

「まだ何も分かってないのに……そんな事言わないで!!」

英美の目からは涙が流れていた。

「今はまだ分からなくても!自分に出来る事は必ずある!だからこんな所で諦めないで!!何度失敗しても必ず辿り着けるから!!」

「......くっ」

何とか力で登ろうとする。

「うう!」

そこにリクも加勢してくれた。

三人の力で何とか快を引き上げる。

「はぁ、はぁ……」

「ちょっと、休んでる余裕ないよ!」

未だ建物は大きく揺れどんどん崩れ始めている。

早く脱出しなければ。

「出口こっち!」

三人は急いで走り出す。

捻挫した快は必死に走り、英美はリクと手を繋いで走った。

「あった出口!」

そしてやっとの思いで出口に辿り着き出ようとした時。

「……!!」

英美は反射的にリクを突き飛ばす。

「……え⁈」

次の瞬間、英美の上から大量の瓦礫が降り注ぐ。

その瓦礫に英美は押し潰されてしまった。

「……おい、おい!大丈夫か⁈」

英美は何とか生きているが瓦礫に埋もれて動けないようだ。

快とリクの2人は瓦礫を退かそうとした。

その時。

「グゴォォォッ!!」

バビロンの咆哮が聞こえる。

恐る恐る横を見ると建物の崩れた所からバビロンがこちらを覗いていた。

「グルルル……」

まさか三人気付いたのではと肝が冷える。

「くっ……二人は逃げて!」

「は⁈何言ってんだよ!」

「そうだよ一緒に逃げようよ!」

リクも初めてまともに声を出せたほどだ、相当英美に懐いているのだろう。

「俺だってヒーローになりたいんだ、こんな時こそ……!!」

そう言って瓦礫を撤去する作業に移る。

リクも続けて同じ作業を開始した。

「やめて……やめてよ……!もう私のせいで人を死なせたくない……!!」

英美にもプライドがあるのだろう。

何か言いかけているがプライドならこちらも負けてはいない。

「さっき"出来る事を見つけて"って言ったよね?俺はヒーローを出来る事にしたいんだ……!だから

助けるから!絶対!」

「お姉ちゃん!!」

「……だめ」

2人の必死の言葉にも英美は自分を曲げなかった。

そしてこんな事を口にした。

「ねぇ、ヒーローになりたいなら今は"リク君のヒーロー"になってあげて……」

「……え?」

一瞬快の手が止まる。

英美の言葉を聞いて泥だらけの手を止めてしまった。

「このままだと三人ともダメだよ、だからリク君を連れて逃げて。そしてリク君のヒーローになって。」

これは英美の最期の願いだった。

「君なら上手くやれる、私の目に狂いはないはずだよ…!」

快はバビロンの方を見る。

「コォォォ……」

何やらエネルギーを溜めている。

まさか熱線を撃つつもりなのでは。

「……!!」

英美の言う通りだ、このままでは三人とも死んでしまう。自分の夢も終わりになってしまうのだ。

「はぁ、はぁ……」

時が止まったように感じる。

快の決断の時だ。

「(俺は……)」

「えっ?」

次の瞬間、快は作業をやめてリクを抱きかかえた。

「……ありがとう」

英美は嬉しそうな、悲しそうな表情を浮かべる。

「何すんだよ!これじゃお姉ちゃんが!!」

泣き喚いて暴れるリクを抑えながら出口へと走る。

「君ならやれる、私に出来なかった"心を救う事"が……」

最期に英美はそう言った。

「ゴォォォッ!!!」

そのタイミングでバビロンは熱線を放った。

ショッピングモールの外へ出た快は振り返る。

「……ニコッ」

「……!!」

そして。

英美の残されたショッピングモールは大爆発を起こし跡形もなく消え去った。

「くっ……そぉ……あぁぁぁ!!」

こんなに辛くても涙は出ない。

ただ声を上げるしか。

「うわああぁぁん……!」

リクも声を上げて泣いている。

快は今、自分が許せなかった。

英美の気持ちに応えてリクを連れて逃げた理由。

それは"恐怖"。死ぬ事への、夢を失う事への恐怖が快の選択を決めたのだ。

つまりは英美を見捨てて逃げたのと同じ事。

やはり自分はヒーローではない。そう痛感してしまった。

そして英美の言葉を思い出す。

『ただ自分に出来る事を見つけてるだけ。』

「(そんな事、あるわけないだろ……)」

快が苦しんでいるのは"出来る事が見つからないから"じゃない。

「"やりたい事"が出来ないから…辛いんじゃないかぁぁ!!!」

悲痛な叫びが燃える街の真ん中に響く。

「くそぉ、こんな時も自分の方が心配だなんて……」

再び死を目の前にしても他人を想えるほど余裕がなかった。

こんな自分、生きてる意味はあるのだろうか。

何故ヒーローである英美が死んで臆病者の自分がのうのうと生き延びている?

