【S1|形のルール】口が消えた #1
第1話|自動車から「口」が消えた。

ドラッグストアの駐車場で、
その車をまじまじと見たとき、
私は一瞬、目の置き場に困った。
どこを見ればいいのか分からない。
整っている。
未来的だ。
理屈も分かる。
でも、
視線が落ち着かない。
電気自動車の登場によって、
エンジンを冷やすためのラジエターは不要になった。
空気を取り込む必要がない。
だから、グリルもいらない。
理屈は、正しい。
けれど、
正しいのに、何かが足りない。
グリルは、ただの吸気口だったはずだ。
けれど長い時間のなかで、
それは“顔”になっていた。
怒った顔。
笑った顔。
威圧する顔。
優しい顔。
私たちは、
あの開口部に感情を読み込んできた。
機能は、いつのまにか文化になっていた。
デザインには「要件」がある。
言い換えれば、制限だ。
ラジエターは、
疑う余地のない前提だった。
あることが当然で、
ない可能性を考える必要もなかった。
形は、その制限の中で磨かれてきた。
しかし今、
その前提が消えた。
制限がなくなったとき、
形は何を根拠に立ち上がるのだろう。
自由になったはずなのに、
どこか手がかりを失ったような感覚が残る。
必然だった形が、
必然でなくなった。
その瞬間、
デザインはどこから始まるのだろう。
つづく。
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※前提が変わったことで、形や判断に迷いが生まれる場面は多くなっています。そうした構造の整理からご一緒することもできます。
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