『大丈夫、君は大丈夫だから!』

こんな時またあの幻聴が聞こえる。

「(何が大丈夫だよ、見てわかんねぇのかよ…)」

快の心は完全に折れてしまった。

幻聴の空気を読まないポジティブな言葉に苛立ちを覚える。

『だって君は託されたから』

すると幻聴が今までにない"続きの言葉"を語り出した。

「……え?」

突然の事に快は理解が追い付かず固まってしまう。

『自分には出来ない事、君になら出来ると信じて託した。応えなくていいの?』

理解は追い付いていないが必死に考えて幻聴に対し反応を見せる。

「何言ってんだ、彼女に出来なくて俺に出来る事なんてある訳ないだろ……」

泣き叫んでいるリクを見て言う。

「現に俺は怖くて逃げたんだ、助けられたかも知れないのに英美さんを置いて……」

するとこんな返事が。

『だったら何で一人で逃げなかったの?』

そう言われてハッとする。

『君はしっかり意思を汲んでこの子を救ってくれた』

そして次の一言で快は気の重さが少し抜ける事となる。

『君はもうヒーローだよ』

肩の重荷が少し軽くなった気がした。

まだ完全に抜けた訳ではないが言ってもらいたかった言葉を初めて言ってもらえたから。

「これは……?」

すると瓦礫の中に一つだけ輝く石を見つける。

よく見るとそれは英美が持っていた革のネックレス付きの蒼い水晶だった。

『さぁ、覚悟が出来たらそれに触れて』

息を呑んで手を伸ばす。

ヒーローになりたいから、夢を叶えるためにやるのだ。

「っ……⁈⁈⁈」

覚悟を決めて石に触れてみると途端にフラッシュバックが。

しかし今までのような精神的ダメージから来るものではない、明らかにこの水晶を通じて脳に"記憶"のようなものが流れて来るのだ。

そこには快が思い描いたヒーローの如く人々を救う救い主の姿が。

それと同時に心に複雑な感情が流れ込んで来る。

喜びのような希望のような、後悔のような絶望のような。

その全てが混ざり合ったような感覚に陥ったのだ。

しかしそれらを乗り越えた先にヒーローはいる。

『君は大丈夫、この世で最も大切なものを求めているから!!』

いつもの幻聴で聞こえる声も。

『求めよ、さらば与えられん』

自身の心に直接声が響いた。

『君は何を求める……⁈』

そんなの決まっている。

「俺は……ヒーローになりたいっ!!」

そして目覚めたのだ、その姿がみるみる変わって行く、そして。

『ハアアァァァァッ!!!』

思い描いたような姿で快はこの破壊された新宿の地に降り立つ事となる。

崩壊し燃え盛る新宿の街。

バビロンが暴れる新宿の街。

そこへ眩い恵みの光が降り注いだ。

『オォォォ……』

その光の中から現れたのは巨大な"赤銀の巨人"。

「何だアレ…」

逃げ惑う人々は振り返り巨人の出現に圧倒されていた。

『セアッ』

その巨人の正体は。

『これが、俺の変身……』

赤銀の巨人に変身した快はその変貌した姿、目線の高さに驚いていた。

「グゥルルル……」

そこに迫るバビロン。

『そっか、俺が戦うのか……』

自分の手を見つめる。

この手で自分がやりたい事、今チャンスがあるのならやってやる。

『見てろよ……!』

今まで自分の夢を否定した奴らの顔を思い浮かべて拳を強く握った。

そして。

『ハアッ!』

拳を構えて戦闘体勢に入った。

『フオッ!』

「ゲアァァッ!」

二体の巨大な存在はお互いを目掛けて走り出した。

そのまま勢いよくぶつかり取っ組み合いを始める。

『オォォォ……ッ』

悪魔のような顔がすぐ目の前にある。

「(良いんだよな……?怪獣だし……!)」

その体勢のまま巨人はバビロンの顔面を右拳で殴った。

『ハッ!』

「グギャッ……⁈」

拳がバビロンの左頬にめり込む。

体勢が崩れた隙を巨人は見逃さなかった。

『ホッ、デリャッ!』

左足で回し蹴りを繰り出しバビロンの腹部を攻撃する。

「(イケるぞこれ……!)」

これなら自分もヒーローになれる。

そう思うと嬉しくなってしまい攻撃にも勢いが増す。

「ゲアァァッ!!」

『オッ……⁈』

しかし蹴り上げて片足立ちになっている所を尻尾で払われ思い切り背中から地面に倒れてしまう。

思ったより大分痛かった。

「グゲェェェッ!!」

倒れている巨人に噛みつこうと顔を勢いよく下げる。

『グッ、ウゥゥ……ッ!』

何とか手で口を押さえて凌ぐ。

隙だらけの腹部を両足で蹴り上げバビロンを転ばせる事に成功した。

「ゴゲッ……⁈」

よろよろと巨人は立ち上がる。

『ハァ、ハァ、フンッ……!』

まだだ、まだやれる。

今のは少し油断しただけだ。

そう自分に言い聞かせて構えを取り直した。

『セィリャァァッ!!』

そのまま殴りかかる体勢で走り出す。

「ギャァァオッ」

しかしバビロンは振り返り尻尾攻撃をして来た。

『ウッ⁈』

反応出来ず隣のビルに叩き付けられてしまう。

「ガァッ!!」

その隙に噛み付いて来るバビロン。 

『ハッ、ウゥオッ……』

何とか反応し避ける。

バビロンはそのまま後ろのビルに突っ込んで倒れてしまう。

『オォォォッ!!』

そこを見逃さない巨人。

バビロンの背後から飛び付き抱き上げるようにして腹を締め付けた。

「グゲゲ……ッ」

『オォォアッ……!!』

「グググ、ゴアオォォォォッ!!!」

その時、バビロンが口から宙に向かって熱線を放った。その勢いで巨人は吹き飛ばされてしまう。

『ァァッ⁈』

先程まで調子に乗っていた快は中々上手くいかない戦いにだんだん不安を覚えていく。

『あれ……?何か全然上手く戦えない……!』

しかしそんな事考えたくなかった。

上手くいかないだなんて、そんな事信じたくない。

『ホアァァァッ!』

何の策も無しに突っ込む。

「ゴギャァァァッ!!」

両手で攻撃するバビロン。

『フンッ!』

しかし巨人は両腕でそれをガードした。しかしそれが失敗だった。

「コォォォ……」

口にエネルギーを溜めている。

まさか熱線を撃つ気では。

慌てて避けようとするが。

『ハッ……!』

両腕でバビロンの攻撃を防いでいるのを忘れていた、これでは動けない。

そしてとうとう。

「ゴオォォォッ……!!」

バビロンの口から渾身の熱線が放たれる。

『フゴゴゴッ……!!!』

顔面からモロに食らったためまともに叫ぶ事すら出来ない。

巨人は後方へ大きく吹き飛ばされた。

『ハッ、ハッ……ァァッ!』

何て威力だ、間違いなくこれまでの人生で一番の痛みを味わった。

あまりの苦痛にのたうち回る。

『はぁっ、はぁ……!』

ドクンドクンッ

心臓の鼓動が早くなり体が震える。

パニック障害が出てしまった。

「ゴォロロロ……」

唸り声をあげ迫るバビロン。

一方快は腰が抜けてしまい全く動けなかった。

「(恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い)」

狂ってしまいそうな感覚の中、容赦なくバビロンは迫る。

『やめろ、来るなっ来るなぁーー!!』

慌てて手を前に出すが、その手を噛まれてしまう。

『あぁっ、ああ!』

バビロンは首を振ってまるでおもちゃのように巨人の腕で遊ぶ。

『やめろっ、離せこの野郎っ……!!』

そしてバビロンは巨人の腹部を足で何度も踏みつけた。

『ガッ、あっ、ゲホッ……!』

痛い、熱い、苦しい、だがそれ以上にヒーローになりたかったのにこんなにボコボコにされる惨めさ。

身体よりも心が痛かった。

『はっ………………はっ……………………』

どれだけの時間踏みつけられていただろう。

もう快には気力が残っていなかった。

「グルルルッ……グルッ、グルッ」

バビロンは今度は巨人の左足を噛んで巨人を引きずっている。

『……………………』

完全に気力を失ってしまう。

その時、快には走馬灯のようなイメージの世界が見えていた。

今見えているのは両親の姿。

何度も怒った両親に叩かれて来たため目の前のバビロンが彼らに見えたのだ。

「何でもっと普通に出来ないの⁈いい子にしてなきゃダメでしょ⁈」

「母さんの気持ちを考えろ!お前にも心はあるだろう⁈」

そして何度も叩かれる。

そのうち罵声を浴びせて来る者の姿が少しずつ変化していった。

「私だって辛いんだから」

姉である美宇の姿に変わりマウントを取ってくる。

「お前なんかもう友達じゃない」

次は瀬川の姿になって絶交を宣言。

「ヒーローはもっと選ばれた人がなるんだよ」

そして愛里の姿にもなる。

今の快にとってはキツい一言を浴びせた。

『やめろ、やめてくれ……』

どんどん追い詰められて行く快の精神。

そして遂にみんなが一斉に最悪の言葉を発した。

「「お前はヒーローになれない」」

その言葉を聞いた途端、快の精神は崩れた気がした。

『……そんな』

その時何を思ったのだろう。

『…………ウソだ』

無理やり言い聞かせるように否定をする。

『………………そんな事ある訳がない』

しかし言葉とは裏腹に声は段々と弱くなって行く。

記憶に映る景色、覚えているのは殆ど辛い記憶ばかりだ。

いい思い出なんて殆ど残っていない。

そんな事があって良いのだろうか。

『……ふざけるな、こんな事あっちゃいけない』

自分だけずっと辛い目に遭い続けるなんてそんなの。

『理不尽すぎる!!!』

『アアァァァアアアァァ……ッ!!』

突如巨人が大きな雄叫びをあげて目覚めた。

噛まれている左足を軸に背中から飛び上がる。

『ゼリャァァァッ!!』

そして捻挫して痛いはずの右足で全力の蹴りをバビロンの顔面に決めた。

「グゴォッ……⁈」

捻挫の痛みなんて今はどうでもよかった。

アドレナリンが止め処なく放出されているから。

『ざっけんな!俺はヒーローにならなきゃいけないんだ!!』

過去への怒りに燃えながら全身に力を込める。

『散々辛い思いしてきたのにその分いい思いが出来ないなんて……』

魂を込めて叫ぶ。

『割に合わねぇんだよ、バカヤロウ!!!』

そしてバビロンへと突っ込む。

今度は無策ではない。

「ゴアァッ!!」

前足を振りかざしてくる攻撃を避けると。

『ドゥラァァァッ!!』

人差し指と中指でバビロンの"左目"を突き刺した。

「ギャアアアアアアアアアッ!!!!」

『フンッ、フンッ!』

グリグリと抉るようにほじくる。

バビロンは想像を絶する痛みに暴れ回る。

『フンッ!』

そして指を目から離した後、両手でバビロンの頭を押さえた。

『ディイイリャッ!!』

思い切り左膝でバビロンの顎を攻撃した。

骨が砕ける感覚がよく伝わって来る。

「ガゴハッ……」

『フゥゥゥ……!』

そして巨人はバビロンの尻尾を掴みグルグル振り回す。

『ゼリャァァァアアアアッーー!!!』

そのまま思い切り投げ飛ばした。

「グゴアァァァッ……」

歌舞伎町の辺りに思い切り衝突し倒れる。 

相当なダメージを食らってしまった。

『オォォォォ……』

バビロンが倒れている隙に巨人はエネルギーを溜める。

両腕を広げて全身で"十字架"のような形を作る。

『ハアアァァァァーーーッ!!!』

そのまま両手を突き出し放たれる十字の波動。

罪という概念を滅する"神の雷"。

『ライトニング・レイ!!!』

蒼白の十字の雷が一直線に進みバビロンに衝突。 

「グッ、ゲガガッ……」

そのまま大爆発を起こし消滅した。

しかし雷の威力が制御できずに強すぎたのか爆発はどんどん広がっている。

『ーーッ』

そしてそのまま巨人自体も大爆発に呑まれた。

新宿の街を爆炎が包む。

巨人は一体どうなったのだろうか。

「……っ!!」

近くで見ていた市民たちが絶句しながらその様子を見ていた。

そして爆炎が少し晴れる、様子が見えて来た。

そこには。

『オォォォ……』

爆炎の中でまるで悪魔の如く立ち上がる赤銀の巨人の姿だった。

メラメラと辺りは燃え上がり地獄のように見える。

市民たちは余計に言葉を失った。

『ハァッ……』

そして光の粒子となって赤銀の巨人は姿を消した。

こうしてこの事件は一度幕を閉じたのであった。

更なる物語の幕開けなどとは誰も知らずに。

その日、ニュースやネットの記事は突如現れた怪獣と巨人のネタで溢れていた。

《怪獣出現!終末は近い⁈》

《謎の巨人、敵か味方か?》

夕方のニュースでもその話題が急遽取り入れられた。

『突如出現した巨大不明生物と巨人の戦闘により甚大な被害が……』

どこを見てもそればかり。

当然SNSでもトレンド入りだ。

『新宿に怪獣出たってホント⁈』

『怪獣さん巨人さん、どれだけ被害出たと思ってるんですか?』

『クソ職場潰してくれてありがとう』

誰も現場の恐ろしさを知らない、書き込まれているのは面白半分な意見がほとんどだった。

あとは真面目な被害状況など。

一方快はと言うと。

「よかったぁぁ……!」

「…………」

姉である美宇が泣きながら震えた手で抱きしめて来た。

その美宇の様子を見て快は母の最期の瞬間を思い出していた。

「(何なんだこの親子は…)」

いつも怒っていると思ったら危険な目にあった途端優しくなる、ならいつも優しくしてくれよ。

そう思いながらも抱きしめられる事は拒否しなかった。

「(俺はヒーローになった。この世界を怪獣から救ったんだ。)」

いつか全人類が自分を褒め称えてたくさんの愛をくれるだろう。

そう期待する快であった。

そしてそんな快の右手には、英美の持っていた宝石のようなネックレスが握られていた。

一方ここはどこかの施設。

そこにある椅子に一人の男が座り横には初老の男、そして視線の先には四人の若い男女の姿があった。

「すまないね、大幅に予定が狂ってしまった」

椅子に座った男が優しそうに言う。

「ゼノメサイア、こんなに早く出現するとはな」

隣に立っている初老の男が言った。

それを聞いて椅子に座った男は四人の若者たちに言った。

「これから少し様子見に入る、君たちも準備はしておいてね」

一体彼らは何者なのだろうか、何か知っているかのように思えるが。

「神の子よ、今度はどうする?」

そう言って不敵に微笑んだ。

そしてまた別の真っ暗な空間。

そこには巨大な"聖杯"が聳えていた。

「何でアイツが……!!」

一人の細身の女性が拳を握ってイライラしていた。

その様子をソファに座りながら見ているガラの悪い男がいる。

「ヒヒヒ、俺にとっちゃあ有難い結果だがな。これで夢が叶うかも知れねぇ」

彼らも何か知っていそうな素振りを見せていた。

翌朝、快は眠い目をこすりながらテレビを点けた。

するとそこでは昨日の怪獣と巨人に関するニュースがやっていた。

『昨日の巨大不明生物と巨人により崩壊した新宿の街。特に歌舞伎町の被害が大きいようです』

ヘリから撮ったであろう映像には崩壊した新宿の街が映っていた。

『歌舞伎町のクラブでは大規模なイベントが行われていた模様で逃げ遅れ犠牲になった方々が約二千人ほどいた模様です』

そのキャスターの言葉を聞いて快はハッキリと目が覚める。

歌舞伎町と言えば自分がバビロンを投げつけた場所だ。

あの時は無我夢中だったが今思い返してみるととんでもない事をしてしまっていた事に気付く。

「(彼らを殺したのは俺だ……!!)」

ヒーローも甘くはない。

ニュースによって突如伝えられた現実が快の心を抉るように深く突き刺さるのであった。



『XenoMessiaN-ゼノメサイアN-』
 第1界 ハジメカイ



つづく



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